馬小屋

1159年 12月 28日 更に夜更け 大原の入り口と馬小屋


 皆で温かい茶漬けを喰った後に籤を引いた。最初の見張りは<鯱屠りしゃちほふり>であった。

「その前に合言葉と矢の分配を行いたい」と義平。

「合言葉は法師が叡山を下りし場合は"山"と叫べ、平家の騎馬武者が駆けて参りし場合は"海"と」

「承知」皆が答える。

「矢でござるが、弓自慢の者に多くもたせたほうがよいのでは」と常識人の<樫の木かしのき>が尋ねる。

「この期に及んで弓道大会の暇もあるまい、平等に分けよう、誰が射続けなければならぬかわからぬだろう」

「そうですな」

「戦いがある度に、矢は均等平等に分ける、もちろん食い物もな」

牛担ぎうしかつぎ>が微笑む。

「そいつはいい」

 船乗りは団体行動で成り立っている。<鯱屠り>は文句一つ言わず、義平が指し示した。若狭街道が京の方まで相当向こうまでまっすぐに見通せる巨木の上に上った。

 他の4人は助次すけつぐの馬小屋に入ると用意されていたわらむしろで寝る用意をした。

 みな鎧は寝転がるのに不便なところや簡単なところしか外さない。

 義平は藁や筵を引いて寝転がると、言った。

「親父殿はどのあたりまで逃げたかな」

「気になりますか、やはり」と<樫の木>。<宗衡むねひら>は嫌なものでも見るように義平を見たが視線をそらした。

「かなりの阿呆じゃからの」と義平、兜と左京の野盗の弓を近くに引き寄せながら答える。

「竜華の別れで間違えなければよいのだが、案外この北に逃げたのはさとかったかも知れぬぞ、あの細き街道に雪道、六波羅での勝ちに乗じて直ぐには大軍では追えぬであろう、まぁ知らぬが、我らがこれから地獄をみるかもしれぬ」

「阿呆阿呆と、言うておるが己が義朝よしとも自身に取って代わろうと思ったことはないのかえ?悪源太殿」

 <宗衡>の嫌味半分本気半分の問いである。

 義平は、間を置いて<宗衡>の方を向くと答えた。

「それはここを切り抜けてからだな、清原氏」

「そんなゆうちょなことでいいのか物事には然るべき時というものがあろう、しかも源氏の頭領になろうというかかる大事」

「<宗衡>おまえ、俺に直臣じきしん何百騎とか居ると思っているだろう。それが違うんだな、この辺が親父の聡いところかもしれぬが、俺には家来が一人しか居らぬ、それも元追い剥ぎぞ。たった二人で謀反を起こすか?それこそ阿呆だろう、おまえがおれを与力するか<宗衡>殿よ、それより、早う寝ろ、寝られんでも、口を噤んで休め、己のためぞ」

 <牛担ぎ>の寝息が聞こえだした。

 義平は一息吹き出し笑いだした。

「雪掻きと岩運びが相当堪えたと見える」

 義平も平烏帽子を目深に被ると目を瞑った。我が祥寿姫しょうじゅひめことさおりでも思い出そうとした。

 どうしておるか、あの大女。ここにおる四人よりあの大女のほうがよっぽど頼りになるわ、そう独りごちた。

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