第18話 アスカの不可思議な1日③

 男の子を背負い、急ぎ霊安室へと向かうアスカ。

 一度戻る際に監視カメラの位置を確認していたため映らない場所に差し掛かると結界を展開し、視認できる範囲を一時的に時間を切り取り少しでも一休みで思った以上にかかってしまった時間を埋めようという強引な方法だった。

 その甲斐もあって霊安室前の非常扉を開けて一度確認すると丁度葬儀会社の人が男の子の体を霊柩車へ乗せ始めるところだった。


「なんとか間に合ったぁ」


 結界を出てしまうともう残された時間はわずかしかない。アスカは男の子を下ろし、慎重に言葉を選びながら両親との永遠の別れをしなければいけないことを告げようとしては詰まる。

 残酷な現実を告げることは下手をすればこの子が悪霊となってしまうかもしれない。その可能性にアスカは思い悩む。

 しかし、いくら結界の中とはいえ不慣れな状態で結界を張っている以上長くは持たないだろうというのもアスカは理解している。

 意を決し、2回深呼吸をすると自然とどう言葉にするべきか分かっているかのように次々と出てきた。


「いい?この白いのが消えちゃったらすぐにこの扉を君が開けてその先の車に乗るの。さっき見たよね?」


 確認するように男の子に尋ねるとこくりと頷く。


「君の寝ている体を動かしている人は君やお父さん達の味方だから大丈夫。そのお兄さん達は君やお父さん達がずっと笑っていられるようにお手伝いしてくれる人だから」


 確かに葬儀となれば今生の別れではあるが、その先には違う形で日常に亡くなった人たちが記憶の中できちんと息づくようになる。

 アスカも祖母が亡くなってから今まで一度たりとも楽しい思い出が分からなくなったことはない。


「もし、君が怖いと思っても大丈夫。君がお父さん達と楽しかったことを忘れたことなかったでしょ?これは君がきちんとおうちに帰るためのちょっとした寄り道。君のお友達だって来てくれるし、寂しくても大切なものだってちゃんとぎゅって持っていられる」


 なるべく男の子に分かるように、葬儀の別れを怖がらせないようにアスカなりにかみ砕いて説明する。

 その説明を男の子は真剣に聞いている。


「それでも怖かったりしたら…さっきお姉ちゃんと一緒に食べたホットケーキでも思い出そう」


 そう言ってアスカは男の子の手を取る。


「じゃあ最後にお姉ちゃんと約束しよう。あの車に乗った後、寄り道しちゃうけどちゃんとおうちに帰ったらお父さん達にただいまって声を掛けること」


 出来るよね?と訪ねると男の子は力強く頷く。


「それじゃ…指切りげんまん、嘘ついたら針千本…じゃなくてデコピン。指切った」


 そうしてアスカは男の子と指切りをする。男の子の瞳には強い意志が見られた。


「…それじゃあ、いいね?」


 そう言ってアスカはそのまま結界を解く。

 結界が完全に消えると男の子はそのまま駆け出して扉を開け―


「っ!?」


 いきなり背後からとてつもない殺気が放たれるのをアスカは感じとる。


「嘘でしょ…」


 感じた気配の方を見ると、そこにいたのは血みどろで服もボロボロな女性だった。

 病院内でこういった人はまず処置室か集中治療室にいる。ということはひとつだった。


「怨念となってこの場に留まってるのね」


 流石にアスカもこの光景を理解するのに時間はかからなかった。

 女性の口からは「恨めしい」とうわごとのように繰り返しているが、その目はアスカではなく同じように殺気を感じ取ってしまい動けなくなった男の子に向けられている。


「まずい!」


 そうアスカが口にすると同時に女性は人間とは思えぬ早さで男の子に飛びかかる。


「最悪!!」


 そう怒りをあらわにしながらもアスカは素早く円を描き中心部に手を添える。するとその円が光り輝き壁となって女性の動きを止める。

 アスカが行ったのは腕輪の守りの力と同じものであり、身を守るための結界であった。


「大丈夫!…行ってらっしゃい!!」


 ちらりと見て怯えた男の子にそう声を掛けると、アスカの決意に応えるように力強く扉を開ける。

 すると男の子の体は光の球となって本来の扉の向こうへと消えていった。


「あとは…」


 押さえきれなくなる前にアスカは結界に添えていた手を離し、素早く姿勢を低くする。それと同時にぐっと握りこぶしを作る。すると―


「ガ…グ」


 相殺しきれなかった女性の勢いはそのままアスカの拳にみぞおちから落ちる。

 とっさにアスカは相手の動きを見てカウンターパンチになるように態勢を変えたのだ。


「…破っ!!」


 扉の向こうにまだいる人たちに疑問を抱かせないため、吐く息にあわせそのままみぞおちにある拳にさらに力を入れ女性を殴り飛ばす。

 しかし、女性はすぐさま体制を立て直しこちらへと再び駆けてくる。

 それを見てアスカは術用文字で「刃」を描き、挟むように両手を合わせ帯刀時の構えをとり抜刀しようとすると急に倦怠感が襲ってくる。


「なに、これ…」

(もしかしてこれ…維持に相当なものが必要ってこと…?)


 顔をしかめ膝をつきそうになるのを堪えるものの、女性はもう眼前に迫っている。


(一か八か…)


 軽く深呼吸しながらそう決めた瞬間、この光景が見えるものでも何が起こったか分からないだろう。

 達人と呼ばれる人の中には刀を抜いたと分からないほど本当に目にもとまらぬ早業を披露できる。

 そう、アスカはその領域の早業を発揮し抜刀した光の刃を女性の喉元に突き刺していた。というよりいつの間にか刺さっていたというのが正しい。

 ひゅうひゅうと漏れる息に女性は何が起こったか分からずそのまま硬直している。

 アスカは刺した刃を抜くと同時にくるりと回りつつ遠心力を使って加速し、そのまま女性に袈裟切りを見舞わせる。


「閻魔様の元にでも行ってなさい」


 そう言い放つと同時に女性の首をはね、よろめきつつもその横を通りながら血払いからの納刀の動作をし術の力を解除する。

 そのままアスカは急ぎ見舞いに来る人の出入り用通用口へと向かう。

 その時にはもう、先ほどの怨念となった女性の体は光となって消滅していた。

 通用口から駐車場に出るとそのまま霊安室がある方へと駆けつける。そこには丁度男の子の遺体を乗せた霊柩車が走り出したところだった。


「なんとか、見送れた…」


 まだ両親や看護師達がいるので直接の確認は出来ないが、アスカが出来るのはもうここまでだ。

 最後に使用した術の疲労はまだあるものの一息つき、病室へ戻ろうとするとそこにあの男の子がいた。姿はかなり薄くなっている。


「どうして!?間に合ったはずだよね!?」


 慌てて駆け寄り男の子に尋ねる。

 すると男の子は何かを持っているらしく、アスカに手を差し出す。

 差し出したものを受け取ると、それはおはじきくらいの大きさの水晶片だった。


「これは?…あれ……?」


 訪ねようとして男の子の方を見るともうそこには誰もおらず、意識を集中して「見る」ようにしても見つけることは出来なかった。


「幻…?んな訳ないか」


 水晶片を見ながらアスカは現実だと改める。


「でも…」


 病院の敷地を出ようとする霊柩車に向かってアスカは水晶片を握ったまま祈りを込めた。


「どうか、あの子が笑って旅立てますように」


 そのくらいしてもバチは当たらないだろう。祈りを終えると水晶片を財布に入れ、病室へと戻るためゆっくりと歩き出す。


「あー、一度身だしなみ整えておかないと怪しまれるかも」


 そんなことを考えつつもアスカの表情はどこか晴れやかだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る