第20話 ユカタ・パーティ♪

 レン・ジロードは風呂に浸かっていた。

 例によって沸騰したての湯である。誰も、これには近寄れない。


(色々・・あったな)


 そっと吐き出す溜息にも、様々な思いが込められている。

 ダンジョンマスターという存在を見たのは初めてだったし、魔人とのサシの戦闘というのも初めての事だ。


(ダンジョンは休眠するらしいし、しばらくはのんびりできるかな)


 本来、ダンジョンというものは、何十年、何百年という永い時を経て、人知れず休眠期を迎えるものだ。最下層まで潜ったところで、ダンジョンマスターなどに会う事は無い。せいぜいが、ダンジョンの主に当たる強魔獣が待ち構えているくらいだ。


(それにしても、闇精霊か・・)


 ダンジョンを作るために利用されていたのだろうか。本人も忘れたくらい長い間、球に閉じ込められていたらしい。

 レンが見付けた時に灰色をしていた球は、ダンジョンマスターの呪文で透明に変じたらしかった。水槽で魚でも飼うような感じだったのだろうか。

 

(明日か・・明後日には村に下りるかな)


 門番にはダンジョンの事は伝えておいたが、詳しい事情を村長に話しておいた方が良いだろう。


(山菜、薬草・・ああ、酒も持って下りるか)


 小屋の地下室に、恐ろしく複雑な魔導紋を彫り込んだ醸造樽がある。留守がちなレンに代わって複数の役割の違う樽を管理し続ける優秀な魔導醸造所である。

 風呂から出て湯気の噴き上がる体を拭き拭き、腰に拭き布を巻きつけると軒先に出してあった椅子に座って、机の上の酒壺を開いた。すっと軽く抜けるような香りが過ぎてから濃厚な果物のような匂いが立ち上ってくる。

 つまみはオークキングのあばら回りの燻製肉だ。


(考えてみたら、もうオークキングは近くで獲れなくなったんだな)


 これは村にとって損失かもしれない。

 魔獣があまり寄り付かない山だ。ダンジョン以外で、安定して獣肉を獲るのは難しい。 小さな柄杓でお椀に酒を移しながら、レンは澄み切った夜空を見渡した。久しぶりに静かな夜だった。姦しい隣人も、疲れ切ったのだろう早々と灯りを消して静かになっている。


(いつも、これなら有り難いんだが・・)


 小さく苦笑しつつ、椀の酒を一息に飲み干した。

 空になったお椀を置いて、小屋に入ると下着を履いて、ノルンが作ったという生成り綿のユカタという長衣を羽織り、簡単に帯を締めると、吊してあったポーチから長剣と大楯を取り出して、裏手の作業場へ持って行った。

 久々の手強い打ち合いで、かなり傷みが出ている。

 違う素材を幾重にも重ねた大楯だが、魔人の戦斧によって半ばまで斬り込みが入っていた。長剣の方も歪みが出ている。


(もう駄目だな・・)


 長く使ってきた剣と盾だが、補修では強度が出ない、鋳つぶして作り替えないといけない状態だった。ただ、楯は様々な素材を合わせた物なので、鋳つぶすと素材が混ざって使い物にならない。


(・・魔人め)


 舌打ちをしながら、楯は諦めることにした。

 邪龍の黒鱗では強度が足りないし、手持ちの素材は加工の厄介な物ばかりだ。大楯は諦めて、一回り小さい騎士楯を作った方が良さそうだ。


(剣は・・肉厚の剣にするか)


 少なくとも、魔人の戦斧と打ち合える物でないといけない。

 素材の吟味だけでなく、鍛え方にも工夫がいる。今回は刻印による強化をするつもりだった。正直、鍛冶仕事は苦手である。加減がよく分からないのだ。魔法陣などの刻印は得意だから、できれば刻印だけに集中したいのだが・・。


「頼もぉーーー」


 姦しいのがやって来た。

 すぐに、からころと木靴のような音が床を踏んで近づいて来て、


「頼もぉーーーー」


 作業場の扉を開いて、ノルンが声を張り上げた。

 珍しく、いつもの黒いドレスでは無く、レンが着ているユカタと似た感じの衣服を着ていた。膝下の辺りには、白地に紅い葉柄が散っている。どうやら、湯を浴びた後らしく、上気した顔をしていた。まだ湿っている銀髪を紅い紐で束ねている


「どうした?」


「大旦那様に備品の強化をお願いしたいのです」


 ノルンが語るには、レベルアップによって体の力が強くなってしまい、いつものように物を持ったり、動かしたりしようとすると壊れてしまうらしい。


「分かった。明日の朝にでも強化紋を彫りに行こう」


「え?」


「ん?」


「今からは駄目ですか?」


「今から?もう酒も入ってるからなぁ・・」


 できれば、今日はこのまま寝てしまいたい。


「良いじゃ無いですか、実は他にもちょっとアレなので、下見な感じで来て下さい」


「アレって何だ?」


「いいから、いいから・・」


 ぐいぐいと袖を掴んで引っ張ろうとする。


「・・・まあ、見るだけ見てみるか」


 手こずりそうなら明日にすれば良いだろう。手を引かれるようにして小屋を出て、ノルンのトレーラーハウスへとついて行った。


「いらっしゃいませ、大旦那様」


 藍色のユカタに身を包んだエルフ族の聖女が戸口で待っていた。

 ここに来て、どうやら様子が違うことに気がついた。修理にかこつけて、何やらイベントを企んだらしい。


「さささ・・どうぞ中にお入り下さいませ」


 ノルンが素早くトレーラーハウスの戸口から中へと引き入れる。

 戸口は狭いが、中は意外なくらいに広く感じた。入って右手側には流しや調理場、奥には手洗いや湯を浴びる設備など水回りの設備が集まっていた。左手側には、柔らかそうな長椅子が通路を挟むように在り、突き当たりは上下二段の寝台になっているようだ。


「こちらへどうぞ」


 ノルンに促されるまま、長椅子に腰を下ろす。

 ふと窓辺を見ると、


「ようこそ、おいで下さいました」


 人形のように立っていたのは、闇精霊だと称している小さな女の子である。

 この娘も、白っぽいユカタを着ていた。


「さて、大旦那様・・まずはお招きに応じて頂きましてありがとうございます」


 ノルンが笑顔でお辞儀をする。左右で、エルフ族の聖女と闇精霊が頭を下げた。

 招きに応じるも何も、物を修理しろという話で連れて来られたのだが・・。

 レンは、何も言わずに苦笑気味に笑った。

 

「修理の話は本当ですよ?ですけど、大旦那様から頂いたこのトレーラーハウスに、初めてお招きするんですから、ちゃんとした出迎えをしたかったんです」


「・・ずいぶんと、あらたまったな」


「これ、わたしの作品なんですよぉ?」


 ノルンがユカタの袖を掴んで拡げて見せる。


「綺麗な柄だな」


「うふふ・・この子のも」


 ノルンがカリンをくるりと後ろ向きにする。藍色のユカタの背に、川のようなすじが描かれ、裾から大きな魚が泳ぎ上がるような構図になっていた。


「そして、こちら」


 小さな女の子を手の平に載せてレンの方へ差し出す。

 闇精霊が、裾を翻すようにしてくるりと回って見せると、袖口や裾裏に紅い裏地を覗く。


「木綿ですけど、凄く細い糸で織り上げてありますから、絹みたいに見えるでしょう?」


「そうだな・・これで木綿なのか」


「むふん、糸縒りから織りまで何でもござれのスキルホルダーですらかぁ~」


 ノルンが力こぶを作って見せる。


「たいしたものだ」


「染めから、刺繍までどんな注文にもお応えしますわぁ~」


 くふくふ笑いながら、大判のノートを差し出した。開いて見ると、無数の衣装の絵が描いてあった。


「色々な衣服があるんだなぁ」


 レンは素直に感心した。まったくの門外漢ながら、こうして見ていると完成を見てみたくなる。


「そこで、大旦那様にお願いが御座いますです」


「だろうな」


 レンはノートを返しながら頷いた。


「え・・?」


「用も無く、こうして呼びはしないだろう?」


「あぁ・・そう・・とられちゃいましたかぁ」


 がくっと項垂れるように頭を垂れた。


「どうした?」


「いえ、良いんです。ちょっと失敗しちゃいましたぁ~」


 頭を抱えるノルンの背を、エルフ族の聖女が痛ましげに見つめた。


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