1.曇天のヴァルリッツァー 『少女が学ぶ、仙機術の基礎』

「よーし、全員集合したな」

軍人を育成する学園だけあって、訓練場はそれなりの設備が整っている。

一見すれば、ただの競技ホールともとれる外見である。だが、訓練場内は簡単な気候等を操作することが可能で、気温、湿度、酸素濃度、強風、雨と、さまざまな状況を作ることが出来る。

それだけでは無く広さもそこそこで、障害物なども設定でき、天井も開放できたりもする。

そのなんでもできる機能のため、正規の軍人の訓練から各種イベントなどでも使用することがある。普段は常に使用者がいるのだが、本日はこの補習授業のためにほぼ貸切となっていた。

そんな訓練場の端のほうで、森野、ハノン、エリス、そしてイースフォウは、ヤマノ教師の前に整列していた。

「先生、とりあえず、何をするのですか?」

森野が質問する。一番の年上と言う事もあり、この中では彼女が一番初めに何事も切り出す傾向がある。他の三人は、森野の問いかけに対するヤマノの反応をうかがった。

「そうだなぁ。君たちの補習は、座学と実技、両方やらないと単位を与えることが出来ないんだが……」

しかし、そんなヤマノ教師の発言に、ハノンは鼻で笑いながら口をはさむ。

「実技って、さっきの座学みたいな基礎を、またやらせるつもり? 無意味じゃん?」

この中で一番幼い姿の少女は、やれやれと言った感じであった。

先ほどまでぐっすりと鼾をかいていたようには見えない。意思の強そうな眼をした、気の強そうな少女である。

どうせ聞いていないであろう座学を堂々と引き合いに出してくるその言葉。だがヤマノ教師は腕組みをしながら否定をしない。

ハノンは続ける。

「あたしはそれなりに幼いころから『伝機』を使っていたし、森野は森野であたしなんかよりもずっと強いじゃん。エリスもイースフォウも、子供のころから仙機術は教わってたんでしょ?」

その言葉に、エリスは若干反論する。

「そりゃあ、私も少しですが、お父さんから教わってますけど、戦術の基礎とかは学園に来てから教わりましたよ? やはり、それなりに基本的なものからカヴァーしてくださっても良いと思います」

しかしハノンは口をとがらせてさらに反論する。

「えー? だって戦術なんて、座学みたいなもんじゃん。そのあたりはまた机にかじりつけば良いし、今考えなくても良いじゃん」

その言葉に、ヤマノは首を横に振る。

「残念だが、体で覚える戦術なんて山ほどあるぞ? 特に君のようなまだ学園に正式に入学していない者は、総じてそれは学ぶ価値がある」

そう言いながら、ヤマノは懐から二枚のコイン……いや、表現するのなら「銭」と表現した方が良い代物を取り出す。

「だがまあ、一般論はそうだとしても……。教師がこういうのもなんだが、確かに君達には基礎戦術なんて今さらだと、僕も思う。だから今日は軽く模擬戦闘でも行おう」

そう言って、ヤマノは二枚の銭を天に放り投げる。

「来い! 『サンガ』!」

瞬間、銭は光を放つ。淡いような、しかしどこかハッキリとした閃光だ。

そして次の瞬間には、ヤマノ教師の手の中に、二対の刀が現れていた。

紫の、竜の鱗を思わせる鞘。しかし、よくみればその鱗こそ刀身である。柄には丸い穴が開いている奇妙な刀。

否、この世界ではこれを刀とは呼ばない。

この刀のようなものは、『汎用仙気伝達機械』。通称『伝機』と呼ばれている道具である。

人は、『仙気』と呼ばれる、一種の超能力のような力を、進化することで手に入れた。

当初その力は万人の物では無かったなかった。ある時代までは、その力自体一握りの人しか持てない物であるとも考えられていた。

しかし、ある時、『その力は万人に備わっている者であり、ただ単に万人が上手く外に出せないだけである』と言う説を提唱する研究者が現れる。

そしてそれをきっかけに、さまざまな研究や開発が進む。

結果、一握りの人しか使えなかった仙気を、全ての人間が使えることを可能にしたのが、『伝機』という機械であった。

以来、仙気術は仙機術となり、人々は、才能という格差から解放されることになったのだ。

「君たちも、伝機を出してくれ」

ヤマノのその声かけに、四人は自らの伝機を取り出す。

「花よ!花よ!」

森野は拳銃の形をしたキーホルダーを空にかざす。すると光とともに、森野の手に、二丁のハンドガン型の伝機が現れる。

右手にピンクのラインの入った小銃、そして、左手にはブルーのラインが入った左手のものよりも一回り大きな銃。

「ローズチェーン!」

ハノンは腕輪に付いた細い鎖を横に振る。その鎖はそのまま伸びていき、そして太く変化する。

ジャリジャリと、鎖がうねり、音を立てる。

「T―28型戦闘杖、コード1415、エリス・カンスタル!」

エリスは胸元からペンを取り出す。それはそのまま拡大し、一本の杖となった。

赤い宝玉が先端に付いた、機械的な部品がまるで見えない、如何にも呪術が使えそうな杖である。

「ヒール、クロ、解放して!」

そして、イースフォウは薄紫の水晶、黒い石、一枚のカードを取り出して両手に包み込む。そして光とともに、一本の剣が現れた。

刀身には上品な彫りがなされ、柄の部分には黒い石と薄紫の水晶が飾られている。

四人が伝機を取り出し終わると、ヤマノ教師はマジマジと彼女らの持つそれを見る。

そして、つぶやく。

「……まったく、見事に全員バラバラだなぁ」

森野は二学年、エリスとイースフォウは一学年。ハノンに至っては入学前。つまり全員が低学年以下に分類されることになる。

低学年と言えば、まだ自分の伝機など普通は定まっておらず、学園の支給品を使用している時期だ。

なのに、支給品を使っているのは、四人の中でエリスのみである。

さらに言うならば、四人の姿も統一性が無い。

伝機を展開すると、自然と今着ている服飾や装備が強化される。強化の種類は多種多様だが、視覚的に変化することもあれば、外見が変わらない場合もある。

ハノンは外見は変化していない。しかし、これは仙機術の上級者が好むスタイルで、学生としては特殊な部類に入るであろう。

森野の服は、鮮やかな水色に変化している。エリスは、学生服の上に簡易的なアーマーが展開していた。

しかし、なかでもひときわ目立つのはイースフォウの服の変化であった。

制服の短めのスカートは裾が長くなり、上のブラウスは白字から刺繍のような模様が浮き上がり、豪華になっている。そして、その上からさらにがっしりとしたアーマーが展開されていた。

まあ逆に言えば、これだけ個性が表れるということは、基本に忠実なエリスは置いておいても、彼女たちが並はずれた技術を持っている裏付けにもなった。

「森野君、君は近距離戦闘型の『タイプA♯』だったよな? いつも思うんだが、銃タイプの伝機は使いにくくは無いのかい?」

ヤマノの問いかけに、森野はうーんと考えて答えた。

「確かに、私はA♯ですから、射撃系に特化した銃は不向きに思われますけど……」

森野は、ひゅんひゅんと二丁の拳銃をまわす。その扱いは、まるで伝機が彼女の一部の様に感じ取れた。

「……いや、愚問か。君がそれを使いこなしているのはよく知っているよ」

「どうも」

チャキリと銃を構え直し、森野は笑いながらそう答える。

「一応、君たち全員授業で教えたことがあるが、確認のためだ。全員のタイプを確認しておくぞ?」

そう言って、ヤマノ教師は伝機を操作して、宙に浮かびあがる画面を表示させた。伝機は主に軍の作戦に使うことを想定されている為、さまざまな機能が付いている。

ヤマノ教師はその画面を操作し、四人の情報を引き出す。

「ええと、ハノン君は範囲支援型のO♭。エリス君が広域支援型のB♭」

仙気という力は人であればだれでも持ちえているが、やはり人によってさまざまな形がある。アムテリアでは4つの効果範囲と、2つの効果能力でその種類を区分けしていた。

Aは近距離、Oは範囲及び中距離、Bは広域、そして、AとBの能力を部分的に持ち合わせたAB。さらに主に破壊等が主の能力の攻撃タイプ♯、能力上昇や状態変化をすることが主の支援タイプ♭、AOBと♭♯を組み合わせて、各々の能力の区分けをしているのである。

つまり、

「で、イースフォウ君がA♯と」

近距離型で攻撃タイプとなるわけである。

「良い感じに攻守範囲と皆バラバラだな」

そんなヤマノ教師の言葉に、ハノンが眉をに焦らせながら口を開く。

「でも、あたしは自分で戦えるじゃん。支援ダイプって言われると疑問が残るんだけど」

「……まあその鎖ブン回せば、確かに支援型もくそもないわな」

ヤマノ教師は呆れ交じりに笑う。

「もうちょっと支援の技を意識しても良いと思うぞ?」

「別に支援技を知らない訳じゃないんよ。でも自力で戦えた方がなんでも切り抜けられるじゃん?」

「軍人としては、個々の能力は単独よりも連携を重視してほしいところではあるが……」

とは言え、ハノンのいう事も一理ある。ヤマノ教師は苦笑しながらハノンに指示する。

「じゃあ、そこまで言うのなら、ハノン君。君のお手並みを拝見としようか?」

「おっけ!!わかってんじゃん先生!!」

そう言うや否や、さっそうと訓練場の真ん中に跳んで行った。

「エリス君、戦術の基礎はどのくらい読んでいるかい?」

「そうですね……。クラスのみんなとの遅れを取り戻したいので、一通り三回は読み直しました」

「………そ、そうか。ならば、それを試しておいで」

実は、通常クラスでさえ、戦術の基礎の教科書はやっと七割終わったところなのだが……。熱心な生徒をあえて止める必要もないだろう。

「解りました。私はあまり戦闘は得意ではないのですが、やれるだけやってみます」

そう言って、スタスタとハノンと同じように訓練場の中心へと足を進める。

エリスがヤマノ教師たちのところから少し離れた時点で、森野がヤマノ教師に尋ねる。

「先生、私学年違うのでそこまで知らないんですけど、エリスちゃんって戦闘成績悪いんですか?」

その言葉に、ヤマノ教師は彼女の成績を思い出す。。

「ええとなぁ、成績じゃあ、まあ真ん中くらいだな。座学で上から数えた方が早い彼女にとって、確かにそれに比べれば苦手科目だろうさ」

だがな、とヤマノ教師は続ける。

「君たちの中で、彼女が一番軍で使える存在さ」

「へぇ、そうですか」

「広範囲で支援だからな。単体では強くないが、連携では光る存在だし、彼女ほど忠実に基礎を固めようとする子も珍しいからな」

続けてヤマノは、それまでほとんど会話に参加していなかったイースフォウに声をかける。

「イースフォウ君」

「……なんでしょうか、先生」

先ほどの座学と変わりなく、どこかボーっとしているイースフォウ。

そんな彼女に、ヤマノは言う。

「悪いが、この四人の中では、たぶん一番君が戦闘の実力は高くないと思う」

「うわ、それ他の生徒の前で言っちゃうんですか?」

森野は若干非難気味に言う。

しかし、イースフォウは特に気に障った様子も無い。ヤマノ教師も、それに気付いてか、笑いながら話を続ける。

「まあ、森野君が知る分には問題ないだろう、先輩だしね。ごく一般的には一学年のイースフォウ君が、二学年の森野君よりも勝ることは無い」

「でも、そんなこと言ったら、入学前のハノン以下って……そんなはっきりと言うなんて」

「別に構わないですよ、森野先輩」

弱かろうが強かろうが、そんなことはイースフォウにとって些細な事だった。

だが彼女も気になる事はあった。なぜ、ヤマノ教師はそんなことを今この場で口にしたのだろう。

「……つまり、どう言うことでしょうか、先生」

珍しく反応を返したイースフォウに、ヤマノ教師は少しばかり嬉しそうに返す。

「ハノン君は支援型の能力だが攻める戦い方をする。対するエリス君は過剰なまでに常に周りの状況を読みとりながら、最善の策を打ち立てる」

「……」

その言葉に、イースフォウはただただ、じっと聞き入っている。

いや、人から見たらボーっとしているだけにも見えたかもしれない。事実、そこまで真剣に彼女も聞き入ってるつもりは無かった。

だがイースフォウはその言葉を、じっくりと聞いていた。

何か心に引っかかるのだ。

そして、ヤマノ教師は結論を言う。

「森野君の伝機もそうだが、他人から見れば君以外の三人は、部分的に見れば随分回りくどかったり考えすぎの戦い方をする。しかしあえて言うのなら、逆に迷いが無いともとれる。自分のスタイルを貫いているからね」

「迷いのない……、自分のスタイル」

イースフォウのつぶやきに、ヤマノ教師は、笑う。

自分のスタイルは確かにあるはず……イースフォウはそう思う。

だけど、それがどんなものかと言われれば、胸を張って答えることはできない。だからこそそれに頼ることは出来ずに、今はどこに進めばいいか解らない時も多い気がする。

「君が、いまいち最近やる気が出なかったり、成績的に振るわない理由は、自分で見つけなくちゃいけない」

その言葉に、イースフォウはたいして大きな衝撃を受けることもなく、

「…………はい」

ただ、端的に返事をした。

確かに、彼女は迷い、立ち止まり、……そうして今のこの状況に陥った。

だが、とはいえ実際のところ彼女は、その言葉が的を得ているものなのか、的外れなのかすら判断出来ない。

だが、でも、教師が指摘したことなのだからたぶん、今のところは真剣に考えるべき事なのだろうなと、そんな風にイースフォウは感じていた。

そんなイースフォウの受け身な考え方を知ってか知らずか、ヤマノ教師は話す。

「だからまずは、彼女たちの戦いを見てみなさい。彼女たちの戦闘から君が学べるものなど大したものではないかもしれないが、彼女たちが獲た『スタイル』は、君の今後の進む道のヒントになるかもしれないからね」

そう言うと、ヤマノ教師はエリスとハノンに向かい、声をかける。

「おーい、二人とも準備はOKかい?」

「エリス第一学年訓練生、準備OKです」

「いいから初めてよ、先生~」

その言葉を聞くと、ヤマノ教師は右手を天高く上げて、

「よし、では構えて……………」

エリスが杖を正眼に構え、ハノンは鎖を持つ手を胸元で交差する。

「初め!!」

ヤマノ教師の右手が、一気に下ろされた。

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