第27話

慣性系同調航法。これは二点間を繋ぐことで成り立つ航行技術である。では、均衡を崩せばどうなるか。機能しないのだ。慣性系同調通信にも同じことが言える。

重力の均衡とは極めて微妙なものである。故に、微惑星を集めて小惑星を作るだけでもたやすくできるのだ。

今。先頭争いを繰り広げる数隻の船が出現したタイミングを見計らって、星系内の何か所かの小天体が爆破された。

この星系に、慣性系同調航法で出現することが不可能となるのと同時。

チェックポイント近傍で待機していた怪物が、動き出した。


「―――おかしい」

"黄金の薔薇"号の中で、テトはひとりごちた。

現在、彼の順位は4位。現時点でこの星系に出現したのも同じく4隻の船である。彼の他、今この空域にいるのはキャプテン・シャーク、ハヤアシ、ヴァ=イオン。それ以上誰も追跡してこないのだ。

彼はこの状況に覚えがあった。

「―――出入り口を閉じられたか」

この星系内から出ることはできる。ここの重力状況を観測しなおしてからよその星系に跳躍すればいいのだから。

だが、外から入ってくることは不可能となった。もちろん詭弁ドライヴを用いればその限りではないが、この星系の外で異常に気が付くころにはすべてが終わっているだろう。

冷静に考えれば、ここは退避すべき状況だった。彼の経験が言っている。分断の後にやってくるのは、攻撃であるから。

だが、これは戦争ではない。だった。だから、いかなる妨害も真正面から食いちぎる。

芋は、表情を引き締めた。


現状トップを独走中の葉巻型宇宙艦。優勝候補のひとりヴァ=イオンが操る"彗星"号は、眼下の恒星へと降下しようとしていた。

防御磁場を出力最大。100万度のコロナを突破するときはいつも緊張する。いかに軍艦ベースのレース船と言えども、何かの事故があれば一発であの世行きだ。

それでもヴァ=イオンは、この緊張感を楽しんでいた。レース参加者は皆そうだろう。因果な商売である。命を懸けた戦いの最中にしか生を実感できない男たちのためにあると言っても過言ではないのだから。

彼が笑みを浮かべたその瞬間。

船体の下面。そこへ、収束した光子と電子のビームが同時に叩きつけられた。防御磁場で電子はかなり減衰していたものの、防御を突破してたどり着いたビームは転換装甲を構築する原子を叩き、そして破壊。原子爆発と呼称されるその現象で生じたエネルギーは連鎖反応を起こし、最終的に、船体へ大きなダメージを与えた。

コロナ突破中の"彗星"号は耐えられなかった。

瞬時に溶融、爆発する船体。それは幾つもの尾を引きながら、恒星へ落下していった。


その光景は、"彗星"号の後に続いていた他のレース船からも観測できていた。突如として高エネルギーが恒星表面から打ち上げられ、そして"彗星"号が撃沈されたのである。

「―――なんだ!?」

「量子レーザー核反応砲です、ぼっちゃま」

ハヤアシの疑問に答えたのは、ナビゲータとして搭乗していた"桜花"。彼女は、あのパーティ会場に登場した際の姿で、船腹に待機していたのだ。万一に備えて。

「ちょっと待て。―――大型艦の艦砲クラスだとぉ!?

奴ら、そこまでするのか!?クソッたれが!!」

「その通り。この船でもコロナ突破中を狙われれば持ちません。もちろん他の船も。

―――確認いたします。ぼっちゃまのお望みは、ですね?」

「……ああ」

絞り出すような声。

主人の意志を確認したは、決然たる意志を持って宣言した。

「了解いたしました。

―――ぼっちゃま、私が盾となります」

「……ばあや。命令だ。死ぬんじゃないぞ」

「もちろんですとも、ぼっちゃま」


"魚泥棒"号の真後ろについていた"黄金の薔薇"号は、前方よりレーザー通信が届いたことに気付いた。

―――奴は何とかする。レースを続行する勇気はあるか?

それだけの電文。

芋は、数回しか会ったことのない男を信じた。

―――Yes

返信はそれだけ。だが、彼には伝わったはずだ。

テトは、その瞬間を待った。

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