第37話

「―――大丈夫かね」

その男は、己の半分ほどしかないカワウソ顔の小男へと語りかけた。どこまでも深く、優しい声で。

「―――おじさん」

小男―――ハヤアシは、相手を見上げた。商業種族軍の長。にもかかわらず彼は、商業種族ではない。銀河諸種族連合を"かみ砕く牙"と共に立ち上げた三英雄の一人であり、銀河諸種族連合軍の先頭に立って常に金属生命体と戦い続けて来た男だった。

全身を機械化し、あるいはバイオテクノロジーで補い、長寿を保ってきた長。彼は、ハヤアシとは古い知己でもあった。そもそも彼は、ハヤアシの家系のはじまり―――"かみ砕く牙"から常に、ともにあった。

彼は、ハヤアシが見ていたものを自らも見た。

ガラスの向こう。溶液で満たされた微細作業工場内で現状保持中の、金属生命体の残骸を。

「―――あの時もこうだった。"禍の角"が初めて実戦投入された戦いのあと。回収した残骸を我々は必死で分析し、組み立て、そして彼女を作った。"桜花"とは私がその時つけた名だ」

「―――」

「私の故郷にしか生えていない観賞用の植物でね。一年のごく短い、一時期。春先にだけ、とても美しい花を咲かせる。姉が大好きだった。だから、彼女には桜の花の名を与えた。"桜花"と」

「……ばあやが、花ですか。おじさん」

「ああ。桜の花は散ってしまう。だが、来年になればまた咲くんだ。だから、希望を捨てるな」

「……はい」

回収された"桜花"の残骸。トライポッド級を半ば融合同化していたそれは、コアに致命的なダメージを受けていた。サルベージできたのは戦闘経験をはじめとする記憶だけ。

現在、彼女の新たな躯体を建造中だった。最新技術を惜しげもなく投入した、機械生命体としての体を。

だが、そこに桜花の記憶を移植しても完全に元通りになるかは、分からない。

「リハビリを考慮しても来年のレースには間に合う。

―――ポ=テトくんだったかな。中々見込みがあった。彼と勝負するのだろう?」

「はい」

「結果を楽しみにしている。勝負というのはいい。勝っても負けても、次がある」

「―――はいっ!」

長は、その場を辞した。


  ◇


芋は、病室で、少女を出迎えた。

「―――テト、さん」

熊顔の少女。ベ=アは、ベッドで横になるテトへと呼びかけた。震える声で。

「……やあ。三位だった。初めてにしては中々の結果だと思う」

穏やかな声で、ベッドに横たわる芋は語った。少女へと。

「来年も出たい。もちろん、あの船で」

「はいっ……よろしく、お願いします……っ」

少女は、芋に、抱き着いた。

ポ=テトは、少女の頭を優しく撫でながら、思いを馳せていた。

来年。海賊ギルドもシンジケートも関係ない、もちろん死人なんて出ない、そんな正々堂々とした素晴らしいレースを。




Fin.

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【禍の角】こんなに素早い芋が芋のはずがない クファンジャル_CF @stylet_CF

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