第20話 副武装、名刀『山村之紅葉』

ファミルさん達が手配してくれた車が事務所の雑居ビルに着くと、車を降りた俺とリンネ、プルムの三人は終始無言のままビルに入る。


命懸けの事態を切り抜けて放心してるのも多少あるが、それよりもまず早く風呂に入りたい。

下水道を走り回ったのと、最後の爆発で下水やらワームの体液やらを被ったせいで自分が臭くて息も出来ないのだ。

しかもそれが乾いてきたせいで身体の表面がパリパリしてて、あまり動かしたくない。

上半身を動かさないように階段を昇るココットが高揚のない声でようやく口を開いた。


「・・・ねぇカイル、お風呂貸してね」


「・・・ああ、だけど三人一緒はかなり窮屈だと思うぞ」


「・・・私とリンネちゃんが先に入るから」


「・・・」


もはや言い返して押し問答する気力もない。


「・・・早く終らせてくれよ。心が凍える前に」


「・・・ええ、わかったわ」


そして俺は3階の自分の家の前で全身ベトベトどろどろで立ち尽くすはめになった。

臭い、気持ち悪い、心が寒い・・・


「ああ~生き返ったわ!気持ちいい~」


「わぁ~い!もう臭くな~い!」


ココットとリンネが風呂場ではしゃぐ声が聞こえてくる。

いいなぁ、早く出てくんないかな・・・。


そしてようやく風呂に入って人心地。凍えた心を暖かいお湯が染み入るように溶かしてゆくのが分かる。


服を着替えて下の事務所に戻ると、みんなが社長室の応接ソファーに集まってくつろいでいた。


「カイル君もいらっしゃい~、まずはゆっくりお茶でも飲んで!」


と、ファミルさんの優しい笑顔と手招きに誘われ、リンネの隣に座る。

テーブルを囲んだ3人掛けのソファーではココットとリンネがコーヒーとココアを飲んでまったりしている。

仄かに漂う上品かつ芳醇なこの香り、かなり良い豆を使っているな・・・。


「カイル君は飲み物は何がいいかしら?」


「では珈琲を、ブラックでお願いします」


「じゃあドリー、お願いね~」


ドリーさんは無言で頷き、事務所を出ていった。ここでの飲み物や食べ物は全て一階のバーの厨房で用意している。


「今回は大変な事になったわね~。まさかクイーンワームが出てくるなんて、お姉さんとってもビックリだわ~」


楽しそうに笑うファミルさんの様子からは深刻さの欠片も感じない。


「確かに王都の地下にあんな高位魔獣が居たことも大変でしたが、それよりもあのゾルタンっておっさん、武器の密売人だったんですよ!」


「ああ、それは何となく知ってたから問題ないわよ~」


ええ!知ってたのかよ!問題無くないだろ?!

最初にファミルさんが言った『何を見ても気にしないで』とはそういう事だったんだろう。


「これからゾルタンさんには凄くお世話になるだろうから、内緒にしてあげてね~。うちは軍に睨まれてるから武器の調達がなかなか難しかったから助かったわ~。こんなに早く協力関係が作れるなんて!」


ラッキー! みたいにファミルさんは可愛くガッツポーズしているが相手は非合法な武器の密売人だぞ。


「もしかして、もう渡りを付けたんですか?!」


「ええ、契約完了の報告のついでにね。ゾルタンさん、すごくカイル君に感謝してたわよ~。命の恩人だ~って!」


「あっ!武器といえばこれ返さないといけませんね!弾は使いきってしまいましたが・・・」


鞄に入れて持ってきていた拳銃をテーブルに置く。

あの時は生きるために夢中だったけど、いざ日常に戻ると、とんでもない物を持ってきた気がする。

今でこそ有用性を認めた軍が開発しているらしいが、他国の武器を一般人が持ってたら法律違反どころかスパイ容疑に問われかねない。


「それはカイル君が持ってていいわよ。一度撃ってしまった銃は商品として扱えないらしいの~。ちゃんと買い取ったから安心して!」


「あの、まさかその代金って・・・」


「ええ、ちゃんとお給料から分割払いにしてあるから~」


やはりそうなるんですね。薄々解っていましたが・・・。


「あとこれ、その銃の弾よ。ゾルタンさんが無料で用意してくれるそうよ~。人助けはしておくものね!」


それは正直ありがたいが、銃なんて使う場所が限定されすぎだろ。

まあ、あくまで俺の主武装は魔杖、副武装が銃ってことで。


しかし就職した途端、ご禁制の銃を懐に忍ばせる事になるとはな。

社会に出るといろいろと汚れちまうもんだ、って父さんが行ってたが、こういう事か・・・。


「わぁ~!カイルいいなぁ!リンネもバンバン欲しい~!」


テーブルの銃に伸ばしたリンネの手をはたく。


「危ないからリンネはまだダメです!お酒とタバコと銃は大人になってから!」


「ええー!!やだやだ~」


「リンネは主武装が遠距離系なんだから副武装にするなら近距離系の武器の方がバランス良いんだよ」


リンネは物欲しそうに銃を眺めていたが、こんな違法な物をリンネに持たせる訳にはいかない。

それにしても最近、リンネがやたら駄々をこねるようになった気がする。

なるほど、これが反抗期というやつか・・・。


「そうね~、リンネちゃんにも副武装があった方が戦略の幅が広がるわよね~。うちの備品で良かったら貸してあげるわよ」


確かに今回みたいに長期戦になった場合、メイン火力であるリンネの弾が切れたら対抗手段が無くなるのはかなり辛い。

せっかく冒険社に入ったんだから社員の装備は会社持ちだろうし、貸してくれるなら願ったり叶ったりだ。


「本当ですか?!是非お願いします!」


「あ、でも人間仕様だからリンネちゃんの能力を生かせる武器は限られるでしょうけどね」


この会社には召喚術師が居ないから当然、召喚獣用の武器は無いのは仕方ないか。


やがてドリーさんが淹れてきてくれたコーヒーをゆっくり味わった後、ファミルさんの案内で雑居ビルの地下に向かった。

薄暗い地下の通路には机や椅子、古いキャビネットが積まれ、一番奥には両開き古い扉がある。


「ここはね、うちの会社の倉庫兼武器庫なの~」


ファミルさんが扉を開くと、武器庫の壁には様々な短剣、長剣、槍、斧、クロスボウに弓、それに何種類かの拳銃や小銃がところ狭しと飾られていた。


「なんでここにも銃があるんですか?!ヤバイでしょ、これ!」


「懐に忍ばせてる人がよく言うわね~。危険な魔獣と戦うのに戦いを知らない役人が作った規則なんて守ってられないわよ~うふふ」


細くしなやかな指で小銃をなぞりながらファミルさんが楽しそうに笑う。

あー、やっぱ危ない人達と相当関わりがあるみたいだな、この会社。


「てことは、ファミルさん達の副武装って・・・」


「ええ、私はこ~れ!」


ファミルさんが慣れた手つきで2丁の拳銃を胸の前でシャキンと構える。

2丁拳銃ですか、ハードボイルドですね・・・。


「これでありったけの弾を魔獣にぶちこむのがほ~んと、カ・イ・カ・ン!」


それを思い出しているのか、ファミルは恍惚の表情で2丁の拳銃をかき抱いて身体をくねらせている。

戦闘ジャンキーだよ、この人。


「私はこの子達のお手入れしてるから、カイル君はリンネちゃんの武器選んであげてね~」


そう言っていそいそと拳銃を分解して、お手入れ用品が入ったポーチからブラシや油を取り出している。

夜の蝶みたいなファミルさんの格好だと、出勤前にお化粧してるお水の人みたいにしか見えないけどな。


ま、とりあえずリンネに合う近接武器を見繕ってやろう。


「リンネ、おいで。・・・この中だとどの武器がいい?」


「ん~~~?」


リンネはいろんな近接武器を前に困ったようすで首を捻っている。

以前に演習センターで武器適性を測った際に近接武器との相性が悪かった事を覚えてるのかもしれない。

通常の短剣、長剣、斧、槍、戦闘槌では今のリンネのスピードと腕力に武器の方が負けてしまうだろう。

この太い金棒ならリンネの力でも折れる心配は無さそうだが、取り回しが悪すぎる。

重量のせいでスピードが削られるのも痛い。


ここにはエルフェリアの武器だけでなく、遠い国の武器もあるらしく、リンネも物珍しそうに眺めている。

槍に似ているが刃の部分が反り返った形状をしてる物や、取っ手についた鎖の先にとげとげの重りがついた物など、俺も武器の図鑑でしか見たことのない物も多い。


するとリンネが引き寄せられるように少し反り返った黒い筒に入った武器を手に取った。


形状は剣に似ているが、鞘の大きさから見ても刃の幅は普通の剣の半分程しかない。

リンネは紐が巻かれた柄を持って、ゆっくりと鞘から引き抜くと、鏡の様に繊細な輝きを放つ刀身が現れた。

リンネはその幾重にも波打つ刃紋を魅了されたようにじっと見つめている。


確かこれは遠い東の国の伝統的な武器、カタナという剣の一種だ。


「ねえ、カイル・・・、これ、凄く綺麗!わたしこれがいい!」


「あら!さすがリンネちゃん、それに目をつけるなんてさすがね~。それは名品中の名品、東洋でも著名な職人が愛する娘の為に仕上げた名刀『山村之紅葉』よ!」


「『山村之紅葉』・・・なんだか繊細な響きの中にも決して折れなさそうな強さを感じますね・・・」


「ええ、決して戦いの主役にはならないけど、主役が折れたとしても脇役なのに折れない強さがあるわ!きっと娘を思う強さが込められているのよ・・・」


派手さはないが、絶対に折れない武器ならばリンネの副武装にちょうどいいかもしれないな。


「ではファミルさん、これをリンネの副武装としてお借りしてもいいですか?」


「まあ、リンネちゃんにならいいかな~。ちょっとお高い品だから大事にしてね」


ファミルさんはにっこり笑ってオッケーしてくれたけど、こういう派手な身なりの人が言う「お高い」は、一般人の感覚と違う事が多いんだよ。


「ちなみに、これいくらなんですか?」


「えーと、確か500万ギルくらいだったかしら~」


んご、500万!!


「リンネ、別のにしような!ほらこの金棒なんて、とげとげかっくいー!!」


「やだっ!もみじがいい!やまむらもみじがいいの!」


『之』を忘れてるぞ!


「いいのよ~。置いてても武器庫の肥やしになるだけだし~。ダメにしてもカイル君が働いて返してくれるだけでいいから!」


だけ、って普通に弁償でしょ、それ。


それから事務所に戻ってからも、リンネは嬉しそうに『山村之紅葉』を抜いて嬉しそうに眺めていたが、俺は気が気でなかった。


「リンネ、あんまりおもちゃにしないで、『山村之紅葉』は疲れてるから休ませてあげような」


「えー、新しいそうびだから練習しないとだもん!」


そう言うや否やリンネが刀を振り回す。そんな扱い方は見てるこっちがハラハラするから止めて!


「ぬぉ!危ない、物に当たって刃が欠けたらどーすんだ!500万だぞ!」


俺はリンネには刀の扱い方と、なによりも金銭感覚をちゃんと教えようと心に決めたのだった―――

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