2.迷い 『少女が振るう、本来の力』

「ヴァルリッツァー流仙機術には、3つの型があるようです」

エリスは本を片手に、解説した。

「第一の絶対防御の『石の型』。第二の相手の力の流れを受け流す『水面木の葉の型』。第三の相手の力を完全に支配する『逆流の型』。この三段階の型が主軸となっているようです」

エリスの持つ本の題名は『ヴァルリッツァー仙機術の奥義』という本であった。アムテリア学園には、国一の蔵書を誇る図書館が存在する。というよりは、あれは物置に近いかもしれない。最近は有能な司書もどきが図書館を整理したために使いやすくはなったのだが、それでも何が出てくるか今でもわからない。油断すると旧文明の遺産まで出てくるというから、とんでもない図書館である。

そんな中でも、この本はかなり見つけやすい場所に保管されていた。そもそも、ヴァルリッツァーは仙機術の流派の中でも有名な部類に入る。初代ヴァルリッツァーがそもそも有名な人物であるため、それを研究しようとする学者は多いのである。

「イースフォウさんがさっき使った業は、『石の型』で良いのですか?」

「ええと、確かに『石の型』には違いないんだけど。若干効率を良くするために、『水面木の葉の型』の技術も使っています」

そういって、イースフォウはすっと立ち上がり、伝機を構える。

「Please protect me!! 石の剣!」

術式を唱えると、イースフォウの伝機が輝く。

「……それは、さっき私との戦いのときに使った仙機術よね?」

森野はまじまじと伝機を見る。

「衝撃緩和の効果があるように思えたけど……」

「正確には、衝撃緩和に武装強度上昇の効果と書いてありますね」

イースフォウは頷く。

「はい、石の型の主軸を担う術が『石の剣』なんです。石の型とは、相手の攻撃を無効化する鉄壁の構えなんです」

「鉄壁という割には、さっきは前後からの攻撃であたふたしてたじゃん?」

ハノンの言葉に、イースフォウは答える。

「……私の実力不足の面も大きいんですけどね。石の型は戦闘において、完璧な戦術じゃないんですよ」

「それを補うのが次の『水面木の葉の型』のようです。この本には、『受けきるには多すぎる攻撃にをしのぐ為に使う型』とあります」

エリスの解説に、森野がポンと手を打つ。

「そういえばさっきのイースちゃん、私の玉を弾き飛ばしていた……ってよりは受け流してたっぽいわね。あれが『水面木の葉の型』?」

「いえ、厳密にはそうではなくて……。私はまだ第二の型をマスターしていないんですが、その一部は使えるんです。私の戦術は、ヴァルリッツァーの『石の型』に『水面木の葉の型』の一部を併用した戦い方なんです」

そう言って、イースフォウは伝機の構えを変えて見せた。

イースフォウの伝機『ストーンエッジ』は剣の形をしているが、刃の面を斜めにずらす独特の構えである。

「『石の型』は通常正眼の構えを取るのですが、『水面木の葉の型』このような構えを取るんです。構えや基礎的な体捌きは学んでいるのですが、術式はまだマスターしきれていないんです」

術式事態はどのように組むか、イースフォウも知っている。だが、それを組み合わせた立ち回りともなるとまだまだ修練不足であった。

そのためイースフォウは『石の型』に、少しばかり『水面木の葉の型』を組み込んで活用していた。

「そして、最後の『逆流の型』は『相手の動きを完全に支配し狂わせる』と書いてありますけど……、さすがにその奥義の詳細までは書かれていませんね」

そんなエリスの言葉に、イースフォウもうなだれる。

「……私も、まだ『逆流の型』は学んでいないんです。ただ数度、師範や師範代と手合わせした時に受けた事はあるんですけど」

だが、それも上手く説明できない。ただただ翻弄されて、いったい何がおきたかもわからないで終わってしまったのだ。

「一度だけ、聞いてみたこともあったんですけど、ただ『仙機術と体捌きの応用だ』としか……」

「まあ、一族内でしか伝承されない仙機術ですからね。そうそうその奥義を語ったりはしないでしょう」

パタンと、エリスは本を閉じる。

「でも聞くところによると、そのスカイラインって奴は全ての型をマスターしてるんじゃん?」

「……そうなんですよ」

スカイライン・ヴァルリッツァー。初代に次ぐ実力の持ち主といわれた五代目党首候補の少女。その才気はすでにヴァルリッツァーの術をほぼ習得していた。

「そりゃあ、もう実力の違いは明白ねぇ。勝つことはやっぱり難しいわね」

森野の言葉に、イースフォウは答えない。

解りきった事なのだ。あの天才に対して自分はあまりにも無力。先日の闇討ちまがいの時も、手も足も出なかった。

「でもまあ、一撃でやられないように、そしてせめて一太刀くらいはかませるようにしようか」

そう言って、森野はたちあがる。

「イースフォウ、あなたの弱点って何かわかる?」

不意を疲れた突然の質問。イースフォウは少々面食らいながらも、考える。

先ほどの戦いで、自分の敗因を思い出す。

あの時は考えすぎて動けなくなった。活路はいくつもあったはずなのに、全てに気が回ってしまったのだろうか、どうにも動くことが出来なかった。

それを、一言で表せばいいのだろうか。だとしたら、それは決まっている。

「戦いの最中に迷うことですか?」

その答えに、森野は笑う。

「ああ、そうかもねぇ、間違いじゃないと思うわ。イースフォウは基礎も出来ているし、効率的な防御技を持っているんだもの。私たちの中で一番しぶとく戦えるはずなのよ」

だから試してみようと、森野は言った。




森野とイースフォウはお互い距離をとって対峙した。

「じゃあ、私は今から、あなたに弾丸を撃ち込むわ。まずはあなたの頭、次に左足、その次に右手、最後にあなたの胸。この四箇所を今の順番で、繰り返し撃っていくわ」

「私は何をすればいいんですか?」

「全部受けて行けばいいわ。私はいろいろな角度から打ち込むけど、絶対に狙いは今言ったところを狙う。だから、イースちゃんはそれを全部はじき返して」

「わかりました」

「あと、私も今日は少し力を使っているし、イースちゃんもさっきの戦いで消耗しているでしょ」

「はい、それなりに」

その言葉を確認すると、森野は懐から丸い水晶だまのようなものを取り出した。

「充伝器を使うわ。第一学年なんだし、イースちゃんはストックに余裕あるでしょう?」

「ええ、まあ」

充伝器。それは伝機の追加装備である。

外見は丸い水晶玉のようで、ビリヤードの玉程度の大きさのものと、ビーだま程度の大きさのものがある。

森野が取り出したのはビリヤードの玉程度のもの。まあ、ただ単に規格が二種類あると言うだけで、特に違いは無いのだが……。

この充伝器、一言で説明するのならエネルギーパックのようなものである。

その中には圧縮された仙気が蓄えられており、伝機にはめ込むことによりそれを使うことが出来る。

この仙気は、もともと術者が放出したものである。あまり仙気を消耗しなかった日の寝る前等に、術者が仙気を流し込むことにより充伝器の中に仙気が蓄えられる。

中に圧縮された仙気は、他人のものも使用可能で、その使い方は、仙機術の出力アップ、術式の省略、複数の仙機術の同時行使など、様々な術の補填として使える。

「基本的に仙機術の発動以外は、充伝器の仙気を頼るわ。そうすれば、まあ疲労も軽減できるでしょ」

「あ、そうですね」

そう言ってイースフォウは自分の懐から充伝器を取り出した。森野と同じサイズのものだ。

それを、剣の刀身の手元から10センチ程度のくぼみに取り付けた。

「じゃあ、とりあえず、やってみましょうか」

「はい」

イースフォウは伝機を構える。」

森野が何を考えているか、イースフォウにはわからなかったが、自分のために特訓に付き合ってくれているのだ。ならば真剣にこなさなければ……。

「じゃあ、いくわよ!」

バンッと、森野のブルーローズから弾丸が放たれる。イースフォウの顔面めがけて一直線である。しかし、それは予告されていた攻撃、イースフォウはそれを冷静に受ける。

弾き飛ばした直後、二撃目が放たれた。予告どおり、左足。だがそれも受けきれる。続けて三撃目が右手、四撃目が胸元に飛んでくるも全てはじき返す。

そして、五撃目はまた頭に飛んできた。

イースフォウはその一つ一つをはじき返す。森野は徐々に動き始める。さまざまな角度から攻撃が放たれてきた。こうなるとイースフォウもその角度にあわせて構えをずらさなくてはいけない。だが、森野の位置は把握できるし、撃ってくる場所は予告されている。やはり問題なく受けて行ける。

十発、二十発と、どんどんイースフォウは弾を弾いていく。

森野もまた、どんどんさまざまな角度から撃ってくる。

不意に、イースフォウは気付く。

「……弾の発射の間隔が、縮まっている?」

その言葉が聞こえたのか、森野はクスリと笑った。

気のせいではなかった。初めよりも速く撃たれている気がする。いや、徐々に加速している。

徐々に、徐々に、イースフォウの手がいっぱいいっぱいになる。

まだ間に合う。だが、どんどん加速するこの間隔では、いつか防ぎきれなくなる。充伝器を使っているのだ。どこまで速くなるか想像できない。

せめてもの救いは、どこに攻撃が来るかわかっていること。なんとか最短の体捌きでしのぐしかない。

「イースちゃん、別にその場に留まって無くてもいいんだからね?」

森野のそんな言葉が聞こえた。イースフォウはすぐさま足を動かした。

相手との間合いを取りながら、自分の位置を相手の攻撃を一番受けやすい位置に持って行くしかない。今の段階でそのように動かなければ、この四箇所の攻撃をしのぎきれなくなるのは時間の問題だ。。

恐るべきことに、森野は動くイースフォウに対しても、正確無比な射撃をする。頭、左足、右手、胸元。その順番をきっかりと守って、イースフォウに向かって撃つ。

イースフォウもそれを懸命に受ける。受け流す。ひたすらに、終わりなど知らずに。

気付けば、森野の射撃はさながらフルオートのマシンガンのように、絶え間なく弾を吐き出していた。




「……なに、あれ」

「すさまじいスピードですね」

エリスとハノンは、あまりの光景に唖然としていた。

おそらく、森野は本気で弾を撃ち続けている。そのスピードはさすがである。充伝器を使っている為、ある程度の攻撃の速さは不自然に無いにせよ、普通なら集中力が続かない。

しかし、一つ一つの攻撃はそこまで重くないにせよ、あれほどの連続攻撃をされてしまっては、学生程度ではひとたまりも無い。基礎が出来ていなくとも、梨本森野という人物は、すでに戦い方が確立されている使い手であった。

だが、二人が驚いているのはそちらではない。

イースフォウである。

確かに、打ち込む場所はあらかじめ宣言されている。理屈の上ではそのポイントを順番に防御すればよい。簡単そうな話である。

だが、二人ともそれなりに仙機術に対しては知識があるし、同世代の人並み以上には使いこなしている。

だから理解してしまうのだ。

さまざまな角度から撃たれる弾丸を、それにあわせた角度で受け流す。そしてさらにそれを動きながら実行している。

森野が何百発撃ち込んでいるかわからない。だが、イースフォウは未だに一発もミスすることなく攻撃をいなし続けているのだ。

その集中力は攻撃側の森野よりも必要となる。

「あれって、本当にイースフォウ?」

解りきった事をハノンが聞く。それに対しエリスは

「イースフォウですよ。きっとあれが、本来のイースフォウの実力なのですよ」

エリスもハノンも、今までどこかイースフォウの実力に対して軽視していた。だが今この時、二人はその認識を改める。

イースフォウは強い。少なくとも何年も馬鹿正直に、基礎を続けてきたのだのだという。それが弱いわけが無いのだ。

きっと、なにかきっかけがあれば、イースフォウは化ける。少なくとも、今日の森野との模擬戦のようなことにはならなくなるはずだ。

だが、同時に気付いてしまう。

イースフォウでさえ、これだけ強い。鍛錬も続けていた。それなのに、ヴァルリッツァーの仙機術ではまだ、その真ん中の技すらマスターできていない。

では、ヴァルリッツァーの術を全て習得した天才は、どこまで強いのだろうか。実力は上級生にすら追いつくといわれているが、そんなもので済むのだろうか。果てしない実力を持っているのではないだろうか。

そんなことを、二人は気付いてしまった。

「あれで勝てないのか」

「あれとは比較にもならないのですか」

未だ嵐と化した森野の弾丸をいなし続けるイースフォウを見て、二人はつぶやいた。



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