第23話 ライヴ

 舞台袖で、客席のざわめきを聞く。舞台はフラット、立ち見の小さなライヴハウスだが、箱の大小は関係なく、この瞬間が好きだった。京は来ているだろうか?


 ベースを提げてメンバーと共に舞台上に出ると、僅かについたファンから歓声が起こる。弦を鳴らし、最後のチューニングをする。ヴォーカルが、短くバンド名と曲名を告げ、ドラムがスティックでリズムを刻むと、一気に大音量のライヴが始まった。


 俺はヴォーカルと背中を合わせ、ベースを奏でる。いつもよりパフォーマンスは激しくなった。京に見せる為だ。


 嵐のようにハードな一曲目の後、よりグラマラスな曲へと移行していく。曲間に、俺は京を探した。客席は意外と見えるものだ。すると、異様にノリノリの客が一人、目に飛び込んできた。自ずと隣で控えめにリズムをとっている京が見える。


 京、あのオカマ連れてきたのか……。唇の端でちょっと笑って、俺は京を指差した。ついでにウインクも決めてみせる。ファンからは黄色い悲鳴が上がり、京が固まったのが見えた。


    *    *    *


「しんい…」


「真一、アンタ意外とやるじゃな~い!」


 楽屋口に現れた京の横から割って入り、ド派手な紅いゴシック系ドレスで装ったマコがやはりノリノリで入ってきた。


「お前、目立ちすぎだろ……」


 少し呆れると、腕をスラッと伸ばしてシナを作る。


「あ~ら、お出かけにはお洒落しなくっちゃ」


 だが後ろで苦笑している京の方が気になって、それは華麗にスルーした。マコがブツブツ文句をたれていたが、知ったこっちゃない。ぐいと腕を引き寄せると、京と向き合った。


「どうだった? ライヴ」


 京は興奮した様子で、語った。


「凄いよ、真一! 格好良かった!」


 俺はその言葉に満足し、機嫌良く笑んだ。俺も、ライヴの後はいつも高揚していた。しかし再び、マコの横槍が入る。他のメンバーに聞こえないよう小声で、


「でもアレね。他のメンバーは、あんまり上手くないわね。アンタが一番上手かったわ」


 痛い所を突かれた俺は、先程の京同様、苦く笑う。そしてマコに切り出した。


「マコ、悪いが待っててくれ。俺はちょっと京に話がある」


「まっ。ラヴラヴなんだから」


 そんな嫉妬には目もくれず、俺は京の肩を抱いて楽屋を抜け出した。舞台ではすでに次のバンドが演奏していて、袖の暗がりに立つと、爆音で、顔を寄せなければ言葉が聞こえない。


「京」


「何? どうしたの?」


「愛してる」


「えっ……」


 反論の隙を与えず、俺は京の唇を、自分の唇で塞いだ。ライヴの興奮で、二人とも幾分か体温が高い。それを分け合うように、俺は京を抱き締めた。


「んんっ……」


 細やかな抵抗があったが、腹に響く爆音で、かき消されてしまう。俺は京の歯列を舌で割って強引に口付けた。メロディーに合わせ、緩急をつけて舌を絡める。やがて京は、グッタリと俺の腕に体重を預けしがみついていた。初めてのディープキスにしては、少し刺激が強過ぎたかもしれない。


「京?」


「こんなの……反則だ、真一」


 照れた京の言葉が返ってくる。だがしがみついてくる力は緩まず、嫌がっている訳ではないのはそれと知れた。やや意地悪く聞いてみる。


「どうだった?」


「……馬鹿っ」


 その可愛い台詞に、俺はますます抱き締める腕の力を強め、闇に紛れてほくそ笑んだ。

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