第29話 悪魔吊り④閉鎖

「動くんじゃねえ! てめえらの中に悪魔が混じってやがる!」


 浦島のその発言に周囲の者達も同調する。

 中には「今すぐその五人を殺せ!」という過激な発言をする奴らも混ざっていた。

 無論そのようなことを言われ、海や桃山などは恐怖に顔を歪ませるが、紅刃お嬢様は呆れた様子で周囲の連中を眺めており、陸に至っては何を考えているのか無表情のまま黙りこくっている。


「とにかく、これで決まりだな。これからお前ら五人を順番に投票で殺していく。そうすれば、確実にお前らの中に混ざった悪魔は処刑できるわけだからな」


「なっ! ち、ちょっと待ってくれよ! オレは悪魔じゃねえ! 信じてくれ! な、そうだろう? 犬崎、雉姫、猿渡!」


 そう言って真っ先に叫んだのは桃山であった。

 彼は浦島のすぐ後ろにいる犬崎達にそう訴えかけるが、


「ど、どうだろうかなぁ……。悪魔が桃山のふりしてるって可能性もあるし」


「そうよねー。っていうか、桃ってアタシ達と離れて行動してたじゃん? だったら、その間に悪魔と入れ替わってる可能性もあるし」


「つーか、一番可能性高いのって桃じゃね?」


「てめえら……!」


 しかし、犬崎達は冷ややかな目で桃山を見返し、そう切り捨てる。

 そうなってしまえば、あとは周囲の空気や狂騒に飲まれるだけ。

 五人の中に混じった悪魔を殺せと、周囲の連中は口々に叫ぶ。


「ちょっと待ちなさいよ。アタシ達の中にいる悪魔を特定できれば、残りの四人は殺さなくてもいいでしょう」


 しかし、そんな狂騒を止めたのは紅刃お嬢様のそんな一言であった。


「というか、悪魔を特定できれば残り四人の白は確定になるんだし。ここでアタシ達五人を殺して、残り『二名』の人外を好きにさせるのはデメリットじゃないの? アタシ達に集中している間にその二人がアンタ達を後ろからザックリしないとも限らないわよ」


 それにはさすがの周りの連中も一瞬、言葉を失う。

 確かにそれはそうだ。

 投票で処刑できる人数は十人。

 逆に言えば、それだけしか処刑は出来ず、そのうちの五枠をたった一人の人外を殺すために使うのは後々何らかの弊害を生むかもしれない。

 その可能性に気づいたのか浦島は興味深そうな顔でお嬢様を見る。


「確かにな。だが、どうやってお前らの中に混ざった悪魔を見つけるんだ? 悪魔を区別する方法なんてないだろう?」


「それがあるってしたらどう?」


 そのお嬢様の発言に周囲は一瞬ざわめく。


「へえ、どうやってだ?」


「このゲームフロアにおける悪魔の役割ってのは参加者、つまり人間を殺すことよね? それは特に外にいる悪魔が顕著だわ。けれど、人に化けた悪魔はそうはいかないでしょう。なにせ人に混じってるんですもの。正体がバレるわけにはいかない。けれど“そうした状況”になれば、悪魔は必ず人を殺す行為に走るはず。なぜなら、これはこのゲームを仕組んだ大悪魔によるルールによるもの。悪魔はそのルールに縛られ、行動しなければいけないはず。つまり、人に化けた悪魔は“人を殺せるチャンス”があれば、必ずそれに食いつく。それが悪魔を見分ける方法よ」


 お嬢様の発言に再び周囲は何やら騒ぎ始める。

 なるほど。しかし、お嬢様の言うことも最もだ。

 この場合、このゲームフロアに存在する悪魔とは参加者ではない。彼らは言うなればゲームに付随するルールの一部。もっと言えば“そうした役割を持ったパーツ”、歯車のような存在。

 故にお嬢様の言うように、そうした自身に課せられた行動を起こせる状況になれば彼らは否応なく、その行動に移さなければならない。それは文字通り、機械に打ち込まれたプログラムのように。


「だが、そいつをどうやってするんだ? 人に化けた悪魔が本性を現すとしても、それは相手を確実に殺せるチャンスの時だけだろう。そのチャンスってのは具体的に言えば二人っきりの時ぐらいだ。だが、こんな大空間でひと二人が二人っきりになるなんて、まず不可能だぜ」


 そう言って浦島は両手を広げたこの広大なシェルター内部を指す。

 確か、この広さと空間で二人っきりになるというのは不可能だ。たとえ、どれだけ距離を取ったとしても、それは悪魔にとって周囲に自分の正体を知られることになり、悪魔にとっての好機にはならない。


「それなのよねー。そこのボックスに二人っきりになるってのも考えたけれど、それもちょっと弱いかもしれないしねー」


 確かに、いくら壁一枚隔てた場所と言っても、ボックス程度では厳密には二人っきりとは言えない。

 発想は良かったが、これではお嬢様の策を実行に移すのは難しい。

 さて、どうするかと見守る中、意外な人物がお嬢様のその意見に食いついた。


「待てよ。二人っきりになれば悪魔は正体を現す。その可能性が高いんだな?」


「ええ、あくまで可能性よ。どうしたのよ、アンタ。珍しく瞳を輝かせて」


 見ると、先ほどまでしゃがみこんでいた桃山が何やら希望にすがるような表情でお嬢様を見つめていた。そして、


「……あるぜ。この場で今すぐに二人っきりになれる方法」


「え?」


「スキルだよ」


 驚くお嬢様に桃山は答える。

 そして、それに浦島だけでなく周囲の者達も息を呑む。


「いいか、よく聞け。オレのスキルは『閉鎖』っていう能力だ! そいつは対象二人を閉鎖した空間に閉じ込める! 時間は一分やそこらだが、そこは外とは完全に逸脱した空間だ。これはつまりどんな場所だろうと二人の人間を閉じ込められるってことだ。これは完全な密室、二人っきりの空間と言えるだろう?」


「へぇ」


 桃山の説明にお嬢様は興味深い視線を向ける。

 確かにそれが事実ならば、お嬢様の言ったとおり二人っきりの空間をつくり、それによって悪魔が正体を現すかも知れない。

 いや、例え罠だと分かっていても、そんな絶好のチャンスを前に悪魔が姿を見せないわけではない。これは先ほどお嬢様が言ったとおり、このゲームにおける悪魔の役割がそうならば、必ず本能と言っていいほどそれを明かすはずだろうから。


「それじゃあ、これで決まりね。これからこの桃山のスキルでアタシ達、一人一人がこいつの空間に閉じ込められる。その際、どちらかが襲われれば、襲った奴が悪魔。そう解釈して、投票するでいいんじゃないかしら?」


「…………」


 紅刃の提案に浦島は答えない。

 ただしばらく考え込むような仕草を見せた後、答える。


「……いいだろう。お前が言ってることを全て鵜呑みにするわけじゃないが、まだ投票までは時間がある。悪魔を区別できるならそれに越したことはない。だが、そのスキルとやらでお前ら五人、誰もなんの変化もなければ、当初の予定通り、お前ら五人を順に殺す。それでいいな?」


「はいはい、好きにしていいわよ。王様」


 浦島の威圧に対し、しかし紅刃はあしらうように答え、桃山の方へと近づく。


「それじゃあ、スキルをお願いしていいかしら?」


「あ、ああ」


 お嬢様が手を差し出すと、一瞬桃山はそれに戸惑うような表情を見せるが、すぐさまお嬢様の手を握り返す、そして二人の姿は一瞬にしてこの場より掻き消えるのだった。


 ― ― ― ― ― ―


「へえ、驚いたわね。本当に閉鎖された空間ね。広さは……数メートルくらい? 狭いわね。まあ、ひと二人が入れるスペースと考えればこんなものかしら」


 そう言って紅刃は目の前の桃山を見ながら呟く。


「それにしてもアンタ変わったわね」


「は、どういう意味だ?」


「このスキルの提案よ。いくら悪魔を見つけるためとは言え、これだとアンタは悪魔と二人っきりになれば即座に襲われるわよ。自分の身を犠牲にしてまで、悪魔を見つけようなんてアンタらしくないんじゃないの?」


 その紅刃の疑問は最もである。

 彼女から見た桃山は利己的で独善的、かつ自分の保身のためにしか動かない典型的なクズという認識であった。

 それがこのように自分の身を危険にさらすような提案を己からしたことに驚きを隠せずにいた。

 しかし、そんな彼女からの評価に対し、桃山は鼻で笑うように答える。


「は、もちろん自分を犠牲にするなんざまっぴらだよ。けどな、あの場ではこうするしかないだろう。どの道、あのままだとオレは遅かれ早かれ連中に投票によって殺される。なら、多少傷を負ってでも自分が悪魔じゃないと証明出来るなら、そのほうがマシだろう」


「なるほど、確かにね」


 桃山の説明に紅刃は納得する。

 確かにそれでなら、桃山のこの行為もあくまでも自分の身を守るためであり、己のためという彼の本質からズレてはいない。が、しかし、


「けど、ま。アンタ、最初の印象より少し変わったわよ」


「は? どこがだよ」


「さあね、なんとなくよ。人の本質なんてそんなに変わりはしないだろうし。変わったとしてもほんの一部、表面的なところが変わる程度。けど、その変化って意外とバカにできないのよ」


 そう告げる紅刃に桃山は答えない。

 やがて、しばしの沈黙の後、再び紅刃が答える。


「そろそろ一分経つわね。本物の悪魔ならとっくに襲ってるでしょうし、これでアタシの疑いは晴れたかしら?」


「……まあ、そうだな」


「それじゃあ、さっさとスキルを解いてちょうだい」


 紅刃の提案に従うように桃山がスキルを解除し、その瞬間、二人は現実世界の館の中へと戻る。


 ― ― ― ― ― ―


「うお! 本当に戻ってきやがった!」


 二人が戻ると同時に周囲にいた連中が騒ぎ出すが、その騒ぎを抑えるように浦島が確認を取る。


「で、どうなんだ?」


「見ての通りだろうが。オレもそっちの紅刃ってやつもなんともない。オレもそっちの女も悪魔じゃねえ。これで証明できただろう」


 そんな桃山の発言に周囲はざわめき出すが、それでもまだ全員が納得した様子はなく、浦島は鼻を鳴らしながら告げる。


「それはお前ら全員の反応を見てからだ。次の奴を試せ」


「言われるまでもねえよ」


 そう言って桃山は次に96番の数字を持つ男の傍に行き、スキルを使いこの場より消える。

 その一方で、戻ってきた紅刃お嬢様のもとへ陸が近づく。


「紅刃。少しいいか?」


「なにかしら?」


 問いかける紅刃お嬢様であったが、そんな彼女に対し陸は何かを告げようとするが、なぜか口ごもり唇を閉ざす。

 陸の奇妙な反応に眉を潜め、何事かと問い返そうかとした瞬間、桃山の姿が戻る。

 見ると、先ほどの96番の男と無事に戻った様子であり、どうやら彼も悪魔ではない様子であった。


「よし、それじゃあ次だ」


 そう告げる浦島に従うように今度は陸が桃山の傍へと向かう。

 そのまま桃山は陸の手を握り、この場より姿を消すが、周囲は再び不安と疑惑の声に満ち始める。


 ここまで桃山のスキルを使い、二人っきりになるもののどちらも負傷した様子はなく、悪魔だと見抜けた様子はない。

 やはり紅刃お嬢様の考えでは悪魔を見分けることは出来ないのではないか?

 そんな声があちらこちらにあがり、すでに残る人物も海だけとなる。


 チラリと紅刃お嬢様は残った海を見るが、その姿はここに来る前と同様、恐怖に満ち怯えた表情で体を震わせており、今にも崩れ落ちそうな少女の姿そのものであった。

 無論、こんな状況下で自分が殺されると知れば、恐怖に震え身動きできないのも当然だ。

 そんな海に対し、お嬢様が声をかけようとした瞬間、


「―――がああああああッ!!」


 絶叫が聞こえた。

 見ると、先ほど消えたはずの桃山がこの場に戻っており、左腕から血を流しながら横たわっていた。


「お、おい! なんだあれ!」


「あいつ怪我してるぞ!」


「どういうことだ!?」


 ざわめく周囲の人間。

 だが、動揺はそれだけにはとどまらなかった。


 桃山が戻ると同時に、この場に帰還した一人の男。

 その男の姿を見た瞬間、周囲の反応は波打つように騒ぎ出す。


 それもそのはず。なぜなら、その男が右手に持っていたのものはナイフ。

 それも返り血のついたまごう事なき凶器。


 その男――砂野陸は血にまみれたナイフを握ったまま、無表情な顔で桃山を見下していた。

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