甘いチョコレートは恋のお味。

@amouserina

初出勤

「今日、あんたの初出勤やねぇ。」

お母さんが、後ろから優しい声で語りかける。

「そう!待ちに待った初出勤!」

私はとびっきりの笑顔でお母さんに言った。

「あんたの子供んときからの夢、今叶うんやなぁ。」

お母さんは懐かしそうに言った。

お母さんの目から、涙がこぼれてきた。

「ちょっ、お母さんなんで泣いてんの!?」

私はお母さんに寄り添って言う。

お母さんはあわてて顔を隠すが、バレバレだ。

お母さんが赤い目をこすりながら、私に言った。

「いや、なんか、昔の事思い出したら泣いてしまって…。」

お母さんの目はまだ涙で濡れている。

私はお母さんをギュッと抱きしめて、トントンと背中をたたいた。

「がんばるね。」

私はそう耳にささやき、優しくお母さんを離した。

「がんばりなさい。とびっきりのお菓子、作ってきなさい。」

お母さんは、優しく笑って言った。

「行ってきます。」

私はしゃんと胸を張って、背筋を伸ばしていった。

するとお母さんも背筋を伸ばし、言った。

「行ってらっしゃい。」

私はその言葉を胸に入れ、ドアを開けた。

外からの日差し、春の日差し。

私はその日差しを体に浴びせ、歩き出した。

カッカッカッカという、ヒールの音。

朝6時の静かな住宅街に響く。

開店時刻までに商品を作り上げないといけないため、パティシエの朝は早い。

「おい、雪城!」

後から、私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

この声は…、東郷だ。

東郷伊月。高校・専門学校の同級生。

実は、高校時代、伊月のことが好きだった。

まあ、告白しなかったんだけど。

今は、友達としてしか思ってない。

「久しぶり。東郷。」

私は後ろを向いて、東郷のほうへと歩き出した。

うわ、背、相変わらず高いなあ。

顔を見るためには、見上げないといけない。

「就職先、どこ?」

私は何気なく聞いてみた。

「パティスリークラルテ。」

東郷はぼそっと言った。

え?

パティスリークラルテ??

そこって…。

「お前は?」

東郷に聞かれた。

「実は、私も…。」

私は一度口ごもる。

まさか一緒なんて。

「パティスリークラルテ…。」

東郷はそれを聞いて、驚いたような顔をした。

「また、一緒だね。」

私はそう言って、笑って見せた。

東郷は無言で上を向き、笑って叫んだ。

「神様ー!偶然にもほどがありますよー!」

「ちょっと東郷!近所迷惑!」

私は東郷の腕をバシンッと叩いて言った。



―――――――パティスリークラルテ

金でふちどられた白い看板に金色で大きく書いてある。

「ついに来た…。」

私は息の混じった声で言った。

私は東郷と顔を見合わせ、お互いこくりとうなずき、お店のガラスのドアを開けた。

裏口のドアも素敵…。

私はそう思いながら入ると、中では女の人が待ち構えていた。

「あなた達が今日からここで働いてくれる、雪城真白さんと東郷樹さん?」

女の人が優しい声で言った。

「はい。雪城真白です。宜しくお願いします。」

私はそういって、頭を下げた。

それと続いて東郷も挨拶をした。

「東郷伊月です。宜しくお願いします。」

東郷の挨拶が終わると、女の人は、息を一回吐いて、話し始めた。

「私の名前は、夢船真澄と申します。これから、よろしくね。」

夢船さんの笑顔は柔らかくて、かわいらしくて、とても見ているだけで癒された。

「では、仕事用のコックコートに着替えてください。七時半から、作業を始めます。」

「はい。」と返事をして、私は着替えるところへ行って、着替えた。

赤と白の可愛らしいコックコート。こういうの、憧れてたんだよなぁ。

着替え終えて、外に出ると、そこに東郷もいた。

青と白のコックコートを身にまとっている。

意外と、カッコイイかも。

「似合ってんじゃん。」

東郷がにやりと笑って言う。

「ありがと。」

そういって私は夢船さんのもとへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る