第13話

 子供達が閉じ込められていた部屋の扉は大きく開け放たれ、中には何も残っていなかった。二人が入れられ、連れて来られた金の籠もなくなっていた。その部屋を通り過ぎ、階段をよじ登る。建物の入り口から辺りを見渡したが異形の姿は無い。二人は路地の暗いところを選んで歩き、表通りと交差するところまで来た。建物の陰から首だけ出してのぞいてみたが、表通りには、やはり異形がたくさんいて出ていけばすぐに見つかるだろうと思われた。二人は身を隠しながら通りを観察した。

 道行く異形はカラフルな布を身にまとっている。スイミー達やその前に見た異形たちのように灰色の布ではない。乗り物も色々な形があり、異形が二人乗れるものから十数人のれるであろう大きなものまで様々走っている。道を照らす明かりは家々から漏れる明かりだけでなく街の中心にある高い塔が光っているのだった。


 二人は人けがなくなるまで、そこにじっとうずくまっていた。空が明るくなる少し前、やっと街中に静けさがおとずれ異形の姿が見えなくなった。雷三は依子の手をとると表通りに駆けだした。

 街の中心の塔へ向かって走る。


「雷三、どこへいくの?」


 依子が走りながら小声でたずねる。


「あの高い建物、あそこにいこう。高い場所にはすべてが集まるんだ」


 そう言った雷三の足がぴたりと止まった。道の脇に停まっている乗り物をじっと見つめている。


「依子、これ、動かせないかな」


「できると思う」


 依子の淡々とした答えに、たずねた雷三の方がびっくりしている。


「ずっと見ていたの、私。エンジンは赤いボタン三つ、移動は灰色のボタン五つ。ただ、どこへ行くのかはわからないけれど」


 依子が雷三を見上げると、雷三は力強くうなずいた。


「乗ってみよう」


 乗物の座席によじ登ると、依子は背伸びをして壁のボタンに触れた。覚えている通りに赤いボタンを三つ。乗り物は小さな、呼吸をするような音をたてはじめた。少し迷って灰色のボタンを五つ。


「どこに行くか運まかせよ」


「うんまかせ? なにそれ? まあいいや、依子がする事なら俺は賛成だ」


 二人を乗せた乗り物は静かに回転し街の外へ向かって走り出した。


「失敗だわ! 塔から離れちゃう!」


 依子の叫びに雷三が答える。


「大丈夫。きっとどこかにはつくから」


 依子が振り返ると、雷三は座席の上でくつろいで座っていた。

 空が明るくなり周りがよく見えるようになっても街から追いかけて来る人影は見えなかった。乗り物が遠ざかるにつれ、街の様子がよく見えた。


「塔から何か飛び出してる」


 依子が指差す先、街の中心の塔から黒い球状のものが飛びあがりものすごいスピードで遠くへ飛んでいった。


「やっぱり飛行機なのかも」


「ねえ、飛行機って何?」


 依子は身ぶり手ぶりで飛行機の事を雷三に説明した。


「ああ、それなら知ってる。たまに空を飛んでいたのを見た事ある」


「たまに? 乗ったことはないの?」


「もちろん。飛行機なんて恐いもの近づきたくないよ」


 雷三はおおげさに両手を広げ首を振ってみせた。何やら年より臭いその動きに依子は笑い出す。雷三もつられて笑う。何日ぶりか分からない穏やかな気持ちに浸った。


 空がプツリと電気を消したように暗くなりしばらくして、乗り物の行く手にまた新しい街が見えてきた。やはり街の中心には塔が建っていたが、出発してきた街よりもさらに大きいもののようだった。暗くなったというのにその塔からは黒い球状のものが飛び立ちつづけていた。


「どうしよう、このまま街の中に突っ込んでいっちゃったら、私達捕まっちゃう」


「止めよう」


 依子は壁の赤いボタンを片っぱしから押してみた。けれど乗り物は止まらず進み続けた。雷三も一緒になってめちゃくちゃにボタンを押し続けたが、乗り物は止まるどころか進路を変えるそぶりも見せない。街に近づき建物の輪郭がはっきりと区別できるようになったころ、街の中から黒い球状のものが依子達に向かって飛び出してきた。二人が乗り物から飛び降りようとするより早く、黒いものから降ってきた金の紐に阻まれ、乗り物は宙に浮きあがった。二人は吊りあげられた乗り物の中で振りまわされぶつかりあった。黒いものはじょじょに地面に下りて来て、それと同時に依子たちの乗り物も地面に着地した。

 黒いものはやはり乗りものだった。壁面に丸い穴が開くと、中から銀色の服を着た異形が二人でてきた。依子は捕まる心配もせず、ぽかんと口を開けた。今まで見たどの異形も体に布を巻き付けただけだったのに、この異形たちは布を縫い合わせた、きちんとした服を着ていた。それは古い映画で見た宇宙人の姿そのもので、依子は吹きだした。


「依子!? なに!?」


 雷三が驚き依子の肩をつかむ。


「な、なんでもないの。大丈夫よ」


 そう言う依子の顔はいつまでもニヤけたままで、雷三も緊張を忘れてしまったように、ただ異形が近づいてくるのを見守っていた。

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