台北 その3

 月曜日の朝。

朝七時にはホテルでの朝食を終わらせて、俺は斉藤さんから手渡された仕事の資料を広げていた。

今日は仕事を午前中で片づけたい。

そのために、八時半までにはホテルを出て、台北一〇一がある信義区という地区に向かう予定である。


 昨日寝た時に見た夢は、俺が飛行機で見たものと一緒だった。

 あのバルコニーでソファにリンエイと一緒に腰かけていた。

二人して何もしゃべらなかったが、最後リンエイが消えるときには『加油』という応援メッセージを手文字でもらった。

なんだか暖かった。

そのためか、寝起きはかなりすっきりだった。


 さて、時間になり、仕事資料と共に、赤い小包をバッグに入れて、俺は部屋を出た。

タクシーを拾い、台北一〇一へ向かうとその近くにある大型家電量販店に入った。

電話端末の調査だったので、本当は光華商場という場所が良いのではと思っていた。

台北の秋葉原という別名がある通り、電子機材の卸店がそろっているところだった。

ここならば価格的に安いはずなのだが、斉藤さんが指定したのは、信義区だった。

なぜ?とは思ったが、とりあえず指示通りに来ると理由が分かった。

俺が調査すべきなのは、『電話端末の価格』ではなく『電話端末機器及びその周辺サービスの価格』であった。

つまり、お客さんに電話機を売っただけではなく、そのアフターサービスも提供するので、そこの調査に、光華商場ではなく、信義区を選んだわけだ。


 お昼十二時、家電量販店でもらった電話端末のカタログに、俺がぎっしりと書いたメモ達と共に、俺はタクシーに乗って、台北一〇一を背にその信義区を離れた。

それにしても、斉藤さん、結構無茶ブリがすごかった。

信義区の四つの大型家電量販店を歩き、サービスを含めた、価格調査をするのに三時間は最低必要であった。

これでも、どうしても早くリンエイに会いたいと思い、俺は途中から店と店の間を走って時間短縮を図ったり、飲み物を飲まずに、すべて仕事に集中した結果である。

いつも日本での仕事のしかただと、五時間はかかっていたはずだ。

タクシーの中で、斉藤さんにメッセを一報を入れると、『加油』という文字と共に、写真が送られてきた。

斉藤さんカップルと、呉カップルだった。

今から一緒にランチを取るとのこと。楽しんでそうでよかった。


 さて、タクシーで士林ナイトマーケットに到着した。

ナイトマーケットで台北で一番大きいらしいが、それは夜になればのことかと思う。

お昼十二時半だと人もあんまり歩いておらず、単なる商店街にしか見えない。

前回と同じく、入り口でタクシーから降りると、俺は足速く西の方に向かう。

このナイトマーケットの範囲は四角になっていて、入り口が一番東南に位置し、西に向かうと、俺が目的としている廟がある。


 前回、その廟で、俺は慈明僧という方に会った。

その時はリンエイのことも分からなかったため、その僧侶の言うことを詐欺だと思っていた。

「ふむ、今日の時点では信じていないようですね。それでは、私が何を言っても理解できるとは思えないです。まぁ、現時点、あなたに害を及ぼすようなことはしないとは思いますので、大丈夫ですが。何かあったら、また来てください。その時までお待ちしてますよ」

 とまで言われてしまった。

てっきり詐欺師の言う負け惜しみかと思いきや、本当に力になってもらわなきゃいけなかった様だ。

その後で、VR内で、リンエイに怒られた。

が、よくよく考えると、俺の選択も間違えていないと思うんだよな。

だってよ、赤い小包を拾ったのは良いよ。

いわくつきのものだって、事後発見したのもいいよ。

でもさ、交差点、ナイトマーケットの入り口、そしてその廟の入り口でちらっとリンエイの姿が見えたからって、リンエイとその赤い小包を結びつくのは無理じゃない?

さらに言うと、それをその慈明僧に連想のもあり得ないじゃん。


 と、俺は自分にフォローを入れながら、歩き続けた。

横の空気が熱くなっていたためだ。

たぶん、リンエイは怒っていると感じたからだ。


 その廟はすぐに分かった。

ほとんど人が歩いていないこの通りに、遠くに一か所だけ人が集まっているのが見えた。

近づくにつれて、廟のあの独特なお線香のにおいが漂ってきた。

それと共に、廟の壁が見えてきた。

オレンジ色のレンガの壁であった。

そういえば、前回は夜だったので、気づかなかったが、壁越しにその廟の敷地が意外に大きいことが分かった。

俺が歩いているどこからでも見える、真っ赤な本殿の屋根は、川越の喜多院本院のそれの二倍以上の大きさだった。

その周りにオレンジ色の副殿の屋根かな、がいくつかあり、それぞれが喜多院並みに大きかった。

さらに、奥の方に黒と灰色の五重塔が立っているのが見えた。


 入り口まで来ると、お昼にもかかわらず、たくさんの人が参拝していた。

日本では見かけない、太くて長い線香を持った人がたくさん歩いているが、お互いにぶつからないように避けているためか、導線はスムーズに流れているように見えた。

俺は前回慈明僧に会ったのが、入り口から右の方にある副殿だったので、その方向に行きたいのだが、導線はその前でカーブして、本殿の方に向かった。

あれ?

なぜ、誰もそっちに行こうとしてないのだろうか?

そういえば、この前の夜も、その副殿に行ったのは俺一人だけだった。

どういうことだろうか。俺は気になったが、とりあえず向かうことにする

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