第19話 アスカの不可思議な1日④

 退院の日、病院着から普段着に着替えたアスカは瑞希が迎えに来るまでの間荷物の片付けをしていた。


「さてと、こんなとこかな」


 持ち物の忘れ物がないか確認し、大きく伸びをし軽く準備体操をする。

 そのおかげか体が軽く感じる。


「準備終わったみたいね」

「うん」


 丁度やってきた瑞希にアスカは答える。


「はい、携帯。データもコピー終わったけど、一応誤って消えたものがないか確認して」


 受け取ったスマートフォンからデータファイルを見て消えているものがないかを確認する。


「うん、大丈夫」

「じゃ、看護師さん達に挨拶して1階に行きましょうか」


 一通り挨拶し、2人は1階に下りる。瑞希が入院費用の精算に向かうとアスカは売店に備え付けの生花店へ向かい1輪の花を買う。

 その花を手にアスカは喫茶店に足を向けた。


「あの、ちょっと相談というかお願いがあるのですが…」


 アスカは店員にあることを話した。


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 窓際の席でアスカは注文したものが出来るのを1人待っていた。


「ちょっと、帰るのに何してるの…」


 待合室にも車の前にもいないため瑞希は病院内に戻ってきてようやっと見つけた状況だった。


「ちょっと、ね」


 タイミング良くアラームが鳴り、出来上がったものを受け取りに行く。

 2つのトレイにはホットケーキとリンゴジュースの入ったものがそれぞれ用意されている。

 もう片方には少なめに水を入れたコップが、もう片方にはアイスコーヒーが備えられている。

 席に持っていくと同時に店員が子供用の椅子をアスカの席の横に用意する。


「……どゆこと?」


 流石の瑞希もアスカの行動に困惑する。

 それをよそにアスカは先ほど買った生花をコップの中に入れて添える。


「ご家族の方ですか?」

「ええ」


 店員が瑞希に声を掛ける。


「実は彼女から入院中に知り合った方が亡くなったそうで、連絡先も聞いてないからこういった形をしたいとのことで」

「そうだったんですか…すみません。待つしかないか…」

「でも、この病院に移転してこういうことされる方初めてです。前の病院で営業していた祖母からは入院患者同士でこういった献杯などして語らいをしていると聞いてましたので」


 そう答える店員に瑞希は驚く。どういった形でアスカがこの行為に至ったのかもう少し探る必要がありそうだと感じた。

 アイスコーヒーを注文すると、瑞希はアスカと供えられた席を挟むようにして座る。

 それを横目にアスカは財布に閉まったあの水晶片を取り出し、添えた花のそばに置く。


「ちょっと待って。アスカ、これ…」


 本当は避けるべきだが、瑞希は水晶片を手に取る。


「…アスカ、何を『見た』の?」

「ちゃんと話すから。今は…」


 真剣な表情の瑞希にアスカはそう答える。


「ともかく、これは添えていいものじゃないからこっちで預かるわよ」

「あ、うん…」


 そう言って瑞希はお守りを取り出し、その袋の中に水晶片をしまう。


「…いただきます」


 自分のホットケーキにバターとシロップをかけ、切り分けながらゆっくりと味わう。

 あの日と違い、出来たてのふんわりとした口当たりに思わずアスカの口元がほころぶ。


「…で?そろそろ聞いてもいい?」


 アイスコーヒーを受け取り一口入れた瑞希からそう訪ねられ、アスカはあの1日のことを話す。生死の境を彷徨い、偶然戻れなくなった男の子と出会ったこと。一緒に帰れるように尽力したこと。一緒にこのホットケーキを食べたこと。同じく偶然怨念に取り憑かれた女性の幽霊をその子から守り討伐したこと。そして、見送った直後に男の子から水晶片を受け取ったことを。


「なるほど…それで供えつつ献杯してるって訳ね」


 アスカの話を聞いて瑞希は色々と納得している。


「でも、何でそれだけ母さんが預かるの?」


 今度はアスカが気になることを訪ねる。


「これはそういった存在を倒した際、残る一種の魂のかけらとも言われてるの」

「はぁ…術の方だけ夢で見るのにこれだけ見ないのも困りものね…」

「まぁ、こういった話は聞いたことないから知らないのも無理ないわよ」


 一応、アスカは時間があるときに夢で見たものを瑞希に相談することもあった。

そのため、術の使い方については瑞希からも古い方法だけど問題はないとのことで必要になれば使うという方向でアスカは考えていた。


「ともかく、専門の人に永大供養という形で処理を依頼しないといけないから今後こういうの見つけたら回収は忘れないでね」

「うん」


 そう話しながらアスカは半分ほどホットケーキを食べ終える。


「父さん達待たせちゃってるし…これ、下げさせてもらうわよ」

「うん、どうぞ」


 そう言って瑞希は供えたホットケーキのトレイに手を合わせ自分の方に持っていき、添えた花を子供用椅子のある席に置き直す。


「…あら、結構おいしいわねこれ」

「でもあの日あの子が食べたあとだったけど、冷めちゃったからもう大変だったけどね」

「…幽霊が普通に食べてるなんてものすごい光景見たわね、あなた」

「あ、やっぱり?」


 そんな形で笑い合いながらホットケーキを食べていく2人。

 その後ろではアスカとは違う階の入院患者がアスカ達の光景を見て店員に尋ね始めており、食器を返却口に持っていく頃には何組かの入院患者が写真を置いて献杯し生前の人に思いを馳せていた。


「それじゃ、念のため倒した場所見ておきましょう。場所が場所だけに調べておいた方がいいでしょうね」


 そう言って2人は霊安室前へと向かうことにした。

 途中には問題なく、その霊安室前の非常扉に到着し2人の目でも何か大きな問題になるものはなかった。しかし、瑞希だけは何かを感じ取っていた。


「時間経ってるとはいえ、相当強い負の思念がまだ残ってるわね」

「え?あたしはなにも感じないけど…」

「どうもアスカの場合は私と性質が違うみたいね」

「…性質?」


 瑞希の何気ない一言にアスカは疑問を強める。


「いくつかあるけど、基本はアスカと西牙の扱う所謂『破魔の力』。私のはお祓いとか鎮める方である『祓いの力』。あと結界とかの力で守ったりサポートしたりする『守りの力』に分けられて、その使い手を『討ち手』『祓い手』『守り手』とそれぞれ呼んでるの」


 瑞希は簡単にそれぞれの性質の違いを簡単に話す。それ故に捉えられるものも変わることもあるとのことだ。


「ともかく、さっさと祓い清めておきましょう」


 そう言って瑞希は慣れた動作で印を結んでいく。

 最後の印を結んだ瞬間、アスカにも分かるほど解放していない非常扉の方から風が吹き抜けてくる。


「これで大丈夫。当面は今回みたいに怨念の影響で悪霊になったりはしないわ」

「新しい場所だし、そういうのは避けれたし…とりあえずは安心になるってこと?」

「ええ。時間が経てばまた負の思念が蓄積されるけど、こればかりは仕方ないわね」


 そう言いながら瑞希は1枚のお札を出す。精神を集中し、扉に向けて投げると意思を持ったようにその場に留まる。

 すると一気にお札が燃え、灰も残らずに消滅する。


「追加で浄化する護符を使ったから短くても1年は気にしなくていいわ」


 そうなったらまた気づいた祓い手がこのようにするから気にしなくていいと瑞希は告げる。


「さ、今度こそ帰りましょうか」

「流石に待たせすぎたからね」


 そう話しながら2人は病院を後にする。いつもの変わらない日常へと。

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