花火

松尾模糊

花火

 陽射しが眩しくて下ろしていた、フリーストップ式のロールカーテンを再び上げると、傾いた陽射しはオレンジを搾りかけたような色に染まり、こちらに別人の様な顔を向ける。車窓から覗く夕陽の下には、時を経ても変わらない沿線の街並みが続く。


 生命が存続できない環境である太陽が、生き生きとその表情を変え、幾千の人びとが息衝くこの街が何十年も変わらず、死んだ様に横たわっているのは、何だか皮肉だなと僕は思った。そんな捻くれた考えをするのは、僕が祖父の葬式で帰郷しているせいかもしれないが。


 黒い本革張りのシートは夏は蒸れるよな、と思いながら885系の白い車両を出る。十幾つもホームがある都市から、二つしかない駅のホームに降りるとなんだかホッとする。


 我先にと急いだって改札は一つしかない。こんなホームじゃ、人生を終わらせようなんて考えは微塵も浮かばないのだ。改札を抜けると、親父が迎えに来ていた。暫く見ない間にすっかり小さくなったように見えた。


「おかえり。」


「ただいま。」


 いつからだろう、二人の間に見えない膜みたいなものが絡みつき、その不快なネバネバした感触が二人の空間を居心地の悪いものにしている。それが遺伝子のもたらすものだとしたら、何故、現代社会は血縁関係を重んじる「家族」なんて制度にいつまでも縛られてるのだろうか。


 そんなことを考えながら、僕は親父の運転するカローラの助手席から街の景色を眺めた。こうして見ると、やはり少し街並みも変わったことに気づく。


 翌日は朝から雨が降り続いていた。祖父は随分前から心臓を患っていたし、入退院を繰り返していたので心の準備はできていたつもりだった。葬式を終え、霊柩車で運ばれた祖父の遺体が火葬場で灰に変わると、しかし涙が止まらなかった。


 祖父は、僕と弟と親父の兄にあたる叔父の長男のマーくん、と妹みーちゃんの四人を祖父の営む商店の前に広がる海辺に連れて行ってくれた。


 夏は、商店から花火を持ち出しみんなで楽しんだ。僕は線香花火みたいな派手でないものを好んだが、内気な僕と違って、活発で怖いもの知らずの二つ下の弟はドラゴンや、爆竹やロケット花火にバンバン火を付けまくり派手に海辺を照らした。


 マーくんも弟に似ていた。今では消防士だ。みーちゃんは、内気な僕より更に内気で小さい頃は声すら聴いた記憶がない。そんな四人を祖父はいつも笑顔で見守っていた。店番をしていた祖母もいつも笑っていた。夏には店のアイスを貰うのが楽しみだった。


 僕はミルクックという濃厚なミルク味の棒アイス、弟はモンブランというチョコとアーモンドがコーティングされた棒アイスを好んだ。祖母は今は癌の手術を終え、入院している。僕は色んな思い出が、祖父が焼却されると同時に消えていく気がした。


 僕の震えている肩を後ろから抑え、親父がハンカチを僕の目の前に差し出した。僕はハンカチで目頭を押さえながら、親父と別れるとき僕はどうなるんだろうと考えてしまった。


 帰りは僕が親父のカローラを運転した。祖父と遊んだ海辺は、自治体が公園を建設するためにコンクリートで埋め立てられた。


 政権交代と同時に自治長も変わり、その計画自体が白紙になった。埋め立てられたままの海辺は、今では運送業者の休憩のための駐車場のように扱われている。


「婆ちゃんのお見舞いに行こうか?」


 僕は助手席に座る親父に声を掛けた。


「そうやな。」


 親父は海の向こうに沈み行く陽を見ながら言った。

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花火 松尾模糊 @mokomatsuo1702

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