探して、見つけて、その先の。

櫻庭 春彦

序、本、その先の。

雪の日の、道端の、小さなダンボール。

僕は”彼”を拾った。

雪の日だったから”ユキ”と名付けたけれど、

”彼”は、黒色の子だった。

はじめは骨と皮だけだったけれど、

ふた月、み月と過ぎるうちにだんだんと肉がついていった。

ふっくらとした頬が、腿が、すべてが僕が与えたものでできている。

そう思うとふんわりした気持ちになった。

ユキは、おしとやかそうな名前に反して、快活でおしゃべりな仔だった。

おやつをねだる潤んだ瞳、怒って拗ねて尾をばたぱたしていたり、

一緒に風呂に入ったときのアヒルのおもちゃ、

ドライヤーを当てようとして、何度も爪を立てられた事、

一緒に眠った事、全部僕の胸の中にしまってある。


拾ってから半年も過ぎるとだんだん暖かくなってきた。

たくさん怖い思いをしたはずなのに、ユキは僕が外へ行こうとするとついてこようとしたり、

洗濯物を干そうとしたとき、庭に出てきたりする事が多くなった。

「外に行きたいのか?」

するとユキは花がほころぶような笑顔で

「うん。おそとにいってみたい。」

と、いうのだ。

はじめは庭で遊ぶところから始め、公園デビューも無事に終わり

同年代の仔ともあそぶようになった。

その頃からだろうか、やけに”かつおぶし”を食べたがるようになったのは。

ユキに聞いても答えてくれなかったが、おおかたお友達にでも聞いたのだろう。



(新しい関係を築こうとしている。ずっと続くといいな。)


そうして幾年かたち、ユキはどんどん大人になっていった。

推定にしか過ぎないけれど、誕生日も何度か過ぎていった。

「ゆっくり大きくなってね。」

僕はユキの誕生日が来るたびにそう言ったけれど、ユキはきょとんとして

「ぼくは、はやくおおきくなってごしゅじんをまもれるようになりたい。」

といつも返してくるのだ。

ささやかで、しかし不可能な僕のお願いを嘲うように、ユキはどんどん年をとり、

日なたぼっこをよくするようになった。



”ばいばい。”

風に乗って声が聞こえた気がした。

日なたでユキは眠るようにして冷たくなっていた。

でも僕はずっと忘れられないまま、思い出をたどるようにしてずっと待っている。

いつかユキがあの花のほころぶような笑顔で、

「ごしゅじん、もうおうちにかえろう。」

といってまたかつお節をねだる日を。






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探して、見つけて、その先の。 櫻庭 春彦 @dawbrock

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