第2話 死に興味がある海上保安官

 横浜に戻ってきたのは久しぶりだな。

 ほとんど東京新木場にあるTフォース支部にいてそこから都内の通信制の学校に通学している。本当は普通に通学したい。

 Tフォースは正式名はタクティカルフォースという。国連機関で魔物退治、邪神信奉者の取り締まり、時空侵略者の監視、または追い出す事も任務で南極にある時空の揺らぎの監視も入っている。明治時代で自分の先祖である葛城庵が創設。父が五代目で自分が六代目だ。それと一緒に「時空武器」を代々継承されている。時空武器は三十一世紀から来た未来人が葛城庵に渡された物である。それが曽祖父、祖父、父に継承され今、自分が持っている。この武器は自分の思念を感じて長剣やライフル銃、バズーカーに変形。杖に変形すると時空、時間をある程度操れる。そして同じ時空遺物を停止させたり消滅もできて、時空フィールドの中で生存が可能なのだ。普通は時空フィールドでは専用の時空アイテムがなければ生存できず、時間の流れをもろに受けて消滅するかどこかに飛ばされるかである。これはそれを防いでくれる。

 大桟橋にレストラン船「ロイヤルウイング」が停船している。

 翔太は人ごみを抜けて二階のテラスに近づく。そこに大学生と女子高生と作業服を着た男がいた。

 「椎野さん、稲垣さん、夜庭いたんだ」

 翔太が声をかけた。

 椎野綾は都内の高校に通学する女子高生で稲垣は早稲田大学の大学生。清龍丸の本名は夜庭保。融合する船は国土交通省所属のしゅんせつ船でいつもは名古屋港でしゅんせつ装置で掘る作業をやっているがタンカー事故でオイルが漏れている時はそれを回収する任務も請け負っている。

 「ニュース見た?」

 椎野がタブレットPCを出した。

 「コンビニ強盗をそこに居合わせた海上保安官が撃退したんだって」

 稲垣が携帯型の無線機をいじりながらわりこむ。

 「すごいよね。強盗を倒すのって」

 うらやましがる夜庭。

 ロイヤルウイングの船橋の窓に二つの光が灯る。

 「彼は巡視船「いなさ」と融合するミュータントらしいよ」

 ロイヤルウイングが口をはさむ。

 「長島さん本当?」

 聞き返す翔太。

 「本当らしいよ」

 長島と呼ばれたレストラン船は答えた。

 「巡視船「いなさ」って確か九州南西海域不審船事件の?」

 翔太は思い出しながら聞いた。

 十七年前の一九九九年に東シナ海で不審船事件があった。一隻は普通の北朝鮮の工作船でもう一隻はミュータントだった。米軍の極秘情報を元にその海域に駆けつけた四隻の巡視船のうちの一隻が「いなさ」である。工作船と交戦。二隻目がやってきて襲ってきた。「いなさ」は貝原基道保安官と融合。それと戦って倒した。

 翔太は向こう岸の横浜防災基地をチラッと見た。丁度、岸壁から離岸する小型巡視船が見えた。船名は「いなさ」だ。

 「長島さん。あの巡視船を追いかけて」

 翔太はひらめいた。

 「いいよ」

 快諾する長島。

 翔太、椎野、板垣、夜庭はレストラン船に乗り込む。今は準備中で誰も客は乗ってない。

 横浜ベイブリッジを抜けて港を抜ける巡視船「いなさ」

 ロイヤルウイングが追いついて接近する。

 「巡視船「いなさ」ちわっす」

 夜庭が声をかけた。

 無視して進む「いなさ」

 「無視かよ」

 しれっと言う稲垣。

 「ねえ。貝原さん。友達になろうよ」

 翔太は船橋ウイングから身を乗り出す。

 無視する「いなさ」

 翔太の脳裏に映像が入ってきた。それは彼の相棒が何者かに殺害されて長崎港で死体になって浮いた。霊安室で彼は泣いている映像である。それを機に彼は捜査をやめている。

 「なにを怖がっているの「いなさ」」

 椎野は冷静に聞いた。

 「君は相棒が殺害されてたトラウマを引きずっているんだね」

 翔太ははっきり指摘した。

 いきなり船首をレストラン船に向けて止まると二対の鉤爪で翔太の体をつかんで引き寄せた。

 「それ以上言うな。それ以上言うと沈めてやる」

 ドスの利いた声で言う貝原。

 「君は海上保安官だろ」

 あきれかえる稲垣と夜庭。

 「貝原さん逃げてもダメよ」

 椎野が静かに言う。

 「黙れよ」

 ピシャリと言う貝原。

 「僕を沈めるの?」

 翔太は声を低める。

 「三神はどこだ?」

 貝原は声を荒げた。

 「彼をどうするの?」

 長島が聞いた。

 「コアをえぐってやる!!」

 貝原は怒りをぶつける。

 「なんで?」

 椎野達が声をそろえた。

 「三神の父親はTフォース日本支部司令官だった。僕の父はその幹部で邪神ハンター。彼は指令を受けて南シナ海と南太平洋の調査に行って帰ってこない。それが僕が十二歳の時だ。だから僕は三神の父親の心臓と息子のコアをえぐって沈めてやる」

 二つの光を吊り上げる貝原。

 「それは逆恨みじゃん」

 あきれる椎名達。

 「まずおまえを沈めてそこのレストラン船も沈めてやる!!」

 貝原は翔太をつかんでいる鉤爪を振り上げた。せつな、残影が「いなさ」の周囲を通過した。

 「ぐあっ!!」

 貝原は鋭い痛みに翔太を落としてのけぞる。

 スピードを落として近づく「こうや」二対の鉤爪でつかんでいるのは翔太である。

 接近してくる巡視船「やしま」「つるぎ」

「かいもん」「あそ」

 くぐくもった声を上げる貝原。

 「三神さん、朝倉さん」

 目を輝かせる翔太と椎野、稲垣

 「沢本さんさんよかった」

 声を弾ませる長島と夜庭。

 「何を沈めるんだよ」

 三神は翔太をレストラン船の甲板に乗せた。

 「おまえのコアをえぐってそのマストを部屋に飾ってやる!!」

 ビシッと指をさす貝原。

 「何か勘違いしてないか?俺達は何もしてないぞ」

 困惑する朝倉。

 「昨日はコンビニで強盗を撃退したのに今日は騒ぎを起こすの?」

 大浦が声を低める。

 汽笛を鳴らす貝原。その音はリング状のバブルリングとなって発射される。

 三島はかわした。

 貝原は八対の鎖を船体から出すと先端をメガホンに変形した。リング状の音波を連射。

 沢本達はジグザグに航行しながらそれをかわした。

 「あれを止めないと他の船舶に被害が出るわね」

 大浦が周囲を見回す。

 貝原は三神に接近する。

 「その音波を食らうと鼓膜破れるよ」

 翔太は耳をふさぎながら注意する。

 「そうだな」

 三神は音波をかわしながらレーダーを見る。

 朝倉は泡の塊を投げた。

 貝原の八つのメガホン状の装置に命中。せつな鋭い痛みにスピードを落とし船体を引っかいた。メガホン状の装置は分解して部品の塊となって海に落ちた。

 ナイフでえぐられ、焼かれるような痛みにのけぞりうめき声を上げる貝原。

 電子脳に船体の状態が表示され、船橋構造物の機器が故障とあった。自分は船じゃない。ミュータントだ。

 「貝原。君の父親は俺の父の部下だったのは知っている。俺もなんで親父が司令官をやめたのか知りたいと思っている」

 話を切り出す三神。

 「沿岸警備隊チームが手に入れた紫色の液体はどこだ?」

 貝原は声を荒げた。

 「あれか?あれは失敗作だった。実験結果は肉の塊が動くだけだった」

 沢本は資料を送信した。

 「バカな。切り離せると思ったのに」

 絶句する貝原。

 それがあれば「いなさ」と切り離せて普通のミュータントとして生活できる。それに船の表示板が電子脳に現われる事もない。

 「君さあ本気で切り離せると思ったの?ゾンビになるんだよ」

 長島がわりこむ。

 「この船と切り離せるなら本望だ」

 貝原は船橋構造物から再び八つの拡声器を出した。

 「スリブル」

 大浦が呪文を唱えた。

 貝原は急激に強い眠気が襲ってきてなにかなんだかわからなくなった。


 三十分後。横浜防災基地の会議室

 「更科教官すいません」

 三神と朝倉はあやまった。

 「いやあやまらなくていい。沢本。迷惑かけてすまない」

 更科は視線をそらす。

 「俺達が止めないと周辺の船舶に影響が出ると思って眠らせた」

 沢本は答える。

 「あいつ大丈夫かな?力がつい入った」

 朝倉が後ろ頭をかく。

 「心配するな。彼は医務室で寝ている」

 更科がタブレットPCを見せる。

 「葛城翔太君だね。特命チームや時空監視所の事は聞いている」

 更科は笑みを浮かべた。

 「あなたは指導教官ですか?」

 翔太は口を開いた。

 「私は融合したての新人を訓練するだけ。邪神ハンターや魔物ハンターの試験管もやっている」

 更科が答えた。

 「更科さん。彼はトラウマを抱えていますね。彼は船を切り離したいと思っているし、自分の父親の失踪事件が気になっているけど怖いから調べないですね」

 椎野は核心にせまる。

 「彼の心の中が一瞬見えて彼は霊安室で泣いているのが見えました。彼には相棒がいたんですね」

 鋭い質問をする翔太。

 「彼には普通のミュータントの相棒がいた。橘唯は空を飛べて水を操れる能力者でうまくいっていた。二人は貝原の父の失踪について調査して二年経って頃、橘唯は何者かに殺害されて長崎港に浮かんだ。それでも彼は捜査やめないで調査していた。五年で五人の相棒と組んだが五人とも何者かに殺害か任務中に殉職した。そこから塞ぎこむようになり、私は事務と資料課に転属させた。止めなかった私も悪かったと思っている」

 更科は顔を曇らせる。

 「でもそんなに逃げ回っているほど世の中は甘くないですよ」

 黙っていた長島が口を開く。

 「いつかはやってくるよ」

 夜庭が言う。

 「なんか彼は怖がっていますね」

 稲垣が気づく。

 「特命チームと沿岸警備隊チームの報告書を読んだが貝原もいずれはチームにくわわらないといけないと思っている」

 更科の眼光が光った。

「それは俺もそう思います。南シナ海や南太平洋に何かある。俺の父が司令官を辞めた理由も第五福竜丸が夢の島に捨てられた理由もあると思っている」

核心にせまる三神。

たぶんそうだろう。あそこにはサブ・サンやバル・ジウだけでなく黒幕もいる。

「五十年前からつながっていると思う。その黒幕は雪風を操っている」

翔太が推測する。

これまでもそうだった。ロマノフの宝事件のウラノスは雪風の口車に乗り自分の世界に帰った。尖閣諸島の戦いではサブ・サンだけでなく中国政府の政府高官があの洞窟にやってきた。沿岸警備隊チームは時空の門を復活させた鷺沼を逮捕した。鷺沼は福竜丸を裏切った元メンバーである。それにこれまで時空監視所は今までヒマで事件らしい事は起こってない。 

 「こんにちわ。警視庁の魔物対策課の羽生と田代です」

 部屋に入ってくる二人の男女。

 「こんにちわ」

 翔太達が振り向いた。

 「捜査一課から異動になったのですか?」

 翔太が聞いた。

 うなづく羽生と田代。

 「私達も出向になった」

 和泉とエリックが入ってくる。

 「辞令が降りて魔物対策課・・・通称「マタイ」に配属になった」

 困惑した顔で言う羽生。

 「その顔だと苦労してそうね」

 大浦が指摘する。

 「今度の部署は魔術師とハンターが常駐しているし扱う事件は魔物や魔術、時空遺物、邪神信奉者がからむ事件ばかり。捜査一課とはちがうな」

 ため息をつく羽生。

 「上からの辞令で異動になったけどでも逆に新鮮よ」

 田代が目を輝かせる。

 「資料課の三人と話が合うみたいだからね」

 しれっと言う羽生。

 「そうなんだ。今日はなんで来たんですか」

 翔太がたずねる。

 「都内の倉庫にこの綿毛のような物が浮遊していたんだ」

 タブレット端末を見せる羽生が見せた。

 画面に虹色の丸い綿毛のようなものがいくつか浮いている。

 「この倉庫で左半身のない男の死体が発見されてこの綿毛が浮いていた」

 田代は画面を切り替える。画像はイラスト画になっていて左半身のない男の絵になっている。

 「その倉庫はどこなの?」

 それを言ったのは翔太である。

 「芝浦埠頭の倉庫。この綿毛が埠頭全体に漂っているから芝浦埠頭は立入禁止にしてあるんだ」

 羽生は答えた。

 「海からでも近づけるね」

 三島はホログラム地図を出した。

 「僕達は仕事に戻らないと」

 あっと時計を見る長島と夜庭。

 「椎野さん板垣さん。ここからは警察な仕事だ」

 さとすように言う羽生。

 椎野と稲垣はうなづく。

 長島と夜庭、椎野、稲垣は頭を下げると部屋を出て行った。


 芝浦埠頭は夢の島アリーナから目と鼻の先にある。

 埠頭に接近する巡視船「こうや」「あそ」と「やしま」「つるぎ」「かいもん」

 「警察車両は倉庫の入口で魔術師協会とハンター協会のハンターが倉庫内部にいますね」

 「あそ」の船橋から身を乗り出す翔太。

 岸壁で掃除機を持っているハンターや魔術師が複数いる。中にはゴミ袋を二つかついでいるハンターまでいた。透明なゴミ袋の中身はゴミではなく虹色の綿毛である。

 接舷する五隻の巡視船。

 桟橋に上陸するエリック、和泉、羽生、田代と翔太。

 元のミュータントに戻る三神、朝倉、大浦、三島、沢本。

 「本当に虹色に光っている」

 三神はそこに転がる綿毛に手を伸ばす。

 翔太は身を乗り出す。

 「ダメ!触ったら」

 注意する大浦と和泉。

 思わず手を引っ込める三神と翔太。

「小さな亀裂がその綿毛なの。死んだ男は時空ワープに失敗したか誰かに攻撃されて時空フィールドが崩壊して左半身がなくなった。綿毛は時空のゆらぎの破片よ」

三島はピンセットで拾うと綿毛をビンの中に入れた。

倉庫に入ると電動台車に乗った模型漁船がいた。第五福竜丸である。彼女だけでなくオルビスやリンガム、アーランがいる。

倉庫のドラム缶のそばに白いチョークで人の形が描かれている。しかしその姿はいびつで左半身がない状態で描かれていた。

死者の羅針盤を出す翔太。

 針はクルクルひとしきり回って倉庫を指し示す。

 翔太は倉庫内部に入った。

 倉庫には鉄骨や資材やドラム缶が積まれている。なんの変哲もない。

 すると頭にチクッと針で刺されるような痛みに顔をしかめ、目をつむる翔太。

 脳裏にイメージが入ってくる。それは西部劇で撃ち合いしているような風景と盗聴器捜索番組で盗聴器ハンターが専用探知装置を使って捜索して怪しい電波を捉えるというものだ。取材番組で実際にコンセントや三叉式コンセント、電話に仕込んであるのだ。画面が切り替わり探偵事務所が映った。ドラマに出てくるような事務所で個人でやっているのか雑居ビル内にある。そこに歌舞伎町の看板がわりこむ。

 そこでフッとイメージが消えた。

 「死んだ人は貴重品とか持っていたのですか?」

 翔太はたずねた。

 「貴重品も免許証も携帯電話もなくなっていた。どこの誰かは検視に回してある」

 田代が答えた。

 「時空の亀裂事件のせいかもしれないけど曽祖父の帽子を持ってから過去のイメージ映像が入ってくるようになったんだ」

 困惑する翔太。

 自分でも家系のせいかもしれないし、彼女と同調したせいかもしれいないけどイメージが入ってくる。しかも過去に思い残した残像のようなものである。

 エリック、和泉、オルビスは互いに顔を見合わせる。

 「どんな映像?」

 オルビスが聞いた。

 「この人は探偵みたいで歌舞伎町の雑居ビルに事務所があるみたい。あとは盗聴装置と西部劇の銃撃戦がなぜかわりこんだ」

 困った顔をする翔太。

 「とりあえず歌舞伎町に行ってみましょ」

 田代と羽生はうなづく。

「・・・僕は貝原と書かれた手紙を受け取った事がある」

唐突に思い出す第五福竜丸。

「え?」

「昔、三神司令官と貝原副官が展示館に来た事があったけどスタッフや茂長官が追い出したのを思い出した」

ポン!!と手をたたく第五福竜丸。

「えええええ!!」

三神達は驚きの声を上げる。

「貝原副官の息子は巡視船「いなさ」と融合しているのを知っているのか?」

三神はふと思い出す。

「会ってみたい。どこにいる?」

声を弾ませる第五福竜丸。

「横浜防災基地にいる」

三神が答える。

「僕達は羽生さん達と歌舞伎町の事務所に行ってみていい?」

翔太が聞いた。

「二手に別れましょ。何かわかったら新木場の事務所で合流よ」

和泉は地図を出して新木場を指さす。

「僕とリンガムとアーランは新木場支部に戻ってる」

オルビスが口をはさむ。

「いいよ」

翔太はうなづいた。


一時間後。歌舞伎町一丁目。

 「外国人観光客がいっぱいいるね」

 翔太が周囲を見回す。

 どこを見ても爆買い中国人の団体はいるしアメリカやヨーロッパから来たと思われる旅行客がいた。TVニュースでも見たけど年間一九〇〇万人来日しているのだという。

 「うわさのロボットショーのあるパブが人気だって」

 ふと思い出す和泉。

 「和泉。我々は捜査で歌舞伎町にいる」

 エリックは周囲を見回す。

 死者の羅針盤を出す翔太。

 羅針盤の針は看板がいくつも並ぶ雑居ビルを指した。

 「なんかこのビルは金融関係ばっかね」

 和泉が首をかしげる。

 「本当だ」

 翔太とエリックが声をそろえる。

 看板は金貸しや街金の店名が並ぶ。

 「捜査一課も二課もオレオレ詐欺グループをここで捕まえている。いつきても暴力団関係の事務所があったり正体のわからない店が入っている事で有名だ」

 羽生は看板を見ながら指摘する。

 「今度は個人探偵事務所が入っている。行ってみましょ」

 田代はせまい階段をのぼった。

 事務所に入ると資料を見ていた男が顔を上げた。

 「警視庁の羽生です」

 「同じく田代です。ここの探偵事務所の責任者ですか?」

 羽生と田代は警察手帳を見せた。

 「なんですか?私はちゃんとまっとうな事をやってますが」

 不快な顔をする男。男は名刺を出した。

 「栗原太一さんですか。この男を知っていますか?」

 今朝死んだ男の似顔絵を見せる羽生。

 「この人来たよ。雪風と根本を知っているのかと聞いてきた」

 栗原と呼ばれた探偵は答えた。

 「雪風と根本は居場所をしょっちゅう変えている」

 エリックがわりこむ。

 「だから知らないと答えた。そしたら芝浦埠頭で中国人と会う約束をしているから埠頭の地図がないか聞いてきた」

 栗原は東京都の地図を出した。

 「中国人?」

 聞き返す羽生と田代。

 「海警船のミュータントと中国政府に近い者だそうだ」

 栗原が答える。

 「栗原さん。盗聴もやっているんですね」

 黙っていた翔太が口を開いた。

 脳裏にイメージで入ってきたのだ。TVニュースの特集でやっている盗聴ハンターのような事をしているのが。でも盗聴するのはよくある盗聴電波ではない。かなり特殊な周波数を探っている。

 「やっている。浮気調査や素行調査だけじゃ食っていけないからね」

 肩をすくめる栗原。

 翔太は盗聴電波装置をつかんだ。

 すると針でチクッと刺される痛みが走り目をつむると映像が入ってくる。

 都内を車で走り回りながらある電波を探っている。そして本屋で重力波やアインシュタインの相対性理論の特集のある雑誌を読みふけっている姿が見えた。そこで映像がフッと切れた。

 「栗原さん。宇宙とか重力波に興味があるんですね。時空関連の物を探しているのですか?」

 翔太が核心にせまる。

 「秋葉原にあるような装置じゃあ時空の亀裂が出現する周波数は捉えられない」

 エリックがあっさり指摘する。

 「時空のゆらぎや亀裂、穴に興味があるのは中国政府や政府高官だけじゃないからね」

 身を乗り出す栗原。

 「栗原さん。資料課にいる同僚に前科がないか調べてもらったら殺人の前科がありましたね」

 携帯端末にある犯罪歴を見せる羽生。

 笑みが消える栗原。

 「それも二十年前に。筑波にある研究所に勤務していたあなたは「時空のゆらぎ」について研究していて研究データを同僚に取られてカッとなり殺害した」

 田代は説明する。

 「おかげで私は刑務所送りになり十年前に出所した。時空のゆらぎが現れればそれすらリセットできる。それは犯罪者やテロリストも同じだよ」

 栗原は声を低める。

 「芝浦埠頭の場所を聞いたこの男は変死体となって今朝、発見された。死亡推定時刻は七時三十分から八時の間と推定される。その時間はどこにいましたか?」

 羽生は聞いた。

 「そこのファミレスで朝ごはんだ。監視カメラにだって映っているだろう」

 栗原はレシートを出した。

 「用意がいいわね」

 和泉がしれっと言う。

 「職業柄、聞かれてもいいようにレシート類は取ってある」

 栗原は答える。

 「受信装置が渦巻きだ」

 翔太がよく目にするアンテナがない事に気づいた。

 その受信装置はかなり改造されたのか経度と緯度まで入力ができる。

 「これを証拠品として持っていったらダメですか?」

 翔太がささやく

 「そうね。どこまで受信できるのか実験してみる価値はあるわね」

 和泉がうなづく。

 「葛城長官の息子さんだね。特命チームの事を記事で見た」

 栗原は話を切り替える。

 「新聞やネットに載るからね」

 あっさり答える翔太。

 「メンバーに第五福竜丸がいるんだね。彼女と会ってみたいけどいいかな」

 身を乗り出す栗原。

 「ストーカー規制に引っかかりますね。彼女は政府の保護下にある」

 声を低める羽生。

 「そうなんだ。でも気をつけた方がいいね。おかしな奴らが手引きしてこっちの世界に連れてくるブローカーがいるらしい。私も探しているがいなくてね」

 ため息をつく栗原。

 「それを誰から聞きました?」

 エリックが聞いた。

 「探偵をしていると同業者からいろんな情報が入ってくる。暴力団の中にははぐれハンターを雇う所もあるそうだ」

 メガネをかける栗原。

 「ぜひそれを警察に協力してほしいですね」

 田代は声を低めた。

「あくまでウワサだ。おたくの方が探すのは上手いのではないですか?」

栗原は腕を組んだ。

「この人はそれ以上知らないみたいだ」

翔太はささやく。

「栗原さん。ご協力ありがとうございました」

羽生は言った。


巡視船「いなさ」は横浜港を出ると船橋構造物から格納してある拡声器を出した。ただの拡声器ではない。集音装置でもありソナーでもある。

貝原は耳を澄ませる。

「いなさ」と融合してから耳を澄ませるだけで空気中や水中、地上の音を五十キロ先からでも聞けるようになった。それに音楽番組でヴァイオリンが音を間違えたのもわかるようになり、最近は宇宙からの音も聞こえるようになった。

「木造漁船一隻接近」

貝原は不思議そうにつぶやく。

木造漁船なんて今時珍しい。

「貝原」

不意に声が聞こえて船首をその声の方に向ける貝原。

「沢本隊長」

驚く貝原。

沢本だけでなく三神、朝倉、大浦、三島もいる。

音がしないなんてありえない。

「テレポートして接近したの」

大浦が冷静に言う。

「巡視船「いなさ」ね」

第五福竜丸がわりこむ。

「僕は貝原。船名で呼ぶなよ」

船橋の窓の二つの光を吊り上げる貝原。

「船と融合したんだから船名で呼ばれるのは当たり前よ」

つっけんどうに言う第五福竜丸。

「あっち行けよ」

不満そうな声の貝原。

「二十三年前。貝原副長と三神司令官が展示館にやってきた。その時手紙を渡そうとしたんだけどスタッフや茂元長官に止められて追い返されたの」

第五福竜丸は声を低める。

「それが?」

「その時にあった手紙はどこ?」

第五福竜丸はいきなり二対の鉤爪で「いなさ」の船体をつかんだ。

「離せよ!!」

驚き貝原は二対の錨で彼女の船体をえぐったつもりが深くゴムのようにへこんだ。

「なんかおまえゴムみたいで気持ち悪い」

第五福竜丸の鎖を振り払う貝原。

「僕はゴムじゃないもん」

言い返す第五福竜丸。

「でも自分の父親が何を調査していたのかうすうすわかっていたんだろ?」

三神が口をはさむ。

「そんなの知らないよ。あんなのは破棄したし、お袋は五年前にガンで死んだ。兄弟は名古屋でサラリーマンだし、結婚している」

あっさり言う貝原。

「巡視船「いなさ」一緒に調査してよ。音が操れるなら探ろうよ」

子供がねだるように言う第五福竜丸。

「やだ。僕は巻き込まれたくないだけ」

貝原は突き放すように言うと三神達を無視して横浜港に帰った。


二時間後。新木場支部。

格納庫に三神達と翔太達が合流した。

船台に元の漁船に戻った第五福竜丸が鎮座している。

「そっちの方はどうだった?」

翔太が話を切り出した。

「僕は貝原に会った」

口を開く第五福竜丸。

「会えたんだ」

翔太やオルビスが身を乗り出す。

「彼は少し前の僕を見ているようだった。彼を仲間にするのは無理ね」

第五福竜丸は船体を鉤爪で引っかく。

「あれじゃ無理よ。トラウマを抱えていて興味ないじゃあね」

大浦が視線をそらす。

「それに船名で呼ばれるのが嫌な船はあまりいない。船と融合した以上は船名で呼ばれる。彼は求人誌をよく見ているけど巡視船の使い道は巡視船だ」

三神は気づいた事を言う。

それは一生ついて回る。融合した船を受け入れなければやっていけない。

「そっちはどうだ?」

沢本が聞いた。

「栗原という探偵の前職は時空関連の事象を研究する研究者だ、二十年前、筑波の研究所で研究の事で揉めた栗原は一緒に研究していた学者を殺害して刑務所に入った。それが十年前に出所して探偵を始めた」

羽生はホワイトボードに写真を貼りながら説明する。

「その探偵事務所にある男がやってきた。男は雪風と根本がどこか聞いてきたが二人は居所がわからない。それを知った男は中国人と会う約束しているからこの倉庫はどこか聞いてきた」

似顔絵を出してボードに貼る田代。

「中国人?」

聞き返す三神と朝倉。

「海警船のミュータントと中国政府に近い者と言っていた」

エリックが答える。

「海警船のミュータントって金流芯か?」

沢本が首をかしげる。

「李紫明に聞いた方がよくない?」

三島が危惧する。

「中国政府に近い者って高夜輝?」

大浦が口をはさむ。

「二人とも南シナ海だ。また別のミュータントが来ているのか?」

三神がわりこむ。

「そこまでわからないけど彼女を呼んだ方がいいわね」

田代はうなづいた。


夕方。喫茶店

勤務を終えて駅にある珈琲屋で貝原はカフェラテを飲んでいた。

すると向かいの席に女が勝手に座る。

「なんですか?」

不快な顔をする貝原。

「寂しそうだったから声をかけただけ」

女は笑みを浮かべる。

「そんなに寂しそうに見える?君は海警船のミュータントだね」

貝原が怪しむ。

「休暇中よ。日本にはショッピングに来ただけ。はとバスの集合時間はまだ二時間後にあるの。少し付き合ってくれる?」

ルイヴィトンやエルメスといったブランドバックや家電製品を見せながら笑う女。

「いいよ。ヒマだったし。君は名前は?」

ため息をつく貝原。

「箔麗花よ」

女は流暢な日本語で答えた。

「行こうか」

貝原は笑みを浮かべた。


同時刻。新木場支部

調査チームの面々と三神達が顔をそろえていた。

「李紫明です。よろしく」

流暢な日本語で自己紹介する李紫明。

「こちらこそよろしくお願いします」

長島、夜庭、椎野、稲垣は声をそろえる。

「探偵が言っていた中国人がいるのは本当なの?海警船のミュータントと中国政府に近い者がいるのは」

李紫明が話を切り出す。

「栗原という探偵は時空関連の研究をしながら探偵もやっている。芝浦の倉庫で死んだ男はその二人と会う約束をしていた」

資料を渡す羽生。

「海警船のミュータントが入国するのはスパイするか人材のスカウトや騒ぎを起こすために来るの。今日、入国管理局から照会の依頼があったの」

李紫明が口を開く。

「あったの?」

エリックや和泉が声をそろえる。

「この海警船のミュータントが入国しているの」

四人の中国人の写真を出す。

「金流芯だ」

三神と朝倉が声をそろえる。

「この三人は箔麗花、洪怜維、夏鴎歌」

李紫明は指をさして紹介する。

「馬兄妹は南シナ海か?」

沢本が聞いた。

「そうかもね。箔麗花はスパイもやる。毒を操れるの。毒でハニートラップを仕掛けて重要人物と接触したり暗殺もやる。夏鴎歌は軽気功の達人。洪怜維は東シナ海担当よ。探し出さないと何かを手引きしようとするし、それを利用したい者を呼ぶ」

説明する李紫明。

「私も手伝うわ」

椎野が名乗り出る。

「中国も無線で暗号はするの?」

それを言ったのは稲垣である。

「アマチュア無線やラジオを使って暗号通信を聞いている」

李紫明が答える。

「民間船のミュータントの情報ならおまかせ。横浜港は情報が集まるからね」

「名古屋港も情報が集まるんだ」

長島と夜庭がニヤニヤ笑う。

「条件がある。警視庁としては深追いしない事よ。何か見つけたら追跡しないで連絡を入れる事」

田代が注意する。

「海上保安庁も同じ意見だ。見つけても戦うな」

沢本は強い口調で言う。

「わかりました」

椎野、稲垣、長島、夜庭は深くうなづく。

「くれぐれも注意してね」

和泉が念を押した。

 

 次の日。

 翔太、稲垣、椎野、重本は新宿駅に足を踏み入れた。ロータリーを出ると大通りに出る。

 歩道に二十人の中国人がいる。足元にビックロやヨドバシカメラやデパートで買い物したのか大荷物を持っている。

 死者の羅針盤を出す翔太。しかし針はクルクル回るだけ。あの団体には昨日話しにあった中国人はいないようだ。

 翔太達はいくつもの歩道や路地を抜けて歌舞伎町に入った。日本人より中国人が多いように見えた。

 歌舞伎町を歩く四人。曲がり角を曲がるとよく見知っている人がいた。

 「貝原さん?」

 翔太、椎野、稲垣は声をそろえた。

 「その女は誰?」

 いかぶしがる重本。

 「えーと彼女」

 貝原は目が泳いだ。

 「海警船のミュータントが?」

 翔太と重本が声をそろえる。

 「珈琲屋で意気投合して買い物につきあっている」

 しゃあしゃあと言う貝原。

 「君は海上保安官だろ。海警船を野放しにしていいの?」

 稲垣が聞いた。

 「彼女は旅行だし親戚に家電を買って送りたいから荷物持ちしている」

 他人事のように言う貝原。

 「その海警船。裏切るわよ」

 ビシッと指をさす椎野。

 「黙りなさいよ。小娘」

 中国語でののしる女。

 「箔麗花さん。警視庁が君を追っているよ」

 はっきり言う翔太。

 「麗花。君は中国に帰った方がいいよ。こいつらしつこいから」

 フン!と鼻を鳴らす貝原。

 「犯人隠匿ですか?」

 翔太は詰め寄る。

 貝原は翔太の腕をつかみあげ足払いかけて地面にねじ伏せた。

 「何をしているのかわかっているのか?」

 稲垣はつかみかかる。

 箔麗花は稲垣の腕をつかみ上げ背負い投げ。

 稲垣の背中から四対の連接式の金属の触手が飛び出し逃げ出す重本と椎野をつかんだ。

 翔太はもがいた。しかし相手の力は強く振りほどけない。

 「何やっている?」

 四人の警官が駆け寄ってきた。

 箔麗花と貝原は顔を上げた。

 「この四人が僕と彼女の財布をスッてパスポートも取ろうとしました」

 貝原は冷静に説明した。

 箔麗花はもがく四人から財布とパスポートを取り上げる。

 「そこの四人。じゃあ渋谷署に来て」

 中年の警官が翔太の腕をつかむ。

 「僕達はちがうって言っている」

 重本は反論する。

 「警察署でそれをじっくり聴こう」

 警官は重本の腕をつかむ。

 貝原と箔麗花は肩を組んで歩き出した。


 同時刻。警視庁魔物対策課。

 「羽生さん。そのダンボールは?」

 大浦がたずねた。  

「暴力団対策課の過去の押収品。最近の暴力団の中には邪神信奉者や魔物やら時空関係の物を集める趣味がある組員がいる事は確かだ。驚きの連続」

羽生は口笛を吹いて台に置いた。

「これはネクロノミコンね。死霊秘法に興味がる組員までいるのね」

三島は百科事典のように分厚い本を取り出す。

「それはレプリカね。本物はリヴァーヴァンクスとミスカトニック、アレキサンドリア大図書館にある」

和泉が指摘する。

「これはダゴン像。夜刀浦までガサ入れに行ったの?」

李紫明が聞いた。

「都内の暴力団事務所の押収品。小さい事務所でもうなくなっている」

田代が答えた。

「すごい押収物だ」

資料室を見て感心する沢本と朝倉、三神。

「芝浦埠頭で見つけたこれは「時空トランスボンダーと時空転送装置の受信機よ」

和泉が答えた。

「え?」

「オルビスとアーランの分析によると、体が半分ない男と一緒にあったトランシーバーは倉庫事務所にあった。見た目はトランシーバーと無線機にしか見えない」

エリックが指さした。

「あの倉庫は手引きした者と侵入者の待ち合わせ場所になっていた。手引きした者は都内にいると思うよ」

オルビスが地図を出した。

「あの倉庫一帯が虹色の綿毛だらけになったわけ」

冷静な和泉。

「栗原という探偵をもう少し調べた方がいいと思う。侵入者や手引きした者と会いたいから変なアンテナを開発していたし」

押収した盗聴アンテナをながめるエリック。

「そうね。その価値はありね」

田代と和泉はうなづく。

「俺達も手伝うよ」

三神が名乗り出る。

「警察としてもありがたい」

羽生はうなづく。

「でも暴力団の中にこういう物を集めるのが趣味な組員がいるのは驚きね。海上保安庁としても資料を見たいけどいい?」

大浦がわりこむ。

「かまわない」

エリックがうなづく。

「すいません」

一人の警官が入ってきた。

「なんでしょうか?」

机で資料を整理していた課長が振り向く。

「新宿中央署からなんですが、海上保安官の知り合いに言えばわかるという未成年者三人と漁船のミュータントを留置場に入れているので誰か迎えに来てほしいそうです」

警官が困った顔で聞いた。

資料室から出てくる三神達。

「どうかしましたか?」

羽生がたずねた。

「歌舞伎町で未成年者三人を補導して漁船のミュータントと一緒に留置場に入れているそうです」

くだんの警官はタブレットPCを見せる。

「翔太君!!」

三神と朝倉が声をそろえる。

「なんで?」

大浦と三島と沢本の声がはもる。

「歌舞伎町で路上で中国人と日本人に取り押さえられている四人がいてその二人によるとパスポートと財布を取られそうになったから捕まえたそうです」

警官は答えた。

「俺達が迎えに行ってくる」

三神が名乗り出る。

「わかった」

沢本がうなづく。

三神と朝倉が退室した。


一時間後。

新宿中央署から出てくる翔太、椎野、稲垣、重本の四人と三神と朝倉。

「よかった出られて」

ホッとする翔太達。

「事情は説明したけど、まだ疑っているな」

三神は警察署の玄関をチラッと見る。

何人かの刑事と目があったが奥の部屋に去っていく。

「でもおかしいよな。貝原が中国海警船のミュータントと一緒に親しげに歩いていたなんて」

朝倉が口を開いた。

「あの貝原という人・・・すっかりあの中国人女にゾッコンね。フェロモンがあの女から出ているの」

椎野が嫌そうな顔をする。

「李紫明が言ってたな。ハニーとラップを仕掛ける専門の海警船がいるって」

ふと思い出す朝倉。

「そいつは毒を操るしスパイもやる。箔麗花かもしれない。俺達は羽生さん達と一緒にその女の足取りを追った方がいいな」

三神はうなづいた。


翌日。本牧埠頭

周辺に規制線が張られ警察車両が何台も止まり鑑識や刑事達による実況検分が行われていた。

青シートをめくる中年の刑事。

それを背後からのぞく田代、羽生。

遺体は男性でがっちり体型である。

エリックと和泉は魔術本や折りたたみの杖をバックから取り出す。

「死んだ仏さんは海上保安官で潜水士。この「M}はミュータントで彼は水棲型ミュータントなのね。名前は和田信司」

免許証や資格証を見る田代。

「胸を一突きか」

羽生は傷口を見ながら推測する。

「これは誰の時計かしら」

和泉はパレットに引っかかっていた腕時計を拾った。

「仏さんは腕時計をしている。犯人かな」

首をかしげるエリック。

「指紋を鑑定すれば誰のかわかる」

羽生は鑑識達を見て言った。


その頃。横浜防災基地

二階の会議室で李紫明、ペク、キム、李鵜、烏来はホワイトボードを眺めている。

ボードには金流芯、箔麗花、夏謳歌の写真が貼られている。

「このなかで台湾や韓国で海警船のミュータントの情報は入っていますか?」

三神は身を乗り出す。

「韓国領海で漁船軍団の警備をしているのがこの夏謳歌よ。六〇〇トン型海警船。小型船だからすぱやいのよ」

ペクが夏謳歌の写真を指さす。

「箔麗花は台湾沖や近海に出没して毒の息で他の漁船のミュータントを誘惑してテロリストを入れたり海警船を入れたりするのよ」

烏来が指をさした。

「ロクな事をやらないな」

あきれかえる沢本と三神。

「毒で誘うのか。毒はいろいろ活用できる」

うーんとうなる朝倉。

「貝原さんを誘惑してどうするつもりなんだろう?」

翔太は首をかしげた。

「スパイとか?」

椎野が口を開く。

稲垣は携帯している無線機のダイヤルを調整する。

「なんか信号が出ていますね」

ノートPCを開いて信号を分析する。その信号はいくつかの国を経由している。

「どれ?」

三島と大浦がのぞいた。

沢本達が振り向く。

「中国の北京や海南島から出ています。内容は「スパイを獲得した」です」

稲垣は困惑しながら言う。

「スパイ?」

沢本達が声をそろえた。

「まさか貝原という海上保安官をスパイにしたとか」

李紫明はあっと思い出す。

「貝原はどこに?」

ペクが口をはさむ。

「資料課か岸壁だよ」

三神が答える。

「資料課にはいなくて岸壁にいる」

翔太は死者の羅針盤を出した。針は窓の外をさしている。

 岸壁に座っている海上保安官に近づく李紫明達。

 「足音がうるさいほどに聞こえている」

 貝原は振り向く。

 「貝原。昨日はどこに行っていた?」

 沢本は声を低めた。

 「デートしていた」

 しゃらっと答える貝原。

 「海警船のミュータントでスパイと?」

 李紫明が首をかしげる。

 「歌舞伎町でキャバクラですか?」

翔太がしれっと言う。

「子供は黙れよ。あの日は刺激的でハーレムだった」

フン!と鼻を鳴らす貝原。

「へえ~。そんなキャバクラあったらいいな。どこにある?」

身を乗り出す朝倉。

あきれかえる沢本達。

「路上で椎野さん達を縛り上げて窃盗の罪をなすりつけて警察に突き出すのが?」

三神は詰め寄る。

「黙れよ。僕はひさしぶりに生き返ったんだ。ハーレムだし女の子を紹介してもらった」

立ち上がる貝原。

「海警船のミュータントを紹介してもらったの?」

烏来とペクが聞いた。

「警視庁です」

いきなり割り込んでくる羽生、田代、エリック、和泉。

「え?」

「警視庁の羽生です」

「同じく田代です」

羽生と田代は警察手帳を見せた。

「魔術師協会の和泉とエリックです」

和泉は紹介する。

「なんですか?」

貝原が聞いた。

「貝原さん。昨夜はどこにいましたか?」

羽生は聞いた。

「昨日は歌舞伎町のキャバクラでデートしていました。その後はカラオケして家に帰りました」

貝原は思い出しながら答えた。

「家に帰る途中で本牧埠頭に行きませんでしたか?」

田代は地図を出した。

「行きません。なんで?」

「本牧埠頭で和田信司という海上保安官が殺害されました。彼は五年前まであなたの相棒をしているミュータントで潜水士。水棲型ミュータントだから深海でも潜れる。ある潜水調査の事故で深く潜れなくなっていた。あなたと組んだ相棒は次々亡くなるから和田保安官は唯一の生存者ですね」

羽生はメモ帳を見ながら指摘する。

「あなたは十年前に長崎港で殺害された橘唯保安官の死の真相を追っていた。死んだ五人は一緒に事件を追って殺害されるか事故で殉職した」

田代は数枚の写真を見せた。

黙ったままの貝原。

「死体なんて見慣れている。警察もそうだろうが」

貝原はつっけんどうに言う。

「刑務所に送りたければそうすれば。時計を落としたみたいで昨日からないんだ」

両手を突き出す貝原。

「そんな・・・」

絶句する翔太、椎野、稲垣

「ちょっと待ってください」

それを言ったのは三神である。

「警察はあくまでも重要参考人として任意同行するだけです」

羽生が言う。

「貝原をキャバクラに誘ったのもデートに誘ったのも海警船のミュータントよ。ハニートラップの常套手段で相手の好みの女を紹介してゾッコンにする手口」

李紫明は助け舟を出してタブレットPCで写真を見せた。

「入国管理局が動いている」

李鵜が口をはさむ。

黙ったままの貝原。

翔太は視線をうつした。

唐突に脳裏に福岡の中洲屋台と福岡の保安署の映像や長崎教会群と長崎の保安署の映像が入ってきた。そこには民間船が多数いる港もある。なんでかわからないけどたぶん貝原がいた場所だろう。

「和田保安官の事件と芝浦倉庫の事件はつながっているのではないかと思っている。死んだ和田は紅色の綿毛や時空の揺らぎを調査していたのか魔術書や杖があった。魔術書と杖は時空のゆらぎを探知できるものよ。東京支部で借りた記録があった」

エリックは証明書を見せた。

「福岡と長崎の名所が見えて防災基地が見えた。もう一度調べてみませんか?僕の頭の中の映像には民間船も多数映っていたから長島さんや夜庭さんを連れて行けば民間船や民間機のミュータントの協力も得られる」

それを言ったのは翔太である。

たぶん犯人は海警船と組んでいる。それは時空がらみの事件だ。

「俺も気になっていた。行こう」

沢本は口を開いた。

「本気ですか?」

大浦と朝倉が耳を疑う。

「俺は行く。それは俺の父が足が不自由になって司令官をやめたきっかけにもなっている。事件は終わってない」

三神は何か決心したように言う。

「俺達は福岡県警と長崎県警に協力してもらうように言わないとな」

羽生は腕を組んだ。

「長島さんと夜庭さんを呼んでくる」

椎野と稲垣がうなづく。

「福竜丸も関係者だ。彼女も連れて行こう」

翔太があっと思い出す。

「僕は行かない。僕を留置場でも刑務所にでも放り込んでください」

貝原はフン!と鼻を鳴らす。

「警視庁としてはそれは無理ですね。犯人は他にいると思っています。我々も福岡や長崎県警と協力して犯人を逮捕しないといけないし、野放しはできませんね」

羽生は腕を組んだ。

「ここか。丁度いいところにいた」

不意に声がして振り向く翔太達。

佐久間、間村、室戸、霧島が近づく。

「間村さん」

翔太と三神が声をそろえる。

「横須賀基地のデータベースにハッキングしてきた奴がいるんだよ。発信元はこの横浜と歌舞伎町だった」

間村は地図を見せた。そこには横浜防災基地と歌舞伎町のキャバクラ店に印がついている。

視線をそらす貝原。

「そしたら北の工作員がこの保安官が海警船とデートしてラブラブだったというのを教えてくれたんだ」

室戸は貝原の写真を見せた。

「おい、貝原。海警船とディズニーランドでも行くのか?デートは楽しかったか?」

わざと言う霧島。

「あなたの事は調べた。十年前、長崎港海上保安官殺人事件で死んだ橘唯はあなたの相棒ね。ある事件を追っていて五人の相棒を死なせるか殉職させた。五人目の和田保安官はその時は死ななかったけど昨日死んだ。あなたがいた福岡海上保安部では「死神」と呼ばれていた。ある時同僚にも言ったそうね。「僕は死に興味あるんだ」って」

佐久間は資料を見せながら説明した。

「黙れよ。ポンコツ船」

拳をギュッと握り歯切りする貝原。

「誰がポンコツだ。おまえ死体とか死に興味があるんだろ。なんで海上保安官なんてやっている。死刑執行人にでもなれば。あれならいつでもフリーで死体を見れるし、死をまじかで見れる」

間村は言い捨てるように言う。

「なんか言えよ。「いなさ」ポンコツ船」

霧島は悪態をついた。

「船名で言うなよ」

貝原は歯切りする。

「艦船と融合している以上は船名で呼ばれるのは当たり前よ。あなた船名で呼ばれるのが嫌みたいね」

佐久間は強い口調で言う。

貝原は背中から八対の金属の触手を出すと飛びかかる。

佐久間はその腕をつかみ、背中から一〇対の金属の触手を出して貝原の触手を縛り上げ足払いして地面に押さえつける。

間村はフリスビーのような円盤型の物体を出してそれをもがく貝原の胸につけた。

「それは・・・!!!」

三神が気づいた。

それはジョコンダやアメリカ沿岸警備隊が使っていた拘束装置だ。マシンミュータント用でエンジンや駆動装置に接続されると走れなくなり、動けなくなる。

「ぐあぁぁ・・・」

貝原はもがき身をよじる。胸の拘束装置を取ろうともがくが力が入らない。

メキメキ・・・ミシミシ・・・

体が何かが這い回るかのようにへこみ、盛り上がる。軋み音を立てて背中の触手は引っ込んでいく。電子脳に「いなさ」の状態や自分の体の状態が表示される。心臓をわしづかみされたような胸の痛みと息苦しさに胸をひっかいた。

力が入らない・・・苦しい・・・

目を剥き身をよじる貝原。

「とりあえずこいつは営巣にぶちこむ」

間村は苦しむ貝原を抱えて霧島と室戸と一緒にテレポートしていった。

「佐久間さん。やめてください」

翔太は訴えるように言う。

「彼は濡れ衣を着せられた。犯人は海警船の女だ」

三神は写真を出した。

「わかっているわ。警視庁の刑事もいる。でもハッキングしたのはあいつよ。口車に乗せられたかハニートラップにかかって言いなりで防衛省のコンピュータにも入ろうとした形跡がある」

佐久間ははっきり指摘する。

「そんな・・・」

絶句する翔太。

「横須賀基地に来てくれる。シド博士や平賀博士と福竜丸、オルビス、リンガムもいる。あの民間船も連れてきて。作戦は民間船がいた方がやりやすい」

佐久間は言った。



三十分後。

長島、夜庭、椎野、稲垣が海上自衛隊横須賀基地の門をくぐり格納庫に入った。

「特命チームは召集されたんですか?」

長島はたずねた。

「まだされてない。沿岸警備隊チームも特命チームも継続だけど調査団チームが組まれるの。民間船と民間人がいた方が相手も油断しやすい」

佐久間はスーパーコンピュータを操作しながら説明する。

「俺達がサポートするから大丈夫だ」

間村は長島の肩をたたく。

平賀とシドはイスに拘束されている貝原を見下ろし診断書を書いている。

「僕も行く事になった」

電動台車に乗った模型漁船が近づく。第五福竜丸である。

「何をやるんだろう?」

心配する稲垣と椎野。

「ちくしょう!!ここから出せ!!」

貝原は拘束イスでもがいた。

「用事が済んだら刑務所にでもぶち込んでやる。死に興味があるなら死刑執行人の募集があるから紹介するさ」

間村は貝原の髪をつかんだ。

「バラバラにしてやる」

目を吊り上げる貝原。

こんな装置。壊してやる。護衛艦なんて壊してやる。しかし自分が無理矢理着せられている拘束チョッキに接続できない。逆に鋭い痛みが背骨やわき腹に襲ってくる。電子脳に巡視船と自分の体の状態が表示されるが巡視船の表示は何もない。耳障りな軋み音が体内から聞こえる。

「本当にこいつを連れて行くのか?」

霧島は指さした。

「指をささない。彼の行動と事件を照らし合わせたのよ。彼は「ADHD」ね」

平賀は注意する。

「ADHD?」

沢本達が聞き返す。

「僕の高次脳機能障害とはちがうの?」

第五福竜丸が質問する。

「あなたにもADHDがあったけどそれは経度よ。記憶障害は五〇年前に夢の島に捨てられてからの症状ね」

平賀は答えた。

「子供に多く見られる症状と思われがちだが大人になって初めて診断されて気づくケースが多い。大人になってから初めて出現するものではなく、不注意、多動性、衝動性という三つの症状に子供のころからずっと悩まされていたり、多くの人は自分なりの工夫や対策を考えて努力していますが、それにもかかわらず、状況が改善せず大人になりうまく生活することができず困っている人が多い「片付けられない」「段取りが組めない」「優先順位がつけられない」ADHDの方々が何に戸惑い、何に悩んでいるか、どのよように治療の道を医者は歩んで向き合えるのかをアドバイスする」

シド博士は資料を渡した。

「なんかわかるな」

朝倉が口を開いた。

「君が?」

ひどく驚く三神。

「俺の場合は一〇歳までおねしょに悩んでいたし、忘れ物が多かったのを母さんが忘れないように用意してくれるようになりそのうちに親父も協力してくれたし兄や妹もサポートしてくれたんだ」

どこか遠い目をする朝倉。

「ただの性格かと思った」

しれっと言う佐久間と大浦。

「保安官になって医者に言われたんだ。君はADHDだねって。自分でも驚いた」

朝倉は肩をすくめる。

「貝原さんのは物事の優先順位がつけられずに溜め込む事ね。それをカバーしていたのは死んだ六人の保安官ね。全員、テレパシー能力者で水が操れたり、ハンターだった。更科教官や蓼沢教官、成増教官はそのADHDに気づいて事件を追うのをやめさせるために横浜基地に異動させた。福岡や長崎からは遠いし、行きたくても飛行機代や新幹線代はバカにならないし、ヒッチハイクするにも時間がかかる場所にした」

平賀はカルテを見ながら説明した。

うつむく貝原。

「しかし、福岡県警からの情報では「死神」とか「死を呼ぶ海上保安官」とかよくないあだ名がくっついているがあれは?」

資料を見ながら口を開く羽生。

「俺もなんでか知りたい。福岡防災基地に俺は行く」

沢本はチラッと貝原を見る。

「同じ仲間だ。このままほっとけないし、俺の父は二十年前の事件が元で足に障害が残って韋駄天走りができなくなった。事件はつながっている」

三神は訴えるように言う。

「その事件の犯人は僕を夢の島に捨てた事件とつながっているかもしれない」

それを言ったのは第五福竜丸である。

「僕は福岡なんて行かない。長崎も行かない。あいつらなんかバラバラにしてやる」

貝原は怒りをぶつける。

「誰をバラバラにするんだよ」

間村は彼の髪をつかむ。

「福岡にいる巡視船やヘリのミュータントに決まっている。普通のミュータントもバラバラしてやる」

もがく貝原。

「じゃあずっと資料課でいるの?いつかはリストラされて追い出されるわね。巡視船の使い道は巡視船ね。それか海外に供与船として異動になるわね」

言い聞かせる佐久間。

「ちくしょう!!」

怒りをぶつける貝原。

「融合したら切り離すのは無理だ。俺だって切り離したいと思う事はある。それに融合した船の記憶や声が聞こえる時がある。俺と「こうや」は一緒に存在するし、みんなそうだ。受け入れなければやっていけない」

三神は強い口調でさとすように言う。

自分だって戻りたい。融合の苦痛が始まって自分がミュータントではなくて機械になっていくのを感じたし、あの違和感や激痛は忘れられない。

「俺もそう思う時はあるな」

納得する沢本。

うなづく間村達。

「私も手伝うわ。テレパシーが役に立つなら力を貸したい」

椎野は名乗り出る。

「僕も念力やテレポートもできるしアマチュア無線は大学のサークルでやっている。ハッキングもある程度はできる。どこまで信号をつかめられるかわからないけど僕は協力したい」

稲垣は思い切って言う。

「民間船や民間機のネットワークはすごいよ。仲間に言えば不審船や不審機は見分けられるよ」

名乗り出る長島。

「僕も行く」

夜庭が口をはさむ。

「俺達は佐世保基地でサポートする」

間村は九州地方の地図を出す。

「私達はTフォース福岡支部になる」

平賀は福岡港のそばにある支部を指さす。

「私達は福岡中央署にいるから何かあったら連絡する」

羽生はうなづく。

「横浜港の代替船は用意したわ。修理の名目になっているから安心して」

佐久間は長島の肩をたたいた。

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