第14話 アスカのツキのない1日③

 日が沈みだす頃、アスカとレイジは病室の一角で話をしていた。そこへ瑞希と恭子が訪ねてくる。


「大丈夫なん?おばさんから連絡もらってついてきたけど」

「眠るように倒れたって聞いて心臓止まるかと思ったわよ」

「あはは…ご心配おかけしました」


 アスカは病院着ではあるものの、普通にベッドに腰掛けている。


「で、先生はなんだって?」

「頭は打ってないから大丈夫だけど、投げ出されたときに全身強く打っちゃってたから2,3日は安静にするようにって。そしたら再検査して問題ないか診るって言ってた」

「それを聞いてこっちは一安心よ」


 安堵した瑞希はレイジが用意した丸椅子に体を預ける。


「あ、そうそうちょっと母さんにお願いがあって…」


 そう言ってアスカは自分のスマートフォンを操作しはじめる。


「これ。偶然ビデオモードになってて撮影できたんだけど」


 そこにはアスカがパルクールの技術でボンネットの上に乗り家の壁に再度ぶつかった後投げ出され、そこから逃げようとするアスカが捉えることの出来なかった残りの男達が写っていた。


「一応データを証拠として渡してもらえないかなって」

「…偶然にしては顔以外はきちんと撮れてるし、ある程度は当時の状況証拠として通用しそうね。所轄の警察署に頼んでデータコピーしてもらうから入院中預かることになるけどいい?」

「今回ばかりは早く捕まえてもらわないといけないからそれで大丈夫」

「そうね。しかもこれ見る限り周防のお爺ちゃんから息子さんのとこに雷落ちるかもしれないから早めにしないと大変なことになるわよ、これ」

「…てことは逃げた連中って」

「状況知らない周防組の新人達ってこと?」

「多分ね」

「ああ、そら周防とこのお爺さんの雷落ちるわ」


 瑞希の推測に三人はなんとも言えない表情で苦笑いをする。実はあの周防の老人はもう一つの顔があった。

 それは反社会組織・所謂指定暴力団の元会長というものだ。

 ただ、その成立が元々戦後の自警団という立場から発展した組織なので任侠映画にあるような義理人情を重んじ、弁護士や警察・自治会らを交えた協議で老人が所有する土地のある地域には事務所の設置禁止並びにその地域での「一般的な」ものも含めた事故事件を起こした際は社会的責任をきちんととる方針にしていることを当時のニュースなどで広く知られている。

 実際に今の住まいに老人が移ってからは今日過ごしたような形で平穏に過ごしており、地元の学校でこの時期に行われる課外授業で特別講師として戦後の話や現在の周防組についての啓発をしているため自然とその手の警戒意識が高い。

 そして瑞希はご近所さんということもあり、所轄警察署の対策チームとの連絡役も担当しているためそういった情報も入ってくるのだ。


「ともかくそっち方面の可能性もあるだろうし、今のうちにちょっと連絡と入院とかの手続きしてくるから」


 そう言って瑞希は病室を後にしようとして何かを思い出したように恭子に声を掛ける。


「そうそう恭子ちゃん、お母さんにこのこと連絡して弁護士紹介してほしいって伝えて。多分警察としての立場上公平性を欠くってことで損害賠償とかの請求が難しくなる可能性があるから」

「そんならメールで伝えとくわ」

「ありがとう。それから近いうちにお茶しようってのも伝えておいてね」


 そう言って瑞希は慌ただしく病室を出て行った。

 アスカと恭子が幼なじみなのは母親同士が高校からの親友でもあったからだ。

 そのため双方の家族も知っているし、付き合いも今も時折続いている。

 だからこそ今回みたいな瑞希の立場上、手が出せない頼み事も何度かお願いすることがあった。それでも今回のことはかなり特殊な例であるが。

 メールの送信後はそれからしばらく三人で面会時間が過ぎ、瑞希が戻ってくるまで談笑して過ごす穏やかなときが流れた。

 そして売店で用意してきた夕飯を食べながらアスカは何か引っかかりを覚える。


「何か…伝え忘れてたような気が…」


 そう考え続けてあっ、と声が漏れ出る。


「団子、駄目になっちゃってるの伝えてなかった…」


 そう思い出すとアスカはため息をひとつついた。



 /*/



 丁度その頃、瑞希とレイジは家に戻っていた。


「あー、そういや周防のじいさんから頂いたもの姉貴が預かってたような…」

「あら、そうだったの?明日業者に連絡した後お礼に行かないとね」


 そんな会話をしながら二人はリビングの明かりと冷房を入れる。机の上には手つかずの団子と長く放置していた水出し緑茶がそのままになっていた。


「あ、先に食べようとしてたみたいだけど…締め切ったままだからもうこれ食べられないよね?」

「もったいないけど、仕方ないわね。レイジ、それ二重に袋に入れてゴミ箱に入れて」


 そう言いながら台所へ向かう瑞希。レイジも団子を処分しようとして――ピタリと手が止まった。


「レイジ?どうし…うわぁ」


 硬直したレイジに声を掛けつつ近づき彼の視線の先をみて瑞希は言葉をなくす。

 その団子にはどこから入ってきた大量の蟻が団子の容器内で蠢いていた。


「片付けと併せて殺虫剤も捲いてくれる業者探さないといけないわね…」


 そう頭を抱えた瑞希は仕事先へ明日一日の休みを決めた。

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