第6話


「待たせてすまないね、ヴィンスくん。娘がまた迷惑をかけてしまったようだし、君には頭が上がらないな。はっはっは」


 豪快に笑って部屋に入ってきた男性は、髭を撫でつつヴィンスの前方の椅子に腰掛けた。カミラと同じ美しい金髪に髭を蓄えた男は、細い目をさらに細くさせている。


 二人の間には縦に長い机が、まるで門番のように佇む形となった。


「私に頭が上がらないなんて、相変わらず意地の悪い。それは私の方ですよ、エリオット卿。貴方には昔からよくお世話になっています」


 にっこりと笑いかけるヴィンスに、エリオットは深くため息を吐いた。


「なんでそんなに可愛げなく育っちゃったかなあ。僕が初めてあった時にはこんなに小さくって可愛かったのに」


 それはそれは残念そうな面持ちで、エリオットは自分の目の高さで手をひらひらとさせる。ヴィンスは再度ため息をつくエリオット相手に、表情すら変えない。


「私はそんなに小さくありませんでしたし、その頃はすでに成人しておりました」

「昔はそんなに堅っ苦しい挨拶できなくって、敬語も下手で。それが今やこんなにふてぶてしく育っちゃって……」


 エリオットまた深々とため息を吐いた。


「私、先月も伺いましたよね?」

「ああ、来たね。でもあれは僕の家じゃなかったから、お互い立場があるだろう。でもここは僕の家だ。もっと打ち解けて話してくれてもいいじゃないか!」


 そんな酔狂な男性を、ヴィンスは呆れ顔で見つめる。そしてため息をつきつつ頭を掻いた。


「今日も一応仕事関係できているんだから、おんなじだろ」

「猫かぶりはいけないよ、ヴィンスくん。大体世話になってるって、君と僕はそんなに年も変わらないじゃないか!」

「十も違えば十分だろう。俺はまだ三十代だ、じじいめ」


 お前の方が猫かぶりだろうとヴィンスは思った。


 ヴィンスは、この男が商談するところを以前見たことがある。


 人当たりの良さそうな仮面の裏で相手の機微を感じ取り、巧みに相手を自分の口車に乗せていく。時に乱暴に、紳士に、ピエロに。この男は何にでもなれるのだ。そんな男を猫かぶりなんて言葉で表現できるのか、ヴィンスは甚だ疑問ではあったが、幸いこの男はヴィンス相手にはそれをしない。否、しているのかもしれないが、ヴィンスはそれでも構わないと思っている。


 一方は自己の利益の向上を。もう一方は自身の王の利益の向上を。方向性が違うとはいえ、二人の利害は一致していた。だからこそ、ヴィンスはこの茶番に不平を漏らしながらも付き合っているのだ。この男の唯一の友人として、良き戦友として。


「まあまあ、そう言わないでくれよ。僕は本気で君のことを気に入っているんだ。それこそ、君に僕の娘を嫁に迎えて欲しいくらいにはね」

「カミラをか?」

「ああ。幸い娘も君によく懐いてるそうじゃないか。僕は娘を大切にしたいと思っているんだよ」

「はっ、よく言うもんだ。カミラの姉二人の嫁ぎ先を、俺が知らないとでも思ったか?」


 その時控えめにドアがノックされた。


「レーチェルでございます。紅茶をお持ちしました」

「はいれ」


 レーチェルは静かにドアを開け、紅茶のみを持ってくる。そして二人の前に音も立てずにおいた。


「もういいぞ、さがれ」

「失礼いたします」


 レーチェルは一礼すると、部屋から出ていった。

 ヴィンスは確かに一瞬レーチェルの物言いたげな表情を見たが、エリオットの前でそれを問うことはできなかった。


「さて、何の話だったか。ああ、そうそう。娘の話だったね」

「……それよりも早く本題に入らないか。もう茶番は飽きた」

「ふむ、君はせっかちな男だね。まあしょうがない。娘の話はもう少し彼女が大きくなってからにしようか」


 エリオットは紅茶を一口飲むと、さも楽しげに笑った。


「君、数年前に魔女の一族と勇者の一族が和解したのは知っているだろう?」

「ああ2年ほど前の話だな。だがそれがどうした」


 ヴィンスも紅茶を口に含んだ。


「君はこの和解によって誰が一番被害を被ったと思う?」

「奴隷商人か?より魔女たちの力が増して、やりにくくなっただろう。この国でもつい最近女王が来て、その問題に関する条約を結んだばかりだ」

「それは初耳だな。でも、違う。勇者を神と拝めていた奴らさ。考えてもみなよ。彼らは今まで勇者たちを神と崇め、その反対に魔女たちを人間以下だと蔑んできたんだ。ところが今回の一件で、二つの一族が元は同じ一族だと分かってしまった。それがどう言うことか、分かるかい?」

「神を無くした信者たちが暴徒化でもしたか」

「それだけなら良かったんだけどね。そしたら滅ぶ国はレチアンゼだけで済んだだろう」

「なら何だ」

「革命さ。それも世界規模のものを」


 ヴィンスは眉を少しあげた。

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