Ⅲ-Ⅱ

「どこにいる……!?」


 神性の気配は疑いようがない。が、かなりの速度で動いている。今から矢が打たれた方向に向かっても、空振って終りだろう。


 全神経を索敵に。草が揺れる音の一つすら聞き逃すまいと集中する。

 第二形態へと至っている神馬紅槍を握りしめ、反撃の用意にもぬかりはない。


 瞬間、


「っ!」


 世界そのものが恐れおののくような感覚を、俺は背後に察知した。


 次いで切り替わる風の流れ。神の血を持つ者に許された超感覚は、それと同時に敵の現在地を暴いていた。

 合わせて、神馬紅槍がその規格を変化させる。


「行け――!」


 回避と同時に放つ、斬撃。


 ほぼ無制限な射程を持つ神馬紅槍は、遠く離れた謎の敵にさえ届く。メラネオスやブリセイスの気配は遠くに離れているし、巻き込む心配もない。


 今度、放たれた矢は頬を擦過した。


 しかし当たらない。突き刺さった幹が繊維の断裂音を響かせるだけだ。

 こちらの右手にもわずかな手応え。直撃はしないまでも、余波に巻き込むことへは成功したらしい。


 放置しておく理由はどこにもなかった。加護を発動させ、一直線に間合いを詰める。


 鼓膜を通して知らされる、弓の振動。

 一瞬で切り替わっていく風景の中でなお、判断力に狂いはない。最小の一歩、最適なズレで、神の反撃を流していく。


 満を持して映った陰影は、さらに戦意を高揚させた。


「オレステス……!」


 復讐と嫉妬に染まった、狂気の男がいる。


 地面を砕くような一歩を踏み込み、その反動でさらに加速。

 展開される神馬紅槍。仇敵はどこからともなく矢を取り出すが、俺はそれ以上の時間を許すつもりなどない。


 有り余る敵意が、一ミリでも先に進もうとするのだから。


「くたばれえええぇぇぇっ!」


 言葉に偽りはなく。

 積み重なった速度と共に、剛の一撃がぶち込まれた。


「っ!」


 破滅的な光が視界を埋める中、オレステスの表情が確かに歪む。苦痛に揉まれ、逃れる術を探っている苦悶の顔。手を下した側としてはこれ以上ない報酬だ。

 

 しかし、手応えが足りない。


 それもその筈。オレステスは手にしていた弓を、神馬紅槍に対する盾として使っている。肉を裂いた感触がないのは当然だった。


 それでも依然としてこちらが優勢。彼が反撃に移れるような材料は、どこを見ても存在しない。

 このまま――と、そう思ったなり、


「!?」


 背後からは、無数の矢が飛来する風切り音。


 恐らく都市ラダイモンの方から打たれたモノだろう。本体の方を抑えたからと言って、悠長にすることは出来ないわけだ。


 このままヘパイストスの籠手で止めたいぐらいだが、紅槍の第二形態を維持しながらでは難しい。

 回避に徹するしかなく、俺はオレステスから距離を取った。


 直後、それまでいた場所には、すれ違いで矢が突き刺さってくる。……ヤツと戦っている間ずっとこれを意識する必要があるだなんて、まったく困った話だ。

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