第9話 大国の少女騎士

 セバゥプアの大陸は広大である。内陸部には大小様々な山がそびえたち、湖もまた多く存在する。砂漠もあり、密林もある、多様な自然がその巨大な大陸には存在した。その各々の場所では今も多くの国が興り、街が建設され、その周囲には村々が点在する。

 オークの国から砂漠を越え六つの山を越えた先、広大な大陸中央には複数の国々を治める大国が存在する。ハトヴァーユ国と称される大国は一三〇〇年の歴史を誇り、かつて国同士が主権を争いあった暗黒期と呼ばれる時代において見事統一を成し遂げた覇道の国である。軍事力、工業力、財政力、どれをとっても大陸内でこの大国に適う国はいない。

 しかしながらその治世は穏やかであり、属国などからの徴収など行わずとも国家を運営できる程の余裕もあった。歴史の流れはいつしかハトヴァーユ国をセバゥプア大陸の要と位置づけた。

 特に騎士、導師を内包する形となったハトヴァーユ国には俗に王立軍と呼ばれる軍隊が存在する。巨大な機械、導機を多数所有し、各国、各種族が選りすぐりの人材が集められた王立軍はまさに大陸最強の誉れもある組織として君臨した。

 ハトヴァーユ国の首都ルドラト。中央にはハトヴァーユを治める王族の城がそびえたちその威光を知らしめる。その城のすぐ傍、まるで城を守るように堅牢な外壁に囲まれたそこは王立軍総司令部であり、その周囲を八メートルの白銀の騎士が等間隔で十機並び、剣を構えていた。王立軍が所有する導機『アルメリー』である。導機たちは甲冑をそのまま巨大にしたような姿をしているが完全に人間型というわけでもなかった。全体的なシルエットはずんぐりとしており、球体のような胴体に埋まるように頭部が存在する。両腕、両足は丸太のように太く短い。

 二頭身、三頭身といった具合だがアルメリーは王立軍の戦力を支える貴重な存在である。ずんぐりとした巨体は国を守る堅牢な盾となり、手にした剣を構え恐れることなく敵に突撃する姿は民衆の憧れであった。


「剣戟の音か……」


 そんな数十機のアルメリーの傍を一人の少女が駆け抜けて行った。きっちりと纏め上げられた亜麻色の髪は太陽の光で煌き、つんと高い鼻、長く伸びた両耳、雪のように白い肌は滑らかで、端整な少女の顔をさらに引き立てていた。少女は純白のサーコートをすっぽりとかぶり、歩くたびに裾の部分が少々地面と擦れている。左の腰にかけられた剣も少女がわざわざ手で支えなければ鞘が地面を叩くことになり、無作法なものとなるのだ。

 一見するとそれは幼い少女が騎士の真似事をしていると思われるだろうが、彼女は正真正銘、ルドラトの騎士であった。

 アリア・ジルベット。一五〇センチ台に届くかどうかのこの少女は王立軍所属の騎士であり、エルフと呼ばれる種族で、こう見えても十七になる。

 外壁の内側から聞こえてくるのは豪快な金属音と大地を踏み鳴らす振動、蒸気音である。導機が発する独特の駆動音は分厚い鉄の壁をも突き破りアリアの体を震わせた。どうやら内部では導機を使った訓練が行われているらしい。


「……」


 本来ならばこの時間帯、彼女も訓練に参加しているはずだったが、アリアは総司令部を横切り、城門の前までたどり着く。ルドラト城は周囲を深い堀で囲み、その傍に盾である王立軍の本部を設置するという形で守られている。


「騎士アリア・ジルベット。コラト王の命によって参上しました。橋を降ろしなさい」


 アリアの甲高い声はよく通る。号令と共に橋が降ろされ堀の淵にかかる。それと同時に城門が開かれるのを確認したアリアは橋を渡った。ルドラト城までの通路はほぼ一方通行であり、迷うことはない。本来であれば城へ乗り込まれることを考慮して、複雑な道を作ることも多いのだが、最強を誇る国家という自負の現れなのか、この城の作りは至ってシンプルであった。

 城の内部へと足を踏み入れたアリアは出迎えの使用人を横切りそのまま上部を目指す。途中、城の窓から王立軍本部が見下ろせた。


「ムッ!」


 王命を受けている身としては早々に謁見の間まで向かわないといけないのだが、アリアはついつい足を止めてしまった。

 窓の外に見えるのは軍本部の訓練区画であり、三機のアルメリーと対峙する異形の導機を目にしたからである。その導機は白銀の装甲で身を包み、巨大なロングランスを軽々と片手で構え、アルメリーへと切っ先を向けて牽制していた。異様なのはその全体像であり、通常の導機が二足歩行であるならば、その機体は四足であった。上半身は甲冑の如き装甲であり、頭部は馬のような顔を持ち、その頭部からは捻じ曲がった角が伸びていた。下半身はやはり馬のように強靭な四足で支えられ、右前足は仕切りに地面を蹴っていた。


「あれは……ケントゥリアス。ルカール騎士団長の訓練か……」


 ケンタウロス型とも言うべき導機は、蒸気音と共に馬のような嘶きを鳴らし、一気に駆け出す。その加速は一瞬にしてアルメリーの眼前まで迫り、ロングランスをなぎ払うように振るう。

 アルメリー隊は加速に対応できなかったのか、直撃を受けることになった端のアルメリーと共に共倒れとなる。

 その瞬間、城内にまで響く怒声が発せられた。


『何たるざまだ。アルメリーであればこの程度の突撃は受け止めるべきだ!』


 ケンタウロス型導機『ケントゥリアス』から発せられる怒声にアルメリーたちがびくっと肩を震わせたように見えた。否、実際に震えたのだろう。共倒れになったアルメリーたちは急ぎ体勢を立て直そうと機体をせわしなく動かすのだが、互いにばらばらに動くせいか余計にもつれ合い、中々立ち上がることが出来ないでいた。

 王立軍騎士団長、ケンタウロス族のルカールに怒鳴られ萎縮しないものはいない。それほどまでに目の前の騎士、そして導機は恐れられているのだ。


「あぁもう! 見てられないわねぇ!」


 ややもたつきながらも再び整列した三機のアルメリー。ケントゥリアスはやれやれといった具合に頭部を横に振った。恐らくパイロットであるルカールがそのような動作を行っているのだろう。

 アリアが眺める先。またも三機のアルメリーが豪快に吹っ飛ばされていく。その度にケントゥリアスはため息でもつくかのように肩を落とし、首を横に振っていた。

 それはアリアも同じであった。「嘆かわしい」と額を抑える。


「王立軍の質の低下は本当のようね……」


 強大な兵力を抱えるルドラトであってもこの数百年、目立った戦がなければこのようなものだ。王立軍が出動する機会が増えたのはここ数年の間であり、そのほとんどは狂獣討伐が主となる。国同士の諍いの仲裁もルドラトが一睨み利かせれば終わる程度のものだったし、時折野盗崩れが操る導機を成敗するだけで本格的な戦などルドラトを含め多くの国々は行っていない。

 それはこの国を治めるコラト王の治世の賜物でもあるし、広くルドラトの威光が行き届いているというのもある。

 が、しかし近年増大する狂獣の被害は尋常ならざるものであり、ルドラトはその兵力の三割を大陸全土へと展開しなければならなかった。それでも大陸全土を防衛するには足りず、さらには差し向ける兵士、騎士たちの実力も考えると三割でも苦しい所だ。

 これでも近隣諸国の騎士たちに比べれば実力も申し分ないとは言われているが、ケントゥリアスに蹴散らされるアルメリーを見ているとそれも本当かどうか疑わしい。

 再び号令が轟く。三機のアルメリーが下がり、新たなアルメリーが数機、のろのろと入れ替わっていた。


「のろのろと! それでも王立軍の騎士かしら!」

「んんっ!?」

「ひゃいっ!」


 窓から身を乗り出すようにして、訓練風景を眺めているアリアだったが、不意に後ろから咳払いが聞こえてしまえば叱られている騎士見習いと同じように肩を大きく振るわせてしまう。

 ゆっくりと、油の切れた機械のように後ろを振り返れば小うるさい小言をいつもぶつけてくる禿頭で巨躯の大臣の姿があった。その背後には数十人の部下と護衛の騎士がずらりと並び、無表情のまま立っていた。が、よく見れば騎士の方はちらちらとこちらを見てはほんの少し口元を歪ませていた。笑いを堪えているようだった

 それを認識した瞬間、アリアはかぁっと自分の顔が赤くなるのを感じた。いつの頃から見ていたのかはわからないが、訓練風景を見てはしゃいでる姿を見られたのだとすればそれはかなり恥ずかしいものだ。しかも大臣にである。


「騎士アリア。コレト王がお待ちだ。王立軍の騎士であれば、迅速にな」


 大臣はもう一度咳払いをすると、少しの皮肉を残して部下を引き連れてその場を去っていく。横切るのは失礼にあたる為にアリアはこの行列が通りすぎるまでその場で待たなければならないのだが、それはつまり後ろに連なる大臣の部下や同僚の騎士たちの視線の的になることを意味していた。


 ***


「騎士アリア・ジルベットでございます」


 謁見の間は広く巨大な柱が八本、それぞれには金細工が施され、陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。まっすぐに伸びた絨毯には稲妻模様の刺繍があり、それを辿ると、幾重にも重なった真っ赤なビロードの垂れ幕がかけられ、宝石が散りばめられた豪華な玉座へとつながる。

 その巨大な玉座にちょこんと収まるように細身の男が座して、頭を垂れるアリアをじっと見下ろしていた。男のすぐ傍に用意された縦長の台座には歴代にルドラト王が冠してきた王冠が置かれている。

 この目の前の男こそ大国ルドラトを治めるコラト王であった。


「ん、面をあげい」

「ハッ!」


 コラト王は細身で面長、少し神経質そうな風貌をしている。その躯体のせいか王族特有の少し派手な衣装が不釣り合いで、どうやらそれはコレト王も自覚しているようで、特別なことがない限りは質素な礼服で臣下の前に現れる。

 だが、今のコレト王はその不釣り合いな王族衣装に身を包んでいる。それの意味するところは、つまりはアリアへの呼び出しはかなり重要な案件であるということだった。


「手短に話す。騎士アリアよ、貴殿に救世主探索の任を与える。以上だ」

「はっ……?」


 返事を返した瞬間、アリアはしまっと後悔した。この返答は無礼だ。しかも素の返事を返してしまった。コレト王の周囲を固める大臣だの親衛隊だのの眉がぴくり上がった。


「あ、ハッ! ハッ! その任はしかと!」


 慌てて取り繕うが、謁見の間はしんと静まり返っていた。アリアは恐るおそる周囲を見渡す。大臣たちは相変わらず眉をひそめているが、コレト王は気だるげな表情のままで不満を露わにするような姿ではなかった。


「ん。貴殿も知っての通り、我がルドラトのみならず大陸全土の呪い、狂獣の被害は増大の一方である。聞けば神官たちがこぞって予言を受けたとか……西の方角へと星が落ちる時、救世主が現れるとな」

「ハッ、そ、そのように私も聞き及んで!」


 その話はアリアも知っている。数か月前にルドラトの神官が一斉に予言を見たのだという。そのあまりの異常事態に一時は警戒態勢が敷かれ、予言を見た神官たちが口を揃えて「西の方角に星が落ちる。それが世界を救うきっかけとなります」というのだ。その後、古い文献などを調べれば過去数千年の頃にも同じようなことがあったのだという。


「現在ルドラトはその兵力の殆どを大陸全土の防衛に回している。ま、人手が足りんということだ。神官たちの予言、不気味な程に同じ内容で、その通りに西に方角へと星が落ちたとなれば嘘ではないのだろうか、かといってそれに貴重な兵力を差し向けるのも正直な所、無駄に近い」


 コレト王は意外と多弁である。彼とて周辺各国を含めた大国の王である。目の前の問題に対して悠長に構えているだけの愚鈍な王ではない。コラト王の手腕は確かであり、狂獣、呪いの対策として騎士を展開することを決めたのは彼である。

 多少無理を通した形とはなったが、その迅速な決定が結果的には被害を抑えることとなった。むろん、そのツケというものを払う形として戦力不足に悩まされているのだが。


「ま、私も予言の件は気にはなっている。他の国々でも同様の予言があったそうだ」


 コラト王は側近を呼び出し、羊皮紙を広げさせた。


「貴殿の故郷ディアンや同盟国フォルセナー、賢狼の集落でもその話を聞いたそうだ。ふむ、リザードの方もか?」

「南のマーマンたちの方からもそのような報告があります」


 側近が付け加える。その他にも羊皮紙には多くの国や種族が書かれているようだが、コラト王は全てを読むことはなかった。


「ま、そういうことだ。確認しただけでも数十の同盟国、友好種族からもこのような話が飛び交っている。ここはルドラトの力をもってしてと言いたい所だが、近年の呪い、瘴気の拡散は異常故にな。とはいえ気にもなる。騎士アリア、貴様に聖導機ガラッテを与える。ついでに騎士長に格上げだ。これで自由に動けるだろう」


 少々早口でまくし立てたコラト王はアリアの返事も待たずに玉座から立ち上がった。

 慌てるのはアリアである。今、なにやらとんでもないことを耳にした気がする。聖導機を与える? 騎士長の格上げ? 王立軍に所属するものにとってそれは大変名誉な事だが、それはそれとして突然すぎるし、軽すぎる。


「あ、え、ちょっと、コラト王! お待ちください!」

「なんだ? 騎士団長にはできんぞ」


 ビロードの幕をくぐろうとしたコラト王が顔だけをアリアへと向けた。


「いえ、そうではなく……な、なぜに私が?」


 アリアは確かに騎士である。十七で騎士というのはエリート中のエリートだ。彼女の実家も名だたる名家として馳せているし家柄も申し分ない。この数百年、大きな戦がない故に彼女もまた実戦経験のない騎士であったが、剣技、魔力、導機の操縦においては一目置かれる少女である。

 だとしても物事には順序があるはずだ。


「一人旅させても問題のない騎士は誰だと騎士団長に聞いた。そうしたら貴様の名が挙がった。それだけだ。では、朗報を待つ。必要なものがあれば多少の便宜は図ろう。ではな」


 それだけ伝えるとコラト王はさっさと幕の向う側へと消えていった。アリアは唖然とするしかなかった。

 そんな彼女の前に先ほどの大臣が仏頂面でやってくる。手には騎士長用のマントが用意されていた。

 アリアは徐々に見上げながら、「ほ、本当ですか?」と尋ねる。


「騎士アリア・ジルベット。これより貴殿を騎士長とし、聖導機ガラッテを与える。我がルドラト国の為、その力、その地位、使いこなしてみせよ」


 大臣はそれだけを伝えるとマントを差し出した。


「名誉なことだ。受け取れ」


 大臣は無理やりマントをアリアに持たせると、ポンポンと肩を叩いた。

 すると周囲の面々から賛美の拍手である。アリアは困惑した。

 こうして、エルフの少女、ルドラト王立軍騎士長アリア・ジルベットの旅は幕を上げることとなった。

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