※※※
痛ってぇ…。
クソッ…! ここ、どこだよ?
…病院か、ここ?
それにしちゃ随分暗ぇトコなんだな。
…アンタ、医者か?
…あっ!
テメェは、あん時の探偵!
………
ちきしょう…。
アンタに助けられたって訳かよ…。
チッ…わかったよ。約束は守る。
話すよ。話しゃいいんだろ。俺もそこまで腐っちゃいねぇよ…。
…………
幼なじみなんだよ。アイツは…。俺と由紀子は。青葉台でよ。家が近所なんだ。小坊の時からお互い知ってるんだ。
そりゃ、アイツが…。
…由紀子がウリの奴らとコンタクトを取りたがっているのを知ったからだよ。ひょんなことからな。
アイツはガキの頃から呆れるほど正義感が強いんだ。俺はそれを知ってたから、すぐに気づいたよ。アイツが何かヤバそうなことしてるって…。危なっかしくて正直見てらんなかった。
アイツ…もしかしたら、ウリをやってるグループのことをガッコや警察にタレ込むつもりなんじゃねぇかってさ。新聞部とか抜きにしてもアイツならやりそうだってそう思ったしさ。そこは俺の勘さ。
…時期はわかんねぇ。
ってか忘れた。一年の時だったから、だいたい一年ぐらい前になんのかな。
俺は由紀子を問いつめたさ。
アイツはあっさりその通りよって白状したよ。
…何でアイツにそんなことをしたのかって?
そりゃ、やめてほしかったからに決まってんだろ!
そこまでクズじゃねぇ!
なめんじゃねぇよ!
…心配だったのかって?
そりゃそうさ。アイツの親父やお袋も知ってるしさ。
そんなクズみたいな奴らのことなんか放っておけって何度も言ったさ。
…ば、馬鹿野郎! そんなんじゃねぇよ。そ、そんな好きとか嫌いとか虫酸が走るような痒いこと言ってんじゃねェよ、馬鹿探偵。
…あっ!痛ってぇ!
痛ててて! ちきしょう!離せよ怪我してんだからよ!
…わ、わかったよ! 悪かった。話すよ。話しゃいいんだろ! そんなおっかねぇ目で睨むなよな。
心配してたのは本当だよ!
だーかーら! そんなしょうもねェ嘘なんかつかねぇって。
そりゃそうだろ! アイツらはドラッグならいざ知らず、覚醒剤まで使うって無茶苦茶な噂まであったからよ。アイツには危険過ぎるだろ。だいたいよ、学園の口さがない噂でしか聞いたことないような連中なんだぜ?
そんな奴らが実際いる訳ねぇ、真っ赤っ赤の嘘っぱちだって俺もどっかで思ってたんだよ。
…でも、アイツの決心は堅かったさ。このまま放っておける訳ないでしょ、とか言って俺の言うことなんかまるで聞きやしねぇ。頑固なんだよ、アイツ。
アイツは言ったよ。
『心配しないで直樹。私なら平気よ。無茶しないから。私は大丈夫だから』ってよ。
なんつぅかよ…。アイツのニッコリ微笑む明るい笑顔が耐え切れなくなったんだよな…。
俺だってよ、スケベ根性でウリをやってるような女達がどこのクラスのどんな奴なのか興味が湧いたのは本当さ。そこは認めるよ。
ついでに由紀子にそいつらのことを教えてやれば、危ねぇこともやめさせられるかもしんねぇって思ったしさ。俺も連中の事が知りたくなった。
…でも、連中は素性も実態も全くわかんねぇし、捕まってない以上、素人とはいえ警察の目を逃れ続けてる訳だろ? 売春グループなんて連中が、そもそも簡単に尻尾なんか出すかよ。
ダニとかブクロとかカブキ辺りのラブホや出会いカフェなんかでよ、個人個人で勝手気ままに動いててさ、決まった額をオヤジ連中からぶん取ってるアジア系の外人やストリートガールや回転嬢なんかとは違う訳じゃん。
ウチのガッコの堅さはアンタだって知ってんだろ?
それでなくたってミッション系の私立学園なんだぜ?
芸能人だって通ってるしよ。
ただの援交ガールズなんかとは訳が違うのさ。俺ら素人にゃわかる訳ねぇって。
連中は不思議なことに客層も援助の額も、コンタクトの方法も一切合切が謎に包まれた連中だったからさ。
…よくわかったなって?
ヘヘッ…アンタも人を褒めることあんだな。
そこは毒をもって毒を制す。
目には目。歯には歯ってさ。
ぁん?蛇の道は蛇だって?
へっ、言っとけ。
俺はさ、渋谷辺りを荒らし回ってるスカーズに目をつけたんだ。自らヤバそうな奴らに関わりゃ、なにかと情報も集まんだろ?
…ああ、アイツらか。腐った奴らばかりだぜ。仲間意識?もうねぇよ、そんなの。
…もういいよ。あんな弱い奴ら、ムカつくし、どうだっていいよ…。
………。
はっ! 悪ぃかよ。夜のクラブを拠点に強請りにたかりにドラッグにオヤジ狩り?
ああ、そうさ!
俺だって同じ穴のムジナさ。恐喝や暴力は日常茶飯事な連中さ。金や刺激の為なら何でもやったさ。
バイクや改造車であちこち荒らし回るような連中の姿は、今でもヘドが出るさ。
今思えば、そんな奴らに関わりたいと思った俺自身が最低なんだけどな。
今さらだけどよ…。
…後悔?
そりゃ少しはしてるさ…。
今はな。本当なら関わるべきじゃなかったんだ…。
だから違ぇよ! 俺がリーダーに担ぎ上げられたのはなんつぅか、成り行きでだよ。
半年前にそれまでリーダーやってたリュウヤって奴が傷害容疑の現行犯で捕まっちまったんだ。
酔っ払った揚げ句、居酒屋でどっかの会社員のオヤジを刺しちまったんだ。
ああ! ただの馬鹿野郎だよ。原因も肩がぶつかったとか因縁つけられたとか、睨まれたとか、確かそんな程度のもんさ。
そりゃヤバかったさ!
警察はすぐに嗅ぎつけてくる…。余罪が明らかになって馬鹿なリーダーがゲロすれば、関わっていた俺らにだって一斉に警察の手が及ぶからな。
スカーズは一端、解体せざるを得なくなっちまった。みんなビビっちまってな。
チームなんか組んでイキがっちゃいるけど、実際は腰抜けでヘタレな若い奴らの集まりなんだよ。
…だから成り行きだって。
俺は逆に警察に積極的にタレ込む事を提案したんだ。
リーダーに全ての罪を引っ被せて、メンバーはリーダーの指示にゃ逆らえなかったって事にしちまったのさ。
仲間がヤバイ時にちょいと警察に泣き落としをした事があってよ。話のわかるフリをして、いい人を気取って見せてる中年の交番巡査や生活安全課の人のいい刑事を既に抱き込んであったのさ。
万が一の救済措置として渡りをつけておいた、そんなお人よしな奴らに、俺は徹底して友達思いな不良を演じたんだよ。マンガに出てくるような臭ぇ芝居とかしてよ。
刑事ドラマやホームドラマのくだらないワンシーンってのは意外に使えるぜ。
絵空事ほどリアルなものだって大人達は知ってんだよな。
自供や自首ならよ、二十歳過ぎで仕事をしてないフリーター連中なら、せいぜいが保護観察止まりだろ?
俺らだってそうさ。
有り難い事に少年院送りって温い刑罰が未だに浸透してるこの国の少年犯罪はさ、自白を利用するって逃げ方には意外に弱いんだよ。
余程の事がねェ限り軽犯罪で俺らが一斉に摘発なんかされねぇって踏んだのさ。
…ヘッ! 何とでも言えよ。
未だに法の網すらきちんと敷いとかねぇ、大人達がそれだけ馬鹿だってことだろ。
付け入る隙はいくらでもあったのさ。自ら軽犯罪をゲロして少しの間、拘束されるだけだよ。警察に便所を借りに行くようなものさ。
…親だって?
…けっ! どうだっていいんだよ、親なんか。
後ろ暗い噂は家族の破滅だって頑なに信じててよ、温かい家族なんつぅ、くだらない幻想を未だ後生大事に守っててさ、その癖テメーの社会的な地位にしか興味のない昭和生まれの馬鹿親共はいくらだって必死で守ってくれるさ。
臆病な連中はすぐに俺の提案に応じたよ。逆らう奴らは俺が痛めつけてやった。
これでも元々腕っぷしは強かったからな。いつしかスカーズのリーダー格にまでなっていったのさ。
…ああ、馬鹿だよ! いつしか目的を忘れ、戻れなくなっていったんだからな…。
…だってそうだろ?
昼はガッコで何食わぬ顔で学生をしながらよ、夜は誰にも、何にも縛られず生まれて始めて手にした権力と自由の謳歌を満喫するのは痛快で刺激的だったさ。最高の遊びだったぜ。
俺らは社会の鼻つまみ者の集団なのさ。決して一人にはなりたがらねぇしよ。仲間意識は強くてさ、馬鹿な奴は俺が望めば何でもやったぜ。
カネ、モノ、女。
俺が望めば大抵のものは何でも手に入った。
その頃には同年代の学園の女達なんか興味もなくなっていったのさ。小中学生だろうが援助交際だろうが、やりたい奴らは勝手にやってればいいってな。
買う奴らも売る奴らも同じさ。
結局退屈だからやんのさ。
渋谷のセンター街から程近い歓楽街にさ、ラブホテル通りがあんだろ? ああ、道玄坂の方だったかな。ラブホの名前は忘れちまったけど。
見ちまったんだよ…。
夕方ぐらいかな。いつものようにセンター街の辺りをダチとだべってたらよ、黒いマジェスタが狭い路地をノロノロ、ホテル街の方に走ってくのが見えたんだ。
あからさまに、あんなゴミゴミした通りに慣れた感じの運転じゃなかったな。
邪魔だなって思ってよ。
欝陶しい霧雨がシトシト降ってやがってさ…。
夕方なのに早くも辺りにはエロいラブホの妖しい看板の明かりが灯っててさ…。
陰気な暗さと甘酸っぱいような饐えた匂いがしててよ。
最初に見つけたのは後輩の渡辺だったな。
…ああ、渡辺のことか。アンタに鼻っ柱をへし折られたアイツだ。厭ぁな目つきで話しかけてきたアイツの下卑た口調と顔つきは今でも忘れねぇぜ。
『須藤さん…あれ! ほら、見て下さいよアレ。うまくいけばあの援交カップル…強請りのいいネタになるんじゃないスか?』
とか言うのさ。そん時は気のねぇ返事を返したと思うよ。正直そんなものに興味なかったからな。
見なきゃよかったって思ったぜ。
こりゃ本当だ。
黒塗りの高級な外車の中から表れたのはさ、見慣れたウチの制服を着た女の後ろ姿だったのさ。
長い髪を後ろで留めた女でよ…。そして、その隣には背広姿にグレーの髪を撫でつけた眼鏡をかけたオッサンがいた。ありゃ見間違いなんかじゃねぇ!
あの中年のオヤジは間違いなくウチの校長だ。村岡だったのさ。
表情までは見えなかったが、奴ら恋人みたいに腕を組んでよ、寄り添うようにホテルへと入っていきやがった!
俺は茫然としたさ。その場に立ちつくしてた。
…けどよ、次の瞬間には携帯電話のデジカメで写真を撮ってた渡辺を、俺はいつの間にか訳もなく殴り倒してた。むしゃくしゃしちまってよ。
他の連中が駆け付けて近くの路地に引っ張り込まれてなきゃ、俺は間違いなく人を殴り殺してたかもしんねぇ…。
拳からいつの間にか血が滴り落ちててさ。自分のとも相手のものともつかねぇドス黒い血が雨に紛れて消えていくんだよ…。
俺はなんの為にこんなことしてんだって、もう訳がわかんなくなっちまった…。
…底なし沼ってさ、あんだろ?
アレみてぇだよな…。
得体の知れない境界線みたいのがそこにあってさ、気づいた頃には抜けらんねぇんだ。ズブズブと。どんどん落ちてくのさ…。どんどん深みに嵌まってくのさ。
笑えよ。ちきしょう…。
本当…俺って馬鹿みてぇだよな…。アイツにだって負かされちまったし…。
カッコ悪ぃよな…。
俺、アイツには…成瀬やアンタには実を言うと感謝してんだ。由紀子の名前を出された瞬間のアイツの目を見てさ、わかった。
アイツの目は由紀子にそっくりだった。誰かに裏切られたって何かを信じてる目さ。どんなパンチより痛てぇよ。
あんな目をされちゃな…。
俺は負けたんだ…。
…いや、多分ずっと前から俺は負け犬だった…。
…勝ち負けじゃねぇ?
ああ、そうかもな…。
アイツには…アンタから上手く言っといてくれよ。
悪い遊びはもう終わりだ…。
ここを出たら…俺、警察に行くからさ…。
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