第15話 初めての依頼 2

いよいよギルド依頼『ヘビィローチ20体討伐』の任務地、王都地下に広がる下水道迷宮へ潜入する。

迷宮と言っても実際はただの古い下水道施設だけど。


どこからか入り込んだヘビィローチが住み着いて繁殖しているので、駆除して来いって事だ。


王都からの排水路などには分厚い魔法防壁が展開されているので、中位以上の大型の魔獣が王都内に入ることは無いが、身体の小さな低位魔獣は川の増水時などに侵入することもあるらしい。


用水路へ降りると、壁に開いた下水道の入口に張られている魔法防壁をファミルさんが鍵言語を用いて解除する。

途端に襲い来るもわっとした熱気と臭いにリンネが悲鳴をあげた。


「うわぁ、くさいっ~~!ここ入るのぉ?!」


臭いだけで既に及び腰だ。

これじゃあ最強の召喚獣への道はまだまだ遠いな。


「仕方ないでしょ!Eランク依頼なんて汚い、臭い、気持ち悪いの3K魔獣討伐ばっかなんだから!!なんでこんなのばかり受けるのよ、うちのバカ社長は!」


自分の背丈ほどの魔杖を肩に担いだココットが憎々しげに叫ぶ。

俺達に、というより前を歩くファミルさんへの当て付けなんだろうが。


「あら~?私の経営方針に文句があるなら、いつでも辞めて貰っていいわよ~。そんなちんちくりんな見た目の人気の無い魔道師で他に働き口があるならね~」


「誰のせいでこんな格好になったと思ってるのよ!変な魔法の実験台にしたの、あんたでしょ?!」


ファミルさんの買い言葉にココットがさらに激昂して、飛び掛からん勢いで詰め寄る。

端から見れば母親にわがままを言ってる子供みたいで、なんか微笑ましい。


「若返る魔法だって言ったら、進んで協力してくれたのはココットちゃんじゃない~?承諾書だってあるわよ?」


「くぅぅ!あの時に戻って自分をぶん殴ってやりたいわ!」


「じゃあ過去に戻れる時限魔法が完成したら、実験台になって貰おうかしら~」


「今度は絶対にお断りよ!」


どうやらこの二人は仲が悪い訳ではないようだが、浅からぬ因縁もあるらしい。


そんなやり取りを聞きながら、下水道の両側の通路を歩き、ヘビィローチの巣が確認された場所に向かう。

所々の壁にある小さいライトクリスタルに照らされただけの下水道内は薄暗く不気味だ。


ガス菅や様々な魔電製品を動かす為の魔導菅がまるで内臓の中の血管のように何本も壁を這っていて、遥か先まで続くトンネルのあちこちにはネズミや小さなローチ種が走り回っていた。


「ひぃっ!……にゃぁ!」


と、リンネがいちいち反応して俺に飛び付いてくるから歩きにくくて仕方ない。

こんなのでまともに戦えるのか心配になってくる。


やがて、30分ほど下水の中を進むと最初のヘビィローチの巣があるとおぼしきエリアに着いた。

ファミルさんがギルドから貰った依頼情報が記録された魔印紙を取り出して地図情報を呼び出すと、魔法のインクで記録された魔印紙上に黄緑色に光る下水道の構内図が表れた。


「ん~と、この先を曲がった所に巣があるみたいね~。ここからは戦闘隊形で進みましよ~」


ファミルさんの指示で全員が武器を構えて戦闘に備えながら進む。

だけどトンネルの中央には下水が流れているため、みんな中央部を避けて両側に隊形が別れてしまっている。


「おい、ゲスト!隊形が崩れてるわよ!ちゃんと真ん中歩け!バカ」


こ、このくそガキ!戦力バランス的には理解出来るが、なんかムカつく。

しかし、ゲスト参加という手前、素直に従うしかない。

濁った水に足を突っ込むと、靴の中にぬめった液体が流れ込んでくる感触に、俺は心の中で悲鳴をあげる。


「気付かれたっ!前方に目標2体、接近中!」


初めての口を開いたドリスさんの野太い声で全員に緊張が走る。

前方を見ると、暗い下水道の先から長い触覚を揺らめかせた茶色の塊が近づいて来る。


でかっっ!!


魔獣図鑑で調べてはいたけど、数値で理解してるのと実物を見るとではやっぱり違う。

まるで大型犬が走ってくるような迫力にさすがに俺もたじろく。

うわぁ、ゴキブリってアップで見てもグロいなぁ……。


「来るわよ~、リンネちゃん!初撃おねがいね~」


現役の戦闘士だけあって、前衛のファミルさんが落ち着いた声で叫ぶ。


「よ、よし!リンネっ!ヘビーショット!」


「わかった!!」


即座にリンネが方膝を着き、渾身の力を込めたヘビーショットを放つ。

空を斬った鉄矢は見事にヘビィローチの一匹に命中し、衝撃でその巨体が後方に弾き飛ばされる。

しかしすぐに起き上がると、矢が突き刺さったまま何事も無かったかのように再び向かってくる。

生命力の高さは伊達ではないようだ。


「ええ?!全然効いてないよぉ!ちゃんと当たったよね!」


その様子に、全力でスキルを放ったリンネが驚きの声をあげて俺を振り返る。

あのサイズの魔獣が一撃で殺せる程にはリンネのステータスは上がってないからそれも当然だろう。


「ほら!よそ見してる暇はないぞ!倒れるまで攻撃だ!」


鉄矢が刺さったままのヘビィローチはヘイトを取ったリンネ目掛けて一気に距離を詰めてくる。

もう一匹の無傷な方はドリスさんとファミルさんが引き付けてくれている。


前衛を抜けてきたヘビィローチの突進をかわしたリンネは周囲を走りながら次々と鉄矢を浴びせる。

俺も魔杖の打撃攻撃を食らわしてやったが、あまり効いてる手応えはない。

空気の少ないボールを殴ったような気持ち悪い打撃感触に、逆にこっちが精神ダメージを負った気がする。


リンネもまた、追いすがるヘビィローチに少々押され気味だ。


「しかたないわね!これだから新人は!」


と、文句を言いつつ、ココットが呪文を詠唱すると、メルヘンチックな魔杖の先から黄色い玉がヘビィローチに向かって飛ぶ。

命中したヘビィローチはつんのめるようにゆるゆると動きを止めた。


状態異常の麻痺に陥ったようだ。

一撃で状態異常を発動させるなんて、かなりの魔力や知力がないと不可能だ。

まあ相手は低位魔獣ではあるけど、俺にはまず無理だろうな。


動きを止めて無防備状態のヘビィローチをリンネと二人でここぞとばかりにタコ殴り。

やがてヘビィローチは前足をピクピクさせてようやく力尽きた。

野性の低位魔獣1匹を倒すのがこんなに大変だとは思わなかった。

しかし何にしても、俺とリンネの初戦果だ。


やはり遠距離職でも、動きが速い敵には麻痺弾を打ち込むか、罠に掛けないと苦戦するって事だ。

相手の特性を見極めて戦わないと、ソロで依頼完遂なんてまだまだ無理だな。


もう一匹は、と見回すと「初討伐おめでとう!」と拍手をしてくれてるファミルさんの足元でズタボロになって転がっている。

やはりドリスさんとファミルさんはかなりの手練れらしい。


「カイル君達もなかなかやるじゃない~」


とファミルさんは褒めてくれたが、明らかに俺達に倒させてくれたのだろう。


「カイル君、『ヘビィローチの堅羽』はそこそこの値段で売れるから回収よろしくね~」


ファミルさんにとても優しい笑顔でお願いされたが、この死体から羽を採取すんの?

リンネに「手伝って」って視線を向けるも、顔をしかめて目を反らす。

まあ、そんな気はしてたよ……。


仕方なくヘビィローチの死体から採取用のナイフで『ヘビィローチの堅羽』を回収してリュックにしまう。

あのでかいゴキブリの一部を持ってると思うとすげー嫌だ。

まだ残り18匹も倒して、その分も増えるんだよな……。


こうして初戦をどうにか終えた俺達は次の獲物を探してヘビィローチの巣に向かう。

そこにはラグビーボールに似たヘビィローチの卵とそれを守る多くの成虫がひしめいていた。

薄暗い下水道に蠢くたくさんの茶色の塊。

うげぇ、きもちわりー!

あの中に突っ込んだら、と想像して身震い。


「じゃあリンネちゃん~、どんどん釣ってちょうだい~」


釣り、とは群れている敵の一匹を攻撃して誘い出し、各個撃破する為の戦術で、パーティ戦では遠距離職が専門に担う。

うまく端に居る奴から狙わないと、命中音や気配で周囲の複数の敵を引き付けてしまうので注意が必要なのだ。


「じゃあリンネ、あの端っこの奴からな。合図するまで他の奴は撃つなよ」


「うん、わかった!……じゃあいくよ!」


しっかりと狙ったヘビーショットは一直線に目標に命中し、まんまとそいつだけがこっちに向かってくる。


誘い出された一匹は前衛のドリスさんとファミルさんの攻撃で、あっと言う間に動かなくなる。

ファミルさんが素早いウィップの足払いで転倒状態にして、そこにドリスさんのハンマーの溜め攻撃で止めを刺すという連携技。

事前にココットが二人に攻撃強化魔法をかけているからイチコロだ。


「この分ならもう少し釣りのペースを上げても大丈夫よ~」


「了解です!……リンネ、あいつ!」


「あい!」


「つぎ、あれ!」


「うい!」


「その隣の!」


「がってん!」


「あ、2匹来た!すみません!」


「大丈夫、おっけーよ!」


……ってな感じで、あっという間に巣は壊滅。ヘビィローチの死体の山が築かれた。


「じゃ、素材回収よろしくね~」


そうですよね、俺は指示してただけですもんね……。


討伐した数を数えてみると、合計25匹。とっくに依頼の数はクリアしていた。


「リュックも一杯みたいだし、今日はこれ位にして帰りましょうか~」


「……酒が切れた。もう戦えねえ……」


と、ドリスさんは空の酒瓶を掲げ、


「もうこんな臭いとこ早く出たいわ!!」


「リンネ、腕がつかれた……。お腹すいた~」


「これ以上狩ると、回収素材を手で持たないといけないので、お願いだから帰してください……」


ファミルさんの引き上げの提案にみんな賛成したところで俺達は帰路についた。




依頼センターに戻り、依頼任務完了の報告を済ませたファミルさんが俺達の元に戻って来る。


「カイル君、リンネちゃん、今日はすごく助かったわ~!はい、これが報酬の取り分よ~。確認して!」


ファミルさんが手渡してくれた封筒を覗くと、100000ギルも入っている。


「ええっ、こんなに貰えるんですか?ちょっと多すぎる気がするんですが……」


「二人のお陰でアイテム消費もないし、凄く楽に完了できたからボーナスよ~。それと素材の売却分も大きかったし!」


そう言ってファミルさんはウインクしてるけど、こんなに貰う程の事はしていないから凄く申し訳ない気もする。


「そうよ、ゲスト参加なのに正社員のあたしと同じなんて多すぎよ!1ギルで充分」


「あら~、いままで毎回『きもち悪いからやだ~』ってまともに素材回収もしないココットちゃんよりも、カイル君の方がずっと役にたつと思うんだけど~?」


「ぐぬぬ……、だってしょうがないじゃない、キモイんだし……」


痛いところを突かれたココットが悔しそうに押し黙る。

大人のファミルさんの方が一枚も二枚も上手だ。


「じゃあ、ありがたく頂いておきます!これで何とか今月の家賃と生活費が払えそうですよ。機会があればまたご一緒できれば嬉しいです!」


みんなの戦闘力が高い分、楽してこんなに貰えるなら毎週呼んで欲しいくらいだ。


「……そうねぇ。カイル君とリンネちゃんがいいなら、このままうちの社員にならない?住み込み可能、食事付きよ!」


そういえば『ピンクペンギン冒険社』は召喚術師の募集をしてたっけな。

住むところに食事まで出るなら願ったり叶ったりだ。


「あの、クラリス教官から聞いてるかもしれませんが俺達あまり大っぴらに動けないんです……。特にリンネの情報が世間に出るのはマズイんです」


今のリンネならまだしも、これからの成長を考えると慎重に就職先を選ばないといけない。


「あ~、その事なら大丈夫よ~。うちの会社は業界や軍とは一切繋がりないから!どちらかと言えば嫌われてるし~」


ファミルさんは自信満々に答えるけど、それって経営的にはまずいんじゃないの?


「嫌われてるのはファミルのせいでしょ!特に研究所とは最悪よ。それに付き合わされたこっちの身にもなって欲しいわよ……」


やれやれと言ったふうにココットがため息をつく。

経営は苦しいかもしれないがリンネの素性が漏れないなら安心だし、これからリンネが活躍するようになれば会社だって助かるだろう。


「それなら是非、お申し出を受けたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします!」


って事でどうにか働き先を見つけ、俺はやっと召喚術師として社会に一歩を踏み出した。


この時の俺は目の前の事で一杯で、これから先に更なる苦労と苦悩の日々が訪れるなんて夢にも思わなかったんだけどな―――



これまでの召喚獣の成長値


腕力 45 器用 53 俊敏 48 魅力 48 魔力 22 知力 60 社会性 55

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