海上保安官 三神&朝倉

ペンネーム梨圭

第1話 記憶のない海上保安官

 ここはどこなんだろうか?

 男は起き上がり周囲を見回した。砂漠ようだがどこだかわからない。なんでここにいるのだろう?

 レンガ造りの建物が多く、砂埃ぽい。砂漠が見えた。

 自分がなんでここにいてどこにいたのかわからない。電子脳になんの情報もない。初期化したかもしれない。

 現地住民なのか。黒人達が口々に何か言っているが何語かわからない。

 見ると自分の来ている服はボロボロで緑色の潤滑油や機械油が皮膚にこびりついている。おまけに膝下からの足先がない。すぐ再生して生えてくるだろうがその機能も破壊されているらしい。

 頭にハンマーでたたかれたような痛みに顔をしかめる。鼻歌を歌いながら科学者は後頭部の何ヶ所かにドリルで穴を開けた。

 自分は叫び声を上げのけぞる。

 バキバキ!!ミシミシ・・・!!

 体内から激しい軋み音が響き、ケーブルがうごめきのたくる度に傷口から飛び出し、体を何か引っ掻き回すように盛り上がる。それが嫌でもわかる。

 その科学者はこめかみに電気ドリルで穴を開けて脇腹にある傷口から見える装置に穴を開けた。

 そこで映像は切れた。

 なんでこの状態なんだろう?

 「日本大使館の者です。君は三神崇さんですね」

 黒服の男女が近づいた。

 「え?俺が・・・?」

 なじみのある日本語が聞こえて振り向く男。

 「海上保安庁や日本政府、自衛隊、Tフォースが捜索しています。あなたは保護される」

 女性の大使館員は写真を見せた。

 それは自分の写真や見た事のある人物達であるがのどの奥まで出かかっているのに名前が出てこない。

 「この四人は?」

 男は指をさした。

 「同僚の沢本、朝倉、大浦、三島保安官。朝倉保安官は君の相棒だったね」

 大使館員が答えた。

 「あ・・・俺は三神崇でそいつらはチームを組んでいた」

 ポンと手をたたく三神。

 でもなんで自分はここにいて傷だらけで膝下から足先が再生されないのかわからないし疑問符だらけだ。

 「ここはモーリタニアだ。日本へ帰ろう」

 大使館員は言った。

 

 三年後。横浜保安署。

俺達、マシンミュータントは古代エジプト時代から存在している。途中で乗り物と融合した者も最初からマシンミュータントとして生まれた者も物扱いだ。

 マシンミュータントは乗り物や機械と融合してその能力が使えて乗り物に変身できる者達の事を言う。古代エジプト時代から自分達マシンミュータントは存在しており人間達はマシンミュータントを物扱いしてきた。古代エジプト時代から戦闘奴隷の扱いだったが明治時代になりそれは撤廃された。だが、現在でも冷遇されている。それは普通のミュータントにも言えるが人間にはない能力があるせいで嫌われる。それゆえにマシンミュータントはもっと嫌われている。

 なぜ嫌われるのか?それは融合すると二十四時間以内に融合の苦痛が襲ってきて生身の部分はなくなり機械生命体になってしまう。平均寿命は三百年。体の構造は人間や普通のミュータントとまったく違うがミュータントの時に持っていた能力は持っており魔術も使える者は使うのだ。

 マシンミュータントになってしまうと就職先も転職先も限られてくる。ハローワークも転職サイトも人間用、ミュータント用、マシンミュータント用に別れ、マイナンバーもそういう風に別れている。結局、巡視船の使い道は巡視船だし、貨物船は貨物船だ。中古の巡視船や船舶は東南アジアに供与や譲渡とという形で転職になる。それが最初からマシンミュータントとして生まれればなおさら窓口はせまい。

 俺には三年間の記憶が喪失している。マシンミュータントでは珍しい記憶喪失だ。三年間の記憶だけでなく子供の時やハンター訓練生、学生時代の事が時々抜けている。

 海上保安学校の訓練や那覇海上保安部に勤務していた事は思い出せて仲間も思い出せるが家族の記憶も欠けている。それもこれも二〇一〇年~二〇一三年までのある任務に関わり事件に巻き込まれ記憶を失った。

 俺は三神崇。横浜防災基地に勤務する海上保安官である。

 「おい三神。ミーティングだ」

 「朝倉。わかった」

 同僚の海上保安官が声をかける。

 三神はうなづき一階のミーティングルームに入った。

 部屋には三十人位の男女の海上保安官が集まっている。ここにいるのは人間だけでなく普通のミュータントやマシンミュータントも混じっている。自分や朝倉はマシンミュータントと呼ばれる生命体の部類に入る。

「聞いたか?アメリカの大統領はスレイグになったそうだ」

 新聞を見せる別の警備員。

 海上保安官と一緒にいる男女の警備員達は監視や灯台守、警備を手伝いをする民間船と融合する者達である。

 「知っている。このおっさんはミュータントだけでなくマシンミュータントも隔離する政策を唱えているんだろ」

 朝倉が怪訝そうに言う。

 「えらそうに言っているけど六割、七割の物流を支えているのは俺達だ」

 三神が口をはさむ。

 「それは言える。俺達がいなくなったら人間の生活は成り立たない」

 くだんの警備員が言う。

 「スレイグは政治や外交は経験ない。日米関係や世界情勢はさらに不安定化するな」

 三神が新聞を見ながら言う。

 彼らが心配するスレイグ・ジェレミー・リチャードソンはアメリカの大統領に決まっている。選挙中は大富豪の暴言王と呼ばれた不動産王である。元国務長官のグレース候補と争って大統領になったのである。

 「更科教官だ」

 誰かが言った。

 部屋に白髪交じりの海上保安官が入ってきた。せつな部屋内がシーンとなる。彼自身もマシンミュータントで指導教官をしている。

 「知ってのとおりアメリカでは大統領選挙が終わり次期大統領が決まった。世界情勢は不透明だ・・・」

 更科は口を開いた。

 「スレイグが大統領じゃアメリカは終わったな。もっと時空侵略者を呼びそうだし、カメレオンの巣穴も国内に作られそうだし、暴動が起きそうだ」

 朝倉はささやく。

 「俺もそう思う」

 うなづく三神。

 彼の言う時空侵略者は時空の亀裂や揺らぎの向こうからやってくるエイリアンの事を指す。古代エジプト時代から人類は彼らに悩まされその度に彼らを追い出す”特命チーム”が作られている。国連組織タクティカルフォース・・・通称Tフォースの管轄で国連から召集指令が出るのだ。Tフォースは魔物退治や管理、邪神信奉者、テロリストの取り締まりや時空の揺らぎ、亀裂の監視が主な仕事である。というのも一年前、百十二年前の日露戦争でニコライ二世を操っていた時空侵略者サブ・サンが中国政府に侵入している事に気づいたがすでに遅く、中国軍は尖閣、先島諸島に侵攻、占領した。その時にサブ・サンが連れてきたのが宇宙生命体のカメレオンだったのである。彼らはマシンミュータントのように地球の艦船や船舶と融合。船体のどこかに光るまだら模様があり船内に射程の長い光線を放つ砲台を格納している。彼らは人間やミュータントも捕食するが好物はマシンミュータントで天敵でもあった。

自分も朝倉もそれと戦う事になった。マシンミュータントは有事の時は優先的に徴兵され最前線で戦うのだ。それは巡視船だけでなく民間船、民間機、電車や車、トラック、バスと融合するミュータントは召集のハガキが届く。二番目に普通のミュータントで最後は人間である。自分達は特命チームのメンバーとして自衛隊と一緒に戦い、尖閣、先島諸島を奪還して中国軍を追い出した。戦後初めて自衛隊は外国艦隊を追い出したのである。

 戦闘は終ったがまだ特命チームは継続になっている。

 自分と朝倉はそのチームに選ばれ中国軍や海警局のミュータントと戦った。そして特命チームでは対処できない事象が増えたから、

「沿岸警備隊チーム」が作られた。海上保安庁だけでなく各国の沿岸警備隊のミュータント達がメンバーになっている。自分はそれにも選ばれているが召集指令がない時は横浜防災基地で普通の任務についている。

 「俺達はアメリカには行かないさ」

 三神はささやく。

 朝倉はうなづく。

 「・・・今の所、周辺海域は異常はない。私の話はこれで終わりだ」

 更科は言った。

 部屋にいた保安官や警備員達は出て行く。

 「三神、朝倉」

 更科が口を開いた。

 振り向く三神と朝倉。

 「おまえ達は葛西臨海公園へ行け」

 更科は葛西臨海公園周辺の海域地図を渡す。

 「なんでですか?」

 声をそろえる二人。

 「レッドブル主催のアマチュアエアレースが行われている。沢本達とそこの警備だ」

 更科はチラシを渡した。

 「行くしかないか」

 つぶやく朝倉。

 「何もなければそれでいい」

 三神は言った。

 岸壁に出ると大型巡視船一隻と小型巡視船が二隻いた。船橋の窓に二つの光が灯っている。彼らもミュータントだ。

 同僚の沢本、大浦、三島である。沢本は巡視船・巡視艇のマシンミュータントで構成されるグループの隊長である。彼が融合する巡視船「やしま」は全長一三〇メートル。五二〇〇トン。長距離の救難体勢の拡充と邦人救出や大津波や大規模災害で陸上の保安部の機能が停止した時の指揮機能、司令部機能を充実させたため船橋構造物が大きいのである。

 小型巡視船二隻は「つるぎ」と「かいもん」

 二隻は不審船追尾のために開発された高速船である。全長五十メートル。二二〇トン。時速は五〇ノット。

 三神と朝倉は海に飛び込み、緑色の蛍光に包まれ巡視船に変身した。

 三神と融合する「こうや」は全長四六メートル。二〇〇トン前後。

 朝倉が融合するのは「あそ」である。全長七九メートル。七七〇トン。不審船追尾するため四〇ミリ機関砲を装備していた。

 五隻は横浜港を出港して東京湾を北上する。

 しばらく行くと東京湾アクアラインの橋梁部が見えた。東京湾アクアラインは神奈川から千葉を結ぶ橋で橋の部分とトンネルの部分がある。

 「なんでエアレースなんか警備?」

 疑問をぶつける三神。

 警察の仕事だろう。

 「エアレースにも二種類あって人間やミュータントがレース用航空機に乗ってタイムを競うレースと世界選手権がある。世界選手権は別名マシンミュータントのオリンピックと呼ばれている」

 沢本が説明する。

 「知ってる。世界各国でアマチュアやジュニアの部があってその中からタイムを競う。優秀な奴が世界選手権レースに参加できる。航空機のレースと帆船レースがある。鉄人レースは車、バス、トラック、電車のミュータントが参加できる」

 朝倉がレースのスケジュールや参加国を送信する。

 「参加する選手は多いみたいね」

 大浦と三島が納得する。

 普通のオリンピックは人間だけしか参加できない。普通のミュータントにも世界選手権はあるがマシンミュータントのエアレースや帆船、鉄人レースは有名で動画中継される。視聴するのはマシンミュータントばかりだが。

 「俺達はその世界選手権アマチュアの部の警備に向かうんだ」

 沢本が地図を送信した。

 「沢本隊長」

 接近してくる五隻の漁船。

 木造漁船が第五福竜丸、住吉丸、福寿丸、小林丸でFTP製の漁船が飛鳥丸である。

 第五福竜丸は普段、夢の島にある第五福竜丸展示館にいるが彼女はミュータントである。一九五四年にビキニ環礁の核実験で二十三人の漁師達と共に被爆。放射能病で漁船としての仕事が出来なくなった彼女は東京水産大学で「はやぶさ丸」として練習船として活動。そのかたわらTフォースで科学者として働き、民間船で構成されるチームリーダーをしていたが五十年前に事件に巻き込まれ、エンジンやスクリュー、船内部品を引き抜かれ、ひどく損傷して夢の島のゴミ捨て場に捨てられていた。ゴミ捨て場に沈む運命だった彼女を救ったのは一般男性の投書で保存運動が高まり展示館が建設され保存が決まったのは歴史のとおりである。

 住吉丸、福寿丸、小林丸は彼女が第七事代丸だった頃からの知り合いで友人である。

 飛鳥丸は銚子港や市原、富津、君津港で釣り船の営業しながら漁師もしている。

 「朝倉。おひさしぶり」

 二人の未成年の男女が出てくる。二人は人間である。

 「来宮雅人と亜紀じゃないか」

 すっとんきょうな声を上げる朝倉。

 「朝倉。魔物ハンター見習いになった」

 雅人が報告する。

 「朝倉「さん」だろ。俺は年上でおまえ達は年下だ」

 注意する朝倉。

 「何歳になったの?」

 大浦が聞いた。

 「私は十六歳で弟は十五歳よ」

 亜紀が答えた。

 「あれから六年だもんね」

 納得する三島。

 「ランディがこのアマチュアレースに参加しているから僕達は見に行くの」

 第五福竜丸が口をはさむ。

 「ランディって農薬散布機のミュータントでアメリカから留学に来ていたよな」

 朝倉があっと思い出す。

 「彼は六年前の魔人事件の少し前にカラムと一緒に帰国した。ボストンに住んでいたけどアレックスとウイルと一緒に来ているはずだよ」

 雅人が思い出しながら言う。

 「ぜんぜん記憶がないし欠けている」

 つぶやく三神。

 二〇一〇年~二〇一三年までの記憶がない。資料によれば自分は魔人や邪神の眷属や時空侵略者と一人で戦いを挑んで自身も瀕死の重傷を負ってその度に記憶を喪失している。

 「本当に記憶がなくなったんだね」

 察する亜紀と雅人。

 「君の事は聞いている。特命チームや沿岸警備隊チームにも選ばれた。そして時空監視所のメンバーにも選ばれているのを」

 飛鳥丸が口を開く。

 「・・・俺は記憶も仲間も失いたくないんだ。リハビリしている時に気がつくなんて最低な気がするけど今は反省している」

 三神は視線をそらす。

 反省といっても記憶がない。あの頃の自分は父親の若い頃とそっくりだったと言う。資料でしかわからないが自分の父は子供の頃に妹を海の事故で失い、邪神ハンターになり韋駄天走りを利用しての攻撃から俊足ハンターと呼ばれた。魔術は中級レベルしか使えなかったが取り憑かれたように最前線で戦った。その度に仲間や相棒が死ぬから「死神」「疫病神」と呼ばれた。Tフォース日本支部の司令官になっても最前線に立ち続け死線を彷徨う深手を負い、司令官を辞めて漁師を継いでTフォース出張所の所長と志水地区長の兼任をしている。

 自分もその性格が遺伝していた。融合する前の那覇保安署ではTフォースの訓練所でひたすら鍛えていた。そのうえ、ミュータントの異種格闘技や地下格闘技場に出入りして試合に出ていつも優勝する常連だった。異常なまでに鍛える理由は自分は魔術が使えないからだ。だから魔術師協会の訓練所へ行って魔術師や邪神ハンター相手に戦った。そして融合してからは事件に勝手に首を突っ込み、魔人や邪神の眷属、時空侵略者と一人で挑んだ。それもこれも家族や親戚への当てつけでもあり見返したいからだ。劣等感コンプレックスの塊だった自分はひたすら前に進み、他人を省みないで突っ走り、必要以上にボロボロになりついには記憶喪失になり最後はモーリタニアの砂漠のゴミ捨て場で両足の膝下がなく、深い傷を負って捨てられているのを日本大使館員に拾われたのだ。記憶が欠けても気にせずに他人を省みないで猪突猛進で進んだ結果が記憶喪失や仲間の顔すら思い出せないという自業自得が待っていた。リハビリ生活でやっと何人かの顔は思い出したがそれ以上は映像を見ても思い出せず職場復帰するまで一年かかった。

 「気にしなくていいよ。もう一度、記憶は作ればいい。案内してあげる」

 亜紀は笑みを浮かべた。


 葛西臨海公園近くのマリーナに着岸すると飛鳥丸は来宮兄弟を桟橋に降ろす。九隻は緑色の蛍光に包まれて元のミュータントに戻る。

 「よかった。戻れた」

 第五福竜丸だった女性は目を輝かせる。

 「重本さん」

 雅人と亜紀が声をそろえる。

 「福竜丸でいいよ。元のミュータントに戻ってもみんなから船名で呼ばれていたから」

 重本は笑みを浮かべる。

 「三神さん」

 駆け寄ってくる三人の男女。

 振り向く三神達。

 「葛城翔太さん?」

 雅人が声を弾ませる。

 「椎野さんと稲垣さんですか。来宮亜紀です。弟の雅人です」

 亜紀は椎野と稲垣と握手をする。

 「翔太。なんでここに?」

 三神が聞いた。

 「僕達はエアレースを見に来たんだ。マシンミュータントの世界選手権は珍しい」

 翔太はニコッと笑った。

 「確かに珍しい」

 三神はうなづいた。

 葛城翔太とは約一年八ヶ月前に出会った。俺が職場復帰して半年後だ。出会いは唐突で長島が強引に横浜防災基地に連れてきたのだ。

 翔太の先祖はTフォースの創始者である葛城庵は明治時代に活躍した人物だ。

 明治時代に和菓子職人になるために伊豆から東京に上京した。その初日に金属生命体の子供が宇宙船に乗って落ちてきて遭遇してしまう。そこから邪神ハンターになり日英同盟を締結、日露戦争で日本は勝利したのは歴史の通りである。日露戦争終結後に渡米してタクティカルフォースの必要性を時の大統領であるセオドア・ルーズベルトやエジソンらに説いてアーカムに本部を造った。元々ウイルマースという対魔組織があったがそれが国際化して当時の国連組織に組み込まれた。

その息子の茂長官は二十歳の時にアメリカのハワイで日本軍による真珠湾攻撃に遭遇。連合国側からオファーが来て日本、ドイツ、イタリアの影にいた時空侵略者を追い出した。

 現在の長官は葛城博。翔太はその息子である。翔太には姉がいるが邪神ハンターとしてアメリカにいる。翔太とはロマノフの五つの宝事件に自分と彼は巻き込まれた。彼が林間学校で東北地方に行っている時に東日本大震災が発生して巻き込まれ、自分は知人に頼まれて朝倉と一緒に東北地方へ行き助け出した。そこからロマノフの五つの宝の所有者がやってきて殺人事件が起きているのを知る。それを守るために自分と彼は自衛隊や沢本達の力を借りて奔走。かつて第二次世界大戦でナチスドイツについていた人物の生き残りが時空侵略者の子孫でそれが元の世界に帰るという事件に遭遇した。そのロマノフの五つの宝事件から半年後に中国軍が尖閣、先島諸島に侵攻。国連から召集指令が来て、特命チームが結成され、自衛隊と一緒に中国軍のミュータントとカメレオンと戦い自衛隊は戦後初めて外国艦隊を追い出した。

 考えてみれば忙しい一年八ヶ月だったが三年前の記憶は戻らなかった。

 会場に近づくと警備員やハンターがいる。

 「ウイル、アレックス」

 三神が声をかけた。

 ウイルは米海軍のイージス艦と融合する米軍兵士でアレックスはアメリカ沿岸警備隊の隊員である。

 でもなぜ彼らがいるのか資料で見ている。三年前の任務で自分を操ったシャロンは二重スパイのイージス艦のミュータントだった。ウイルは彼女の後を継いでここにいる。

 アレックスはカラムの後を継いでいる。

 前任者のシャロンとカラムは三年前の任務で死亡している。自分も記憶喪失になり思い出せないというか記憶は欠けたままだ。

 「レベッカや佐久間達も警備でいるんだ」

 アレックスが口を開く。

 周囲を見回す三神。

 この見物客や観光客の中にいるようだ。

 レベッカや佐久間達とも三年間行動を共にしていたが記憶が欠けている。ロマノフの事件で再び一緒になったがそれ以前に記憶が喪失して思い出せなかった。

 レースは始まっている。海上にある巨大コーンの間を飛びタイムを競うという予選レースである。ここで五位以内に入らなければ本選には出られないのだ。

 駐機場に入ると白とオレンジのツートンカラーの農薬散布機がいた。

 「ランディ」

 「朝倉。ひさしぶり」

 駆け寄る朝倉と農薬散布機。

 「朝倉「さん」だろ」

 注意する朝倉。

 「なんでここにいる?」

 「予選レースに出るに決まっている」

 あっさり答えるランディ。

 「君のエンジンじゃ無理だね」

 三神はわりこんだ。

 「あれ?記憶をなくした巡視船じゃん。六年前は魔人や邪神の眷属と戦いすぎて記憶喪失になったよね」

 鋭い指摘をするランディ。

 「はっきり言うな。そのとおりだし、俺は君やあの来宮兄弟、飛鳥丸やシャロンやカラムの顔や任務の記憶はなくなっている。今じゃあ反省している。俺は記憶や仲間を二度と失いたくないんだ」

 うつむく三神。

 それも資料を読んで知った。でも記憶はごっそりなくなっている。

 「反省しているならそれは成長と言えるよ。それに特命チームや沿岸警備隊チームに選ばれたならそれは進歩と言えるよ」

 ランディが二対の鎖を出した。

 「ランディ。おまえレースに出ようとしているのか?」

 朝倉がわりこむ。

 「僕は世界選手権に出場して一位になってやる。そして邪神ハンターになって時空の揺らぎの研究をしたいんだ」

 強い口調で言うランディ。

 「君のエンジンでは無理だし、レース用に出来ていない。それに三歳から邪神ハンター訓練を受けていなければなれないし君は研究職も無理だね」

 あっさり言う三神。

 「ポンコツ巡視船」

 英語でののしるランディ。

 「君は小笠原まで何キロあるのか知っているのか?」

 「知らない」

 「約一〇〇〇キロだ。東京~ボストンは約一万八0七キロで、世界選手権では世界一周するコースがある。それに俺は邪神ハンター養成訓練所に入っていたからわかる。魔術が使えなければ邪神ハンターは無理だね。それに時空の揺らぎの研究はハーバード大学とかオックスフォード大学、東京大学のどれかに出ていなければなれないね」

 三神は鋭い指摘をする。

 泣き出すランディ。

 「そんな泣かすなよ」

 なだめながら言う朝倉とアレックス。

 「アレックス。なんでやめさせない?」

 三神は詰め寄る。

 「なんで?最初からマシンミュータントとして生まれればおのずと道は決まってしまう。だから応援するんだ」

 反論するアレックス。

 「僕は応援するよ。すごいと思うよ」

 翔太は笑みを浮かべる。

 もちろん本気である。自分達人間と違いマシンミュータントは肩身がせまい。それに最初からミュータントで生まれれば就職するところもおのずと決まってしまう。だから父親や祖父がそれを改善しようと奔走しているのを見ているからわかる。

 「僕は家庭教師も副業でやっているから教える事は可能だよ」

 稲垣は機体を触る。

 「なんとかなるわ」

 椎野が笑みを浮かべる。

 「もしレースに出るなら領海内なら警備はできる」

 ため息をつく沢本。

 「農薬散布機以外の働き口はあるの?」

 身を乗り出すランディ。

 「農家なら働き口はあるし、募集している」

 椎野がタブレットPCを見せた。

 「いいよ。農薬散布機以外でも農家のバイトはしている」

 うなづくランディ。

 「君は両親は?」

 三神がわりこんだ。

 「僕は生まれた時にボストンにある駅に捨てられていたし施設で育った。ロスサントスにある農園で農薬散布機の仕事をしながら学校に行っていた。そこの邪神ハンター出張所にいたカラムと仲良くなってあの時は日本に留学に来たんだ。でもあの魔人騒ぎと邪神の眷属騒ぎでやめになってアメリカに帰国していた。働き口があるなら日本で働きたい」

 ランディは重い口を開く。

 「なんで?」

 三神が聞いた。

 「スレイグが大統領になった。あのジジイは僕達の大統領じゃないね。七十歳の大金持ちのジジイは普通のミュータントだけでなくマシンミュータントも隔離する政策をやろうとしている」

 ビシッと鎖で指をさした。

 朝倉はタブレットPCを見せた。

 「国境に本気で壁を造るんだ。スレイグ次期大統領に反対デモが各地で起こってるな」

 つぶやく三神。

 選挙中とちがい暴言はやめて慎重な言動でいるがスレイグ節は健在でメキシコとアメリカの国境に頑丈な壁を造り、違法移民は一千万人位で強制送還か追い出すと言っている。それに政府内部に自分の家族を何人か入れようとする動きがあるのはニュースでも見た。

 「住む所がないなら僕のいる新木場支部の宿舎に来ていいよ」

 重本がわりこんだ。

 「いいの?」

 声を弾ませるランディ。

 「いいよ」

 あっさり言う重本。

 「俺とアレックスも横須賀基地に常駐するしいいよ」

 ウイルがうなづく。

 黙ったままの三神。

 人間でも移住を考える人達がいるのかカナダの移民サイトがダウンする事象が実際に起こっている。もちろん人間だけでなく普通のミュータントやマシンミュータントも移住を考えている者は少なくないという。それだけに隔離政策は重くのしかかっている。

 「横田基地には確かニコラスやカプリカがいて在日米軍横須賀基地にはあの四人もいるよな」

 あっと思い出す朝倉。

 「そういえばそうだな」

 うなづく三神。

 在日米軍横須賀基地にはクリス、アイリス、レジー、レイスというミュータントがいる。クリスがミニッツ級空母「サラトガ」でアイリスが強襲艦「エセックス」レジーとレイス兄弟が沿岸戦闘艦「フリーダム」「リトルロック」と融合している。いつも四人組で行動する。アメリカのハワイにある太平洋艦隊基地からの指令で動いて特命チームや沿岸警備隊チームの邪魔をして、ニコラスとカプリカは沿岸警備隊チームを邪魔をする。いつも二人で行動をする。ニコラスがアメリカ沿岸警備隊の巡視船「ホーク」でカプリカが「ベア」である。

 はっきり言うと米軍もアメリカ沿岸警備隊も信用ができないという事になる。

 「次期大統領がスレイグに変わるけど日本との関係とかどうなんだろう?」

 心配する翔太。

 スレイグは選挙中はメキシコとの国境に壁を建てるとかイスラム教徒は入国禁止とか日本と韓国には核爆弾を持っていいよとか言い放っている。そして中国も敵視するような発言もしているしイスラム過激派には核を使うかもしれない発言をしている。経営者としてビジネスマンとしては成功しているが外交や政治経験はゼロという人物をアメリカの国民は大統領に選んだのである。今月中に三宅総理はスレイグ次期大統領とどの首脳よりも先駆けて会談する事になっている。

 「みんな不安になっているな」

 三神がつぶやく。

 「ここ葛西臨海公園はすばらしい天気に恵まれました。このレースは二年前の東日本大震災のチャリティレースも兼ねています。あの大震災で被災して仮設住宅の選手もいます。原発問題で他県に避難してそこから駆けつけている選手や出場できない選手もいます」

 放送席の司会者が口を開いた。

 「僕の出番だ」

 ふと思い出すランディ。

 「さて本日最後の選手はアメリカのロスサントスから出場のランディ・ドワイト・ケンブリッジ選手です」

 司会者は紹介した。

 「あれ?本名?」

 朝倉と三神が気づいた。

 「ラニックと柴崎が本名で行けって言ったからそのままで出場する」

 声を弾ませるランディ。

 「ランディ選手どこですか?」

 司会者が周囲を見回した。

 放送席前のスタート地点に入るランディ。

 「そこの農薬散布機。滑走路からどきなさい。レースの邪魔です」

 イライラをぶつける司会者。

 「ランディは僕です」

 答えるランディ。

 「冗談だろ。君の仕事は農薬散布だろ。日本にはそんな場所はないぞ」

 司会者は目を吊り上げた。

 「寝ぼけているのか?あいつは農薬散布機だろ」

 「アメリカに帰れば」

 「そこの燃料トラックと走ってれば」

 野次を飛ばす観客達。

 あきれる三神達。

 二つの光を吊り上げるランディ。

 これはチャンスである。自分でもできるというのを証明できる。

 「予選初参加の彼にとって五位の熊谷選手のタイムを越えなければ本選に進めません」

 司会者は口を開く。

 ランディは離陸した。

 スタートラインから飛び出し、最初のコーンを目指してすべるように飛ぶ。彼は低空飛行を続け、どんどん加速していく。

 どよめく観客達。

 「熊谷選手に遅れる事〇・五秒です」

 司会者が叫ぶ。

 ランディは精神集中して青いコーンの間を矢のように飛び、あざやかな垂直飛行で赤いコーンをすりぬけた。

 「すごいよ。ランディ」

 翔太、椎野、稲垣、来宮兄弟は声を上げる。

 「速いぞ」

 重本達も応援する。

 ゴールラインに飛び込むランディ。

 「ランディのタイムは一分二二秒二六です。四位です。熊谷選手は五位に終わりました。これにて予選レースは終了します。まことに見ごたえのある戦いでした」

 司会者は冷静に言った。

 「すごいじゃないか!!」

 思わず興奮する朝倉と三神。

 「新人がいきなり勝つ展開はすごいな」

 沢本とアレックスがうなづく。

 駆け寄る重本達。

 元のミュータントに戻るとランディは椎野に抱きついた。

 顔を赤らめる椎野。

 「ウイル。アレックス。僕は日本に移住したい」

 思い切って言うランディ。

 「かまわない。手続きはしておく」

 アレックスとウイルはうなづいた。

 「本気で移住するみたい」

 飛鳥丸だった漁師が驚く。

 「働き口はあるのか?」

 住吉丸が疑問をぶつける。

 「大丈夫。近くの農家で募集していたし斡旋はするよ」

 翔太が笑みを浮かべる。

 「朝倉、三神。小笠原へ行くぞ」

 沢本が口を開いた。

 「え?」

 「西ノ島の観測するチームの警護だそうだ」

 沢本はタブレットPCで地図を出した。

 「小笠原へ連れてって」

 重本とランディが割り込んだ。

 「俺達は仕事で行く」

 三神は声を低める。

 「別に小笠原で降ろしてくれればいいじゃん。あとは漁をするだけ」

 飛鳥丸がわりこむ。

 「行きと帰りだけだぞ」

 ため息をつく沢本。

 「沢本さん。時空監視所からその周辺に時空異常がないか調べてくれというメールが来たんでいいですか?」

 携帯メールを見せる翔太。

 「本当だ」

 三神が身を乗り出す。

 時空監視所とはお台場にあるTフォースの施設である。きっかけは中国軍の尖閣、先島諸島の侵攻と東日本大震災である。あの大震災の直前に時空の亀裂が発生していたのとサブ・サンの侵入、ビキニ環礁の時空の亀裂を受けて建設。アーランが所長をしている。アーランは尖閣、先島諸島侵攻の時に接触してきた者達の代表として派遣されている。彼女達はどこから来たのかというと深海からである。カメレオンとは敵対しておりはるか昔は一緒の種族だったが考え方の違いから二つに別れ放浪を続けていたが他種族と共存する道を選んで地球に流れ着いた。自らを「深海の民」と呼んでいる。科学力は人類よりも進んでいて四十万キロ離れた火星に接近する宇宙船や隕石を探知でき、宇宙船も建造できる技術を持っていた。

 「構わない。海上自衛隊横須賀基地からオスプレイを出してくれるそうだ」

 ウイルがわりこむ。

 「よし。それで決まった」

 朝倉が目を輝かせる。

 「いいと言っていないが、時空監視所からの依頼なら協力しよう」

 沢本はしぶしぶうなづいた。


 

 二時間後。小笠原諸島

 西之島は東京の南約一〇〇〇キロ、父島の西約一三〇キロに位置し、硫黄列島と同一火山脈に属し、付近では海底火山活動が活発である。西之島は海底比高四〇〇〇メートル、直径三〇キロの大火山体の海面上に現れた山頂部にあたる。二〇一三年の噴火前までは西之島の東南海面下に旧火口があったが、二〇一三年に旧火口の西方海面下に出来た新たな火口から噴火が始まり旧火口が埋め立てられ、

現在ではこの新火口群のうち第七火口が火砕丘となって西之島の最高地点を形成している。周囲の海は、島の北方沖合い約一二〇〇メートル、西方約四〇〇メートルまで水深五メートル未満の浅瀬である。

 小笠原諸島付近の海域を航行する測量船「

昭洋」に接近する五隻の巡視船。

 昭洋は普通の測量船で国土地理院の職員や保安官達が乗船している。彼らは海図を作りに西ノ島に来たのだ。

 「小笠原港に翔太達を置いてきたけど大丈夫か?」

 心配する三神。

 「保護者に佐久間さんとアレックスがついているし住吉丸達もいるから大丈夫だ」

 沢本が答える。

 「お菓子のおまけじゃないけど福竜丸だけじゃなく飛鳥丸や来宮兄弟とランディまで来たわね」

 大浦が指摘する。

 「観光と漁だけじゃなく時空の異変の調査があるからね」

 三島はレーダーをチラッと見る。レーダーに第五福竜丸や住吉丸達の船影や農薬散布機の機影も映っている。

 「それにしても中国漁船が多いな」

 レーダーを見ながら指摘する三神。

 全部領海外で操業しているがかならずどこかに警備する中国海警船がいる。中国海警局は有事の際は中国軍の第二の海軍としての役割がある。実際に尖閣、先島諸島での戦いで中国軍と一緒に海警船のミュータントと自分達は戦った。

 「二百隻はいるな」

 朝倉がつぶやく。

 ざっと漁船は二百隻はいるだろう。そのうちの半分はマシンミュータントであとの半分は普通の漁船で人間や普通のミュータントが乗り込んでいる。

 三神は船体から二対の鎖を出すと聴覚装置にある制御補聴器に伸ばした。

 「それは使わなくても大丈夫」

 朝倉が制止する。

 「そうだな」

 三神は周囲を見回す。

 自分には韋駄天走りの他にレーダーヴィジョンという能力があるのを沿岸警備隊チームに入った時に教わった。簡単に言うと不安定だけど一時的にイージス艦のマネができる。一〇〇以上の目標と脅威度の順番が本能的に感知できる。でもまだ訓練中で制御すらできていない。

 西ノ島に接近する「昭洋」そこからボートが出て何人かの国土地理院の職員と海上保安官が上陸する。

 西ノ島から離れる五隻。

 EEZ経済的排他水域に接近する沢本達。

 中国漁船軍団の中から現われる三隻の中国海警船。五千トンクラス一隻と三千トンクラスの中型が二隻。この三隻以外にあと七隻の海警船がいるがそれは少し離れた場所で漁船軍団といる。

 「金流芯。ひさしぶりだな。一万トンクラスの奴はどうした?」

 単刀直入に聞く三神。

 こいつとは尖閣、先島諸島の戦いや沿岸警備隊チームで南シナ海の調査でも戦った。こいつの他に馬何進と馬可西という兄妹の他に一万二千トンの大型海警船が七隻いる。尖閣諸島の戦いで特命チームは五隻倒したが最近になってまた増えたのだ。

 「あれなら東シナ海だ」

 金流芯と呼ばれた海警船が答えた。

 「南シナ海でもいたし、遼寧や蘭州もうろついているよな」

 三神が指摘する。

 遼寧は中国軍の練習空母で蘭州は中国軍のイージス艦である。この二隻とも尖閣諸島の戦いで特命チームとして戦った。ネットでも現実でもポンコツぷりがささやかれていたが実際に戦うと本家のパクリでポンコツだった。でもカンフーや格闘技は本物でポンコツぷりをカバーするように魔術やミュータントの時に持っている能力をフル活用して戦う。

 「南シナ海は中国の領海だから警備するのは当然だろ」

 「へぇ~。カメレオンの卵をばらまくのを警備するんだ」

 朝倉がわりこんだ。

 「黙れよ」

 声を低める金流芯。

 「カメレオンはかならず裏切るわよ。最初はサブ・サンや周永平の言う事を聞いていても次第に馬脚を現して中国各地に巣穴を造るでしょうね」

 大浦がピシャリと言う。

 黙ってしまう金流芯。

 「そういえば王海凧はどこに連れ去った?」

 三神がふと思い出す。

 王海凧は李紫明の同僚である。二人は中国運輸局の巡視船である。李紫明は海警船でありながら特命チームに選ばれている。それゆえにいつも仲間の海警船にも狙われている。沿岸警備隊チームが発足した時、彼女と同僚は南シナ海の実験施設から逃げ出した科学者を連れて逃亡。日本の領海で保護した時は王海凧は連れ去られ、科学者は死亡したが彼女が施設から持ち出した資料と実験道具は日本政府に渡った。実験の内容はマシンミュータントに関するものでミュータントと乗り物を切り離す実験だった。失敗するとゾンビになってしまうという副作用を持っていた。

 「彼ならどっかにいるさ」

 「俺達はかならず彼を助けるからな」

 「さあどうかな?ゾンビになっているかもしれないし魔物のエサになっているかもな」

 他人事のように言う金流芯。

 シャアアア・・・

 海警船と海保の巡視船達は動物が威嚇するような音を出した。

 「どうする?ここで戦うのか?」

 四対の鎖を船体から出す金流芯。

 「戦わないさ。沿岸警備隊チームで南シナ海へ行った時も、特命チームで尖閣諸島の戦いでも負けたじゃないか。時間のムダだね」

 身構えながら言う三神。

 「ねえ。手に入れたいのに手に入れられない気分はどう?」

 挑発する大浦。

 威嚇音を出す金流芯と馬兄妹。

 海上保安庁の巡視船と海警船の間で火花が散った。

 「かならずおまえらのコアはえぐってやる」

 金流芯は捨てセリフを吐くと汽笛を鳴らす。

 二百隻あまりの漁船軍団はどこかへ走り去っていく。

 「覚えてろよ」

 三隻の海警船は去っていった。


 その頃、小笠原沖

 翔太は甲板から海面をのぞいた。彼は海面スレスレを飛んでいた虹色の綿毛をピンセットでつかんでビンに入れた。

 「すごい小さな亀裂が発生してすぐ閉じた感じね」

 第五福竜丸が口を開く。

 「そうだね」

 綿毛を見ながらうなづく翔太。

 時空の亀裂は小さな物から大きな物まである。東日本大震災が起きてから発生率が高くなっている。自分も感覚的に時空の亀裂が見える。小さなドーナツ状の空間が見える。それは野球ボールほどで小さい部類に入る。時空の異変を感じ取れて亀裂や穴が見えるのは自分だけではない。第五福竜丸、椎野、稲垣も見える。時空監視所のメンバーは自分達だけではない。ここにはいない長島や夜庭もメンバーである。長島は横浜港を周遊するレストラン船「ロイヤルウイング」と融合している作業員である。

 夜庭は名古屋港でしゅんせつ船「清龍丸」と融合している。清龍丸は国土交通省所有の船で油回収の要請が入ると油回収に行くが普段は名古屋港で港の海底を掘る作業をしているのだ。二人とも魔物ハンターで監視船の仕事も兼任している。

 住吉丸、福寿丸、小林丸も漁師をするかたわら監視船の仕事もするが五人共時空の異変を感知できる能力はないが協力者として登録している。

 「翔太。あそこにバレーボール位の亀裂がある」

 ランディは飛鳥丸の船橋から出てくる。

 「君は見えるの?」

 声をそろえる翔太と第五福竜丸。

 振り向く椎野と稲垣。

 うなづくランディ。

 「本当だ。でも自然に塞がっていく。侵入はないみたい」

 翔太は身を乗り出す。

 ランディが指摘した亀裂はすぐに塞がった。時空の亀裂が小さい場合は自然に塞がる。

 「塞がったよ」

 稲垣と椎野が目をこらす。

 「僕は都市の幻影も見えるし時空の亀裂や穴が小さい頃から見える。だから僕も時空監視所で働きたい」

 ランディは思い切って言う。

 「時空の亀裂は見えないし、異変は見えないけど僕達も手伝いたいです」

 来宮兄弟と飛鳥丸がわりこむ。

 「いいよ。協力者は多い方がいい」

 翔太は笑みを浮かべる。

 「やったぁ」

 ランディと来宮兄弟は手をたたき合い声を弾ませた。

 「僕が五十年前に片付けなければいけなかったのに巻き込んでごめん」

 第五福竜丸が視線をそらす。

 「心配しなくていいよ」

 声をかける翔太。

 一人ではどうもならなかったのだ。彼女は「はやぶさ丸」として活動していた頃、科学者としてTフォースに勤務していた。そして彼女は「第三八分隊」という民間チームを作って探偵やスパイ活動をして米軍や秘密結社に近づきすぎて仲間は全員死んで彼女は大きく損傷して夢の島埋立地に捨てられた。捨てられていたのを曽祖父達が蘇生させた。だが彼女は高次脳機能障害を抱え、地図や航路も覚えられず、生活介助人がいなければ生活ができない。放射能病も抱えているがTフォースの技術者枠に五〇年ぶりに復帰した。

 飛鳥丸が接近する。

 「福竜丸。友達になろう」

 甲板にいるランディと来宮兄弟は声を弾ませる。

 「いいの?」

 驚く第五福竜丸。

 「いいよ。僕は農薬散布機。二人は人間だし、飛鳥丸は漁船。ここは力を合わせないとサブ・サンや他の時空侵略者は追い出せない」

 目を吊り上げるランディ。

 「雅人と亜紀は千葉の両親の所へ帰らなくてもいいの?人間は人間と一緒にいた方がいいと思う」

 第五福竜丸がさとすように言う。

 「人間にも格差はある。父子家庭だし漁師だから飛鳥丸と知り合った。父親は漁師をしながら港で食堂を経営していて飛鳥丸も手伝ってくれるし、他の漁船のミュータントや普通のミュータントの海女さんや漁師も来るからあまり不思議に思わない」

 雅人ははっきり言う。

 「別にかまわないわ」

 亜紀が首を振る。

 漁船達に接近してくるアメリカ沿岸警備隊の巡視船「ジャービス」。アレックスが融合している船である。船橋から女性自衛官が出てくる。佐久間である。

 「佐久間さん、アレックス。時空の亀裂は小さくてすぐ消えた」

 翔太は周囲を見回しながら口を開く。

 違和感もないしドーナツ状の穴もない。

 「よかった」

 笑みを浮かべる佐久間。

 「スレイグと三宅総理の会談が終ったって。九〇分の話し合いで信頼関係なんて作れるのかな」

 タブレットPCを出すランディ。

 「どうだろうね。難しいよね」

 稲垣と椎野はうーんとうなる。

 「様子見だと思うね」

 翔太がつぶやく。

 世界のどの首脳よりも日本が一番乗り的な感じで会談になった。まだホワイトハウスに引っ越してもいないし、まだアラミス大統領は健在である。

 「こういう架空記事みたいにならないように祈るしかないよね」

 雅人がタブレットPCの架空記事を見せる。

 それは選挙中のものでニューヨークタイムズやロイター通信の新聞だ。


 ”メキシコ国境に壁を築く”

 ”国内各地で暴動が発生”

 ”カメレオンの巣穴が各地で見つかり、時空の亀裂が多数出現”


 という記事が第一面におどる。

 「あくまでも架空記事だよ」

 翔太がつぶやく。

 まだ現実になっていないがスレイグは記者のインタビューで国境にキレイで頑丈な壁を造ると言っている。そして反スレイグデモは各地に発生している。政府内部に家族を何人か入れようとしているし、選挙後に協力していた議員が何人かやめている。早くも不穏な空気が出ている。

 汽笛が鳴った。

 小笠原沖を通過する測量船「昭洋」

 その後をついてくる五隻の巡視船。

 「帰る時間だ。行こう」

 アレックスが促す。

 漁船達も沢本達に合流する。

 「どうだった?領海外に中国漁船が二百隻と一〇隻の海警船がいたわね」

 佐久間が無線ごしに指摘する。

 「さすがイージス艦。見えているんだ」

 感心する朝倉。

 「金流芯と馬兄妹がいた。様子を見に来ただけ。でも漁船には訓練された民兵が乗っている。隙があれば入ってこようとしているけど帰った」

 三神が気づいた事を言う。

 ただの漁船ではなく漁師も訓練された民兵が乗り込んでいる。いつでも隙があれば島を乗っ取ろうとする。だからパトロールするのである。

 「中国海警船や中国政府の動きは要注意だけど気になる事がある。ジョコンダがスレイグに接触したらしい」

 アレックスは口を開いた。

 「だって三宅総理が会談したよ」

 翔太と稲垣が口をそろえる。

 「その後だろうね。ジョコンダはスレイグを抱き込んで本気で時空侵略者と取引する気でいるらしい」

 「そんな事になったら時空の亀裂だけでなくカメレオンの巣穴がアメリカ国内に出現するかもね」

 それを言ったのはランディである。

 「一個一個、小さな計画を潰してジョコンダやスレイグに近づくしなかないわね。私達だけじゃ無理だから国連も政府も巻き込むし国際問題になりそうだけど時空の亀裂を潰していく事になるわ」

 佐久間が鋭い指摘をする。

 「それは僕の父さんも言っていた。スレイグは経営者やビジネスマンとして成功しているけどビジネス話や実益を感じ取るとそれにすぐ飛びつくだろうって。時空侵略者を知らなすぎるし、政治、外交経験もなく危険な人物になると言っていた。だからジョコンダは懐に飛び込んで利用すると僕は思うよ」

 翔太は感じた事を言う。

 九〇分の会談では相手の本心は見えないし信頼関係も築けたのかもわからない。三宅総理は彼の事を「信頼できる指導者」と言わせる事には成功しているしゴルフセットを互いに贈っている。

 「ジョコンダが目をつけるのは当然かな」

 つぶやく三神。

 ジョコンダとは沿岸警備隊チームが組織されて南シナ海へ派遣されて出会った。というより任務の邪魔をしてきてチームメンバーと一緒に米軍に捕まり、グアムのアンダーセン基地に拘束された。時空侵略者に興味を持ち、アメリカ政府の政府高官や議員、大企業と太いパイプを持つ。彼女自身もCIAスパイや高官も経験し、議員もしている黒人女性である。前任者であるアクドグナガル博士の後任だ。前任者とは会った事がある。といっても三年前で記憶がない。記憶はアクドグナガルの実験と拷問により失った。一人でどんどん真相に近づきすぎたのもいけないが人の話も聞かずに突っ走った結果だ。前任者は定年後の翌年に事故死している。真相は闇の中で誰もわからないがその後任が彼女だ。

 「嫌な予感がする」

 三神は不安を口にする。

 「心配するなとは言いたいが俺達は事件に巻き込まれている。運命共同体という奴だ」

 沢本がわりこむ。

 「三神。僕達と一緒にやろう」

 黙っていた第五福竜丸がわりこむ。

 「もちろんそのつもりだ。記憶喪失になって初めて気づくって最低だけど力を借りたい」

 第五福竜丸に接近する三神。

 「いいよ。僕達がやれるところまで協力するよ。一人じゃ無理でもチームなら切り抜けられる」

 ランディがわりこむ。

 「条件がある。決して無理するな。深追いするな。二人以上で行動だ」

 アレックスが念を押す。

 「そのつもりだ」

 三神は何か決心したように言った。


 その頃。Tフォース東京支部

 支部内にあるカフェで一人の男は珈琲を飲みながら報告書を読んでいたが彼はため息をつき窓の外をぼんやりと眺める。

 「博」

 「お父さん」

 博は初老の男性に声をかけた。

 「・・・博。ワシの目は節穴だった。長官としても失格だ。今そこにある危機に気づくのが遅いと言われれば慎重すぎてのろかった。おまえの意見を積極的に聞いていれば福竜丸に次いで現役の保安官が記憶を失う事はなかった。それに特命チームの召集指令を出せばよかったのだ。おまえが言ったとおりかもしれない。ワシは長官を辞める。おまえがやれ。おまえならワシと同じ轍を踏まないで行く事ができる。予見能力を甘く見ていた」

 勝は視線をそらした。

 「父さん・・・」

 博は言葉を失う。

 「長官をやめるのですか?」

 四人の中年の保安官が近づく。

 「更科、成増、太田、蓼沢。君の部下達を巻き込んで申し訳ない。私はここのTフォースの隊員として灯台守をしながら三神保安官や福竜丸が巻き込まれないように見守っていく事にする」

 勝は何か決心したように言う。

 「第五福竜丸は元気ですか?」

 更科が聞いた。

 「元気だが、記憶は結局戻ってない。親父から彼女を頼むと言われている。彼女や三神保安官を巻き込んだ責任がワシらにはある」

 フッと笑みを浮かべる勝。

 無言になる博。

 「後は頼んだ」

 勝は息子である博の肩をたたくと出て行く。

 「少しずつ事態は動いているようだね」

 ふいに声をかけられて振り向く博。

 中年の男性サラリーマンが勝手に向かいの席に座った。

 「ダニエル。あいかわらず芸達者だね」

 博は口を開いた。

 「スレイグが大統領に決まったね」

 笑みを浮かべるダニエル。

 「君は三十一世紀の未来から来ているのだからスレイグが大統領になる事は知っているし、カメレオンの情報収集艦が現われ東シナ海と対馬海峡の掘削基地にカメレオンの巣穴ができる事も知っていた」

 博は声を低めた。

 「もちろん知っている。スレイグはジョコンダと密談をした。米軍もアメリカ沿岸警備隊も信用するなという事だ。米軍やスレイグに時空遺物を渡していけない」

 「当然、時空管理局は時間協定にスレイグやジョコンダは違反しているのを知っているのか?」

 「もちろん。わかっている。ビジネスチャンスと見ればスレイグはすぐ飛びつくのをジョコンダは知っているし、当然お土産を持って密談した。彼らも覇王の石を狙っているし別の時空遺物も狙っている」

 「もちろん渡さないが、アメリカはさまざまな難題を抱えている。スレイグは米軍の建て直しを名言しているし、ミュータントの隔離政策にメキシコの壁の建設にも言及しているが政治、外交経験はまったくない」

 「アメリカの凋落は今に始まった事ではないし、誰が大統領になっても難題は重くのしかかっている。誰がなったとしてもその人が最後の大統領になるかもしれないね」

 「大衆迎合・・・ポピュリズムか。東南アジアにスレイグのような大統領は誕生してヨーロッパにも独裁者は出ると見ている。周回遅れで日本にもスレイグのような首相は誕生するだろう。サブ・サンを追い出しても時空侵略者を利用したい者は現われる。イタチごっこだね」

 「それは三十一世紀でも同じ事が言える。彼らの場合はまだマシだね。サブ・サンのように全時空、全時代、全種族に自分達の存在を知らしめて支配するという危険な連中がいるから警告している。独裁者とて利害が一致するとみれば協力する」

 「そうであればいいがね」

 「スレイグよりもジョコンダが危険だね。ゼクという秘書は時空魔術師だ。もし捕まえたかったら周囲にいる私設秘書や政策秘書、周囲の政治家から攻める事を勧める」

 「ご忠告をどうも」

 「南太平洋の異変が起こる。注意する事だ。私は帰るよ」

 ダニエルはバックを抱えて席を立つ。

 「いつも勝手だね」

 しれっと言う博。

 ダニエルは笑みを浮かべて出て行った。

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