第19話 初仕事はワーム退治 3

そもそも、銃という兵器はエルフェリア王国では使われていない。

銃は隣国エル・アラム連邦で開発され、錬金術で生成された燃える砂『火薬』の爆発力で金属の弾を飛ばす強力な兵器だというのは授業で習った記憶がある。


武術や魔法、召喚術のように使用者の能力に左右されず、誰でも簡単に使える銃の出現によって先の大戦では我がエルフェリアは苦戦に追い込まれて停戦せざるを得なくなったのだ。

現在はエル・アラム軍の主要装備らしいが、実物を見るのは初めてだった。


「ゾルタンさん!これはエル・アラム軍の使ってる拳銃って兵器ですよね?!なぜワイン樽の中にあるんですか?」


「うう、そ、それは私もさっぱりで・・・」


ゾルタンはもごもごと言い淀んでいるが、ワイン樽に隠して密輸していたのは明らかだ。

税関の検査でバレないように樽の口の辺りだけに少量のワインが入った瓶が仕込んである。


「だからあんた、ここまで運ばせて自分の家の地下に置いてるのね」


確かに中身が密輸品なら工業区に置いておくのは、ある意味で物騒だよな。


その時、体当たり攻撃に失敗して壁に頭から突っ込んだクイーンワームが起き上がり、鎌首をもたげてもぞもぞ身体を震わせている。

あの動きは『溶解液』を吐くときの準備動作だ。


「ヤバイ!溶解液が来るぞ!」


これだけ身体がでかいと溶解液の量も半端ないはずだ。

しかし出口の反対側に追いたてられた俺達に隠れる場所なんてない。


「あたしがタートルシェルター張るまで時間稼いで!」


すぐさまココットが詠唱を始める。


「わかった!急いでくれ!」


リンネに麻痺弾の使用を指示してクイーンワームの準備動作を妨害してもらい、俺は集まってくるワームの処理にあたる。

しかし俺の魔杖での攻撃ではとても防ぎきれない。

俺は辺りに転がってる拳銃を拾うと、倒れた棚の影に隠れているゾルタンの元へ走る。


「ゾルタンさん!銃の使い方を教えてください!」


「あ、ああ!わかった!」


俺はゾルタンから銃の使い方を教わると、近くのワームに向けて引き金を引いた。

耳を弄する激発音と同時に肩への強い衝撃。

撃たれたワームは弾かれたように後ろに吹き飛んでぐったりと動かなくなった。

これはかなり使える。

俺は包囲を狭めてくるワームを次々と撃ち倒してゆく。


しかし、リンネが撃ち込んだ麻痺弾の効果が切れ、クイーンワームが再び準備動作に入った。


「タートルシェルター張るわよ!みんな集まって!」


俺はゾルタンを首根っこを掴んでリンネと共にココットの足下に転がり込む。


その瞬間、俺達を包み込むようにドーム状の半透明の壁が形成され、同時にクイーンワームがブベッと巨大な溶解液の固まりを放った。

放たれた溶解液は俺達の周囲でシェルターに弾かれて床を焼いただけだった。


だが床の焦げ跡は俺の後ろ数センチ。

あぶねぇ・・・。

タートルシェルターの防護範囲は使用者から1メートルほどしかないからな。


すると、必殺技とも言うべき溶解液攻撃が全く効かなかったのに腹をたてたのか、クイーンワームはじたばたと暴れ始めた。

そのせいでクイーンワームの周囲に転がった樽が飛んできて、俺達はまるでドッヂボールみたいに避けるしかない。

当たったら無事では済まない、死のドッヂボールだな。


そこに、音に気付いたらしいゾルタン邸の使用人達が反対側の入口から駆け付けてきた。


「旦那様!ご無事ですか!」


「ああ!お前達っ!た、助けてくれ!」


いくら叫んでも間には巨大なクイーンワームが居たのではどうしようもない。


「すぐにお助けいたします!」


使用人達は懐から拳銃を取り出してクイーンワームへの攻撃を始める。拳銃の扱いはかなり手慣れている。

さすが武器の密売人の手下だけはあるが、相手は大形魔獣だ。


拳銃の弾を受けてもほとんど効果はなく、逆にクイーンワームの攻撃で手下は追い散らされている。

そして命からがら逃げ出した手下達は倉庫の鉄扉を閉めてしまった。

クイーンワームは閉まったその扉に体当たりを食らわせている。


「あなたの部下は最低ですね・・・」


「ええ、生きて出られたら解雇します」


『生きて出られたら』か。確かに逃げ道を塞がれたこの状況は、絶体絶命ってやつだ。


「カイル!あいつが気をとられてる今が逃げるチャンスよ!」


「だけど出口はあそこしかないだろ!どこから逃げるんだよ?!」


しかもクイーンワームが体当たりしまくったせいで、出口の鉄扉はベコベコにへこんでいて、たどり着けても開きそうにない。


「あいつが出てきた穴があるじゃない!あの下は下水道に繋がってますよね、ゾルタンさん?」


ココットがなぜか自信満々にゾルタンに問いかける。


「あ、はい!しかしどうしてそれを・・・」


「さっきしゃがみこんだ時に床の隙間から下水の匂いがしたのよ。運び込んだ荷物は下水道を使ってお客さまに届けてたって訳!」


なるほど、王都の地下に張り巡らされた下水道なら人に見られる事なく何処にでも届けられるな。


「逃げるのはいいけど、クイーンワームをこのままにしたら地上に出てしまうな。そしたら大惨事だ」


「あたしとしては住宅区に住んでる連中がどうなろうと知ったこっちゃないけど~。むしろあの野郎の家を潰してくれるなら大歓迎よ!」


元上司が相当嫌いなんだな。


「ばか!この家から外に出たら、武器密輸の事だけでなく、この場に居た俺達の事だってバレるだろうが!」


目立つ事は避けたいし、ここに居たって事は武器密輸との関わりを疑われるだろう。

それを避けるには、倒せなくともこの場所から表に出す訳にはいかない。


「出て来た場所にお帰り頂こう。リンネ、ココット、先に降りててくれ!俺はこいつをギリギリまで引き付けて後を追うから!」


今の俺、カッコいい!

まるでアクション映画のクライマックスのシーンだよな。

ここでヒロインが『絶体に生きて帰ってきて・・・』とか『死んだらただじゃおかないんだから!』とか言うんだよな!


「わかった!リンネ先に行ってるね~」


「しっかり引き付けて、ちゃんと私達が逃げる時間稼ぐのよ!」


現実には夢もロマンもねぇよな!

それだけ言って二人ともさっさと降りてしまった。


「ゾルタンさん、あいつが居なくなるまでここで隠れててください!」


俺はゾルタンを倒れた棚の裏につれて行く。


「ありがとうございます、カイルさん!あなたは命の恩人です。必ず生きて帰ってください!」


ゾルタンは感極まったように両手で俺の手を強く握る。

え?なんでおっさんとこんなシーンなの?おかしくない?


「ええ、精一杯努力しますので、ゾルタンさんがここを出られたら、うちの社長に連絡をしてくれると助かります!」


「わかりました!必ず!」


俺はゾルタンが無事にここから脱出してくれる事を願いつつ、クイーンワームが出てきた穴の脇に立って銃を構える。

深呼吸を一つすると、扉に攻撃しているクイーンワームに銃弾を撃ち込んだ。


『あん?痛てーな、この野郎』って感じに振り向いたクイーンワームが俺をめがけて突進して来る。

それを見届けて穴に身を踊らせると、そこはココットの言った通りに穴の下は下水道に繋がっていた。

背後からクイーンワームが追ってきてるのを感じつつ下水道の中に飛び込むと、少し先でリンネとココットが手を振っているのが見える。


ちゃんと待っててくれた事が泣きそうになるほど嬉しい!


「待っててくれたのか!お前って意外と良い奴だったんだな!」


「あんたが死んだら、あんたの借金が会社の負債になるじゃない!それにリンネちゃんだって消えちゃうでしょ!」


ああ、俺自身の価値は無い訳ね。


「この前の依頼のデータ見たら、たぶんこの先が城壁外部の排水路に繋がってるはずよ!」


ココットはメモ帳のような魔印紙を開き、前回の依頼で使った下水道の地図を表示させる。


顔を突き合わせて地図を覗きこんでいる俺達に気付いたクイーンワームが再び突進してきた。


下水道の中を全力で走って逃げるも、クイーンワームは身体を伸縮させつつ一気に追い上げてくる。


「このままじゃあ追い付かれちゃうわよ!」


「リンネー!麻痺弾使え!」


リンネが走りながらすぐ後ろに迫ってくるクイーンワームに麻痺弾を撃ち込むと、すぐにマヒって水路にぶっ倒れる。

状態異常耐性と知力が低いらしく、すぐに効いて助かった。数分は稼げるだろう。


息を整えながら出口に向かって歩いていると、リンネがふと足を止めて周囲を見回している。


「リンネ、どうした?」


「ん~、この匂いなんだろ~、なんか気になる・・・」


リンネはそう言ってリスみたいに鼻をくんくんさせているが、俺には下水の匂いしか感じない。


「うん、微かに香油とクリスタルを砕いた粉の匂いがする」


ココットも気が付いたらしく匂いの元を探している。


「あっ!あれじゃない!あの床のところ!」


何かを見つけたココットは水路の脇のメンテナンス用スペースに走る。


「ここの地面の白いのって儀式用の塗料じゃない?!」


ココットが指差す地面には白い塗料で微かに紋様が見てとれる。泥を払ってみると、消えかけた魔方陣が現れた。


「ねえ、これって召喚術の魔方陣よね!誰かがここで召喚を行ったのよ・・・」


などとやってる間に、クイーンワームがもぞもぞと身体を動かし始めた。

麻痺弾の効果が切れ始めているらしい。


「おい、いまは急がないと、そろそろマズイぞ!」


俺達はとりあえず魔方陣のことは保留にして、再び出口を目指して走る。


「次の角を曲がったら排水路に出られるはずよ!」


ずっと背後では麻痺から回復したクイーンワームがギチギチと牙を鳴らして追い上げてくる音が聞こえてきたが、どうやら逃げ切れそうだ。

前方の曲がり角からは明るい外の光が射し込むのが見える。


『これで助かった!』と思って角を曲がった俺達は、足を止めた。止めざるを得なかった。


下水道の出口には厳重な魔法防壁が張り巡らされていたのだ。

それも、城壁の外から通じる場所だけあって前の依頼の王都内の防壁よりさらに強固な代物だった。


「ええっ―!何よこれ?!こんな分厚いの破れっこないじゃん!」


王都内の魔法防壁なら内側から干渉してこじ開けられると踏んでいたココットが悲鳴をあげる。

目の前が外なのに出られない。甲羅状の半透明の防壁から見える景色が、遥か遠くものに感じる。


「ココット、とにかく干渉して破れないかやってみてくれ!リンネも全力で攻撃しろ!」


ここまで来て諦められるか!

ココットは防壁に手をついて詠唱しつつ同系統魔法での干渉破壊を試みる。

俺とリンネは銃とクロスボウでの物理破壊を狙うも、個人火力程度の攻撃では虚しく弾かれるばかりだった。

もっと大きな力を加えれば破壊できるかもしれないが・・・。


そしてついに奥の曲がり角からニュルリと巨大なクイーンワームが姿を現した。


「うわぁ!う○こ来たぁっ!」


リンネが怯えた悲鳴をあげる。確かに狭い下水道を張ってくる様は大腸の中のうん○みたいだ。

スッキリ自然なお通じですねー!


「ココット!まだ破れないのかよぉ!もう来たよぉっっ!」


「うっさいわね!こんなの分厚くて一人じゃ無理よ!」


クイーンワームはクロスボウを構えるリンネを警戒してか、伺うようにジリジリと距離を詰めてくる。

その時、ふとある物が目に入った。

上手く使えば状況を打開できるかもしれないが、一度きりのイチかバチかの勝負だ。


「リンネ!麻痺弾はあと何発ある?」


「えと、あと2発だよ!」


2発ならあと1回麻痺ればいい方だが、どうせ元々が運任せの勝負だし、その運試しと思えばなんて事はない。

麻痺ったとしても3回目だと耐性も上がっているから、持って1分といったとこだろう。


「リンネは麻痺弾を装填、いつでも撃てるようにしておいてくれ!干渉破壊はもういいからさっきのタートルシェルターを頼む!」


「は?タートルシェルターは攻撃を一発食らったら消えちゃうのよ!詠唱に時間かかるから連続展開も出来ないし、助けが来るまでなんてとても持たないわよ!」


「一発持てばいいんだよ!いいから準備しろ!」


「意味わかんない!どうなっても知らないからね!」


ココットは半分ヤケに、半分泣きながら叫ぶと右手を水平にかざしてタートルシェルターの詠唱に入った。


「リンネ、麻痺弾を全部撃ち込めっ!」


「りょーかいっ!!」


1発、2発・・・麻痺った!

糸が切れた人形のようにクイーンワームが崩れおちる。


ココットは瞳を閉じて詠唱を続けている。

タートルシェルターは1発だけならどんな強力な攻撃でも防げる半面、詠唱に長い時間を要するのがネックなのだ。

こんな時はプルムのクリスタが使う『インスタントシールド』が羨ましい。


「リンネ、ココットの防御範囲に下がってろ!」


「でもカイルはっ?!」


「俺はまだやることがあるから、お前だけ下がれ!」


「やだ!リンネもカイルと一緒に居る!」


俺の表情から危険な賭けに挑むことを感じ取ったリンネは泣きそうな表情で叫ぶ。召喚主と一心同体である双霊召喚獣としての本能が、主から離れることを拒んでいるのかもしれない。


「これは召喚主としての命令だ。下がりなさい」


じっとリンネの目を見つめて静かに命じると、リンネは悲しそうに俯いたままココットの脇まで後ずさる。


やがてぐったり倒れていたクイーンワームがブルブルと身体を震わせ始めた。もう時間がない!

ココットを振り返ると、タイムリミットが迫っているのを感じているのか眉間に皺をよせながらも発動の呪文を紡いでゆく。


だが先に麻痺が切れて目覚めたクイーンワームがゆっくりと身体を起こす。

予想よりも早い!・・・万事休すか?!


「タートルシェルター!!!発動!!!!」


ココットの魔法発動誓言と同時にドーム状のタートルシャルターが具現化してゆく。

ギリギリ間に合った!


攻撃態勢に入って今にも飛び掛かる寸前のクイーンワームの機先を制して拳銃を構え、壁を這う配管を狙ってありったけの銃弾を叩き込んだ。

そのまま射撃の反動を駆って背後のタートルシャルターに転がり込む。


俺が放った銃弾は見事に壁を這うガス管に命中した。


その刹那―――


耳を弄する爆発音と猛烈な炎が周囲の空間を埋め尽くした。しかし迫り来る炎は俺の目の前で弾けるように消え、黒い煙が視界を覆った。


「げほ、げほ!何なのよ今のは~!」


「ケホ、ケホ!耳がキンキンする~」


と、煙の向こうでココットとリンネが咳き込みながらぼやいている。二人とも無事なようだ。


煙が晴れると目に前に居たはずのクイーンワームは至近距離での大爆発で黒焦げのボロ雑巾のようになって転がっていた。

俺達の背後の分厚い魔法防壁も大きなガス爆発で破壊されている。


危険な賭けだったが、どうにか危機を脱出できたらしい。

まさか就職して最初の簡単なはずの仕事で死にかけるとは思わなかったがな。


「三人共~!迎えに来てあげたわよ~!」


頭の上からファミルさんの声がする。見上げると、排水路の上から下水道から脱出した俺達にファミルさんが手を振っていた。

脱出したゾルタンが連絡してくれたんだろう。


そして先ほどの大きな爆発音と煙に、遠くからサイレンの音が近づいて来る。

急いでこの場を離れないとマズイ。


こうして俺達はファミルさんが手配してくれた車で現場を離れて帰路についた。


これまでの召喚獣の成長値


腕力 53 器用 60 俊敏 54 魅力 50 魔力 25 知力 65 社会性 60



これまでに通報された回数 7回

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