2.迷い 『少女が交える、先輩との模擬戦』

イースフォウと森野は、向かい合って訓練場の中心に立つ。

(こうしてど真ん中に立つと訓練場は思ったよりも広くないな)

公開模擬戦も、ここを会場として使うとのことだが、この中でどこまで自由に戦うことが出来るのだろうか。どうしても意識せざるを得ない。

と、その時になって、イースフォウは気付く。

相手は昨年の参加者。そして本番会場。そこでの模擬戦。

彼女も理解した。自分にとって、本番に対しての最高の練習になる事を。

「イースちゃん!!」

少し離れたところで森野がイースフォウに声をかける。

「悪いけど、私は本気で行くからね!」

その言葉に、まったく嘘は無いだろう。イースフォウはゆっくりと伝機を構える。

伝機『ストーンエッジ』。その柄の部分に組み込まれている薄紫の水晶と黒い石が言葉を発する。

「――フォウ、相手はかなりの使い手よ! しっかりといくわよ!――」

「――基礎が出来てねえとか、確かに嘘はねえが……。あいつは本気で死地を乗り越えた匂いがするぜ!――」

「……解ってるよ」

梨本森野。一つ下の学年のイースフォウも、その名前は良く耳にする。

二丁の拳銃型の伝機を使う、A#使い。つい最近も、とある事件の解決に大きく関わったとか……。

「でも……どうすればいい?」

イースフォウは尋ねる。相手の噂は聞いたことがあっても、その戦いまで明白に聞いたことは無い。

その問いかけに、紫の水晶、ヒールが答える。

「――確認したけど、あの二丁の伝機には『撃て』という術式が組み込まれているわ。おそらく、それで術式を短縮する、スピード重視の戦法だと思うわ――」

「――となると、こっちがさばき切れるか怪しいな。『石の剣』で耐えられるか?――」

「――でも、フォウはまともに使える術はそんなに多くないし……――」

二つの人工知能の会話に、イースフォウはため息をつく。

「……そうだよね、『石の剣』を使って凌いで勝機を見つけるしかないか」

初手は決まった。あとは戦いの中で読み解くしかない。

イースフォウが出方を決めたのを確認したのか、ヤマノ教師が声を上げる。

「よ~し、じゃあ二人とも準備は良いなぁ!」

そう言って、右手をスッと上げる。

「では、用意!」

一気に振り下ろした。

「初め!」

その号令と同時にイースフォウは術式を組む。

「Please protect me!!」

基礎がしっかりと作られているイースフォウは、術式を組むと同時に仙気を練り上げることが出来る。違う処理を同時に行えるということは、最短最速で術を発動できる事にも繋がる

さらに、ヴァルリッツァーが特注で作らせた伝機『ストーンエッジ』。この伝機に刻み込まれている術式が、石の剣の術式を簡略化する。

しかし、最後の始動キーを唱える前に、ヒールが警告を鳴らす。

「――フォウ、前方避けて!――」

その言葉に、イースフォウは反射的に身をよじる。

ガチンと、伝機に衝撃が走る。何かが高速でかすったようである。

「っぐ!」

イースフォウは唸りながらも、それまで組み上げた術式と仙気を保とうとする。

だが、バランスを崩したイースフォウに、さらに衝撃が走る。

二発地面に、もう一発が伝機にぶつかった。

「――ごめんフォウ! 私の反応でも追いつけない!――」

「……大丈夫、私は見えた!!」

悲痛なヒールの言葉に答えながら、イースフォウは森野を凝視する。

何のことは無い。森野が仙気の弾丸を4発、イースフォウに向けて撃ったのだ。初撃はイースも見落としたが。残りの数発は、森野の手元を見ていれば見えないことは無かった。

しかし……。

「詠唱も、印も、何もした様子が無かった……」

仙機術を使うには術式を編まなければならない。それには、呪文、印、文字列等、さまざまな方法がある。だが総じて何か術を発動させるための仙気構築が必要になり、それは使用者の行動にも表れる。

しかし、森野の攻撃にそれは無かった。

「っく!!」

とりあえず、間合いを取った方が良いと判断し、イースフォウは後ろに跳びのく。森野は『銃』というタイプの武器を使っているが、近距離攻撃タイプのA♯である。ある程度離れれば、森野の射程圏外に逃げられるはずである。

逃げながら、『石の剣』を繰り出せられれば、少なくとも相手の攻撃の衝撃を緩和できる。

しかし、森野もそれは百も承知である。すぐにイースフォウとの間合いを詰めようとする。

「Please protect……!!」

しかし、術式を編んでいる最中にも森野の弾丸は飛んでくる。

一つ一つの仙気の弾にはそこまでの威力は無い。伝機で武装しているイースにとっては、思いっきり殴られた程度の威力であろう。

だが、それが連続で飛んでくるのだ。集中できないし、当たると一気に畳み掛けられてしまう。

「――フォウ!解ったわ!――」

ヒールが叫ぶ。

「――あの伝機、『撃つこと』だけに特化した伝機なんだわ。伝機に組み込まれている術式が撃つことに絞られているのなら、何の予備動作も必要無く発動できる!――」

「撃つこと……!」

ヒールの分析に、イースフォウは納得がいった。それならば、この息つく間も与えない攻撃も理解できる。森野は先ほど、仙気を練るのが苦手と指導されていた。しかしこれならば、一度に多くの仙気を練り上げる必要のない。取り出した仙気をそのまま消費すればいい。

多くの修羅場をくぐりぬける中で編み出したのだろう。今の彼女にとって、実に無駄が無く効率的な最高の戦い方だ。

「なかなか良い人工知能を積んでいるようね!」

森野が感心しながら言う。どうやら今の会話を聞かれたようである。

「ご名答だわ、その通りよ。このブルーローズとピンクローズは、撃つことだけを許された伝機なのよ。そのおかげで、それ以外の術を使うときは通常の数倍の術式を編まなくちゃいけないんだけどね」

そう言いながらも、森野は仙気の弾を撃ち続ける。

「っくぅ……ぐぅ!」

イースフォウは何とかそれを避けようとするも、何発か身体に貰ってしまう。

「でも、解ったところであなたはどう戦うの? イースフォウ!」

森野は更に距離を詰めてくる。

だがその時になって、イースフォウの術式が完成する。

「『石の剣』!」

瞬間、イースフォウのストーンエッジは光り輝く。

だが、森野は怖気づくこともなく、さらに弾を数発放つ。

「っはああ!!」

イースフォウはストーンエッジを最短の距離で動かす。そして、森野の放った弾丸を斜め後方に弾き飛ばした。

「む?」

それを見た森野は警戒し、間合いを詰めるのをやめる。

両者、間合いを取ってにらみ合う形となった。

森野はイースフォウの伝機を見ながら、考察する。

「ん~、最後の弾丸、イースちゃんに衝撃が伝わっていなかったわね。それまでは受けるたびに剣が弾き飛ばされそうになってたのに……」

そう言いながら、イースフォウに一発弾を放つ。しかし、イースフォウはストーンエッジの構えの角度を変え、それを弾き飛ばした。

「ようは衝撃を0にする、防御術ってとこかしら」

イースフォウは表情を崩さないにせよ、内心ドキリとした。

この『石の剣』は、衝撃を0にするほどの高度な技ではない。だが、確かに大幅に相手の衝撃を抑える術ではある。あとはヴァルリッツァー仙機術の独特な型と足さばきを利用して、相手の攻撃に振り回されないような工夫をしているのだ。

鋭い洞察力。イースフォウの目の前に立つ金髪の少女は、噂以上に腕の立つ人物のようであった。

だが『石の剣』を発動できたことにより、イースフォウも少しばかり心に余裕が出来た。

このまま防御に徹すれば、すぐに負けることは無い。幸いにも森野の攻撃は、仙気術としてはそこまで高威力の術ではない。『石の剣』で難なく防ぐことのできるものである。

とは言え、それは森野も気付いたことであった。スッと二丁の伝機を構え、静かに呟く。

「OK解ったわ。じゃあさらに本気出すわよ?」

次の瞬間、ダン!!と森野の立っていた地面が爆散し、その姿が消える。

「――フォウ! 上だわ!――」

ヒールの言葉に、イースフォウは伝機を振り上げる。

ガン!! と今までにない衝撃を手に感じる。上空にジャンプした森野の身体ごと、伝機で振りぬいたのだ。

しかし森野は、それでも吹っ飛ばされながら弾を撃つ。

「っふ!! っく!!」

イースフォウはそれを一つ一つ見極め、自分にクリーンヒットする物のみ叩き落としていく。

しかし、森野はニヤリと笑う。

「かかったわね、イースちゃん。これはどうする?」

そう言って弾を撃ち込んでくる。

イースフォウは寒気を覚える。ただ撃ってきただけのように見えるが、何か致命的な攻撃を森野がしてきたように感じたのだ。

そして、その予感は当たる。

「フォウ!! 後ろよ!!」

イースフォウの背後、そこは先ほど森野が地面を砕いてジャンプした場所であった。

その裂けた地面が、若干盛り上がっていた。イースフォウが直前に避けた弾が、そこにぶつかり反射していた。

その弾は、背後からまっすぐにイースフォウに襲いかかる。

イースフォウは思考する。

(どうすればいい? 完全に挟まれてしまった。前からは迫る森野。後ろからは反射する弾丸。だが受ける必要はない。横に避ければ良い)

一瞬で判断できたように思えた。

だがしかし……

(いや、だが本当にそれでいいのか? 相手は四人の中では一番実戦慣れしている森野だ。左右に避けられたときの罠など、すでに用意しているのではないか? だとすると、下手にそこに避けるのはまずい)

不意に他の可能性から迷いが生じる。

(となると、やはり受け止めた方が良い。だが、だとしたら前後どちらを受け止めれば良いのか)

どんどん、それはどツボにはまっていく。

(だめだ、考えが初めに戻っている。これじゃあ、なんの答えも導き出せない。でもどうすれば良いのか。自分はどうすればいいのか)

自分はどうしたいのか。、いつの間にか彼女はそれすら答えを出せずに居た。

「イースちゃん?」

彼女が気付くと、その喉元に森野の伝機がつきつけられていた。

森野は怪訝な表情で、イースフォウに話しかける。

「どうしたの? 急に動かなくなったけど?」

「……え……あ」

声を掛けられて、正気を取り戻すイースフォウ。

最善の行動を考えて居たはずなのに……いつの間にか思考が停止していた。

自分の状況を確認して、イースフォウはやっとのことで呟く。

「……す、すみません」

「いや……問題無いなら良いんだけど」

そう言って、森野はイースフォウに突きつけていた伝機を引っ込める。

「よし、そこまでだ!! こっちに戻ってこい」

ヤマノ教師が二人に向かって言う。

森野はクルクルと二つの伝機を手で回しながら、元の場所に向かって歩きはじめる。イースフォウも、それに付いていくような形で歩きはじめた。

「あのさ」

ヤマノ教師のもとまで、あと半分と言ったところで、森野が口を開く。

「さっきの私の攻撃、まだ対処法はいくらでもあったと思うんだけど、なんで動けなかったの?」

先ほどのイースフォウの停止を、森野はすぐさま察知した。その為、正面からの攻撃をイースフォウの背後に迫った弾丸に当てて相殺し、その上でイースフォウの喉元に伝機を突き付けた。

それだけの行動をしたのだ、森野は隙だらけな状態に陥った。だが、それでもイースフォウは動かなかった。

「なんとなくだけど、戦うのが怖いの?」

「えっ? いや、そんなことは無いと思うんですけど……」

森野の言葉に、イースフォウは慌てて反論する。

「別に怖いとか、そう言うのじゃなくて……、なんかどうすれば良いのか解らなくなるって言うか」

その言葉に、森野は更に聞き返す。

「でも、さっきのあのシーン、今ならどう対処すればいいのか解るんじゃない?」

「それは……」

解っていた。と言うか、いろいろな手がある事も理解している。

接近してくる森野に向かって突っ込む事も背後の攻撃から逃れる術の一つだし、反転して背後の攻撃をさばきつつ距離を取ることも一つの方法だ。それこそ、左右どちらに飛び退くことも悪手ではない。

あの時の最悪の選択は、そこに立ち止まって何もしない事だ。先ほどのイースフォウ、そのものである。

そんな風に考え込むイースフォウを見て、森野はクスリと笑う。

「ほらね、今ならどうすれば良いか解るじゃない」

「……それは、あの時戦闘中で、冷静に考えることが出来なかったからじゃないんですか?」

森野はそのイースフォウの見解に、うーんと腕を組み考える。

「確かに、そんな感じもするけど……。でも、やっぱりそれだけじゃない気がするのよね」

「それだけじゃない……」

「まあ、でもあれよ。イースちゃんはまだまだ強くなれるんじゃないかしら。今は最悪に戦いが苦手みたいだけどね」

「……はっきり言いますね、先輩」

「嘘言ったって何にもならないからね。でも、なんとなくイースちゃんのことが解ったわ」

そうこう話している間に、ヤマノ教師のもとにたどり着く。

「二人とも、お疲れ様だ。とりあえず疲れただろう、座って良いぞ」

ヤマノ教師の言葉に、森野とイースフォウ、そして他の二人も地面に座る。

「まずは森野。基礎不足を埋める戦術に術式、立ち回り、全てにおいてかなり突き詰めているな。つくづく君は実戦向きのようだ。逆に言えば、基礎をもっと固めれば、一つ一つの術式も威力が増すし、今みたいに撃つことだけの特化に頼らなくても良くなるだろう。基礎作りをもっとしっかりするように」

「解りました、先生」

「あと、訓練場の床を壊すな。整備班が直してくれるが、毎回やってたらきりがないんだ」

「あらま、ごめんなさい」

森野はぺろりと舌を出した。

「で、イースフォウだが……」

そこで、ヤマノ教師は考え込む。

「なんて言えば良いんだろうなぁ。君は基礎もちゃんとできているから、戦いでけして相手に引けを取ることは無いと思うんだが……」

その言葉に、エリスが口を開く。

「単純に、戦術なんかの知識が不足しているんじゃないのですか?」

しかし、その言葉にヤマノ教師は首を横に振る。

「確かにイースフォウ君の戦術論の成績は良いとは言えないが……。今のは、どうも次にどうすればいいか考え込んで動けなくなったように見えた」

「ええと……」

ヤマノ教師の言葉に、イースフォウは眉間にしわそ寄せて考える。

確かにその通りなのだが、先ほどの森野との話をした後から、なんとなくそれにも自信が無くなってきている。

だが、他にはっきりとした答えも見当たらない。やはり迷ってしまって動けなくなったと、イースフォウはそう結論付けた。

「はい、そうです。前後からの攻撃に、どうすべきか咄嗟に判断できませんでした」

その言葉に、ヤマノ教師は頷きながら答える。

「つまるところ、知識不足によるものではないのだよ」

「でも、知識不足でも無く、基礎不足でも無い。そんなイースが、なんでこうなっちゃうの? おかしいじゃん」

ハノンも首をかしげる。

「森野君。君はどう思った?」

そのヤマノの問いかけに、森野はうーんと唸る。

「おそらくですけど、……たぶん先生が想像していたことと同じ答えだと思いますよ?」

その言葉に、ヤマノ教師もため息交じりに答える。

「そうか、……やっぱりそう思うか」

「はい」

その受け答えに、残りの三人は首をかしげる。

「……あの、つまりどういうことなのですか?」

エリスが、右手を上げながら二人に問いかける。

しかし、その問いかけには、二人とも答えない。代わりに、ヤマノ教師が、イースフォウを呼び掛ける。

「イースフォウ」

「はい」

「君は、たぶん今この中では一番戦えないと思う」

「はい」

理解していたこと。他の三人が強いとか、そう言う話ではない。自分が、まだまだ未熟なのだ。だから補習などを受けているのだ。そんなこと、とうの昔に理解している。

だが、次の言葉に、イースフォウは息を飲むことになる。

「イースフォウ。だが君はこの中で一番一気に強くなれるかもしれない」

思っても居ない言葉が、ヤマノ教師の口から発せられたのだった。




その後、その日の補習授業は基礎体力作りと術式の作り方の基礎のお浚い、戦闘においての基本的な行動のお浚いで終わった。

と言うよりも、ヤマノ教師は四人に一つ一つの授業をしっかりとこなさせ、補習授業中サボる暇など与えずにぶっ通しで勧めた。

ヤマノ教師に解散と言われた四人であった。しかしそのあまりにハードな内容の補習は、彼女たちをしばらくはその場に座りこんでいたり、大の字になっていたりと、すぐに立ち去れる者を出さなかった。

「ん~、ヤマノ先生、なかなか本気みたいねぇ」

四人の中でも森野は、一番体力的に優れている。一番早く息を整え、そんなことを呟いた。

「ったく、この前までの授業とまったく違うじゃん!」

幼いハノンは一番体力が無い。はじめのうちはテンションも高くついてきてはいたが、今や地面に大の字にひっくり返ってる。

「まあ、私も言えた義理ではないのですが……。集中力的な意味では昨日までの授業じゃあ問題だったのでしょうし……。今回の補修授業内容の変更は、それを解決するって意味合いもあるのでしょうね」

息を整えながらも、エリスがそう答える。

確かに、座学では居眠りもできようが、実技を踏まえてとなると、動かざるえない。実際に、今日の授業は四人とも全力でこなしてしまった。

「ヤマノ先生も考えたなぁ」

森野は笑う。確かにイースフォウのことがきっかけだろうが、授業を受けさせるには上手い手である。

「ま、私ははじめからまじめに受けてたからね。まったく問題ないわ」

そういって、すっと立ち上がる。

「で、イースちゃん。あなたはどうだった?」

そんな状況下ではあったが、イースフォウはというと息もだいぶ整っていた。ただ、何か考え事をしていたからか、急に声をかけられ驚いたようにピクリと反応した。

「ええと……私は、問題なくこなせそうですけど」

その言葉に、森野は首を横に振り聞きなおす。

「ううん、そうじゃなくて、今度の公開模擬戦の役に立ちそう?」

どんな背景があるにせよ、この補修内容の変更はイースフォウの模擬戦闘対策に違いない。意味が無いものでは正直問題である。

「ええと、……はい、役に立つと思いま……」

「本当に?」

森野がイースフォウの言葉をさえぎって、尋ね直す。

『本当に?』の意味を、イースフォウは考える。

今日の授業は、基礎のお浚いと言った内容だった。それについては、自分の術式の確認や日ごろの鍛錬の効果など、仙機術の根本的なものが確認できたと思う。

だが一方で、公開模擬戦に対して、効果的に実力が上げられる内容とは言いがたい。もっと実践向きな、それこそ森野との模擬戦のようなものを、繰り返しやったほうが、模擬戦のためになるのではないのか?

もっと簡潔に考える。つまるところ、こんなのんびりと基礎をし直すだけででは、いつまでたっても、スカイラインには……。

「このままじゃ……、戦うことすら間々ならない」

森野との模擬戦だって、中途半端にしか戦えなかったのだ。

その言葉に、森野は頷く。

「そうね、このままじゃあ相手に一矢報いる事すらできないわ」

「……でも、どうすれば」

「ヤマノ教師が、これから四時間はここ使って良いって言ってたわ」

「……訓練場をですか?」

「そそ、好きに使えって。この意味、わかるよね?」

イースフォウはすっと立ち上がる。

「私のために、ここを借りてくれたってことですよね」

ならば、このまま帰るわけにもいかないだろう。どうせ帰ったところで、何をするわけでもないし、やったとしても日課の仙気の鍛錬くらいである。なら、環境の整ったこの訓練場で行えばいい。

「私、もう少しここで訓練していきます」

正直、なんとなくこの場が与えられたから、無駄になっては悪いと思ったから。その程度の感情であったが、イースフォウはもう少しだけ、訓練をしていくことにした。

「……何のために?」

不意に、森野がイースフォウにそんな事を尋ねる。

「………」

しかし何のためかときかれても、イースフォウはやっぱりわからない。ただこのままでは駄目だという漠然な不安はあるのだが、じゃあどのようになればこの不安が消え去るのかもわからない。

ただなんとなく、ここで何かをしたほうが気がまぎれるような、その程度の気持ち。

相変わらず、自分は意味のある事ができないなぁと、そんな風に考えては自嘲気味に笑った。

そんなイースフォウに、森野は語る。

「おそらく、ここで訓練すれば、あなたは今より少し強くなれる」

先ほど、ヤマノ教師もそう言った。

彼女は解らない。でも、確かに訓練を積み、技を磨けば自分は強くなれると思う。それだけはなんとなく理解できた。

だが、強くなって、自分は何がしたいのだろう。そんな疑問は彼女の心に残る。

初めは家庭を元に戻したかった。だから父を探したかった。そんな理由があった。それで力が欲しくて学園の入学に力を入れた。それは彼女の根本にある望みだった。

でも、彼女は思う。それは今抱えている不安とはあまり関係ない気がする。今ここで強くなって、それで、どうしたいのだろうか。どうなるのだろうか。その意味がなかなか見いだせない。

そんなことを考え始めると、どんどん強さを求める必要が、わからなくなっていく。自分のいつものパターンであることは、イースフォウも気付いている。それで何もしなければ、やはり不安が大きくなるだけだというのに。

そんな風に、イースフォウがグルグル考える様子を見て、森野はため息混じりに苦笑する。

そしてその肩に、ポンと手を置いた。

「まずは、相手に一矢報えるようになりましょう。ただ負けるのは悔しいじゃない」

その言葉に対して、やはりイースフォウは感情が動かない。だが、それでもその言葉の意味や意義は理解できた。

「……そうですね、ただ負けるのは癪です」

そうか、だから強くなる必要があるのか、とイースフォウは自分に言い聞かせ、納得した。

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