川越 その1

 会計し、サンデンキから出ると、時計はそろそろ二十一時を指していた。

トランクを取り出して東上線に乗る。川越まで急行で約三十分。

 途中、斉藤さんにVR18禁彼女を買ったとメッセすると、驚きの顔マークと共にそのゲームをプレイするに適しているパソコンパーツ表が送られてきた。

合計で三十一万円だった。

早く遊びたいので、即時に「お願いします」と返す。

そうしたら、川越駅に電車が着く直前に、「注文完了。明日夕方には出来上がるが、ナベが取りに行くことにしちゃったけどいい?」とメッセが来た。

 速い、速すぎるよ斉藤さん。

今二十一時半超えているのに、なぜ注文ができるんだ?

しかも、さっきのパーツ表、十種類ぐらいあったのに……。

思わず電話して確認すると、「仲良い店舗だから大丈夫だよ。でも、場所は秋葉原だけどね」という回答だった。

どうやら、そのパソコンパーツ屋と懇意にしているらしく、こんな急な依頼にも関わらず、翌日には仕上げてくれるよう手配をしてくれたようだ。


 いい人だなと感心してたら、「まぁ、ナベが初めて試すアダルトVRだからな、そのゲームパッケージが手元にあるのに、機体がないから来週の土曜日まで待ってって言ったらきついっしょ。会社に行って欲求不満を起こされても困るし」というコメントをもらった。

別に発散するものはあるし、それは気を使いすぎだとは思ったが、まぁ、確かに明日の夜にプレイできるとそれは嬉しい限りだ。

 明日は斉藤さんが一緒に行ってくれるということで、いつも通っているカフェ、詩人の珈琲屋、に十五時集合と決めて電話を切った。

これでパソコンとそのVRヘッドセットが手に入る。

後は今から部屋を片付けて、その置く場所を作らないと。

そう、俺はガラガラとトランクを引きながら家に向かった。


 夜二十二時ちょっと。ようやく自宅に着いた。

川越東口から徒歩十五分にある、静かな住宅街の一角にそれは建っていた。

どこにでもありそうな五階建てのマンション、その五階の五一〇室に俺はワンルームを借りていた。

部屋が三十平方メートルという点と、窓から川越の喜多院が見える点が気に入って、ここに借りてすでに五年たっていた。

ドアを開けると、右手に前から順番に収納、トイレ、お風呂のドアがあるが、それ以外は左側を含めて一つの広い空間だった。

その空間を左前から、キッチン台、ダイニングテーブル、ソファ、テレビ台、最後に玄関からじゃ見えないが、右奥の方にはベッドと洋服タンス、および本棚がある。

その左側にあるダイニングテーブルに肩にかけている鞄を置き、トランクを部屋の真ん中に押して、その上にゲームが入った紙袋を置くと、一息つこうとソファに座った。


 思えば、今回の台湾旅行は今までになかった経験がほとんどだった。

まず、呉を含める、佐野と鈴木との四人で初めての海外旅行だったこと。

結局目の保養になることはなかったが、夏なのに混浴温泉にチャレンジしたこと。

覆面パトカーに乗って、ホテルまで送ってもらったこと。

ナイトマーケットで二千元の海鮮料理をごちそうになったこと。

呉と佐野がナンパして、呉に彼女ができちゃったこと。

初めてのパソコンゲームとアダルトゲームを買ったこと。

さらにそれ用のパソコンを買ったこと。後、なんだっけ?


 うーん、なんかうまく思い出せないから、一旦考えるのをやめて、お風呂に入ることにした。

タンスから下着を取り出し、風呂に入った。

風呂と言っても、ユニットバスなので、実際にはシャワーしか使えないのだが、俺には問題なかった。

身体が温まることさえできれば、それで十分だ。

そのシャワーを浴びている間に俺は、どうやってパソコンを置くスペースを作ろうかと悩んでいた。

斉藤さんに言い忘れたが、この家には、デスクというものはダイニングテーブルしかない。

とはいえ、唯一のテーブルにパソコンを置くと、そのほかのことができない。

しかも、斉藤さんはモニターを二台置こうとしている。

モニター二台か……。

会社でエンジニア達のデスクを思い出してみる。

各自モニター二台を使っている。

開発するにはそれでないと不便とのことだ。

が、そのモニターのせいで、その向こう側にある同僚の顔がまったく見えないじゃん。

よくそれで仕事ができるな。どうやって話しかけるのかな。

雑談しながら仕事をする俺には理解できないことだった。

まぁ、自宅なら話しかける相手がいないからいいんだろうが。

それに、VRヘッドセットを買ったのもまずかったかも。

斉藤さんからあれは五平方メートルのスペースとるから、必ず作っておくようにという達しが出ていた。

うーん、Xboxのダンスセットを片づけるか。


 そう考えながら体を拭き、洗面台でコンタクトを外す。

そういえば、いつも使っている眼鏡はトランクの中だというのを思い出し、下着を着ると、風呂を出た。

 視力が零点一を切っている俺は、コンタクトもしくは眼鏡がないと生活に支障が起きる。

そのため、ぼやっとした景色の中、俺は部屋の真ん中に置いたトランクに向かって歩いた。

上に置いてある赤い包みを脇に抱えると、トランクの中から眼鏡を取り出し、掛けた瞬間、何か違和感を感じた。


 何かがおかしい。

でも、何がおかしいのが分からない。首をかしげながら、最初から思い出してみる。

俺は帰ってきてから鞄をおいて、トランクを持ってき、そこの横に買い物袋を置いた。

パソコンゲームが入ったものだ。

それで、ソファに座って、考え事をした。

その後、タンスから下着を出して、風呂に入った。

で、今、風呂から出て、再びソファに座ったとこだ。

あ、そうだ、眼鏡をトランクから取り出し忘れたので、風呂から出た後は、赤い包みをどかしてトランクの中から……。

え?

待て待て。


 この赤い包みはいつトランクの外に出てきたんだ?

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