川越 その2

俺の視線は脇に抱えた小包に向いた。


 その赤い小包の中には台湾ドル、八十九万元、日本円にして三百五十四万円ほど、が入っている。

ひょっとして誰かこれの存在に気づいて、うちに忍び込んだんじゃないだろうな。


 そう思うと、背筋が凍った。

急いでテレビ台側の壁に背をつけ周りを見回す。

ここは部屋の左側の一番奥なので、部屋の全体が見える。

左手にベランダに出るための掃き出し窓があり、そこの鍵を確認する。

大丈夫。掛かっていた。

そこから視線を右にずらす。

そこは部屋の向こう側の一番奥に設置されている本棚だ。

天井まで届いている大型本棚はゲーム関連の本や雑誌でびっしりだった。

そこには誰か隠れるスペースはないな。

その右、つまり俺が立っているテレビ台のちょうど目の前、に有るのが洋服タンスとベッド。タンスは良いとして、ベッドだ。

通販で買った、ベッドの下にも収納スペースがあるタイプなので、人が隠れないことはない。

少し近寄ってみると、そのスペースは何も入ってなく、向かい側が見えていた。

あれ?

ゲーム機の箱を入れていたはずだが……。

あ、そうだった。

PS4の最新型を買ったときに、その他のゲーム機の箱とまとめて、物置に移したんだ。

ちょっとびっくり。

それで、部屋の右側で見渡せる部分はおしまいだ。

後はお風呂、トイレと物置。

その前に、部屋の左側を見終えないと。

そう思い、俺は自分自身の右側に目をやった。

そこはソファだ。

真横にトランクが置かれている。

ソファの裏側にも人が隠れるところはなさそうだ。

その先にはダイニングテーブルとキッチン台しかない。

念のために、キチン台の棚という棚を開けてみるが、

何もおかしい物がなかった。

人が隠れそうなところでいうと、トイレと物置だけだ。

怖いので、キッチンから包丁を取り出して、右手で持った。

万が一本当に泥棒がいても、俺が武器を持っていることで、逃げ出してくれるかも、という期待を込めた。

逆に攻撃してきたら、もう覚悟を決めて、目をつぶって刺してやる。

そう決意をし、トイレのドアを開ける。

大丈夫だった。次に物置だ。

ここも物で一杯だった。

開けて誰もいないことを確認できて、安心し、最後に玄関ドアも鍵が掛かっていることを確認し、包丁をキッチンに戻し、俺はソファまで戻った。


 うーん、誰もいない。ということは、この赤い小包は俺が無意識のうちにトランクから取り出したってことかな。

念のために、数えると、八十九枚の一万元札がある。

数は減っていない。

じゃ、お金を取られている訳じゃないか。

まぁ、いいっか。


 なんか、考え続けるのが途中から面倒になってきたので、本来やらなきゃいけないことに戻る。

今日はこれから、この部屋を片付けなきゃいけないのだ。

まずはソファを壁際に寄せ、四平方メートルの空間を作ると、今度は近くに散らばっているゲーム機を片付ける。

最近使っていないXboxのダンスセットは物置の箱に入れて戻した。

が、今度はこの物置のドアを閉めるのに苦労した。

まずいな。すでに満杯だ。

明日パソコンセットが来ちゃったら、さらに空き箱が増えちゃう。

そうすると、置き場所に困るんだけど、どうしよう。

そう悩みながら、部屋を片付けきった感が出て、そのままベッドに倒れるように寝た。


また同じ景色だ。

俺はどこかのバルコニーにいて、遠くに台北一〇一が見える。

そのバルコニーの真ん中あたりに置かれているカップル用ソファの左に、足をかけてゆったりと座っていた。

この場所が夢に出てきたのは何回目だろうか。

それにしても、あの赤いベレー帽の女はどこだ。

いつもなら目の前に立っているのに。

と、俺が見回すと、ソファの右側に座っているのが見えた。


 いつも見ている真っ白な顔だった。

珍しく女が黙っているので、俺はじっとその顔を見てみる。

少し頬がやせているが、よくテレビで謳っている様な、千人に一人の某アイドルの様な、額から鼻、唇、顎ときれいな形であった。

が、そいつに比べて、鼻の形が自然で小さかった。

目は垂れ目かな。

こう見ると、この女って実はすごく可愛いな。

そう俺の声が聞こえたのか、女はびくっとした。

が、急にブーンという音が聞こえてそうなほど、首を俺の方に回すと、これもまた、どーんと音がしそうな動きで右手を俺の顔の前に突き出した。

なにやら四角い物を持っているようだったので、視線を女の顔からそれに移す。


 VR18禁彼女のゲームパッケージの表紙だった。


いや、良く見ると、ゲームパッケージそのものだった。

その表紙は、3Dの女子高生が自分の部屋にあるベッドに腰掛け、こちら側に手を伸ばしているものだったので、普通のゲームだと思いがちだが、その裏表紙は、その女子高生が裸でシャワーを浴びたときの後ろ姿の画像とか、自ら胸を抱きしめてこちらにおねだりするようポーズの画像とかが乗っていて、どこから見ても18禁に引っかかる物であった。


 それを思い出し、瞬時に俺は頬に血が登ってくるのを感じた。何故持ってる!?


 女はそれを聞いて、先ほどの怒り顔に付け加えて、より目じりを吊り上げて、口を開いた。

が、しゃべっている言葉が中国語なので、俺には本当分らない。

そのうち、興奮した女は立ち上がると、そのゲームパッケージを地面に投げ落とすまねをした。

「いやいや、だめだよ」

 思わず俺は腰を上げて、手を伸ばし、それを取ろうとするが、女はひょと手を上げると力をつけて地面に投げつけた。


パリーン!


「ああ」


文句を言おうと女の方に視線を向けると、目頭に涙を浮かべているのが見えた。

俺に対し、中国語で何か叫んでいるようだが、その声を聞いていると何だか寂しい気になってくる。

「いや、ひょっとしたら中身が無事だから許してあげるよ。何かの間違いで投げつけたんでしょ?」

 そのフォローをする俺だが、火に油を注いだらしく、女はジャンプをするがごとく、右足をあげて、力強く、地面にあるゲームパッケージを踏んだ。

何度か踏んでいる、パリーンという音がだんだんと小さくなると同時に、地面のそれは、どんどんと破片化していった。

その間、俺は「ああ」という声しか出さなかった。


 ふと、女が動きを止めたので、視線を地面から女の顔に向ける。

なぜかすっきり顔になっていた。

唇がにやりとしている。どういうことだ?

 さっきの涙顔から笑い顔に一転し、女は俺の方を見ると、地面を指し、両手で×のジェスチャーをした。

「そのゲームは駄目って言いたいの?」

 そう俺が言うと、女は頷いた。その後、女自身を指し、さらに両手で丸のマークを作った。

「君を見るのは良いってこと?」

 俺のその台詞に対し、満面の笑顔で女は答えた。

「まぁ、確かに君は顔も、スタイルも、そのゲームのヒロインキャラクターよりもずっと上なので、その代わりになってくれるのなら良いが、この前、胸触らせてくれなかったじゃん」

 そう文句を言うと、再度怒り顔になった女に殴られた。

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