Interlude ~池崎馨の夢 Ⅴ~

 冷たく硬い石に囲まれた王宮地下の独房。


 無実の罪を着せられた僕に、王子という立場はすでに通用しない。

 尋問のたびに心当たりのない罪を追及され、否認を続けるという押し問答が三日間続いている。


 僕は何のために戦っているのだろう。


 もちろん、無実の罪をかぶるなど、ルシアナ国の王子としての立場やプライドが許さない。

 けれども、意固地になって地下独房に幽閉されたままでは、王子としての職務が滞ってしまう。


 それに、国民や王宮の皆もこの事件を知り、心を痛めていることだろう。


 そして、一番心を痛めているのは……

 そう。

 きっと、ココに違いない。


 いっそ一旦罪を認めて保釈されてから、無実を証明する手立てを考えようか──


 粗末な木の椅子に座って読書していた僕は、読みかけの本を静かに閉じた。

 大きく息を吐いた後、傍に立つ守衛に罪を認めようと口を開いたときだった。


「カヲル王子!」


 毎日のアフタヌーンティーで聞き慣れた声にハッとして顔を上げる。

 独房の扉が開き、シェパードの警官に付き添われたトイプードルのココが真ん丸な瞳を潤ませながら走り寄ってきた。

 後ろには僕の友人でもある近衛兵の黒ラブラドール、セージの姿も見える。


「君たちどうしたんだ!? 取り調べ中は面会禁止のはずだろう?」

「王子! 王子の無実が証明されたんです!」

「えっ!? 本当かい!?」

「はい! 怪我を負ったインギーが意識を取り戻し、王宮の庭で王子と会ったのは確かだが、自分が負傷したのは王子と別れた後だと証言したのです。

 花壇の茂みから兵隊の訓練用の矢が見つかり、流れ矢が当たったらしいということもわかりました!」


 自分のことのように喜ぶココの後ろからセージが付け加えた。

「どうやら軍隊の訓練中に、俺の仲間がクロスボウの操作を誤り、庭の方向に放ってしまったようです」


「この給仕係の娘が王子の無実を証明するのだと夜に昼に奔走し、広い花壇をくまなく探して証拠の矢を見つけてきたのです」

 シェパード警官の言葉にココをよく見ると、茂みを探し回ったせいで傷ができたのか、腕や足に包帯を巻いている。


「ココ……! そこまでしてくれたのか……。

 本当になんてお礼を言ったらいいのか」

「私だけが頑張ったのではありません。セージさんも、軍隊の仲間にいろいろと聞いて回ってくれて、そのおかげで矢を見つけることができたんです」

「王子の無実を晴らしたかったのは勿論ですが、俺はココちゃんに頼まれたから……。必死な彼女に動かされたようなものです」

「そうか。いずれにせよ本当に助かったよ。ありがとう」


 石造りの独房から解放された僕はココの前に立ち、彼女の手を取った。

「君に何かお礼をしたい。僕にできることなら何でも言ってくれ」


 頬を赤らめた彼女が、キラキラとした瞳で僕を見上げた。

「もし、望みを叶えていただけるなら……王子の胸にもふもふさせてくださいっ!!」


 うん。

 そうくると思っていたよ……。


 本当ならば、アイナ姫を想う僕はココにもふもふさせるべきではない。

 彼女に変に期待を持たせては、結局彼女を傷つけることになるからだ。 

 穏やかに接するまま、やがて彼女が僕を諦めてくれたらいい。

 だから僕は彼女の想いに気づきながらも、なるべくそれに触れないようにしてきたんだ。


 でも今回は特別だ。

 彼女が褒美でそれを望むならば、その褒美に見合うことを彼女はやってくれたのだから。


「わかった。君の望みを叶えよう」


 大きく腕を広げると、より一層瞳を輝かせたココが、僕の白く豊かな胸の被毛コートに向かって飛び込んできた!


「もふもふ……

 もふもふ~~~!!!」


 ────


 ──…


 ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る