第4話 認識の対価

 公園の一角に救急車が止まり騒然とする中、アスカは霊にやられた子が担架に乗せられていくのを静かに見送った。


 その子の母親にも感謝されてはいるものの、ついさっきのことを考えていた。ちなみに腕輪が変化した刀はいつの間にか元の腕輪に戻り、再度身につけている。


「さてと……さっきのことについてだが…」


 救急車が出発し、集まっていた人が散り散りになると西牙が声をかける。


「こっちも聞きたいこともあるし、そっちも同じだろ?」


 確かにその通りだ。いきなりあの状況になって対応できたことなど聞きたいことがあったのは事実だ。


「分かった…ファミレスとかでも良いからそこで聞かせて」


 そして2人は程なくして、ビルの一角にあるファミレス店にやってきて向かい合う形で座っている。


 2人ともドリンクバーから冷たいお茶を用意するも、アスカは未だに一口も入れていないままだ。


「最初に言わせてもらうが、あれはオカルトとかの類いじゃなく現実だ。それだけはなんと言おうと変わらないからな」


 どう切り出すか迷った西牙はそうはっきりと口にした。どう説明しようにもそこが大前提だ、というのはなんとなくではあるがアスカも認めるしかないという形な頷き方をした。


「その上で聞くが、今までそういったものを見た経験は?」


 そう聞かれアスカは静かに首を横に振る。


 ある日突然そういった「見える」ということ自体は極まれにではあるがいくつか事例があるのは西牙も聞いたことはある。


「無意識に体が攻撃の姿勢を取ってたけど、武術の経験は?」


「家が古武術道場してて一応指南役は出来るくらいは」


「一応って、十分熟練者じゃないか」


 かくいう西牙も普段は気をつかっているが空手・柔道・剣道の有段者だ。指南役ともなればいろいろと納得できるものがある。


「……今度はこっちから、いい?」


 特に断る理由もないため西牙は促す。


「あの時のって小説とかでもある結界ってやつよね?」


「ああ」


「あれって簡単に入れるの?」


 それは西牙が一番引っかかっていた質問だった。


「まず無理だ。あれは一時的に世界を切り取っているようなものだからまず無意識で動く」


 そう、「見える」だけではまず結界を認識できない。だが、アスカは普通に結界の中に入ってきたのだ。


「結界を見つけようとするなら精神の集中でなんとかなることもあるが」


「あの時はそんな余裕はないわよ」


「分かってる」

 だからこそ西牙は一連の出来事を思い返し一つの答えに辿りつく。


「可能性があるとすれば間違いなくそれだな」


 そう言ってアスカの腕輪を指さす。


「恐らく…昔に作られた霊剣のひとつだな。実物は初めてだけど」


 霊剣――遙か昔に作られた悪霊や妖怪退治用の専用武器で、現存はするらしいもののその所在ははっきりと分かっていないものが大半だと西牙は伝え聞いていたのを思い出す。


 剣の名の通り西牙でさえ三種の神器の草薙剣のように普段は神社仏閣などに奉納されているものという考えだったため、アスカの腕輪のように形そのものを変えられるというのは思ってもいなかった。


「それが結界を通れるいわばパスの機能をもっているとしたら辻褄が合う」

 西牙の推測を受けてアスカはただうつむくしか出来なかった。


「一応取る手立てはある……今日あったことを忘れるならその腕輪をこっちに渡せば仮に見えたとしても、2度と今日みたいな状況は回避できる」


 確かに考える可能性を潰せばアスカは今日みたいな悪霊相手に技を振るうことはまずないだろう。


 それに西牙としても霊剣をこのままにすれば持ち主を不幸にする可能性もあるだろうと考えていた。


 しかし、それはアスカにとって祖母の遺言を放棄する行為だ。


「……黙ったままというならそれを認めたとさせてもらう」


 長い沈黙を肯定の意思ありだと、判断し西牙はアスカの腕輪に手を伸ばす。

「っ!」


 腕輪に手が掛かりかけた次の瞬間、アスカは右手で腕輪に伸ばした手をつかみ、思いっきり手前に引いた。その勢いで西牙の体が引っ張られ腹部にテーブルの縁に当たった強い衝撃を受ける。さらに追い打ちをかけるようにもう片方の手で西牙の頭をテーブルに叩きつけようとしてギリギリのところで止めた。


「…ごめん、やり過ぎた」


 アスカの一連の行動は店内にいた客や従業員を驚かせるには十分で一気に視線を集めていた。


「悪いけどその案はなしで。手放せない理由があるから」


 そう言ってお金を置くとアスカは足早に店を後にした。


「……まぁ、そうなるよな」


 西牙もアスカの合気道に似た一手で痛む腹部をさすり、軽率なことをしたと思いながら店への謝罪を行っていた。

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