第14話 初めての依頼 1

実家から戻って数日後―――


まいった、懐が氷河期だ。

首が回らない。先立つものがない。

どう表現しても現実は変わらない。


お金がない・・・。


実家で母さんから貰った援助と貯金の残金で1ヶ月は行ける!

と思っていたが、二人分の生活費を甘く見積もっていた。

それとこのタイミングでやってきたアパートの契約更新・・・。

契約更新料、事務手数料プラス今月の家賃なんて払える訳がない。


追い立てられるようにここ数日は就職活動で求人センターや募集企業を回ってみたものの、リンネの素性を隠して勤められる会社なんて無い。

こうなったら召喚術師としてではなく、一般労働者として働くしかないけど、術師の他には資格もなく体力もない俺ではアルバイトが精一杯。

だがアルバイトの収入では家賃を払うのがやっと。


特に残り一週間に迫った今月分の家賃43000ギルに当面の生活費をどうにかせねばならない。


お金が無くなって追い詰められると、人間っていろんな事考えるのな。

最初に考えたのはフリーランスの召喚術師として、ギルドから依頼を受ける事。

だがフリーランス登録料が200000ギルなのでボツ・。


見た目の良いリンネにメイド喫茶でバイトしてもらう。

中身が小学生だし、召喚獣だとバレるのもまずいのでボツ。


未開拓領域で狩りをして魔獣の素材を集めて売る。

ソロ狩りなんて効率悪すぎるうえに、素材の単価も割に合わなくてボツ。


同じく未開拓領域で木材や鉱石を採取して売る。

危険すぎるのと採取スキルもなく、非効率的すぎるのでボツ。


ならば安全な王都で空き缶を集めて売る。

熾烈な縄張り争いがあるのと、さすがにゴミを漁るマネはしたくないのでボツ。


未施錠の家を探索して、戦利品を売る。

それって空き巣だろ。犯罪なのでボツ。


城壁外で待ち伏せして依頼帰りの消耗したパーティを狩る。

それって普通に盗賊だろ。


ダメだ・・・。どんどん発想が黒くなってゆく。

まぁ、ほんとにどうしようも無くなったら恥を忍んで実家に帰るしかないが、やれることは全部やってみよう。犯罪以外でな。


とりあえず、自分で探せる方法は全部あたってみた。

他にどうにか出来そうな知り合いといえば、召喚術業界に顔が広くて社会的地位もあるクラリス教官に相談してみるか・・・。


「・・・なるほどね、カイル君の判断は正しいと思うわ。公認登録されてる冒険企業は横の繋がりも強いし、監督官庁である軍や研究所にも情報は筒抜けよ。リンネちゃんを隠して召喚術師として働ける場所と言えばフリーランスの冒険企業だけね。それも他社と関わりが少なく、軍や研究所からも距離を置いているところかしら」


冒険企業にとって魔獣攻略や素材相場、遺跡や迷宮の地図情報の共有、戦闘士や術師の応援など、他社との繋がりは絶対に必要だ。

それに軍や研究所に睨まれたら、様々な申請許可や美味しい官製依頼の獲得にかなり不利になる。

自分から『他の会社やお上とは距離を置いてます』なんて宣伝する会社なんてない。


「そんな都合のいい冒険企業なんてどうやって見つければいいんですか?」


「大学時代からの友だ・・・、いえ、『腐れ縁の知り合い』に心当たりが無い訳でもないけど・・・。ピュアなリンネちゃんをあいつに汚されるのだけは・・・。だけど、条件に合う会社ってたらあいつの会社だけだし。まあ、今回は当面のお金がなんとかなればいいんだし、依頼任務のゲスト参加を頼んでみるわね」


クラリス教官は何故かあれこれ迷った挙句、知り合いの冒険企業を紹介することを承諾してくれた。


「零細冒険企業だから実入りのいい依頼は受けられないと思うけど、リンネちゃんの初陣にちょうどいいかもね。依頼任務遂行日時と集合場所は後で知らせるわね!」


何にしても助かった。

ゲスト参加とはいえ依頼を受けられれば報酬がもらえるし、相手に気に入られれば即社員に採用だってあるかもしれないよな。


「リンネ、お金のこと、どうにかなりそうだぞ。依頼のお手伝いだ。訓練と違って本物の魔獣と戦う実戦だから、お互い気を付けような」


「うん、お手伝い!気を付ける!」


これが召喚術師の俺と召喚獣としてのリンネの初めての本格的な戦いとなる。



―――二日後、俺とリンネはクラリス教官からの連絡に従ってエルフェリア中央駅前にある企業ギルド依頼センターに来ていた。


クラリス教官によると、ここで待っていれば『腐れ縁の知り合い』が経営する企業の人が声を掛けてくれるとのこと。

たぶん自分のコレクションであるリンネの写真を相手に渡してあるんだろう。


周りを見回すと、依頼センターには完全装備をした戦闘士や召喚術師がひっきりになしに出入りしていた。

さすがに王都で最も多くの依頼が集まる場所だけあって、依頼を受けに集まる人の数は桁違いに多い。

広いロビーの奥には、係員が依頼を来訪者に紹介したり、報酬を支払ったりするカウンターがずらりと並んでいる。

『今週のオススメ依頼』と書かれた張り紙がベタベタ張られたボードを眺めながら待っていると、


「しゃちょー!こいつらじゃないの?!」


と、下の方から声がする。

その声の主は水色のフリフリドレスを着た、ちっこくて幼い女の子。

頭にはお揃いの色のリボン、髪は緩いカールのかかったボブカット、手には先っちょにお星さまの付いたステッキを持ってリンネを指さしている。

見た目ではリンネよりもかなり幼い。小学1、2年生くらい?

その女の子の姿はリンネが見ている魔法少女アニメの登場人物みたいだった。


「わぁ!ミルフェちゃんみたいっ!可愛い!」


そして案の定、リンネが食いついた。


「はぁ?!いきなり初対面の相手に何を言うのよ!あんな子供アニメのキャラと一緒にしないでよ!失礼なガキね!!」


いや、お前も初対面の相手に相当なものだぞ。しかもそっちの方がガキだしよ。

だけどこの子、どっかで見たような・・・。


「ええ、その方達で間違いないみたね~。ありがとう、ココットちゃん~」


そんなのんびりとした声と共に現れたのはタイトな赤いドレスにモコモコの羽根が付いた襟巻を巻いたスラリと背の高いお姉さん・・・。

その後ろに付き従うのは浅黒いスキンヘッドの親父。

ああっ!!この人たちは前に見た『ピンクペンギン冒険社』に入って行った人達だ。


「あなたがカイル・ハートレイ君ですね。で、こちらが召喚獣のリンネちゃん・・・」


すっと目を細め、妖艶な微笑みを浮かべたお姉さんが値踏みするかのように俺達を眺める。

名前を知ってるって事はクラリス教官の知り合いの相手で間違いないだろう。


「へぇ~、確かに珍しい召喚獣ね・・・。人間にそっくりなうえに、こ~んなに可愛いなんて・・・」


俺が表情を硬くしたことに気付き、お姉さんが慌てて自己紹介をする。


「あら、ごめんなさい~!クラリスちゃんの言った通りだと思ってね!私はクラリスちゃんの大、大、大親友のファミル。この子はココットちゃん、後ろに控えてるのはドリス。今日一日、よろしくね~」


一転して気さくに笑うファミルさんに面食らいながらも慌てて挨拶を返す。


「あ、今日はゲスト参加させて頂き感謝してます。あと、俺達は実戦が初めてなのでご迷惑をかけてしまうかもしれませんがよろしくお願いします」


頭を下げる俺の姿を見て、リンネも慌ててマネをする。


「あら、礼儀正しい子はお姉さん大好きよ~。心配しないで、今日はEランクの依頼だから簡単よ」


「ふ~ん、実戦も初めてのヒヨッコ共か!せいぜいあたしたちの足を引っ張らないよう、隠れててちょうだいね!」


慈愛に満ちた笑顔を浮かべるファミルさんの隣には、腕を組んで俺達を見下ろすかのようにふんぞり返っているお子様ココット。そしてファミルさんの背後には黙って俺達を見つめるドリスさん。


電車の中で見た『ピンクペンギン冒険社』のチラシを思い出す。

エッチなビデオ作ってたんじゃない事は解ったけど、限りなく怪しいんだよなこの会社・・・。


ファミルさんとドリスさんは良いとしても、ココットという生意気なガキも社員なのかな?


「もう依頼の受託は済んでるから、早速行きましょうか~。ふふ、初めてはみんな緊張するけど、お姉さんがちゃ~んとリードしてあげるわ・・・」


不安げな俺を、初依頼への緊張だ思ったらしく、ファミルさんは意味深な視線を投げかけて俺に色っぽくウインク。


ぐ・・・。絶対、俺が童貞だって見抜かれてるよな。


「あの、ゲスト参加の俺達は依頼を受けなくても良いんですか?」


「ええ、今回は受けてる人に規定レートで報酬が分配される受諾分配ではなく、一括で貰って任意に分けられる任意分配にしてあるから~。大丈夫、あとでちゃんと報酬は支払うわよ。それよりも~、あなた達はあまり目立つ事は出来ないんでしょ?」


クラリス教官からどこまで聞いてるかは分からないけど、不用意に名前が記録に残ることはしたくないからありがたいけどね。


俺達はピンクペンギン冒険社の面々の後に付いて15分程歩き、王都の街を縦横に流れる水路の脇に到着した。


「えと、ファミルさん・・・。依頼の内容を聞いてなかったんですが」


「あら~、言ってなかったかしら、あたしとした事がごめんなさい~。今回の依頼は下水道迷宮にはびこるヘビィローチ20体の討伐よ。サクッと終わらせちゃいましょう~」


ぽいんとボリュームのある胸を弾ませながらファミルさんが腕を振り上げる。

タイトなナイトドレスに包まれたファミルさんの胸は見れば見る程、でかい・・・。


「カイルぅ~、どこ見てるの?おっぱい?」


ファミルさんの胸に見とれていた俺の顔をリンネがじーっと覗き込む?

やめて、そんな無垢な瞳で心を覗きこまないでくれ!


「そ、それよりヘビィローチっていうとあれですよね?でっかいゴキブリ」


俺は慌てて話を逸らすと、ポケット図鑑を取り出して開く。


『ヘビィ・ローチ 昆虫種 全高20センチ 全長65センチ ステータス 攻24 防22 俊31 魅10 魔15 知18 社 6  スキル 高速移動 粘着液』


65センチってデカすぎだろ?魅力が10もあるのかよ。低位魔獣にしてはかなりステータスが高い。

リンネと二人でも狩れなくはないが、相当アイテムを持ち込まないと連戦は厳しい。

これで一番難易度の低いEランク依頼なんだから、パーティを組まないと赤字必至だな。 


「うぇ~、ゴキブリ気持ち悪い~」


「リンネは遠距離武器だから近づかないで攻撃できるだろ?俺なんか近接なんだぞ!」


普通サイズのゴキブリだって叩くのは嫌なのに……。


「あんたの召喚獣のステはどうなのよ?ちょっと見せてみなさい!」


ココットの求めに応じて、召喚獣登録証の認証を解いて開示する。

パーティメンバーにはリンネの能力を知って貰った方がいいだろう。


「ふーんこの程度の依頼なら大丈夫だけど、まだまだしょぼいわね!」


簡単に言ってくれるが、ここまで育てるのにもどれだけ苦労したと思ってんだよ。


「まあまあ、これなら全然大丈夫よ~。パーティ構成は私とドリスが前衛、ココットちゃんが後衛だから、初めての実践だし、二人も後衛から援護お願いね~」


どうやらみんな戦闘士らしく、ドリスは背中に担いでいたケースから武器を取り出してファミルさんに渡す。


ファミルさんの武器はウィップ、ドリスはハンマー、ココットは持っていた魔法ステッキを引っ張って伸ばして魔杖の完成。

アイテムの持ったし、俺達も装備を整えて準備完了だ。


「みなさ~ん、準備はいいですか?!では下水道迷宮に出発~。お金の為に頑張りましょう」


とファミルさんの緊張感のない掛け声で俺達の初めての依頼任務が始まった。

相変わらず無言のドリスを先頭に、用水路に降りると障壁魔法に守られた下水道への入口がある。


「くっさい依頼はほんとに勘弁してほしいわよ」


頬を膨らましてぶつぶつ言ってるココットに苦笑しつつ、俺達は薄暗い下水道に入っていった―――

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