第21話 覚悟の代償っ!?

「色々混ざって元の色が分からなくなった」


 闇精霊のマールが率直な意見を述べた。


「ど真ん中、頂きましたっ!」


 ノルンがむくりと身を起こした。


「つまり、ここへ招待した事と、作ったユカタを見せた事と、これからお願いする事は別々に思いついたが、ここで混ざって訳が分からなくなったと?」


 レンは窓辺にいる小さな女の子を見た。


「大旦那様は鋭い」


「ぽか~ん・・」


 ノルンが擬音を口にしながらレンを見た。


「えぇっと?分かっちゃいますか?今ので?・・こう、じれったい、もじもじな過程をすっ飛ばしちゃいます?」


「何となくな」


「えぇ、つまぁんなぁ~い。もっと、いちゃいちゃしましょうよぉ~」


「帰るぞ?」


「嘘ですっ!ほんの可愛いジョークでございまっす。いやぁ、もう・・ちょっと場を和ませようと思って頑張っちゃいましたよぉ・・・カリン、さっさとお茶をお出ししてっ!」


「はいっ、ただいま」


「・・しかし、確かに良い腕だな」


 レンは女達のユカタを見ながら素直に褒めた。


「えっ?えっ?」


 嬉しげに聴き返す勇者に、多少イラッとしながらも、ユカタの出来映えが良いのは事実なので、そこは否定する気は起こらない。

 一見白く見えるマールのユカタも、よく見ると表面に花の透かし模様が入っていた。それぞれが腰を絞っている帯も、柔らかそうな素材で落ち着いた色合いも良かった。


「履いているのは?」


 レンは足元に眼を向けた。


「よくぞ、聴いて下さいました!これは下駄という履き物で御座います」


「ゲタ?」


「白木に鼻緒とシンプルですが、浴衣にはぴったりの逸品で御座います」


「へぇ・・それも異国の・・ノルンの故郷の履き物なのか」


「はい。望郷がぁ・・とか言うつもりは全く無いですが、やっぱり浴衣には下駄か、草履が似合います」


「たしかに、よく似合って見える」


「でしょ?でしょ?」


 ほくほくと上機嫌で笑いながら、ノルンがノートを開いて、あれやこれやと説明を始めた。


「ここ・・鼻緒って言うんですけどね、ここの色とか柄も変えると雰囲気が変わるんですよ」


「なるほど・・」


 熱心に説明され、自然と引き込まれて話に耳を傾ける。

 カリンとマールは何度か衣装替えをさせられ、なんとも賑やかな事になった。


「そういう訳で、この素材集めを手伝って欲しいのです」


「何のどんな素材とか、分かっているのか?」


「いいえ、まったく、何にも分かってないんです。それで、途方に暮れちゃってて・・この二人も知らないって言うし、でも何かあるはずなんですよぉ~」


「生地・・糸の素材か」


 レンは村の老婦人を思い出した。蜘蛛の枯れ糸を頼まれる事がある。あれは何に使っているのだろうか。他にも村人に依頼される物の中に、何かあるのかもしれない。


「その・・ジロードさんは、どっかの国の大将になってやろうとか、お城を持とうとか、そういうの無いですよね?」


「無いな」


「有名になって、美女まみれのハーレムを作りたいとか?」


「嫌じゃないけどな」


「昔は美女を侍らせてブイブイ言わせてましたみたいな?」


「まとまった金が手に入った時に、高級娼館に行った事はある」


「その辺を詳しく」


「いや・・そう嫌われた感じはしなかったが、いざ抱こうかという時になって逃げられた。娼館の人に謝られてな、そこの紹介だという女をあてがわれて・・それで、何とか無事に・・まあ、そんな感じだ」


「そ、その、おお、おんなの人は生きてました?生存アライブ可能ですか?」


「当たり前だ」


「あ・・当たり前?そうなの?」


 ノルンがエルフ族の聖女を振り返った。カリンがやや青ざめた顔で、そっと視線を逸らした。


「何だかんだで妻とは7年ほど暮らしてたんだぞ?」


「ええっ!?ジロードさん、既婚者でしたか!」


「教会で祝い事をやって貰ったからな・・あれでも結婚になるんじゃないか?」


「す、すると・・その奥様は・・」


「流行の病で、あっけなく死んでしまった」


 高熱が下がらないまま、わずか二日で命を落としてしまった。あの時は、町の中で似たような症状の死者が相次いでいて満足に医者にも診せられなかった。


「・・・御免なさい」


 勇者がしょんぼりと肩を落とした。


「気にするな。もう、ずいぶん前の事だ」


 レンは苦笑した。どうにも調子が狂う。今日の勇者は、やけに愁傷げだ。


「今も、昔も、おれはただの村人だ。前にも言ったように、傭兵にも冒険者にも・・もちろん、山賊にもなった事は無い」


「・・はい」


「おまえ達なりに、おれを見定めて、大丈夫だろうと判断したんだろう?」


「・・と言うか、大丈夫じゃなくなっても良いかなって覚悟を決めたんですよぉ」


 勇者がちろっと見上げる。


「は・・?」


「いやもう、ぶっちゃけますけどね?段取りとか、ぶっ飛んじゃいましたしぃ・・ほら、わたしって、しんみりした空気を吸ってたら3分で他界しちゃう生き物なんですよ。もうね、ぱぁーーっと言っちゃいますけども・・・言っちゃうんですけども・・あれですよ?」


「小旦那、覚悟足りない」


「お黙り、マール!」


 勇者が立ち上がった。


「とっ、とにかく、考えてみたら、わたしって不死身なんですよ?」


「そうだな」


「ですからっ・・だからっ・・・その、殺して貰っても良いんです!」


「いや・・どうして、おれがおまえを殺す話になる?そりゃ、前はものの弾みで手をあげたが・・」


「違うんですっ!ものの例えです。その・・死んじゃっても大丈夫なので、もし・・もし、遠慮してるなら、いつだってオープンドアだと・・」


「小旦那、分かり難い」


「マール、うっさい」


「う~ん・・なんか、おれに抱かれると死ぬ・・って前提の話か?」


「違いますっ!ちょっと怖いけど、平気だからってぇ・・・そんな感じのことを、こう・・オシャレにお伝えしようと思ってたんですけど」


「驚いたな。そんなことを思ってたのか・・」


「・・・だって、わたしって何も出来てませんよね?やっと、浴衣とか作れましたけど・・なのに、こんな立派な家トレーラーハウスを貰って、その・・食事も貰ってて、なんだか何もお返しできないかなぁ・・って」


「だから、お礼に抱かれます?さすがに無理があるだろう」


 レンは苦笑した。

 視線の先で、勇者がしょんぼりと視線を落とす。


「・・え?」


 エルフ族の聖女や窓辺に座る闇精霊までが俯いてしまった。


「何というか・・本気で言っていたのか?」


「ノイリースルン・フォン・ヴラウロッタは、いつだって本気でございますよ?」


「それが嘘くさい」


ヒドっ!?」


「いや、悪かった。思惑がどうであれ、女としては覚悟のいる話だろう。だから、こちらもはっきりと言ってお・・・」


「ちょっと待ったぁーーーー」


 ノルンが大急ぎで遮った。


「なんか、あれですよね?断っちゃったり、しちゃったりする流れですよね?駄目ですよ?認めません。断固却下なのでございます!」


「だが・・」


「良いんです!あれですか?ちょっと、体が子供っぽいとか?背が低いとか?そう言うんですか?そりゃあ、15歳くらいの姿はしてますけど、言いましたよね?もう20歳ですよって?わたしってば、この先もずうっとこの姿のまんまなんですよ?」


「・・そうだったな」


「見た目が幼いとか、子供っぽいとかが理由で断られたら、もう永遠に立ち直れませんよ?心が死んじゃいます!絶望しかないんです!」


 拳を振り上げて力説する。


「ああ・・うん」


「なので、それ以外の、努力したら直せるところをご指摘願います」


「・・・・・そうか」


 レン・ジロードは腕組みをして考え込んだ。

 エルフ族の聖女カリン闇精霊マールの期待を込めた視線が注がれた。

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