Ⅱ-Ⅳ


「こっちに来てまでその調子ってどういう了見!? 芯で反省したと思ったら全然効果なしじゃない!」


 力の限り吹き飛ばされた俺を見下ろしながら、金髪の美少女はそう言った。

 まったく予期していない乱入者。俺もブリセイスも完全に固まっており、怒りを撒き散らしている少女の方が浮いて見える程である。


 しかし、この妙に鍛え抜かれた拳を否定することは出来ない。母親が誘拐されたからと、自衛のために鍛えられた拳を。


 ひとまず半身を起し、美少女の姿を改めて視界に収める。

 まず目を引くのは、鳥肌が立つぐらいに整った顔立ちだった。神の意図を以て作られた、と表現しても罰が当たらないぐらい。もし近くに芸術家がいれば、作品の題材にしたいと頭を下げるだろう。


 感情的になっている今でも、その美しさは陰らない。むしろ幼さが強調されて愛らしく思える程だ。


 首から下についても文句のつけようがない。大きさと形を兼ね揃えた美乳、ハチのように細い腰。真っ白な肌は雪のように彼女を染め上げている。


「へ、ヘルミオネ!?」


「ええそうよ、アンタのお嫁さんのヘルミオネよ! 下手なこと仕出かさないよう、お守の役も担ってるわ!」


「ほ、ほほう、そりゃあ何のためだよ?」


「一に浮気、二に浮気、三に浮気よ!」


 全部同じじゃないか。

 なんて心のツッコミは、もちろんヘルミオネに届かない。腰に手を当てて、鋭い眼差しを向けてくるだけだ。


「――まあ、でも」


 苛立ちを露わにしていたのは、僅かな時間だけ。

 最愛の女性は肩から力を抜くと、美の女神にも匹敵する微笑みを投げかけてきた。


「また会えて良かった。私のこと、きちんと守るのよ?」


「おう、分かってるよ」


 起き上ったところに、抱きついてくる。


 彼女の感触は世界に召喚される前と変わらなかった。力を込めれば直ぐに壊れてしまいそうな儚さ、鼻をくすぐる甘い匂い。白磁のように白い肌も、人間離れした美貌を象徴する要素の一つだ。


 色々聞きたいことはあるけれど、俺はそれを忘れてヘルミオネに没頭する。二度と離さないよう、強い決意も込めながら。


「……で、あの人誰? 手を出してても怒らないから、言いなさい」


「あ、足を踏みながら聞くのは止めてくれるかな!?」


「気にしないで、これは私の趣味よ。――で?」


「さっき会ったばかりの、ブリセイスっていう綺麗なお姉さんですっ!」


「よろしい」


 足が痛みから解放されて、俺は一人安堵の息を零していた。

 肝心なヘルミオネはと言えば、大股でブリセイスの元へ近付いていく。背中越しにも分かる敵対的なオーラを漂わせながら。


 これが修羅場かぁ、なんて、俺は他人事のように二人を観察していた。


「お務めごくろうさま、ブリセイス。あとはアタシが面倒みるから、尻尾巻いて帰っていいわよ?」


「あらあら、わざわざ気遣ってくれるのね。でも安心して、私も彼の世話をするのは好きだし、彼のことを愛しているもの。――これから宜しく、と返させてもらうわ」


「そうねえ、こちらこそ宜しく」


 二人は歪な、無理やりすぎる笑顔を浮かべながら握手を交わした。

 言っていることと本音の部分が逆であろうことは、想像するまでもないだろう。こりゃあ一気に騒がしくなりそうだ。


 二階の方も同じで、ヘルミオネの声を聞いたであろうメラネオスが扉をぶち開ける。


「ヘルミオネか!?」


「あ、お父様。ただいま戻りました」


「あ、ああ、そうか。無事で何よりだ」


 少し前まで望まない環境にいたんだろうに、彼女はとても平然としている。不思議なぐらいに喜びを表に出していない。


 彼女にとってオレステスの元で暮らした日々は、大して過酷なものでもなかったんだろうか? 昔、俺のところに来る前もそんな生活を送っていたし。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る