5.晴天の…… 『少女が消えていた、空白の一週間』

三人はごくりとつばを飲み込んだ。

「……ついに、『逆流の型』みたいね」

「見た感じ、術式は石の剣の仙気の流れを、活性化させて絶え間なく動かしているように思えます」

「でも、なんなのあれ? 力の練りこみが、もう軍人レベルじゃん!」

ハノンの指摘どおりであった。仙気とは、人が一度に放出量に大差は無い。つまり大きな術を使おうとすれば、それだけ仙気力を練り、加工し、効率的に運用しなければならないのだ。

はたから見ても解る。スカイラインの術は、無駄が無く洗練されている。

そこまでの術を練る事が出来るようになるために、いったいどれほどの修練が必要であろうか。

そして、スカイラインのその術は、そこまで高度な仙気の運用が出来てこそ可能となる、高度な術であったのだ。

「……だめだわ。どんな効果があるかはわからないけど、石の剣では、あれは防げない」

一瞬で、森野も悟る。術が高度すぎる。石の剣も、確かに仙気を多く使う術であるが、まだ学生でも使えるレベルの仙気の練り方にもゆとりがある術であった。言ってしまえば、術のレベルとしては低レベル。使い勝手が良い反面、より高度な術に対してはどこまで太刀打ちできるかは期待できない。

いや、実際はそれ以上にまずいことに森野は気づいていた。エリスも、ハノンもおおよそ見当がつく。

石の剣は、それを使っている間、ほかの術を使うことが出来ない。人が一度に出せる仙気をほぼ全て使いながら術を展開しているため、ほかの術にまわす仙気が確保できないのだ。ともなると他の技を使うには、一瞬でまとまった仙気を開放できる充伝器を使うくらいしか方法も無い。しかしこの戦いでは、充伝器の使用は禁じられている。

石の剣を使い続ける限り、イースフォウにとって有利に戦いを進める展開が無い。せいぜい、スカイラインの術のほうが使っている仙気量が僅かに多いため、力が枯渇するのがイースフォウよりも速いという点があるが……。

「スカイラインの術に耐えられないわ」

「ええ、おそらくヴァルリッツァーの最後の型は、最終奥義、相手を倒すための必殺の技。受けるだけの石の型では……」

「……もうだめじゃん。如何するつもりなの、イースは」

食い入るように三人は、戦いの真っ只中の二人を見る。

未だぶつかり合ってはいないが、スカイラインの力の流れは、今にもイースフォウを飲み込む勢いである。

目が離せなかった。その先が理解できようが、三人は目を離すことは出来なかった。

そのため、いつの間にか後ろに人が来たことにも、三人は気づかなかった。

「ん? なんだ、一年のセコンドは森野とハノンがやってたのか?」

不意に声をかけられ、三人は後ろを振り向く。

そこには男子生徒と女子生徒が、ベンチ後ろのドアから入ってきたのだ。

その男子生徒の顔に、三人は見覚えはあった。

「クルス君、エミィちゃん」

「クルスじゃん。エミリアも」

森野とハノンは二人と面識があった。森野はクラスメイトとして、ハノンはとある事件で知り合った。

「確か……去年の参加者で、森野先輩と戦った」

ハノンも、男子生徒のことは知っていた。いつか見た、去年の公開模擬戦の参加者である。

「はじめまして、クルス・ハンマーシュミットだ。クルスでいいよ」

「エミリア・ロッシです。よろしくね」

二人はエリスに自己紹介をする。

エリスも慌てて名乗り返す。

「す、すみません先輩方! エリス・カンスタルと申します。よろしくお願いします」

あまりのエリスの慌てように、クルスが少し戸惑う。

「いや、そんなに硬くならなくて良いって」

「気にしないでいいわクルス君。彼女はとても丁寧な子だから、礼儀とかにも敏感なのよ」

「そうなのか。でもまあ、そこまで気にしなくて良いから」

そう言って、クルスはエリスと短い握手をした。

「ところでクルス君。ここに居るって事は、また今年も貴方が参加するの?」

森野の短い問いかけに、クルスは肩をすくめた。

「いや、違うよ。上からね『君や森野君が出ると、また去年みたいに上級生の戦いが微妙になりそうだ』とか言ってきたからさ」

「だからか解らないけど、私が今年は出場することになったのよ」

「エミィちゃんか……。まあ、確かにA♭のエミィちゃんなら、派手な攻撃の応戦にはならなさそうだけど……」

しかし、クルスはあきれ混じりに笑う。

「でもどうやら、今年の一年は、さらにやらかしているようだな」

クルスがイースフォウとスカイラインを見ながら、そう言った。

「あのスカイラインって子はすごいなぁ。あれで一年なのか。僕や森野の一年のときの比じゃないな」

「強さは上級生くらいかも。……クルス、これはこの後に戦うのは、少し気が重いよ」

エミリアがそんなことを苦笑交じりに呟いた。

「しかし森野。イースフォウさんって、君の知り合いだったんだな」

不意に、クルスがそんなことを言う。

「え? ……確かに、ここ一ヶ月近くは付き合いがあるけど……」

「いや、急に三日前、男子寮の前で待ち伏せされて、『技を教えて!』とか言われたときは、他の誰かに間違えられたかと思ったよ……」

その言葉に、三人は目を見開く。

「僕程度の使い手なんていくらでもいるからなぁ。でも、なんで君に教えを請わなかったんだろうな。同じA♯使いの君にいろいろ教えてもらったほうが……」

「クルス君! それどういうこと!」

森野に急に詰め寄られ、クルスはあとずさる。

「いや……、三日前にイースフォウさんが来てさ。それからずっと僕とエミリアと一緒に、戦闘訓練なんかやっていたんだが……知らなかったのか?」

知る由も無い。三人ともに寝耳に水だ。

「………どういうこと?」

三人の中でやっとのことで出た言葉が、森野のそれだった。

「どういうこと? とか言われてもなぁ。でもほら、イースフォウは今も使っているじゃないか。訓練どおり、使いこなしているよ。まあ、あの技は簡単だからな」

「「!?」」

三人はイースフォウを慌てて見る。

その剣は、いつものように金色に輝いている。今までも、ずっとあの『石の剣』で戦ってきていたのだ。それ以外に、なんの術を使ったというのだ。

いや、そもそも、石の剣を使っていれば、ほかの術を使う余力など無いはずだ。出来たとしても、たいした物ではない。

「……いや、まさか」

森野はじっと石の剣を見る。そして、今までのイースフォウの戦いを思い出す。

呪文を発さなかった術式。

いつもより衝撃を受け切れていなかった石の型。

そして、今度こそ森野は集中して感じ取る。

イースフォウの仙気の流れ、力、その形。

「……小さい」

そして森野は気づく。

今まで、ずっと石の剣だと思っていた術の正体に気づく。

「仙気力が、いつもより圧倒的に少ないじゃない!」




先に動いたのはイースフォウだった。

「どこまでも、打ち込むしかない!」

そう、そうしないと、相手は本気で戦ってくれない。本気を出させないといけないのだ。

「はぁっ!」

彼女は伝機を斜めに振る。そのまま、正体不明に渦巻く、スカイラインの伝機に打ち込む。

まずはこの術式を理解しないといけなかった。この術の正体を、イースフォウはまだ知らないのだ。

だからこそ、まずはそれに攻撃を仕掛ける。そこから、何とか耐えしのぐ方法を模索するしかなかった。

そして、伝機と伝機はぶつかり合った。

「!?」

しかし次の瞬間、イースフォウの伝機はイースフォウの思いもよらぬ方向に弾き飛ばされた。

(……弾かれた……のとは違う!)

もう三度、イースフォウは伝機を振るう。

しかし、どれも同じ。全て思いも寄らぬ方向に引き寄せられてしまう。

(石の型のように受け止められるわけでもなく)

イースフォウは少し距離を置こうとする。

(でも水面木の葉のように流されるわけでもない)

しかしその動きに合わせ、スカイラインは間合いを詰める。

「っく!」

イースフォウは剣を斜めに構え、防御の体制をとる。

しかし、スカイラインはにやりと笑う。

「それじゃあ駄目よ」

次の瞬間、スカイラインはその伝機を、イースフォウに対して叩きつける。

防御は間に合う。イースフォウはしっかりと、その剣を受け止めた。

「えっ!?」

しかし、今度は自分の思っていた方向とは逆に、伝機が吸い寄せられる。

慌ててイースフォウは自分の方に伝機を戻そうとするが、そうすれば相するほど、伝機が自分とは逆の方向に飛んでいこうとする。

「ほおら、駄目じゃない」

耳元で声がした。スカイラインである。この距離はまずい、完全に相手と密着している。

しかし、離れようとすれば離れようとするほど、体の自由が利かない。まるで何かに引っ張られるように、イースフォウは自分の意思とは違う方向に引っ張られた。

そして、それはもう無防備としか言いようの無い体勢となっていた。

その無防備な胴に、スカイラインは思いっきり剣をたたきつけた。

「カハッ……」

息が漏れるような、そんな音が口から出た。イースフォウはたまらず、膝を地面に付ける。

そんなイースフォウをスカイラインは見下ろす。

「……ヴァルリッツァー仙機術、三つ目の型。逆流」

「ぐっ!」

イースフォウは苦しさに耐えながら伝機を振るう。

しかし、それは簡単にスカイラインの伝機に受け止められる。

そして、やはり先ほどと同じように、イースフォウが思ってもいないような方向に弾かれた。

何とか体勢を立て直し、イースフォウはスカイラインから距離をとる。

「――フォウ、大丈夫!? ――」

「――大丈夫じゃねえよなぁ、マジで貰っちまったわけだし――」

「………逆流か」

苦しかった。息が上手く出来ないのだ。だがそれでも立てたのは、今までの自分では考えられないなと、そんなことをイースフォウは感じていた。

「――……やっぱり、私でもあの術は上手く分析できない――」

ヒールが申し訳なさそうに呟く。

「大丈夫よ、ヒール」

そんな紫の水晶に、イースフォウは笑った。

「確かに、難解な術だけど、本家の当主に比べれば、凄く素直な仙気の流れだよ」

「――当主か。あいつは食えないおっさんだったなぁ――」

「最後まで……理解させてくれなかったもの」




一週間前、イースフォウはヴァルリッツァー本家の門を叩いた。

分家とはいえ親族である。特に問題なく、遠方から訪ねてきた身内として入ることは出来た、表向きは。

というのも通された客間に待っていた当主レジエヒール・ヴァルリッツァーは、イースフォウが現れるや否やこう尋ねたのだ。

「なんだ? スカイラインと戦うのが嫌で、許してくださいと土下座でもしに着たのか?」

客間と言うには随分と質素な部屋だった。もともと仙機術の名門として、武を重んじる固い風習がヴァルリッツァーにはある。飾り気は殆どなく、部屋の中心には机とソファがあった。そのソファに一人の男性が座っていた。

白髪交じりではあるが、まだ四十程度の年齢であろうか。年相応に堀が深く、どことなく深くシンとした雰囲気を持った男であった。

何度会っても、この雰囲気は圧倒されるなと、イースフォウはそう感じる。

だがこの時のイースフォウは、その雰囲気だけには飲まれるわけにはいかなかった。

これが初めの一歩。自分が思いついた方法の、やっと初めの一歩なのだ。

だから、気圧される訳にはには行かなかい。

そう言った覚悟もあったからこそ、イースフォウが口を開くのは、そこまで難しいことでは無かったのかもしれない。

「三日間稽古を付けてください。ヴァルリッツァーの弱点を知りたい」

その言葉に、レジエヒールは目を見開く。流石に、自分の流派の弱点を知りたいなどと、その為に三日間稽古を付けてくれと、そんなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。

この時レジエヒールは『三日でヴァルリッツァーを理解できると思っているのか』という問いかけを思いつく。しかし、その問いかけに何の意味が無いことにすぐに気付いた。この娘は、『三日でそれを成し遂げる』と本気で思っているのだ。出来るか、出来ないかではないのだろう。

なので、レジエヒールはこう尋ねた。

「それを知ってどうする?」

その答えはこうだった。

「その後の残り四日で弱点を突く特訓をして、スカイラインに打ち勝ちます」

自分の自慢の娘を倒す、その答えを聞いた当主は鼻で笑った。

「貴様がか? 迅雷を倒すと?」

「そうです。貴方の娘を倒す為に、力を貸してください」

そのあまりの物言いに、レジエヒールは苦笑する。

だが、同時に気付いてしまった。自分が思った以上に、目の前の少女の無謀に期待してしまっているということに。

三日で何が出来るのか。初代の再来と呼ばれる自分の娘に対して、何をしようというのか。それが見てみたくもあった。

「……まあ今のままお主が、私の娘に一方的にやられるのも面白くは無いか」

そう言って当主はがスッと立ち上がる。

「……三日間、戦い続けてやろう。それで何を見つけるかは、貴様次第だがな」

そう言って、客間を出て行く。

イースフォウは、一瞬どうなったのかを理解できなかった。その場で立ち尽くしてしまう。

「何をやっている! 早く付いて来い!」

ドアの向こうから怒鳴り声が響いてきた。

「は、はい!」

イースフォウも、慌ててそのドアをくぐり、レジエヒールについて行った。




そのあと三日間、ヴァルリッツァーの敷地内で寝る間も惜しんで戦い続けたことを、イースフォウは思い起こす。

「叔父さん、本当にヴァルリッツァーの術を隠しながら戦うんだもの。本当に最後までわからなかったわ」

しかし、だからこそイースフォウは見ることが出来ていた。

レジエヒールの意地の悪い仙機術に比べれば、スカイラインはどこまでもまっすぐで解りやすい形をしている。

イースフォウには見えていた。スカイラインの『逆流の型』の『質』を。

「……完全じゃないけど、なんとなく解ったわ、ヒール」

その、イースフォウの自信あふれる言葉に、ヒールは心から驚いた。

「――本当!?――」

「――へえ、聞かせてみろよ、フォウ――」

「まあ、慌てないで。完全じゃないって言ったでしょう? まだ確証はないんだから」

そう言って、イースフォウは伝機を振るう。

「だから、試してみるわ!」

ダッと駆ける。

「はぁああああああああ!」

イースフォウは伝機をスカイラインに叩きつける。

「無駄よ!」

しかしその攻撃は、やはりスカイラインの伝機にぶつかると同時に、イースフォウの意思とは逆に引っ張られる。

「……っく!」

何度叩こうとしてもそう。力が乗らない。どこか違う方向に向かってしまう。

だが、イースフォウはそれを理解し始めた。

(伝機と伝機がぶつかり合った瞬間、私の意志とは違う方向に伝機が飛んでいく)

何度叩いても結果は同じだった。

(だけど、スカイラインの綺麗な型のおかげで、読みやすい)

彼女は懲りずに叩いて叩く。だが、どうしても思ったように振り回せない。

(『違う方向』これの正体が……解ってきた)

「……しつこいわよ、曇天」

その言葉と同時に、スカイラインが伝機を振るう。

(違う方向とは、間逆の方向!)

イースフォウはスカイラインの伝機を受け止める。しかし、その剣を押し返そうとすればするほど、自分の方に伝機が跳んでくる。

イースフォウは伝機に頼らず、自分の足でスカイラインとの距離をとろうとする。

しかし、出来ない。バランスを大きく崩してしまった。

「終わりよ、曇天!」

そのまま、スカイラインの伝機がイースフォウの胴を凪ごうとする。

「っくぅ!」

なんとか、イースフォウも伝機で防御しようとする。

だが、防御すればしようとするだけ、逆の方向に力が変化させられる。

相手の力を間逆の方向に向かせる、それがヴァルリッツァーの逆流の型との打ち合いで自由が効かなかった正体であった。

(力の方向が真逆と解ったんだ! ならば何とかできるはず!)

「くうううううううわああああああああああ!!」

イースフォウが絶叫する。

いける。イースフォウは何とかバランスを崩さずに、スカイラインと対峙出来ていた。

(逆に動かせばいいんだ! 理解すれば、防御は出来る!)

体勢は崩れなかった。スカイラインの思惑通りにイースフォウの防御が失敗することもない。

ちらりとイースフォウがスカイラインの表情を見ると……明らかにイラついたような表情をしていた。

だからダメ押しに言う。

「こんな逆流のオマケ効果を使ったところでらちが明かないわよ! とっとと打ってきてよ、受け止めてあげるから!」

その言葉だけで十分だった。スカイラインの顔は一気に真っ赤になる。

「………いいわ、そろそろ私もあんたと戦うのは飽きてきたところよ。……堕ちなさい」

ガキンと、スカイラインの一閃がイースフォウを弾き飛ばす。それは逆流の型の効果の『逆の方向』の効果は無く、ごく一般的な斬撃であった。

だからこそ、イースフォウは簡単に弾き返されたモノの、体制を崩すことなく地に足を付けることに成功した。

だが、その瞬間をスカイラインは狙う

「はぁっ!」

スカイラインが全ての力を解放し、その伝機を中心に仙気に火がついた。

閃光、そして大爆発。

会場は光に包まれた。

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