秋葉原 その3

 話を聞き終わた後、「僕じゃ良くわからない」という斉藤さんは、途中電話を一本入れた後、俺を秋葉原市内のあるビルに連れてきた。

一階でエレベーターを待っているが、そこの壁の至る所に、五階に設定されているメイドカフェのポスターが貼られている。

なんだか、周りの空気が熱くなってきた気がして、俺は恐る恐る斉藤さんに聞いた。

「斉藤さん、ここは、メイドカフェですよ」

「あ、大丈夫大丈夫、同じオーナーだから」

「え?同じオーナー?」

「あ、ごめんごめん、言い忘れたね。ほら、あそこのポスター。あそこに今回のパソコンセットをお願いしていたんだ」

 そう斉藤さんはメイドカフェのポスターに追いやられるように端っこにある一枚のポスターを指さした。『王電脳店』と書かれていた。

「『電脳』はパソコンのことね」

「ああ、王さんがオーナーってことですか?」

「そうそう。あ、エレベーターが来た」


 エレベーターで五階に上がると、目の前がメイドカフェだった。

外国人にも人気がある店のようで、列に並んでいる客のうち、半分が外国人だった。

「こっちだよ」

 そう斉藤さんはそのメイドカフェの横にあり、同じくピンク色の外装をした店に入った。空気がどんどん熱くなってくるが、とりあえず俺も入った。

 確かに、パソコンショップだった。派手な外装と異なり、内装は普通の白だった。

至る所に、パソコンのパーツらしきものが置かれていて、値札がついている。

広さは二十平方メートルぐらいかな、奥に倉庫があるらしく、ドアがついていたので、もっと広いだろうが。

そのドアの真上に、小さな仏壇が置かれ、観光ガイドで見るような神像が置かれていた。

あの厳しい顔は確か三国志の関羽だ。

そういえば、商売人は関羽を『関帝』と祀っていたんだった。

確か財神としてだったかな。なぜ、あの有名な武将が財神となったのかは分からないが、台湾のどこの廟に行っても、必ず『関帝』の像があると書いてあった。

日本なのに、この像があるってことは、信仰深い人なんだろうなって思った。


 それにしても、ここは静かすぎて、俺達以外には誰もいなさそうなんですが。

「あれ、居ないぞ」

 やはりお店の人がいなかった。奥をチェックしている斉藤さんが俺のところまで来て言った。

誰もいなくていいのか?

俺の疑問をよそに、斉藤さんはスマホでどこかに掛けた。

 中国語の音楽が流れると同時に、店のドアが開いた。

振り向くと、そこには坊主頭の青年の男が立っていた。

鈴木と違う点は、鈴木はごく短い髪を残したような坊主に対し、その男は髪がなかった。

つまり頭はつるつるである。珍しい。


「晃ちゃん、ここにいるよ」

 男は斉藤さんに手に持ったスマホを見せた。

「もう、王さん、店を放置してどこに行っていたんですか?誰もいないじゃないか」

「ごめんごめん、横のメイドカフェでちょっとね。あ、この子が例の子?」

「そうです。苗字が渡辺で、ナベで呼んでます。ナベ、こちらが王さん。うちの姉貴の同級生で、ここのパソコンショップと横のメイドカフェのオーナー」

 俺がぺこりと頭下げると、「王です。よろしく」と王さんは頷いた。

その後、斉藤さんの方を向いた。

「晃ちゃん。パソコンセットは用意済みだよ。家に持って帰って接続すればプレイできるようになる。OSはWindows10が入っているからしばらくはアップグレードは不要だしね。それよりも、さっきの話を聞いていいよね?」

「もちろんですよ。ナベ、申し訳ないけど、王さんにさっきの話をもう一度してもらっていい?」

 そう言われたので、頷き、俺は口を開いた。


台湾の陽明山で赤い小包を拾い、それから起きたことを順序話した。

王さんはどころどころ頷くも腕を組み、口を挟まなかった。

「それで、さっき一階でも、エレベーターを待っている間に、周りのメイドカフェのポスターが多すぎたのか、周りの空気が熱くなった気がしました」

 俺は話し終えると、一旦口を閉じた。

王さんも黙っているし、斉藤さんも黙っている。

どうするのだろうか?

「それで、今のところ、君に何も被害が来ていないのだよね?」

 王さんは首をかしげて、俺の方を向いて聞いた。

頷く俺に、「むう」と唇の片方を上げて唸った。

「いやね、台湾の昔の風習にあるっちゃあるんだ。俺のおじいちゃん時代ぐらいにね。家族が、亡くなった未婚の娘の幸せを願って、お金と一緒にその娘さんの遺物を道に置くのが。でも、それを拾った人は皆不幸にあったと聞いた」

 なぜか俺の背筋が凍り、周りの空気の温度が下がった気がする。

思わず両腕をさすった。

「あ、ごめんごめん、エアコン効きすぎた?」

 王さんはスマホをエアコンに向けてピッと押した。

「今、温度を二度上げたから直に寒くなくなるよ」

 いや、どう考えても今のはエアコンじゃない気がする。

それが証拠に温度が下がった空気が急に熱くなってきた。


俺が口を開こうとした時に、王さんはストップとばかりに手のひらを俺に向けた。

「心配しないで、君は大丈夫と思うよ。話を聞いていると、仮に何かに取りつかれたとしても、その何かは君に、被害を及ぼさないと思うな。だって、台湾の風習通りなら、その拾った人の死因が、例えば、娘さんが事故で亡くなった場合、事故となり、病気なら同じ病気って感じになるんだって。それに、本人が亡くなるまでに娘さんが毎日の夢に化けてくるので、結局本人も老衰のように、急激に身体機能が衰えていき、一年持たずにやはり亡くなる。というのが通説なんだ。君にはそれらはないんでしょ」

「おいおい、王さん。もしあったらどうするつもりだったんですか?」

 横で同じく腕を組んでいる斉藤さんが聞いた。それは俺も知りたい。

「いや、その場合、速攻でこの子をこの建物から遠ざけるね。それから、台湾の僧侶をここに呼んでくるよ。あと、その娘さんがどうやって命を絶ったのかを調べてもらうよ」

「え?」

「それはさすがに可哀そうじゃないのですか?」

 思い切り微妙な表情をした斉藤さんがそこにいた。

俺もたぶん同じ表情をしていると思う。

なかなかこの人は言うことが激しいかも。

それを見た王さんは片手をひらひらしながらも、真面目な顔をしていた。

「だって、もし、その娘さんの死因がエレベーターから落ちたとかだったら、この子と一緒に乗ったら、俺らも落ちちゃうでしょ。爆発なら、この店にも被害来ちゃし。俺は嫌だし、晃ちゃんも嫌でしょ。それに、彼女の碧ちゃんはどうすんの?怒られちゃうよ」

 機関銃のように喋りながらも、最後は笑っている王さん。

「まぁ、それは冗談として。一旦は台湾出身の僧侶に話を聞いてもらった方がいいかも。おれじゃ良くわからないや。だって、この俺でも、周りの空気が熱くなってきたのを感じるぐらいだから、君は結構大変なんじゃ。この調子だと、何かで見えちゃうのかもね」

 王さんは俺に聞いた。

何かで見えちゃう。

あれ、何かピンと来るものがある。

あああ、そうだ。

さっき俺が二人に説明した時には、夢と池袋でのVRのことは話していなかったんだ。


「あ、実は、何回か夢で見たことが有るんです。それと、池袋でVRヘッドセットの体験をしたときにも、ちらっと見えたかも」

「夢とVR?なんか不思議な組み合わせだけど、後者なら今試してみようか?どっちみち、俺が台湾の僧侶を呼んでくるまでに、一時間はあるよ」

「うーん、僕もいいと思う。ナベ、ほら、それ、試しみる?」

 王さんと斉藤さんは店の端っこに置かれているいくつものの大きな箱を指していた。

「あれ、ナベのパソコンセット。王さんがすでにセットアップ終わっているので、接続さえすれば、使える状態にあるんですよね?」

 斉藤さんは俺に説明しながら、最後の方は王さんに確認するように言った。

「そうそう、それじゃ、ちょっと俺は呼んでくるので、晃ちゃん、後よろしくね」

 そういって、王さんは店の外に出た。


斉藤さんは「了解」と軽く返事すると、三つの箱を指して俺に言った。

「ナベ、これらを真ん中のテーブルに持って行ってもらえる?」

 俺が指示通りに箱を持っていくと、斉藤さんは中身を取り出し、接続を始めた。

パソコンケースは深赤色の大きなものだった。

それに、二十七インチモニターを接続し、キーボードとマウスを回りから適当に持ってきてつなげる。

最後に電源プラグを指して、スイッチオン。

十秒しないうちにモニターに会社で見慣れているスクリーンが画面に表示された。

その後、斉藤さんはもう一つの箱から、様々な小さい機器をだし、二メートル四方の空間をつくると、そこにその機器を設定した。

思いだした。これはVRヘッドセット用だ。

俺は少し待っていると、設定を終わらせたらしく、斉藤さんがVRヘッドセットを持ってきた。

「ナベ、用意できたよ。ソフトがないから、体験版チックなものしかないが、その池袋での体験と同じ環境になれると思う。試してみて」

 その四角な空間の真ん中に立ち、俺はそのヘッドセットを受け取ると、斉藤さんの指示通りに被った。


 両目の液晶部分が少し白だったのが、徐々にさまざまな色がついてく。

目の前に高層ビルが見えた。

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