第11話

 明るくなるとすぐに二人は出発した。点に見えていたものは徐々に大きくなり、人工物らしいことが見て取れるようになった。さらに近づいていくとそれは建物がたくさん集まった街のように見えた。暗くなるまで疲れた足を引きずって行けるところまで街に近づき続けた。

 力尽きてうずくまった暗がりの中、二人がまどろんでいると、地面をなにかが擦る音がした。雷三が目を覚ます。街の方角からすごいスピードで何かが近づいて来ていた。


「依子!」


 呼ばれて目を覚ました依子も街の方角に目を向ける。


「異形の乗り物だわ!」


 依子は思わず逃げだそうとした。しかし八方どこを向いても身を隠せる場所は無く、どこまでも地面が続いているだけだ。雷三は依子を背にかばい、やってくる乗り物を睨みつけた。乗り物が静かに止まると、二人の異形が降りてきた。二人とも手に金の紐を持っている。依子と雷三はじりじりと後ずさったが、異形は半歩進むだけでその間を詰めてしまった。異形の一人が金の紐を軽く投げる。雷三がそれを払い落そうと手を伸ばす。雷三の手に触れた瞬間、金の紐は雷三の体に巻きついた。


「雷三!」


 身動きがとれず倒れた雷三に依子がすがりつく。もう一人の異形が依子に金の紐を投げかけた。紐はあっという間に依子を巻きとり動きを止めた。

 異形たちは二人を抱え上げると乗り物に近づいた。そこには金の籠が口を開けていて二人が入れられるのを待っていた。


 異形たちは乗り物に乗り込むと赤いボタンと灰色のボタンをいくつか押した。雷三はその動きをじっと睨みつけている。金の紐に縛られたままの二人は乗り物の振動でころころ転がりながら街へと連れさられた。


 異形の街は大きかった。街の中心に高い塔のようなものがあり、そこへ向かって道が一本まっすぐに続いている。もう真っ暗だと言うのに道には多くの乗り物が行きかい多くの異形が歩いていた。道の脇に立つ建物からは暖かな光がこぼれ、街はやわらかく光っているようだった。

 依子達を乗せた異形の乗り物はその大きな道から一本裏の道に入っていった。裏路地は表通りとはまったく様子が違った。明かりがささず薄汚れていて嫌な臭いがした。乗り物はその道を付きあたりまで進んで止まった。付きあたりにあったのは古びた建物で、正面に階段が地下と地上とへ続いている。二人の異形は金の籠を抱えて地下へと下りていった。地下は真っ暗で依子と雷三には何も見えなかったが、異形たちは苦にもせず進んでいく。異形たちの足音を聞いているとあまり反響せず、地下はそう広くないように思われた。キイと金属が軋む音がして扉が開き、薄黄色い明かりが漏れてきた。依子と雷三はころころと転がって籠の隅へ寄って行き部屋の中を眺めた。

 部屋の中には数人の異形の子どもがいた。金の紐に縛られて入ってきた異形たちを見て身を硬くしている。異形は子供に構わず金の籠を壁際の低い石のチェストに置いた。一人の異形が籠を開け、依子と雷三の体に巻きついた紐の端を握り引っぱった。金の紐はするりと離れ異形の手の中に収まった。もう一人の異形が器に入った水を籠の中に入れ、籠は元通り閉じられた。異形たちは子供たちにも水を与えると、扉をくぐって外へ出ていった。子供達はキイキイとかぼそい声を上げ、水色の涙を流して泣きだした。異形の声を不快にしか感じてこなかった依子だが、今耳にする子供の泣き声はどうしようもなく胸に迫った。依子は枯れた喉を広げ子守歌を歌った。異形の子供達はぽかんと口を開けて依子を見つめた。途中から雷三の声も混ざり、二人は子供がみんな泣きやむまで歌い続けた。


「雷三、子守歌、なんで知ってるの?」


「依子が歌ってくれたんじゃないか。俺やスイミーが眠る時にはいつも」


 スイミーの名前を口にして、雷三は黙ってしまった。依子もスイミーの事を懐かしく思い出した。まだ数日しかたっていないのに、二人はずいぶんと遠いところへ来てしまったのだと実感した。

 雷三は無言で水を口に入れた。注意深く味わってから飲みくだす。


「依子、大丈夫だ。いつもの水だと思う」


 依子も水を口にする。見る間に唇は潤いを取り戻し、たった一口で渇きは癒えた。それでも二人は満足するまで飲めるだけの水を飲んだ。器から顔を上げ落ち付いて部屋を見渡すと、そこは人が住まなくなって何年もたつ廃屋という風情だった。古びたテーブルは表面がでこぼこと窪んでいて埃をかぶっている。壁に作りつけの石の飾り棚には金の紐が何本も積みあげられていた。部屋の隅には雑多なものが積み上げられ、嫌な臭いを発していた。


「雷三、この子供達、助けて上げられないかしら」


 雷三はふと笑った。


「俺たちも捕まってるのに依子は他人の心配を先にするんだな」


 優しく微笑みかけられ、依子は真っ赤になって下を向いた。雷三は微笑みを深くした。


「あの子たちがこの籠を開けてくれれば何とかなるかもしれない」


 雷三はそう言うと、子供達に向かって手まねきをした。子供達は顔を見合わせたが、動く者はいない。依子が子供達に語りかける。


「お願い、この籠を開けて。開けてくれたら何とかして助けてあげられると思うから」


 二人で籠を開ける手真似をしていると子供のうちの一人が立ち上がり、近づいてきた。後ろ手にしばられたまま、背中を金の籠に向ける。依子と雷三が子供の指を引っ張って籠の紐に引っかけた。子供が体を揺らすと金の籠は簡単に開いた。雷三が籠から飛び出し、依子に手を差し伸べる。依子が籠から出ると、異形の子供は間近で依子と雷三の顔を観察した。


「次はあなたたちの番よ」


 二人は籠を開けてくれた子供の服を引っ張り背中を向けさせた。子供を縛っている金の紐に結び目は無く、紐の端はそれぞれに背中にぴったりとくっついている。雷三は紐の端をつかんで引っ張ってみたが、びくともしない。


「異形の手でしか解けないのかしら。他の子どもが引っぱってもだめなの?」


 依子と雷三はチェストから飛びおりると子供たちのところへ走った。子供たちの紐を見て回ると、皆後ろ手に縛られ紐の先は剥き出しのままだった。雷三が紐の端を引っ張っているのを見て、籠のところまで来てくれた子供が背中を向けて紐の端に指をかけた。依子と雷三が子供の足を引っ張り方向を変えさせ紐が握れるように移動させたが、子供の指では金の紐はほどけなかった。


「だめね。何か他の方法を探さないと」


 雷三は部屋の隅に走りガラクタをあさり始めた。依子も一緒になって山を崩していく。カビ臭い布の切れ端や石のかけら、アメーバ状の腐った臭いのするもの、弾力性のないボール、そんな中に、刃物らしいものを見つけた。形はギザギザのないノコギリに似ている。大きさは雷三が両手で抱えられるほどの、異形に取っては小ぶりであろう刃物。ためしに布の切れ端を切ってみると、すっぱりときれいに切れた。雷三は近くにいた子供を縛っている紐に刃をあてて引いてみた。わずかだが切れ目が入った。そのまま続けて金の紐を切り始めた。紐の切れ端がぱらりぱらりと床に落ちる。数本切っただけで、金の紐は自然に解けて落ちた。自由になった子供はキイキイと泣きながら他の子どもの紐を解こうとする。しかしやはり紐はびくともせず雷三が子供たちの間を歩き回り、金の紐を切って回った。

 全員の紐を切り終わった頃には雷三は重い刃物を引きずるようにして肩で息をしていた。


「ありがとう、雷三! さあ、逃げましょう!」


 依子と雷三が扉に向かって走ると子供達が後からついてきた。子供のうちの一人が扉を開けた。鍵はかかっていなかったようだが、扉の向こうに何か置いてあるようで大きくは開かない。異形の子供はくぐれないほどの狭い隙間を依子と雷三がすり抜けて外へ出る。


「待ってて! 誰か呼んでくるから!」


 扉の向こうで子供たちの不安げなキイキイという声が聞こえる。それを振り切るように二人は駆けだした。大きすぎる階段をよじのぼり通りに出る。外はまだ暗く人影もなかったが、表通りからはまだ往来がある気配がする。そちらの方へ走っていくと、案の定異形が何人も歩いている。


「止まって! 助けて!」


 依子の叫び声に何人かの異形が立ち止まった。


「子供が捕まってるんだ! 助けて!」


 雷三が叫ぶとまた何人かが足を止め、二人のそばに近づいてきた。二人は全速力で路地裏へ向かって走る。今ここで捕まってしまったら子供達は助からない。追いかけてくる異形たちに捕まらないうちに建物の中に入り込むことに成功した。扉の前に置いてある荷物の陰に身を潜めていると、追いかけてきた異形たちが扉の中で叫んでいる子供達に気付き荷物をどけた。依子と雷三は押されるままに荷物と一緒に壁に押し付けられた。子供達が次々泣きだす。大人の異形が子供達に優しく話しかけている。子供達は助かったのだ。二人はほっと胸をなでおろした。

 と思う間もなく二人が寄り掛かっている石製の箱が除けられ、二人は部屋の明かりで丸見えになってしまった。伸びてくる異形の手をかいくぐり建物の奥、暗闇に向かって駆けだすと、壁の向こう、暗闇から人間の声がした。


「こっちだよ、はやく」


二人は声がした方へ飛び込んだ。

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