第11話

 どう、と森谷が地面に倒れ伏した。

 いままでしっかりと二本の足で立って、呼吸して、話をしていた人間が、いとも簡単に倒れた。


 死んでるのか生きているのか、私にはわからない。


 そこまで気が回るほど、現在の状況は優しくないだろう。


『ユー、ス、ケ』


 目の前には、全身骨がむき出しの骸骨。人間のものだと思われるが、異様な点がある。

 背中には骨だけの翼が生え、額からは角のようなものが生えている。そして、巨大だ。

 優に五メートルは越えているだろう。天井に頭が付きそうだったが、腰を曲げているので大丈夫なようだ。


「なん、なの」


 私がゆっくりと息を吐きながら問いかけるように話すが、化物はじっとその暗い瞳孔をこちらに向けてくるだけだ。


 気が張り詰める。

 なんという威圧感だろう。


 だが、何故か私はこの化物の事を知っている気がした。


 心の奥底で求めているものが同じなような、そんな『同族』のような匂いがした。


「っ――」


 わずかに身じろぎする音が聞こえた。

 どうやら森谷はまだ生きているようだ。


 しかし、そんなことに気を留めている余裕はない。


 今まさに、化物が私の目の前に顔を持ってきたのだから。


 腐臭。


 この世の者とは思えないほどに暗い目。

 いや、実際にこの世のものではないのだろう。


 言葉なのか、言葉ではないのかよくわからないが、化物はゆっくりと口を開いた。


「ュー、ス。ケ?」


「ユウ……スケ?」


 どういう事なのだろうか。

 なぜ、私の拠り所の名を、こいつは知っているのか。


 わからないことだらけだ。


 すると。


『ユゥゥゥゥゥ、スケェェェ!!!!』

「ひっ!?」


 大音量で叫びをあげ、右腕を振り上げた化物。

 恐怖が先に立って、私は震えることしかできなかった。


 昨日の悪魔と言い、今日の化け物と言い、どうやら私は異形のものに憑りつかれてしまう体質なのだろうか。

 だとすれば、これは天罰なのだろう。

 私が、あのおじさんの手を逃れ、一時でも甘い時間をユウと過ごしたから。


 きっと神様が、私を地獄に落としに来たのだ。


 そして――化物の手が、私の目の前まで来た。



 瞬間、電撃が走った。


 周囲に閃光が迸り、あたりが異常な光で包まれた。


「な、なに、なんなの!?」


 閃光が徐々に収まり、目の前に立っていたのは――煙を上げている化物と、負傷していたはずの森谷だった。


「はぁ、はぁ……逃げろ天宮! 下村のところへ行けッ!!」


 呪符のようなものを片手に、森谷は化け物と相対していた。


「森谷、その、傷は大丈夫なのかっ!?」


 思わず男言葉に戻ってしまったが、聞かずにはいられなかった。

 さっき腹に風穴があいたはずの森谷が生きて、立っているのだから。


「うるせぇ! 見ればわかるだろ! さっさと下村のところへ行け!」


 どうやら森谷はこういう手合いには慣れているのか、しきりに逃げろと行ってきた。

 ――私は。


「た、助けを呼んでくる!!」


 点滴のチューブを無理やり引っこ抜いて、骸骨から距離を取りながら出口へ向かう。


『ユースケェェエエエ!!』


「させるかよぉおおお!!」


 私の方にターゲットを合わせてきた化物を、森谷が呪符のようなものを投げつけ、電撃を起こして注意を引いてくれた。


 一瞬、私から化物の注意が外れたので、全力で扉へと向かい――病室から逃げ出した。

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世界恋死線の向こう側 蒼凍 柊一 @Aoiumi

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