第28話

商業種族の―――いや、銀河諸種族連合の伝説的英雄の一人、"かみ砕く牙"。彼は、金属生命体との戦争初期に命を落とした。宇宙史上初の、すなわち"禍の角"が初めて実戦投入された戦いにおいて、そのうちの1体と相討ちになったのである。

"禍の角"、200体の初期生産型のうち、その戦いで撃破されたのはわずか2機。それらはともに銀河諸種族連合軍によって回収され、組み合わせた残骸から再構築された1機を再教育リプログラミングしたのが"桜花"だった。

長い歳月を仮想敵機アグレッサーとして生きた彼女は、紆余曲折を経て自らが殺した男の家系に仕える事となる。

そんな彼女は今、殺した男の末裔を守るために、その命を散らそうとしていた。


―――形態転換開始。

物質透過によって体を展開する。同時に、質量制御をカット。適正体重にするのが難しいのだ、これは。排熱も捨てられやしない。他の誰にも真似のできない、自分だけの特技。

桜花は考える。

ずっと窮屈だったのを我慢していたが、それも今、この時まで。わざわざ商業種族軍の長にお手間を取らせて正規の身分証明を発行してもらった甲斐があった。身長153cm、重量92kgに抑え込んでいた躯体。ナビゲータとして乗り込むにはどうしてもこのサイズが必要だった。嘘ではない。実際にそうなることはできるし、なっていたのだから。

そして自分は機械生命体ではない。あくまでも金属生命体。宇宙レースの規定にはいささかも抵触していない。

物質透過を働かせ、船体の外に腕を伸ばす。次いで頭。後頭部から伸びる尾。胸部がプラズマにさらされ、そして下半身。腰のサブアーム。脚部まで、全身が露わになる。

客観的に見れば、それは白地に桜の花が舞った刃のごとき甲殻で鎧われ、後頭部から多関節の尾を髪のようになびかせた35mの巨人。そう見えるだろう。

そして、それは"桜花"の姿の一つでしかない。

尾が真上に伸びる。関節が接合する。それは角と化し、頭上にまっすぐに向いた。腰のサブアームが展開して脚となり、それまで足だった部位が繋がって一本の尾となった。

たちまちのうちに、桜花は巨大な角を持つ竜の姿となる。

頭部の対艦攻撃衝角を敵がいるであろう方向に向ける。防御磁場出力最大。レーザー・ディフレクター起動。

"桜花"の―――"禍の角"の真価は近接戦闘にこそある。だが、コロナ突破中、荷電粒子の地獄の中では無慣性機動などできない。亜光速で動けない以上、近接戦闘能力など何の役にも立たない。左右の腕に内臓された主砲は仮想戦艦の副砲クラスの威力しかなかった。せいぜい破壊できても200km級小天体までだ。

だから、"桜花"にできるのは耐える事だけ。

敵は一射目からすでに移動しているはずだ。場所は分からない。だから第二射を耐える。場所を把握する。三射目は撃たせない。その前に肉薄し、潰す。

"黄金の薔薇"号は既に"魚泥棒"号の陰に入っている。その"魚泥棒"号は自分の陰に。"鋼鉄のあぎと"号は答える様子はなかった。こちらを無視している。どころか敵砲撃を気にしていないように見えた。恐らく彼らを勝たせることが決定しているのだろう。構わない。勝つのはぼっちゃま。ひょっとしたらポ=テト氏かもしれないが、少なくとも公正な勝負の場に立っていない者には勝たせない。

桜花の有利な点があるとすれば、それは均一構造であることだ。動力炉を持たず、駆動系すらなく、限りなく均一に近い機体構造。それ故に有人船と違い、ダメージへの耐性がケタ違いだ。まぁ、商業種族軍の恒星降下型機械生命体にはそれでも劣るが。

戦争は終わったのだ。戦争の遺物は、消えていくのが道理だろう。

桜花は、待った。


―――そして運命の一撃が、放たれた。

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