第35話 初船出 

1845年 弘化二年 龍馬は、十一歳になった。

 

乙女が、薙刀の修行で、讃岐の国 丸亀に旅立ち、龍馬は、いささか寂しい

ような、それでいて、何やら解放されたような奇妙な気持ちを日々

味わっていた。


 まだ梅雨に入ったばかりの鏡川で、時には、肌寒い日もある

そんなある日の昼下がり

一緒に泳いでいた年下の三人が古い小船を見つけてきた。

水草の繁る浅瀬に、乗り捨てられていたらしい。


 皆で乗るには、いささか心もとないが、幸い水の入ることもなさそうで

皆で、ワイワイ騒ぎながら三日間、堤の傍で乗り回した。


 流れに乗って下流に向けて漕いだり、流れに逆らい、上流に向かって

漕いだり、龍馬が長い竿を操って掛け声をかけ、三人が各々の持っている板切れで

水をかきながら同時に板切れを舵のように使い、船を巧に操る。


 四角の舟板が、何枚か舟の床にはめ込まれていて

それを浮き板代わりに泳いだりもした。


 いつもの単調な泳ぎでなく、鏡川での遊びが、舟のお陰で

随分面白みが増した。


 夕方皆で、ひきあげる時には、近くの岸辺に繋いでおいた。

持ち主が見つけやすいように、西側の天神橋から見えやすい処に

繋いでおく。

朝、鏡川に着くといつものように舟がある。

それはそれは、嬉しいことであった。


 十日経っても、二十日経っても、持ち主は現れなかった。

そうなると、舟が以前からずっと、自分達のもののような気がしてきて

少年達を活気づかした。


 梅雨明け時分には、その舟で浦戸湾めざして遠征をした。

舟の名前も付けた。

土佐の土に、龍馬の龍 「土龍丸」である。

土龍丸は、皆の期待を背負い、悠々と鏡川を下る。

まさに威風堂々の船出であった。

皆の笑顔が輝いている。

舳先には、皆で作った旗を竹竿に付けて掲げた。

丸に龍 字は龍馬が書いた。

嬉しさが滲み出てしかも大人びた、柔らかな字体であった。


 舟を見つけた頃には、泥舟としかいいようがなかったが

皆の力で磨き上げ、小粒ながら今では、漁師舟に負けぬ

輝きようである。


 さんざん浦戸湾を、あちらこちらに舟を着けて

普段は行ったことのない島の探検もして

やがて、満潮の流れに乗り船を西に向けた夕方

今までの青空が、にわかに、かき曇り、生暖かく、しかも冷たい風が

皆の首筋を撫でた。

遠くの方から雷の音が聞こえて来た・・・・。


「妙におかしい。早ういぬるぜ!」


龍馬の一声で、舟は天神橋をめざしたが、まもなく土砂降りに遭遇した。

目も開けていられぬほどの土佐の土砂降りで、しかも風が突風となって

雨を横殴りにする。

舟は、逆風に晒されて、まるきり進まない。


 三人の中で一番年上の和馬に龍馬が叫んだ。

「かず、向こうに、大きめの松の木が見えゆう。

 あそこの下に舟をつけるきに、皆に方角を教えちゃって。

そこをめざして皆でこいでみて」

「よっしゃあ、わかった。思い切り漕ぐぜよ!」

龍馬は、舟の艫で竿を操りながら、何とか船を進めようとする

その時である。

 龍馬の頭上に、 何と!! ゴロゴロ ズッシーンという地響きのような

雷が落ちた。

和馬は、黄色い火柱のようなものをはっきりと見た!

龍馬が、立ったままで居たのが災いしたか、直撃であった。

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