5.晴天の…… 『少女が気付く、自分の道』

三人と、クルス、エミリアは、その光景を見守るしかなかった。

あたりには黒煙が立ちこめ、闘技場はまったく何も見えなかった。

「……イースちゃん」

森野がその名を呟く。しかし、その声には少しだけ残念そうな、そんな雰囲気があった。

「……今のをまともに貰ってしまっては……いくら石の型といえども」

「真正面から受けることしかできないじゃん……くそぅ」

エリスもハノンも悲観的に言葉を漏らす。

それもそのはず、誰の目から見ても、……いや、仙機術を学ぶものだからこそ余計に解る。

あの術の規模、タイミング、それまでの布石、全てを知っていれば解ってしまう。

イースフォウは避けられない。イースフォウは耐えられない。

しかし、クルスは不思議そうな顔をする。

「なんだ、森野。別に負けたと決まったわけじゃないだろう?」

しかし、森野は首を横に振るう。

「……作戦は良かったわ。石の剣に成りすました、もっと仙気の燃費が良い術を使って、相手よりも力を温存して戦う。そうすれば確かに、持久戦で戦えば勝ち目があるわ。……でもつまり、それだけ防御力も低くなっていた。絶望的よ」

「……例え石の剣の防御力をもってしても、破壊力が違います。まだ水面木の葉の型などが使えれば、あの閃光を逸らす事も出来たかもしれませんが……、純粋に実力が違いすぎました」

「くそぅ、イース……」

森野、エリス、ハノンは悔しそうに呟いた。

しかし、その様子を見て、クルスはフッと笑う。

「おいおい、彼女が使っていたのは、『低燃費』な僕の技だぞ? 僕はあの技を使うと同時に、他にも術を同時に使ったりするんだ」

その言葉に、三人はハッとする。

「なんで、他の技で防御したって、考えないんだよ」

クルスがそう言ったころには、黒煙は晴れ始めていた。




スカイラインは、ギリリと奥歯をかみ締めた。

「イースフォウ、……あなたっ!」

その視線の先には、イースフォウが立っていた。

少しばかりボロボロだが、未だ両方の足で立っている。あれほどの攻撃を受けたあとなのに、少々息を切らしているだけで、五体満足である。

その右手には、伝機『ストーンエッジ』

そして、その左手には……。

「なによ、そのバリアは……」

障壁術。アムテリアの仙機術使いのおおよそ九割は、この術を使い、相手の攻撃を防御する。逆にこの技を使わない使い手などヴァルリッツァー等のごく一部くらいなものである。

そう、イースフォウの左手には障壁術が展開されていた。もちろんヴァルリッツァーの術ではない。三日前にエミリアから教わった術であった。

「……まさか、その『石の型』も!」

スカイラインは恐ろしいスピードで、イースフォウに接近する。

障壁術では間に合わない。イースフォウは障壁を消し、両手で伝機を構え、迎え撃つ。

何回かスカイラインが切りかかり、それをイースフォウが捌いたところで、スカイラインは気付く。

「……やっぱり! 『石の剣』じゃないわ!」

スカイラインは集中する。注意深く感じ取れば、イースフォウの伝機は、片面のみ仙気が流れているのだ。石の剣は伝機全体を覆い、絶対の防御を作り出す術である。

「このぉっ!」

スカイラインの鋭い攻撃が、イースフォウの伝機の仙気が通っていない部分に当たった。

その衝撃で、イースフォウの術が解ける。イースフォウは。大きく後方に跳び、伝機を構えなおす。

どうやら、スカイラインにばれたらしい。

先ほどは『石の剣』を展開している様に見せかけるために、悟られないように剣を振り回して術式を編んだのだが……。もう必要もないだろう。

イースフォウは先日、クルス・ハンマーシュミットに教わった呪文を詠唱する。

「光、古より輝き、汝、永久に不動。北の天に輝く道しるべよ、ひと握りの勇気と成れ」

ヴァルリッツァーとは似ても似つかない術式。だが、イースフォウはためらうことなく、その始動キーを叫ぶ。

「Little Blader!!」

そして再び、イースフォウの剣が輝き始める。

今度は、今までの金色ではなく、淡い、青色であった。

これぞ本来教わったクルス・ハンマーシュミットの術。偽装していた分の仙気も省かれ、先ほどよりもさらに燃費が良くなった。

「……イースフォウ。……それは何?」

しかし、そのスカイラインの問いかけに、イースフォウは答えない。

「私は……ヴァルリッツァーの誇りのために、戦っているのよ?」

それでも、イースフォウは沈黙する。

「貴方は……ヴァルリッツァーの術を捨てて、何をしているの!?」

それは問いかけと言うよりも、激昂に近いモノがあった。。

イースフォウしは、それを見て冷静に思考する。

(なんで、この子はこんなにも怒りをあらわにしているのだろう。なんでこんなに悔しそうなのだろう)

『捨てた』と言われると、彼女としてはそうでは無いつもりだ。たまたまスカイラインに打ち勝つ方法がヴァルリッツァーでは無く、たまたま今回は他の技術を使うことになっただけだ。 

更に『ヴァルリッツァーの誇り』と言われても、イースフォウにはピンとこない。彼女は、確かに子供のころからこの術を学んで、中途半端といえどもその身に宿してきた。

だが誇りがどうとか言われると、こんなものただの技だしそこまでこだわる必要など無いと思える。彼女としてはただただ、尊敬する先人の知恵として活用するだけである。

その時になってようやく、イースフォウは理解できた。スカイラインが今まで、自分に対してなぜ突っかかってくるのか、イースフォウを貶してきたのかを。

「……そうか、スカイラインはヴァルリッツァーを、心から信頼しているのか」

だから、ヴァルリッツァーを学べるにもかかわらず、それを信頼できないイースフォウを、憎んでいた。

「何をいまさら! ヴァルリッツァーこそ、誰にも負けない、最高の力を得ることが出来る! だから、私はずっと信じて、迷わずこの力を磨いてきたんだ!」

その言葉をもってイースフォウは、純粋にこのスカイラインという少女を再度尊敬した。

迷わず、信じて、ここまできたという。だからここまで強くなったという。

それはきっと今までのイースフォウとは本当に違った心持、純粋さでスカイラインは強くなってきたのだ。そりゃあ、誇りも感じることだろう。

だから……、取るに足らない作戦と術に翻弄されていることが、彼女の誇りを大きく傷つけているのだ。

だったら、ここでしっかりと、自分の意思を伝えなくてはいけない。そうイースフォウは強く思った。

彼女が考えていることと、自分の考えていること、思い、覚悟、誓い、全てが一緒でないことを教えなくてはいけない。そう改めて思い直した。

「ヴァルリッツァーの教えは……否定しないわ。でも、私はそれのみを信じて生きていけるほど、純粋じゃない。疑問に感じ、思案し、考察し、迷って迷って迷って、その果てに答えを私は導き出すわ。だから、ヴァルリッツァーのみで生きていくことは出来ない。その誇りの為だけに戦うことは出来ない! 私は、『イースフォウ・ヴァルリッツァー』として前に進むわ!」

伝機が、彼女の精神の高ぶりに呼応して、唸る。

そう、それこそイースフォウが進むために見つけた答え。ヴァルリッツァーだけでは彼女は前に進めなかった。それだけでは彼女は答えを見いだせなかった。目標を見つけられず進めなかったのは、彼女にとってはそれだけでは足りなかったからなのだ。

そう、彼女はイースフォウ・ヴァルリッツァー。ヴァルリッツァーでもなく、曇天でもなく、アムテリア学園の劣等生でもなく、他の何者でもないたった一人の少女であった。

だから彼女は理解した。イースフォウ・ヴァルリッツァーならば、この先も進むことが出来る。

迷いながらでも、イースフォウとして、戦い続けることが出来るのだ。

「だから、悪いわね! ヴァルリッツァーとしての決闘なんかに付き合うつもりは無いわ! 捨てたつもりは無いけど、今使うことは出来ない」

「……曇天、ヴァルリッツァー使わずに、一体何をしようというの?」

冷たく、重い声でスカイラインが尋ねる。

その言葉に、イースフォウはにやりと笑う。

「貴方に勝とうとしているのよ」

「……っふ」

スカイラインは鼻で笑う。

「笑わせてくれるわね、ヴァルリッツァー無しで、どうやって戦おうというのよ。対人戦闘で、ヴァルリッツァーに勝とうなんて、夢物語にもほどがある!」

「なら、使えばいいわ。石だろうが水面木の葉だろうが逆流だろうが。余力があるのなら、どうぞ使えば良いじゃない」

イースフォウが笑いながら言う。そう、計算どおりだった。注意深く見れば、誰でもわかる。スカイラインは肩で息をしている。

それにスカイラインはギリリと奥歯をかみ締めた。

「もう、10分くらいになるかしら? ずっとヴァルリッツァーの技を使っていれば、そろそろ仙気も足りなくなる。精神的にも疲弊してくる。もう、そろそろ限界でしょう?」

イースはキッと、スカイラインを真っ直ぐ見つめる。

「私はヴァルリッツァーに勝つわ! 決着をつけましょう、迅雷のヴァルリッツァー!」

「調子に乗るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

その言葉が限界だったのか、スカイラインが咆哮しながら、イースフォウに突っ込んできた。

「雲は、晴れた!」

イースフォウは、それにあわせて、自らも突っ込んでいった。

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