第30話 悪魔吊り⑤正体

「お、おい! あいつ血まみれのナイフを握ってるぞ!」


「いや、それよりもさっきのあの男が腕を切られて床に倒れているってことは……」


「そ、そいつが悪魔だー!!」


 陸と桃山が戻るや否や、血まみれのナイフを握ったままの陸を見て周囲が一斉に騒ぎ出す。

 それもそのはず。

 先ほど紅刃お嬢様が言ったように悪魔がいるのなら、二人っきりの状況になれば本性を現すはず。


 その予測通り桃山と二人っきりになった陸が桃山を殺そうと攻撃を仕掛けた。

 なれば、これは言い逃れできない状況であり、この場にいる全員が証人となる。


「決まりだな。99番の男、お前が悪魔だ」


 それを裏付けるように浦島の断言にこの場にいた全員が頷く。


「おい、お前ら。最初の投票はそこの99番の男だ。異論はねえな」


 浦島の発言に皆が頷く、それぞれ手に持った紙に番号を書いては次々と破っていく。

 もはやこうなってしまった以上、陸の処刑は免れない。が、


「ちょっと待ちさないよ」


 そんな状況の中、紅刃お嬢様だけが明らかに疑惑の表情を浮かべ前に出る。


「なんだまたお前か。この状況で今更何を言うんだ?」


「アンタにじゃないわよ。アタシが聞きたいのはこっちの陸君よ」


 そう言って紅刃お嬢様は血まみれのナイフを握ったままの陸の前へと移動する。


「アンタ、どういうつもりよ」


「……何がだ」


「本当にアンタが悪魔なの?」


 問いかけるお嬢様に陸は沈黙したまま話さず、やがて観念したように手に持ったナイフを捨てて、降参とばかりに両手をあげる。


「ああ、そうだ。オレが悪魔だ」


「…………」


 その告白に対し、しかしお嬢様は明らかに不機嫌そうな顔を向ける。


「おい、聞いたか。これで決まりだ。そっちの男が悪魔。けど、良かったな。残りのお前ら。これで残ったお前ら四人の白は証明された。今後の投票でもお前ら四人はなるべく除外してやるよ」


 そう言って浦島はあざ笑うように背を向けるが、お嬢様はそんな浦島に対し全く関心を向けず、むしろ目の前の陸だけを睨んでいた。


「……アンタ、本気で言ってるの? 仮にアンタが悪魔だとしたら、なんでアタシに桃山や海を助けてくれって頼むのよ。おかしくない?」


「…………」


 問いかけるが陸からの答えはない。

 そんなことをしている間にすでに時間はドンドンすぎており、もうすぐ一時間のタイムリミットとなる。

 このまま誰も死なずに一時間を過ぎれば、投票の結果によって陸が処刑されることとなる。


 しかし、当人の陸はそのことに対しすでに諦めているのか、まるで無関心の様子で両手を挙げたまま、立ち尽くしている。

 そんな陸を険しい表情で見つめる紅刃お嬢様であったが、やがて何かに呆れるようにため息をこぼし、陸の傍より離れる。そして、


「……陸君」


 少し離れた場所でそんな陸を怯えながら見ている海へと紅刃お嬢様は近づく。


「海、少し話があるの。いいかしら?」


「え、う、うん……」


 お嬢様に話しかけられ、ビクビクと怯えた様子の海。

 しかし、そんな彼女に対しお嬢様はハッキリと問いかける。


「一つ聞くけれど、海。アンタはこのままでいいの?」


「え?」


「このまま陸君が目の前で処刑されてもいいのかって聞いてるのよ」


 お嬢様の断言に海は一瞬おびえるような様子を見せ、紅刃お嬢様と陸の姿を交互に見ながら、やがて震える体で呟く。


「……で、でも、それってしょうがないよ……。り、陸君が本当に悪魔なら、ここで殺しておかないといけないし……」


「それってアンタの本心?」


 海の答えにお嬢様は彼女の瞳をまっすぐ見つめながら問いかける。


「う、うん……。そ、それに陸君が死ねば、私達は助かるわけなんだし……彼の犠牲で助かるなら、それに越したことはないと思うんだ……クレハちゃん……」


「そう、分かったわ」


 そんな海の答えを聞き、紅刃お嬢様は優しく微笑む。

 そんなお嬢様の笑みを見て、同じように安堵の笑みを浮かべる海であったが――


「――え?」


 その胸に、唐突にナイフが刺さる。


 何が起こったのかわからないといった顔をする海。

 だが、その眼前ではかつてないほど冷酷な表情のお嬢様が海を見下しており、その手には海の胸を貫いたナイフをしっかりと握っていた。


「…………」


 ごぷりっと静かに海の口から血が溢れる。

 そのままゆっくりと後ろに倒れ、海は床に赤い染みを作る。


「なっ!?」


「お、おい! お前! 何してんだ!」


 そんな状況を見ていた周囲の者達が一斉に騒ぎ始める。

 それは浦島にしても同じであり、お嬢様の行動に目を丸くし驚いた様子だ。

 だが、ただひとり。

 そんな周囲の動揺や混乱、恐怖とは裏腹に落ち着いた態度のまま海の前に歩いていく男、陸がいた。


「……紅刃、どういうつもりだ」


「…………」


 その表情はこれまでの陸とは異なり、明らかに人間らしい感情、即ち怒りの表情をしており、地面に倒れた海を悲痛な表情で見ている。


「約束したはずだろう。オレはどうなってもいい。オレよりも海の命を優先させろと」


「……ええ、そうね」


「なら、なぜ海を殺した。まさか事前に一人殺すことで投票を無効にしてオレを救ったつもりか? そんなことオレは頼んでいない」


 それは明らかな怒りの感情を含んだ陸の罵倒であり、お嬢様を険しい表情で睨む。

 しかし、そんな陸の表情を見ながらもお嬢様は落ち着いた態度のまま告げる。


「それはアタシのセリフでもあるわ。アタシは『海』を殺してはいない。だから、厳密にはアンタとの約束は破っていない」


「それはどういう……」


「っていうか、アンタも本当は薄々気づいていたんでしょう? だから、さっきみたいな芝居をうった。例え本物でなくても、彼女が海ならば自分が守らなければいけないと。それが人間らしい普通だって。けど、言っとくけどそれは間違いよ。理由を作るために行動を起こすのは人間として歪んでいるわ」


 お嬢様がそう告げた瞬間であった。

 倒れたはずの海が突然、立ち上がったのは。


 その姿を見て周囲の者達は一斉にざわめい出す。

 無論それは胸を突き刺されたはずの人間が突然立ち上がったためでもあるが、それ以上に立ち上がった海の姿は明らかに常軌を逸していた。


 赤く血走った目。指先から生えた鋭い爪。そして、嗜虐に濡れた口から覗くのは吸血鬼が持つような鋭い牙。

 明らかに人としての外見から変化した海が背中を向けたままの陸へと襲いかかるが、それより早くお嬢様が陸を突き飛ばし、右手に持ったナイフを一閃。

 海の喉を切り裂くと同時に、再びそこを切り開くように二閃目を放つ。


「さようなら、海」


 その一言と共に海への化けていた悪魔の首は落ち、首をなくした体は静かに前のめりに倒れ、その後、海の死体が動くことはなかった。


「……なっ」


「なんだ、今の……」


「おい、今の明らかに人間じゃなかったぞ……」


「ってことは、あの男が悪魔じゃないのか……?」


「ど、どういうことなんだ……!?」


 混乱し、騒ぎ出す周囲の者達に紅刃お嬢様は血に濡れたナイフを掲げながら大声で叫ぶ。


「見ての通りよ! アタシ達の中に潜んでいた悪魔は今の女、海よ。こっちの陸ってやつは悪魔じゃない。そっちの桃山を襲ったのは彼が悪魔だからではなく、彼の個人的な理由よ。詳しい説明は省くけれど、これで悪魔は暴いたわ。制限時間の前にその悪魔も殺したんだから、これで最初の投票による処刑は必要ないはずよ。そうでしょう、大悪魔」


 問いかけるお嬢様に天よりの笑い声が響く。


『はーい! その通りでーす! よくぞ一人目の人外を発見しましたー! そちらのお嬢さんの言うとおり、彼女が悪魔でーす! で、最初の一時間が来る前に一人殺したので投票による処刑は無しです。次の二時間目ではまた改めて投票をしてもらいますので、皆さんも引き続き、探り合いやら殺し合いやら、ドンドンやっちゃっていいですからねー!』


 そう言って大悪魔の楽しそうな声は消えていく。

 それを聞き周囲の者達は「マジかよ……」「あの男じゃなかったのかよ……」「というか、あの女なんでそれ分かったんだ?」「いや、それよりも悪魔だからってあんないきなり刺せるか? イカレてやがるぜ」と様々な呟きが聞こえる。


「さてと、とりあえず礼はいいわよ。陸君」


「…………」


 倒れた海の死体を前に複雑な顔をする陸であったが、そこには先程のような紅刃お嬢様に対する怒りなどはなかった。代わりに陸はお嬢様に質問をする。


「……いつ気づいていたんだ」


「そうね。最初は分からなかったけれど、一緒に行動している内になんとなく違和感は感じたわ。まず、最初のシェルターで男が殺された時、そのすぐ傍にいたのは海だった。あの時は否定したけれど、彼女が悪魔だとするのなら殺したのは海で間違いないわ。陸君もあの時点から海に違和感を感じたんじゃないの?」


「…………」


 問いかけるお嬢様に対し、沈黙で返す陸であったが、それが逆に肯定を意味していた。


「そのあとの海の態度も全て消極的。確かにあの子は普段は大人しくて弱い部分があるかもしれないわ。けれど、こんな状況下であの子がずっとそんなにおびえているはずはないのよ。極めつけはさっきの海とのやり取り。あいつはアンタを見捨ててもしょうがないと言ったわ。断言するわ。本物の海なら絶対にあなたを見捨てない。むしろ、この場の全員を殺してでもあなたを生かす手段を海は取る。あの子はそれほどの善人(異常者)よ」


「……だろうな」


 紅刃の断言に陸はため息をこぼし、静かに頷く。

 確かにお嬢様と行動を共にしていた海の様子はどこかおかしかった。

 紅刃お嬢様が何度か海の前で、自身がクレハではなく紅刃という殺人鬼という姿を見せていたにも関わらず、まるでそれに触れようとせず、むしろ目を逸していた。本物の海ならば、それらを見せられた時点で記憶を取り戻し覚醒してもおかしくないはず。

 それに悪魔に襲われ逃げていた際も、海が転んだのはわざとではなかったのか?

 わざと皆の足を引っ張ることで他の悪魔に殺させるよう仕組んだ。


 思い起こせば、海が偽物かもしれないという証拠はいくつもあった。

 お嬢様でなくても気づいて当然。


「まあ、でもアンタとの約束は守ってあげるわよ。陸。今後、本物の海と出会って、あの子が記憶を取り戻していない状態だったらアタシが守る」


「……一つ聞きたい。もしも、この地獄に落ちた海がアンタを、音霧紅刃のことを覚えている海だったらどうする?」


 そう問いかける陸に対し、お嬢様は優しく微笑み答える。


「さあね、それはその時にならないと分からないわね」

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