第31話 浦戸湾

 引き潮の時に、伝馬船を種崎に向けて漕ぐ。

帰りは、満潮に合わせて、鏡川を遡る。


 のどかな浦戸湾では、たくさんの釣り舟が停泊しており

中には、顔馴染みの漁師もいる。

「おーーい、長さあーーん」

手をふってくれる人も居る。

ここでも、長兵衛は、皆から信頼されていた。


 引き潮の時は、鏡川の水深も随分浅くなる。

いつの間にか、乙女が長い竹竿を器用に操作して

舟の舵を切る。

実に身体の動きが良い。


 櫓を漕ぎながら、長兵衛はふと考えた。

この子に、剣術を教えてみたい。

乙女なら、おなごではあるが、きっと剣筋はいいものを

持って居るはず。

 龍馬は、舟の真ん中でぼーっと、岸を眺めている。

・・龍馬は、まだ早いかのう・・・。


 今年の夏は、随分この子達と過ごせた。

まっこと、ありがたいことじゃった。


今がわしの人生で、1番ええときかも知れん。

誠に充実した人生を、長兵衛は歩んでいた。


 種崎の海岸から仁井田に岸にかけては、浜も広く

土佐藩では、砲術の訓練によくこの地を利用した。


 ところが、思わぬ事故が起きた。

見よう見まねで作った大砲が

発射の際に暴発した。


大きな筒が割れてしまったのだ。


土佐の鋳物技術が未熟であったのか

それとも、火薬の爆発力が、強すぎたか。


度重なる外国船の来襲に備えて、砲台設備の完備は

藩の緊急課題であった。


何とかせんといかんぜよの声が日増しに強くなる中で

南国土佐に秋風が吹き始めた。



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