Ⅱ-Ⅴ

「さて」


 親子の再会を堪能するわけでもなく、ヘルミオネは踵を返す。


 妙に自信が籠った表情。彼女の性格を感じるには、一番分かりやすい例だった。

 子供の頃から箱入りだったこと、類まれな容姿を持っていることもあって、ヘルミオネは基本的に自信家である。気が強くて負けず嫌いだし、扱いには細心の注意が必要かもしれない。


「お風呂に入るとか言ってたわね。さっそく行きましょうか」


「い、行くって、風呂にか?」


「それ以外にどこがあるってのよ? あ、ブリセイスさんはついてこなくていいわよ? アタシが丁寧に、きちんとヒュロスの疲れを癒すから」


「ならお姉さんも手伝おうかしらね。彼、この世界に来てから三度も戦闘をこなしてるの。きっと疲れが溜まっているわ」


「だから、アタシ一人で十分だって言ってるでしょ? ほら、行くわよヒュロス」


 自分の定位置だとばかりに、ヘルミオネは俺の右腕へと抱きついてきた。

 ブリセイスはすかさず左へ。軽く腕に口付までして、自身の優位を少しでも強調しようとしている。


 まさに両手に花の天国。

 まあ、両手に刃物の地獄な気がしないでもないが。


「……気をつけるんだぞ、ヒュロス。それと風呂は右手の方だ」


「あ、はい」


 メラネオスの後ろからやってきたカイゼルにも見送られて、俺は二人の美女と共に浴室へ。無論、その最中にも二人は睨み合っている。


 というか風呂、借りちゃってもいいんだろうか? 直ぐに準備をするよう、カイゼルの声が聞こえるけれど。


「ったく、ヒュロスって妙なところで真面目よね。こっちは客なんでしょ? なら向こうの好意には甘えなきゃ」


「そうよヒュロス君。カイゼル様だって、自分の器量を見せるいい機会だと思ってるでしょうし」


 言いつつ、腕に込める力を強くする二人。そろそろ本格的に歩きにくくなってきた。


「ブリセイスはあのオジサンと仲好しなのね。様までつけて、ヒュロスに興味がないって丸分かりだわ」


「随分と早とちりね。私はただ、最低限の礼儀を尽くしただけよ? もしかしてお姫様はそんなことも出来ないのかしら?」


「出来るに決まってるでしょ? アタシはただ、呼び方に随分と愛着が籠ってるなー、って思っただけよ。それこそ、あの人が本命じゃないか、って思うぐらいにね」


「ふふ、そんなことは無いわ。それにほら、まったく興味を抱いていない人にあれだけの礼を尽くせるんだもの。――だからヒュロス君にはもっと、凄いコトをしてあげる」


「やれるもんならやってみなさい。ヒュロスにはアタシが一番よ、オバサン」


「あら嫉妬? 小娘ちゃん」


 などと、両者は互いの駄目出しに余念がない。


 途中ですれ違う侍女らしき女性達は、呆れた顔で俺達を見ていた。そりゃまあ、女同士の喧嘩を見ても楽しくないだろう。男同士だって同じだろうけど。


「ほらほら、二人ともその辺りにしとけ。家の人に迷惑だぞ」


「むう、仕方ないわね……」


「ふふ、真面目なヒュロス君」


 二者二様の返答を受けつつ、案内されて目的の風呂場へ。一方で横の二人は、視線だけで火花を散らしている。

 休憩に専念できるのかどうか、それだけが気掛かりだった。

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