第16話 アスカの不可思議な1日①

 入院してたアスカは顔を出したご近所の代表者や周防の老人、警察の確認とその証言の対応をしていた。

 その疲れと短期入院で安静にする中で流石に出入りのない状況になると手持ち無沙汰になってしまう。

 スマートフォンは証拠提出のためそのまま預けてしまったため、メールなどで時間を潰すことも出来ない。


「……退屈」


 解放されているベランダの日陰で飲み物を片手にアスカは佇んでいた。

 安静とはいえ、医者や看護師に相談した上で少しだけこうしてちょっとだけ外に出たりしている。

 経過も順調で、再検査でも頭に大きなダメージがないことが確認されたため最終的に1週間の入院ですみそうだ。


「さてと、日光浴となったしそろそろ戻ろうか…な?」


 気がつけばアスカの目の前に5歳くらいの男の子がこっちを見ていた。


「…どうしたのかな?暑いでしょ、おいで」


 そう男の子の目線にあわせアスカは男の子に声を掛ける。今ここにいるのはアスカ以外だと看護師と共に日光に当たりに来た老人だけだ。


「お父さんお母さんは?」


 そう訪ねるも男の子は首を横に振る。


(迷子かな…普通なら探しに行くべきなんだろうけど)


 自分も入院している以上長時間動き回るのは問題だろう。


「不知火さん、どうかしました?具合、悪くなってないですか?」


 お世話になっている看護師の一人から声を掛けられてそちらの方を見る。


「あいえ、具合が悪いとかではなく…ん?」


 ほんの些細な会話だが、アスカは何か引っかかった。


「あの、変なこと聞きますけど…今この場に何人います?」


 はずれてほしいと思いながら看護師に質問をする。

 怪訝な顔をするものの、看護師は自分を含めて4名だと答える。


「あー…日陰だけど蜃気楼とか変な幻見たのかな…」

「もう、変なこと聞いたと思ったらそういうことね。古い前の病院ならともかく、移設したばかりだからそういうのはないわよ」

「そう、ですよね……って前の病院そういうのがあったんですか?」

「稀に変な音がしたりとか、夜中に見知らぬ患者さんが座っていたりとかの怪奇現象あったみたいね」


 一応質問の意図的にごまかしが出来る内容にして切り抜ける。

 看護師も何か思うところはあったようだが、その人の言うとおり、昨年からこの総合病院は老朽化のため新しい建物へ全機能移転・患者の移動が最近終わったばかりだ。それ故にいきなりの心霊話は基本あり得ないのだろう。

 とはいえ、あまり長居しないよう注意を受けて看護師はもうひと組の方へ向かっていく。


「…そりゃ病院だし、命を預かる場所だからそういう可能性あるわよね」


 軽くため息をついて再び男の子に目を向けると同時によく観察する。男の子はまだ日向の方にいたが、よく見るとある違和感を感じとる。


(『見える』のが普通じゃないし、新しくなったとはいえ、絶対にいないとは言い切れないよね…)


 軽く目を閉じ、西牙に教わった結界視認の薄め方を試すとそこにいるはずの男の子の姿はなかった。

 そう、この男の子はただの迷子じゃない。幽霊となってしまった元入院患者ということになる。

 それを理解するとすぐそこにいる男の子を思い出すと普通にまたアスカの前に姿を現す。しかし、日向であるからこそあるはずの男の子の影がないことがこの世ならざるものの証明となっている。


「なんとなくだけど悪さするような子じゃなさそうだし…お姉さんとちょっと探検しようか」


 そう言ってアスカは手を差し出す。勿論アスカも男の子が幽霊である以上腕輪の力なしで触れられないだろうが形だけでもとる。すると男の子は恐る恐るといった感じでアスカの手を取る。


「えっ」


 そこにいる男の子の手の感触がはっきりと伝わってくる。夏なのに冷たく感じるものの手触りは年相応の子供のものだ。

 その事実に思わず声が出る。


(…もしかして、『いる』と認識してるから触れられるってことかな?)


 そう考えるとこの前の悪霊や異形は自分に害をなそうとする殺気などがあったからこそ知らないうちに『いる者』と認識していたからこそ触れられて武術の技を打ち込めたということになる。


(今はとにかく、見えてしまった以上この子をなんとかしないとね)


 実はあの一件以降アスカは時折夢という形で新たにいくつかの術式を覚えている。しかし、それは結界だったり悪霊と戦うための方法だったりでこういったものは知らない。


(行き当たりばったりでどこまでやれるやら)


 そう考えながらアスカは男の子の手を引いて病院内の通路に戻る。


「君が行きたい方に行っていいよ。でも、お姉ちゃん走れないから手を離しちゃ駄目だからね」


 人の目がないのを確認してアスカは男の子にそう声を掛ける。すると男の子はうなずくとアスカの病室とは反対の方を指さして進み出す。


(あとで問い詰められてもいいように言い訳考えないとなぁ…)


 そんなことを考えながらアスカは男の子の横を歩いて行くのだった。

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