第28話 彼と、私と、私の正義。
彼は仲間の治療を施すとグラヴに向かって風のように走り出した。足下に先程の水色の魔方陣が浮かんでいる。何らかの力を使っているのだろう、そのスピードは人のそれとは違う尋常ではない速度を出していた。
彼は仲間を喰い漁っているグラヴを止めるつもりなのだ。だが、私は混乱し立ち尽くしていた。彼の行動から目が離せなくなっているのだ。
彼はアッという間にグラヴの懐に飛び込むと、そのスピードと拳に纏わせた魔方陣でグラヴを翻弄し、圧倒していた。
僕はグラヴのパンチをかわし、がら空きの胴に複数の
最初にイラに当てて吹き飛ばしたのと同じ様に、斥力を発動させた魔方陣をドミノ倒しの要領で次々と発動させ威力を数十倍化させ、グラヴの巨体も弾き飛ばす事に成功した。
同じ事を繰り返し、イラがいる大型トレーラーの付近までグラヴ弾き飛ばしていった。これで襲撃部隊のみんなをこれ以上喰われずにすむだろう。
イラは最初に吹き飛ばした位置から動いていない。こちらをじっと観察しているようだ。不気味ではあるが、2体同時に相手をしなくて良いならそれにこしたことはない。まあ、所詮そんな訳はないのだが。
グラヴに何度目かの連弾を打ち込んだあと、イラが後方から攻撃を開始した。僕は半身を翻すと右手をイラに向け、反発力を利用した魔方陣でイラの攻撃を防御した。
「何なのだお前は! 何故生きている? あの事故で死んだはずだ!!」
イラは攻撃をたたみ掛けながら吠えた。
あの事故に関係していた大罪司教はコイツなのか!……というか、僕が生きていて何故文句を言われなければならないんだ。不愉快で表情がふてくされた様に曇る。
イラの攻撃を弾き返すと
「私は一般人であるお前を事故に巻き込み、死なせてしまった事をこれほど後悔し、落ち込み、悩み、苦しんだと言うのに……。貴様は敵だった。あの事故もお前達の策略だった。 私を
「ちょっ、ちょっと待て! あの時僕はまだ本当に一般人だったぞ。だいたい、あの事故で2人も死んでるんだ。お前をハメる為にワザワザそんな事する訳がないだろう!!」
「信じられるかっ! 私たち大罪司教を2人を相手に互角以上に戦い、トラックに潰されてもピンピンしている一般人などいるものか!!」
目まで真っ赤に染めた人型のバッタは、強固なまでにこちらの話を聞く気は無いようだ。まあ、冷静になって聞けばイラが言う事はもっともなのだが……。
そんな僕らを近くで呆然と見ていたグラヴが余計な一言を洩らした。
「2人共、なんか仲良しなンだナ。」
「「 誰がだっ!」」
見事に声をハモらせると、イラがグラヴに強烈な回し蹴りを喰らわせた。ぶっ飛んで倒れた所に僕が
「痛いンだナ。凄く痛いンだナ。でも、息ピッタリなンだナ。」
グラヴはもう一度同じ攻撃を喰らう事になった。
イラはこちらに向き直ると『お前の名前は? 』と尋ねてきた。僕は少し迷ったのだが名乗る事にした。
「僕は、い……。」
あっ、アブねぇっ!つい、勢いで本名を言っちまうところだった。講義で自分の本名を敵に絶対に知られてはいけないと習ったんだった。本名を知られる事は自分の家族や友人、身の回りの人々に危害がおよぶ可能性がある。だから、こういう場合は必ずコードネームを名乗る事になっているのだ。
「ぼ、僕は……いーーー。……戦闘員、【E】だ!」
苦しい誤魔化しだった。言いかけた言葉を引っ込めて誤魔化そうと考えたのだが、他に思い付かなかったのだ。
だが、イラは納得したようだ。
「イー、……戦闘員Eか。了解だ。E、私はこれよりお前を殺し、私の正義を取り戻す。平和な世界を作る為に、私の
「ふ、ふざけるな! 何が平和な世界だ。周りを見てみろ、この惨状を作り出したのはお前達じゃないか! こんな事をする
イラは笑いながら言った。
「戦い無くして平和などあるものか。貴様等とて、その為の武装であり戦闘員だろうが!」
激しい打撃と時折混ざる強烈な蹴りを
「それでも、だからこそ、何をしても良いという事にはならない!」
「貴様のそれはただの理想論だ! 分かっていて尚、やらねばならない時もあるのだ。」
クソッ!上手くダメージを逃がされた。
次の攻撃に備えるべく構えた瞬間、後方で轟音がすると空気が震えた。振り返ると山の向こう側で巨大な火柱が上がっていた。
わずかなスキではあったが、イラはそれを見逃さなかった。
「もらったっ!」
イラは燃え盛る右腕を振り上げて眼前にまで迫っていた。だが、その右腕は僕に当たる事はなかった。
一筋の閃光がイラの右腕をかすめ、攻撃の軌道をずらしたからだ。僕の前には細身の
「大丈夫か、新人!」
「だ、大隊長!!」
日の光りを反射し、レイピアを構えた
女王蜂の剣技は斬る・突くを駆使してイラの攻撃を全て受け流し、レイピアの間合いの内側に近付けさせなかった。
「私はシャドウの
イラに向かって真っ直ぐにレイピアを構えた銀鎧の魔神は、仮面の下から伸びたダークブロンドの髪を日の光りでキラキラと金色に輝かせ、
僕は、あまりのカッコ良さに呆然と見とれてしまっていた。
「新人、簡潔に状況報告!」
「あっ、はい。敵は
「謝るな新人! 君は良くやっている。さあ、反撃としゃれこもうじゃないか。」
クインビーは言うが早いかレイピアを繰り出し、銀色の閃光でイラの胸元を掠める。グラヴが援護の為に伸ばした触手を僕が
……なんだろう、威力が弱まった気がする。
イラは腕に生えた3本のトゲのうちの1本を長く伸ばすとクインビーに斬りつけた。
クインビーはレイピアで受けたがあっさりと刀身が折れてしまった。イラはその勢いのまま斬りつけてくるが、それをギリギリでかわすと後方に軽く飛んで距離をとる。
「私のレイピアをいとも簡単に真っ二つにするとは……。超震動ブレードの様なものか。フッ、面白い。」
クインビーは腰のバックパックに手を当てると六角形の穴から無数の小さな蜂メカが飛び出した。飛び出した蜂メカはイラに群がると毒針による攻撃を開始した。
「ちぃっ!」
イラは一言
視界が晴れるとクインビーの姿がない!
「しまっ……。」
「手遅れだ。」
左の耳元でクインビーの声がした。
クインビーはイラの左のわき腹に拳を当てると腕に装備された小型の槍を、炸薬を爆発させて射出した!
「喰らえ、
わき腹にパイルバンカーを喰らったイラは右前方に飛んで威力を殺すと、左手に炎を纏わせ槍に貫かれた傷口を焼いた。痛みで意識が飛びそうになる。このまま敵の援軍が到着すれば更に不利になるだろう。
「グラ、撤退するぞ!」
「りよーかいなンだナ。コイツしつこい、もー疲れたンだナ。」
グラヴは触手で僕を牽制しながらイラをかばいつつ、後退し始めた。
「【E】、次は必ず殺す!」
捨て台詞を吐きながらイラとグラヴは全力で逃げ始めた。僕は奴等の動きを止めるべく、右腕をイラ達のいる方に向けると
「どうした、新人!」
イラ達を追って走り出した
だが、その声は途中で聞こえなくなり、僕はそのまま意識を失って倒れた。
ーつづくー
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