第29話 悪 夢
我は水を
我が同化した金属は【オリハルコン】と呼ばれ、黄金の輝きを放ち、元の強度の数百倍にまで材質を変異させた。また、依り代となるヒトの意思を受けその形を変化させ、その者を助ける力となった。
元々、我らはヒトが《ヒト成らざるモノ》と戦う為に与えられた力であった。だが、ヒトの世がヒト同士が争い続ける世となり、我らの力が当初の目的から大きく逸脱した方向に利用される事となっていった。
我らは依り代たる資格を持つ【
ヒトは心の力を失い、それを埋めるように文明という力を求めた。文明はこの世界を瞬く間に侵略した。森を破壊し、生物を殺し、水を汚染した。この星のマナは減少し、我らも力の補給がままならぬままに滅びていく
全ては神の御心のまま。だがそれでも、この星の運命はこの星の生命よって選択されるべきなのだ。
太古の昔、2人の【核】を持つ者が現れた。一人は魔王を名乗り、一人は勇者を名乗っていた。どちらも願ったのは平和な世界。ヒトの世かソレ以外の世か。
二人は相討ちとなり共に朽ち果てた。だが世界はヒトの世となった。二人の戦いの影響により今の世が選択されたのだ。
【核】を持つ者の選択が全て決定づけるのではない。あくまで選択に影響する鍵となるだけだ。そして我らは彼等の選択に手を貸すだけの存在……神が選びしモノを守り、この星の選択を守ること。
それこそが我らの使命であった。
神より選ばれし【核】を持つ者が現れなければ、このままヒトの世は文明によって衰退して行くのだろうか。それとも……。未來への選択は誰か一人によって作られる物ではない。全ての生命によってなされて行くものなのだから。
時は幾千年流れ、我はすでに滅びを受諾していた。文明は発達し、科学を産み出した。世界は我を研究し模造品を作るまでに至っているようだ。ヒトとは貪欲で面白きモノだ。
我は保護ケースに入れられて運搬されていた。どこか警備の厳重な施設に移されるらしい。
それは、突然の事だった。激しい悪意と共に【核】を持つ者の存在を感じた。
我らもそうであるが多くの場合、核を持つ者は色々なモノ達を引き付けてしまうようだ。そしてもうひとつ……アレもそのひとつなのであろうか?
我を載せた運搬車両を強烈な衝撃が襲った。先程まで感じていた核を持つ者の気が著しく減少していく。我は最後の力を振り絞り、自らをその者に同化させ、持てるエネルギーのほとんどを核に注ぎ込んだ。
核は元々莫大な再生能力を誇っていたため我のエネルギーにより彼は一命を取りとめ、肉体は元通りに再生した。我はエネルギーの大半を失いまた眠りについた。
あれからどれくらいの月日がたったのであろうか。核を持つ者の精神に負荷がかけられていた。少しだけ力を貸すと負荷は簡単に取り除けた。
彼と話してみよう。力は使えてもあと1度くらいだろう。彼が契約を拒否すれば我の存在もそこまでだ。
彼との契約は保留となった。彼は戦いを望んでいない。力を欲していないのだ。
今までの者たちもそうであった。最初から力を求めていたものはほとんどいない。悩み、苦しみ、あがいていた者たちであった。
彼等を取り巻く状況が後々そうさせていったのだ。そして彼にもまた色々なモノ達が集まり始めている。あの聖獣も元はかなりの力を持ったモノであったのだろう。今はほとんどの力が封印されている。
核を持つ者に触れた事でその封印が綻び始めたようだ。いずれは全ての力を取り戻すだろう。その時あのモノは彼の味方でいるだろうか、それとも敵対するのであろうか。
我と同じ水の眷属、あの蛇霊もそうだ。普通であれば、あれだけの力を持つモノは簡単に人里に近付いては来ない。この先も徐々に色々なモノ共が近付いてくるだろう。良いモノも悪いモノも。
いよいよ最後の選択の時がきた。彼の精神は疲弊し崩壊寸前であった。あろうことか、彼の心をギリギリで救ったのは敵の行動であった。そして彼は我が力を欲した。我が使命を、自らの使命を受諾し生きる事を誓った。
彼は我が力を得て、2人の化け物と対峙する事になった。一人は以前、我に違和感を与えた存在。この者には遥か以前どこかで感じたのと同じ気配を感じる。
もう一人は……なんと言うことだ。あれはアトランティスを焼き払わねばならなくしたグラヴルーの幼体ではないのか?
まだ生き残っていたのか ……国ひとつを滅ぼしてまでひとつ残らず燃やし尽くしたというのに。
彼が核を与えられた使命がアレの殲滅であるならば、やはり四つ柱の精霊全ての協力が必要かも知れん。それでも、厳しい選択となるであろう。
『汝、己が選択に尽力せよ。その選択が守りたい人々の未來を作ると信じて。』
「いやいや無理だって! そんな人類の未來だの、星の選択だの重いって!! 僕にはそんなの重過ぎるよ。」
『今はただ眠れ。力を付けるのだ。四つ柱の精霊の力を手に入れよ。無理だと諦めるのも汝の選択だ。それで良いと思うのならばそうすれば良い。我はその選択に従うだろう。』
「きったねー! 丸投げかよ。」
『汝の選択だけが未來の全てではない。今はとにかく眠るのだ。我にも汝にも回復の時間が必要だ。次の戦いに備えるのだ。」
「……ちくしょう!」
僕の意識は真っ白な霧の中に沈んでいった。
どのくらいの時間がたったのだろうか?
また病院の天井だ。ベッドの右側には今日子さんがいて、僕の右手を握っている。はぁーっ、また心配をかけてしまった。ごめんなさい今日子さん。……あれ?声が出ない。体も動かない。なんだこれ?
今日子はこちらをのぞき込むと、今まで見た事の無い邪悪な表情でニヤリと笑った。
「まさか本当に生き残るとは思わなかったよ一ノ瀬タクト。お前が本物の救世主なら妹の事を救えるのかも知れない。だが、コレは私の問題でもある。人任せには出来ないのだ!
私は私の方法で私も妹も救ってみせる。また会おう、タクト。」
僕の意識は再び深い闇の中に沈んでいった。
僕はベッドの中で目を覚ました。
今日子さんは僕の右手を握りながら、ベッドに頭をあずけて眠っていた。
「はぁーっ、夢かぁーっ。酷い悪夢だ。」
何故だろう、酷い悪夢だという気持ちはある。冷や汗の量も尋常ではない。だが、肝心の夢の内容が断片的にしか思い出せない。夢……だよな。今日子さんの寝顔を見て、思わず握られていた手に力が入ってしまった。
今日子さんがゆっくりと頭をあげる。
「ごめんね、起こしちゃったね。」
今日子さんの瞳にはみるみる大粒の涙がたまっていった。僕は最近、彼女を泣かせてばっかりだ。
僕は彼女を抱き寄せると『心配掛けてごめん。』と言った。彼女は暫く僕の腕の中で泣いていた。
僕はここ、真田総合病院に運び込まれて1週間、肉体的な損傷は無いものの意識が戻らなかったようだ。彼女のに他の隊員達の事を聞いたが口をつぐんでしまった。
そういう事か……。僕は状況を理解した。犀川の事を聞こうとしたのだが、僕が口を開く前に彼女は『何か飲み物でも買ってくるね。』と言って出て行ってしまった。
正直聞くのは怖い。1度は心肺停止状態であった訳だし、その後の治療が間に合ったかどうかも分からない。
突然、病室の扉を乱暴に開けて一人の女性が入って来た。今日子の同僚【桃園あかね】だ。彼女は怒鳴り散らすようにヒステリックに僕を責め立てた。
「どうして、どうして犀川君を助けてくれなかったの! あなた救世主なんでしょ! 友達なんでしょ。なんでよ。どうしてあなた一人無傷で生き残ってるのよ!! どうしてよ……。」
僕の腕をつかみ、揺すりながら激しく泣きじゃくるあかねさんに、僕は掛ける言葉がみつからなかった。
僕は現実こそが一番酷い【悪夢】なのだとその時思った。
ーつづくー
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