薄羽蜉蝣・Ⅱ
/二十四/
刃と拳、脚を重ねて下がる。それが数回ほど繰り返される。
ここに来て彼らは千日手の様相を呈していた。
いや、そうじゃない、とバックスは心で焦りをこぼしながら額から汗を垂らす。
明らかに対応力が上がっている。
もし、尻尾の一本でも斬られてしまえば、こちらの手が無くなり、その時点で詰んでしまうだろう。
(やはり、場所が悪いな)
刀使いの誘いに乗ってこの元スタジアムに来たが、そろそろ自分の得意な市街地へと移動した方が、とバックスが思い直したとき、
『あの時、私は負けていた』
刀使いから、翻訳済みの機械音声が聞こえた。
『高潔な戦士である尻尾使いに敬意を表し』
その無感情な機械音声に、バックスは何故か寒気を覚えた。
『一度だけ宣言する』
直後、刀使いは装備していたブレイドマガジンを背中のバックパックコネクタからパージした。もう必要が無いと言うように。
そして、刀を鞘に納刀し、それを腰当たりに持ち、腰を屈めた。
さながら、剣士が居合い斬りをするかの如く。
その端から見れば滑稽な光景をみて、バックスは脳内で削除していた可能性を無理矢理引き上げる。
『
脚にある全電力を持って、バックスは飛——
『薄刃蜉蝣』
/二十五/
バックス達の観戦していた会議室に突如、直下型地震が起きたような振動に加え、アラートが鳴り響く。
「な、なんだ?!」
椅子から転げ落ちたジロウが目を回しながら叫ぶ。
「今映します……なに、これ」
アラートと振動の原因が確認用カメラからディスプレイに表示され、エリスが驚愕する。
巨大なタイヤにより浮いているはずの車体が、地面へと落ちていた。
「ベースのタイヤから、全部脱落?……いえ、これは」
ゴクリ、と喉をならし、その事実を言葉にする。
「切断、されてる」
そして、廃墟の街が崩れた音が届いた。
/二十六/
インジケーターが100%になった仮想ディスプレイを見て刀使いは、ようやくこの機体を十全に扱える、と心の中で呟いた。
そのインジケーターの内容は、想定戦闘範囲内の住民退去率。
『薄刃蜉蝣』を使用したときに近隣住民を巻き込まないための、インジケーターだった。
予想よりも早かったインジケーターの進みに、対応してくれた仲間の頑張りを感じて、胸が温かくなる。
しかし——と刀使いは考える。
このまま『薄刃蜉蝣』を使って良いのだろうか。
正直いえば、自分はすでに死んでいる。猫又の尻尾使いの攻撃を避けきれなかったあの時から。
それを見逃して、全力で戦いたいと言った戦士の言葉を、このまま反故する形で終わらせても良いのだろうか。
刀使いは考えた上、その貸しを返すことにした。
/二十七/
薄羽蜉蝣は究極の薄い刃を目指したナノマシンだ。
刀の刃に沿って素粒子フィールドを形成し、摩擦抵抗、厚さがほぼゼロの山折りの面を形成する。
それにより、理論上は何でも切断できるだけの兵器となるはずだった。
しかし、開発者である和泉源五郎博士は、そのナノマシン兵器を戦術級から戦略級へと押し上げた。自らが習得していた、居合いの技によって。
薄刃蜉蝣とは、山折りだった素粒子フィールドを平面に戻し、超加速の居合い斬りによって全てを切断する素粒子フィールドを飛ばすという、単純明快な技だ。
摩擦抵抗・重さ・厚さがほぼゼロの刃が、超高速で飛び、通過する物を全て切断する。
居合い斬りの練度と速度によって切断可能範囲は扇状に広がる。居合いの達人である和泉源五郎博士が試射した記録では、半円状に半径二十KMが横薙ぎに切断されたという。
見えない上に絶対切断、絶望的な速度と逃れようのない範囲。
回避方法は切断線の回避。
ただ、その速度に合わせて跳ぶ屈むが出来る存在がどれだけ居るか。
さらに言えば、フィールド維持に必要な電力が最小限に抑えられるので、薄羽蜉蝣の弱点でもある電力効率も解消される。
つまり、鞘に収めれば連射もできるのだ。
対峙した敵軍は機体さえも見えず必ず全滅した事から、和泉源五郎博士が駆るCATは
バックスは当時の事を思い出しながら、無事だった左脚と一つの尻尾で着地する。
もう片方の右脚は、臑の中程で綺麗な切断面を見せていた。
CAT ―猫の戦場― 犬ガオ @thewanko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。CAT ―猫の戦場―の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます