仕掛け

1159年 12月 28日 更に夜更け 大原の入り口に戻る


 義平は、五人全員を集めると、里長と一悶着あったことは<樫の木>以外のその場に居なかった誰にも全く告げず、手早くぱっぱと指示を出しだした。まず、全員に鎧を脱がした。火は薪をくべじゃんじゃん焚く。これから朝方にかけもっと寒くなるそのころは恐らく敵が迫り、火を焚けない。

 ある意味、源義平、齢十九にして生まれて始めての用兵である。率いる兵はたった四名。遊び女の息子にしては丁度いい人数かもしれない。

 高野川の花園橋の<下駄蛇げたへび>より一人多いだけだ。

 若狭街道を塞ぐのは至極簡単である。義平曰く。

「人でなく、大きな岩で塞ぐ」の一言である。

 しかし、ある程度の馬防柵を造っていなければ、先だっての八瀬での米俵では、馬に飛ばれ突破されてしまう。

 残酷だが、馬防柵で止めたところ、崖の上から岩をそれこそ、雪崩のように落としたいと義平は、<樫の木かしのき><鯱屠しゃちほふり><牛担うしかつぎ><宗衡むねひら>に身振り手振りで伝える。

「丁度、始皇帝を狙われた、子房しぼう殿の様に」と熱く語ると、多少学のある<宗衡>だけ大笑いをする。

 半分は馬鹿にした笑いだが、義平もニヤついて<宗衡>の嘲笑を聞いている。

 里長から借りてきた、おのなたを<樫の木><鯱屠り><宗衡>に渡すと、馬防柵の大きさをこれぐらいと人の背丈よりちょっと高いぐらいと指示し、その後、柵に使った木材の枝や細い幹で案山子かかしを大量に作るように命じる。

 戦の下ごしらえに<宗衡>は

「こんなものは、雑兵のやる仕事だと」早くも不機嫌だが、義平、頭突きを一発<宗衡>にかまして無理やりさせる。

 で「俺と<牛担ぎ>は、もっとひどい野良作業になる」と凄み、縄を体中に巻いて。<牛担ぎ>とともに叡山と相対する、瓢箪崩山ひょうたんくずれやまの崖を登りだした。

 雪は止んでいるが、雪が積もってしまい、岩を探すのはおもったより骨が折れる。

 もこっとした、吹き溜まりを見つけても、雪を手でかき分けると、腰ほどの丈の椿つばきだったり、小さな雑木だったりする。

すきくわも借りてくるんだった」と義平。

「あれらは全部借り物なのですか?」と驚いて答える、<牛担ぎ>

「どうやって、取ってきたと思ってるんだ?」

「有無を言わせず、二三人斬って分捕ってきたのかと」

「里には、数十人いるんだぞ。そんなことしてみろ、今頃、五人全員お縄か、首が鋤や鍬で飛んでるぞ」

「悪源太様にしてはお優しいことで」

ことわりに従っただけだ、待ってろ、すきくわも借りてくる」

 そう言い残すや、義平は大原の里へ全力で駆出した。この男、決めると動きは早い。そして本当に時間がない。今にも平家の馬自慢が駆けてきてもおかしくはない。

 ちょっと休めるかと<牛担ぎ>が腰掛けてると、

 義平が、鋤や鍬に愛馬の瑞雲や他の馬まで連れて、ものすごい速度で斜面を駆け上ってきた。

「この<牛担ぎ>がいるのに、馬まで連れてきなさったのですか」と<牛担ぎ>

「馬力という言葉を覚えてくれ」

「若殿と居ると勉強になりますぜ、全く」

 しかし、馬は雪を掻いてはくれない。結局。義平と<牛担ぎ>で斜面一面大汗かいて雪掻きだ。

「牛を担いで、箱根の坂を上っている方が楽でしたぜ」と<牛担ぎ>。

「言うと思ったよ」

「あの生意気な<宗衡>を連れてくるんでしたね」

「言うと思ったよ」

「さすがの悪源太様でも、嫌味は品切れですかい?」

「嫌味が切れてるんじゃくて、力そのものが切れてるんだ」

 雪をかくと、大岩があちらこちらに顔を出した。

 しかし、義平の岩への注文は恐ろしく厳しい。「あれはダメだ」「これだ」と。

 岩を掘り出してからも、ダメだとか、思ったほどかさが埋まってなかったとか。ものすごくうるさい。

「源氏の若様よ、岩なんてどれでも同じにあっしには見えますが、どんな差が一体あるんで?」

「馬防柵なんて、ああ仕掛けてやがるな程度の見掛け倒しなんだよ、岩こそがきもなんだよ<牛担ぎ>様よ、おまえこそ、大したことないな、<牛担ぎ>の底力を見せろ、今まで膂力じゃ出会ったやつ誰にも負けたことがないんだろ!<牛担ぎ>大原の岩に完敗する、じゃないか」

 珍しく、義平が語気を荒げた。

 <牛担ぎ>の表情が変わった。

「俺は、三国一のいや東国一の膂力持ちだ、源氏の若様でも馬鹿に出来ねえほどのな!!」

 「そう言うと思ったよ」

 大きな岩は、<牛担ぎ>と縄で馬をも使って動かした。いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。大きい岩、小さい岩、細い岩、丸い岩、四角い岩、平たい岩、太い岩、腹の立つ岩、そうでもない岩、偉そうな岩、、、。

 <牛担ぎ>には全く理解出来なかったが、義平にしか理解できないのりに従いなにやら岩を動かし、積み上げ簡単な倒木で作った棚には大きな岩、やや小さな岩、尖った岩、と積んでいった。

 戦支度というより、土木作業以外の何物でもない。

「悪源太様よ、こんな里に城でもお作りに成るんで」

「そう言うと思ったよ」

「それはもう幾度も聞きましたよ、くそ、マジで<宗衡>を連れてくるんだった。なにが清原氏だ、おれは今<牛担ぎ>から<岩担ぎ>に格下げになりまたよ」

「そう言うと思った」

「へへへへ、、、へへへ、本当に悪源太様だやっと二つ名の理由わけがわかりましたよ」

 もう<牛担ぎ>はおかしくなって笑いだしてしまった。

 すると、義平が、最後の一個の岩を自ら臼でも運ぶように抱いて運び、とある場所に置いた。そして

「出来た」と一言だけ言った。

 倒木の棚には斧で切り取った小さな幹で支えをして縄を結び、縄を引くと棚が外れ、岩がどかどか落ちてくる仕掛けだ。

「この岩の落ちてくる、、、、」

 義平は、<牛担ぎ>に説明したいみたいだったが、

「もう行きましょう」なにより雄弁に語る、<牛担ぎ>の一言だった。

「あぁ、戻ろう」


 二人が馬を連れて里の入り口まで斜面を縄をするする垂らしながら戻ってみると、立派な馬防柵が街道の端から端までキッチリ出来ていた。そして、その後ろには20体はありそうな大量の案山子かかしが。

「こんな立派な柵があるんじゃ、岩なんて必要なかったんじゃないですかね?」と<牛担ぎ>

 義平は、応えない。馬防柵の出来を念入りに調べている。攻め込んできた平家の兵でもこんなに熱心に調べないだろう。

「それより、どうして二人は顔や直垂ひたたれがドロドロなんですか?」と<樫の木>

<牛担ぎ>ももはや応えない。

 義平は、柵の正面の的に対峙する側に立つと。

「出来れば、馬防柵の前に空堀を腰の深さぐらい掘りたいが、、、、、」と義平。

「もう、勘弁してくれ!!」と<牛担ぎ>。

 空堀は却下となった。 

 

 もう夏や春なら夜があけようかという時間だが、冬の夜は長い。助次すけつぐの馬小屋の前で全員集まり、最終打ち合わせとなった。

「これが済んだら、茶漬けで、見張りを一刻交代でしてみなには寝てもらう」

 一番ほっとしたのは、<牛担ぎ>だ。

「まず、陣触れだが、といっても五人しか居ないので誰がどこに居ても一緒だが、、。

 街道の右手、瓢箪崩山のほうに二人、一人は、最右翼は馬防柵の前まで出て、山裾まで展開してもらう。広がっていると十字に矢を射れるからな、最右翼は<宗衡>だ。おまえの太い大刀なら馬の原も切れるだろう。そして内側の右翼には<樫の木>だ。おれになんかあったら、おまえが縄を引っぱってくれ、それでも落ちなかったら、斜面を駆けて、倒木の棚を蹴飛ばしてくれ。最左翼は<鯱屠り>おまえも最初は柵の前に出て叡山の山裾というか、高野川まで展開してもらう。もちろん、<鯱屠り>も<宗衡>合図があれば策の後ろへ戻ってもらう。左翼の内側はおまえだ<牛担ぎ>そんな馬鹿なことにはならないと思うが、平家の騎馬が柵に突進したとき、に支えろ、馬鹿らしいかもしれんが、おまえは一番武芸にも劣るから、それで頑張れ。大まかな差配だけ言っておく。単純そのものだ。馬防柵で停めて、丁度このあたりは、若狭街道をうねるように蛇行して高野川が流れていてここでは左手に高野川ということになる。丁度叡山側だ。たとえ法師共が山を駆おりてきても、高野川を堀として使える。馬防柵で一番大量の騎馬が止めた後、この縄を引いて、岩を落とし、平家の騎馬兵もろとも岩で街道を塞ぐ。岩は、右手の瓢箪崩山の斜面にこの義平が責任を持って積んだから、安心してというか、心置きなく、この縄を引っ張ってくれ」

「ちゃんと岩は落ちてくるのか」<宗衡>がいちゃもんを付けると、義平でなく<牛担ぎ>が怒り出した。

「どんだけ、ちゃんと積んだと思っているんだ、こんな辛い思いしたの生まれて始めてだったんだぞ」

「積んだのは、悪源太だろう」と<宗衡>。

「なにーっ」<牛担ぎ>がブチ切れた。

「やめろ、<牛担ぎ>」と義平が諌める。

「落ちてこなかったり、街道を塞げなかったら、終わりだな、皆で馬のところまで駆けて乗って逃げるが、恐らく、馬までたどり着けずに、平家の騎馬兵に背から斬り殺されるだろう」

 全員が黙りこむ。

「それより、意図的に二騎か、三騎、柵を通したい。二騎か、三騎なら囲んで五人で殺れるだろう。どうだ」

「五人だぞ、流石に三騎で駆け回られたら、ことだぞ」と<宗衡>。

「おまえは、文句をつけることしかしないのか?え清原氏殿よ」と<牛担ぎ>。

「俺も無理だと思う」と<樫の木>。

「じゃあ二騎通そう。そして後でなぶり殺しにする」

「承知」全員が声を揃える。

「なんかあった時の逃げる先の予備陣地だが大原の里、真ん中の叡山側にどうしてこんなところにあるのかしらないが、惟喬親王墓これたかしんのうのぼがある、そこにする。そこ目指して逃げる。

 陣地といっても惟喬親王墓があるだけで、なんにんもないぞ、逃げる目標だと言うだけだ。 そこでも駄目な場合第三次予備陣地だが、大原の里の奥にある音無おとなしの滝としたい。

 しかし、ここは奥待っててもう叡山に逃げるしかない。もう終わりだと思ってくれ」

 この差配になっての二度目の全員黙り込み。

「馬はどこに繋いでおくんだ」と<鯱屠り>が訊ねる。

「一人だけ逃げることを考えているのか、おまえは海育ちで一番馬乗りが下手だろう」と<牛担ぎ>が混ぜっ返す。

「惟喬親王墓の近くだ、柵の近く繋いですぐに乗って逃げたいがいななかれても困るんでな、。ずっと口に何かを含ませているのも不可能だろう」

「納得だ」

 その時、五人の後ろに一人の女童が湯気を立てた鍋と五つの器を持って立っていた。ながれである。

「先に茶漬けいただこう、それからくじを引いて見張りの順番を決めよう。

 流は、さっきよりは柔和な顔をしていたが、口は真一文字に結ばれていた。

 流は、思い詰めたような顔をしたあと、睨みつけてから口を開いた。

「おらの父ちゃんも母ちゃんも、逃げてきたおまえのくそ親父に殺された。だけど、おまえは、里で戦はしないとか、里長様への受け答えも、いいし、いいい奴みたいだ。おまえの親父は死ね、そしておまえは生きろ、悪源太」そう半分叫びながら言うと、流は鍋と器を置いて里の方へ駆けていった。

「阿呆な親父を持つと子は苦労するらしいな」

 そう言うと、義平は茶漬けを喰った、これほど旨い茶漬けは今まで喰ったことがなかった。

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