211~220

211

 眼球の拾得物を預かってます。お心当たりの方は管理人へ。

 そんな貼紙をアパートの掲示板で確かに見かけたのに、それとなく尋ねても住人は誰も知らないという。こんな不気味な場所に住み続ける道理はない、と俺は早々に引っ越した。

 最近左目が自分の意に反した動きをするが、まあ多分、気のせいだろう。

―拾得物:眼球



212

 夏祭りでは現世と幽世かくりよが混じるから、知人以外と関わらぬように。

 僕はかつておきてに逆らい、あの子と親しく遊んだ。今再会したら喜ぶか怖がるか。きっと後者だ。

 ただ行き過ぎるだけと言い聞かせ、お面を被ったままあの子とすれ違う。自分と違い、人間のあの子はもう大人だ。

 背後で誰かが、わらう気配がした。

―あの子が咲ってくれたなら



213

 世界中の扉が隣の空間との接続を気紛れにやめ、一年が経った。当初社会は混乱極まり、流通も経済も国家さえも易く瓦解すると見えたが、今や人間は秩序立った混沌という一種の平衡状態にある。

 我々扉族とびらぞくの想像より強靭だった彼らに、恨みは特別ない。人々を素通りさせることに、我らは飽いただけなのだ。

―扉族の反乱



214

 一目惚れだった。共に過ごせば絶対に楽しいという予感に胸が高鳴る。まだ誰のものでもない君は、鮮やかな色を纏い、きらきらと輝いていた。

 だから僕は、君を自分だけのものにしたくて、衝動に従って家に連れ帰ったんだ。

 さあ、これで君は僕のもの。僕だけの真っ更な新刊の本。これからずっと一緒だよ。

―特色箔押しの君



215

 はじまりは好奇心だった。奇妙な性質の細胞を手遊てすさびに培養したところ、異常な速度で分裂したそれに飲み込まれ――意識を取り戻すと地表は超巨大な粘菌じみた生物に覆い尽くされていた。

 粘菌の王は私に従う素振りを見せる。ことわりは崩れて上書きされ、私は創世者となった。

 はじまりはそう、ほんの好奇心だった。

―はじまりは好奇心



216

 変わらないね、と彼は目尻に笑い皺を寄せた。

「それは私の台詞よ。招待ありがとう」

「君がこっちに来たと聞いてね。また会えて嬉しい」

 何年ぶりだろう、視線と言葉を交わすのは。再会を諦めていた人の名を呼ぶと、不思議と動悸を感じた。

 闇だけが二人を見ている。暗い廃墟で二人の死者は華やかに踊る。

―再会は■■で



217

 あんた、惑星探査帰りかい? 驚いたろ、地球は変わり果てちまった。今じゃ現実から逃れて、積極的に昏睡状態になった人類の方が多いんだ。ひつぎの中で陶酔の夢を見る、ってな。

 奴らが見てる甘い夢は生体演算装置ってわけさ。勇敢な――あるいは鈍感な、覚醒状態の人間のためのな。

 さて、あんたはどうするね?

―棺は陶酔の夢を見る



218

 目覚めると巨大怪獣になっていた。街を破壊してみようと思う。

 避難の完了を確認し、腕や尾を振るうとビル群は簡単に瓦礫になる。楽しい。当然、ヒーローは来ない。

 一眠りして起きると私は街を守るヒーローに戻っていた。怪獣は私のもしもの姿なのか? 奴らの心境も分かったし、次から少し手加減するか。

―変身!



219

 銀や銅は酸化してくすむけど、金は他の物質と殆ど化合しない。黄金の輝きは永遠なんだ。

 何が言いたいかって、君は他人と関わったら駄目ってこと。本当は僕とも会話してほしくないんだよ。

 今までのも僕の仕業しわざか、だって? 愚問だね。君の輝きを損なう輩は排除しなきゃ。

 君はずっと、孤高で美しくいてね。

―Stay Gold



220

 ばあば、幸せそう。

 反応はできずとも、病室にいる孫の声は聴こえる。娘が昔のアルバムを持ってきたのか。

 勉学と運動が得意だった私には、何十年続けようが家事は苦痛そのものだった。写真だけでも、と笑顔を作っていたけれど、孫に言われると悪くない人生だった気になる。

 もう一度、笑いたいと願った。

―写真の中だけでも

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