第26話 危機

 次のライヴにも、京はやってきた。ややこしくなるから、今度はチケットは一枚だけ。


 俺の出番が終わると、再び京は楽屋に顔を出す。そして、俺はまた京を舞台袖に連れていき、キスをした。


 ライフワークのライヴと愛しい京の融合は、俺にとって最高の瞬間だった。危うくシャツの裾から手を忍ばせそうになり、京に腕をタップされて我に返る。


「真一……。君、ライヴの後はいつもこうなんじゃないだろうな」


 艶やかに潤んだ瞳で睨み上げられ、その視線より、言葉にドキリと鼓動が跳ねた。確かに、ライヴ後は興奮覚めやらず、出待ちをするファンの何人かに軽いバードキスを贈った事は何度かあった。他のメンバーはお持ち帰りもしていて、それ故にファンの間でいさかいが起き、何度も解散の危機があった。


 お持ち帰りをするメンバーに比べれば遥かにマシだと思ったが、痛い所を突かれ、俺は京の真っ直ぐな視線を胸に抱き止め逸らし、耳元で囁いた。


「こんなに欲しくなるのは、お前だけだ」


 嘘はついていない。前回に続き楽屋に二人揃って帰っては、ゴシップ好きのメンバーに勘ぐられる恐れがあった為、俺はもう一度京を閉じ込めた腕にきゅっと力を込めると、先に楽屋に帰るように促した。


「真一も早く来てくれよ。他の人たち、真一と違って近寄りがたいんだもの」


 女と男への態度差が激しい奴らだ、京がそう思っても仕方ないだろう。


「ああ、ちょっとの間だけ我慢しろ」


 言って京を送り出すと、俺は暫くの間、次のバンドのリズムに身体を委ねた。もうそろそろ良いだろう。頃合いを計って、俺は楽屋に帰った。だがドアを開けると、そこには信じ難い光景があった。


 仰天して瞳を見開いている京から身を離したヴォーカルが、俺を振り返って言った。


「真一。お前のダチ、ボーイッシュなコかと思ったけど、男なんだな」


 よりによって、俺の目の前で京にキスしていたヴォーカルは、悪びれもせず残念そうに鼻で笑う。


「てめぇっ……!!」


 数瞬遅れて激昂した俺は、見境のないヴォーカルのニヤついた頬を、したたかに殴り飛ばした。


「真一……っ」


 京の止める声が掠めたが、頭に血の上った俺は、『顔だけが取り柄』のヴォーカルの顔を、たがを外して殴り続けた。

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